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2012年 07月 31日

今村しずかライブー熱月・8月(2)

蒸し暑さの残る日曜日の夕刻、今村しずかライブが始る。
北隅角にドラムの有山睦さん、その右にギター・ヴォーカルの今村
しずかさん、左にギター・ヴォーカルの古館賢治さんが陣取る。
北の壁には森本めぐみさんの今年6月の新作「舟が来る」が飾られ
正面左側の東壁には2年前の大作「なみなみとして持つ」が飾られた。
客席は下を座布団と椅子で満員となり、2階吹き抜けにも数人が腰を
下ろして見守っている。
ライブが始って間もなく、誰かが2階のベンチを下ろして外に設置し正面の
戸を外して外からも見聞きできるオープン会場にした。
風も通り蒸し暑さと窮屈感が一気に解消されて、一瞬にして半野外ステー
ジのようになつたのだ。
演奏者も伸び伸びとして気持ち良さそうにライブが進む。
最初緊張からか硬い感じのした今村さんもどんどんと声に伸びと溜めの
ような声の奥行きが出てくる。
今までにない歌唱力である。
古館さんの絶妙な演奏技術と歌声もさらに今村さんの唄を引き立てている。
7年前に死んだ姉を想い作曲された歌、さらに有山さんの新しい編曲ふたりの
スキャットとギター、ドラムで再構成された故ムラギシ曲の「撓む指は羽根」の
演奏、そして遠くドイツから今度のCDの為にデザインをしてくれた谷口顕一郎
さんへの感謝の曲と、全体が人が人を想う気持ちに溢れた演奏会となる。
唄の途中で語られる簡素な言葉にもその想いが溢れて、何故この会場なのか、
何故背後に森本さんの絵が飾られているのか、姉の本を何故再販したのか、
そんな自分の唄との関わりが短い言葉で語られ、その想いのコアが歌へと広が
って伸びやかに声に波及してゆく。
声が掛かり、拍手が鳴り止まず、あっという間の2時間が過ぎる。
会場から路上に溢れた縁台の人も含めて、空間は音と絵画と人の熱気で
暗闇にぽっかりと浮かぶ不思議な舞台のようにもきっと見えた事だろう。

終了後機材を片付け胡座をかいて、今村さんのご両親差し入れの山菜おこわ
のお重と胡瓜の漬物を美味しく頂いた。
3段のお重には具材の異なった3種類のおこわがぎっしりと入っていて、まるで
今回のライブのエッセンスが詰まっているかのようであった。
料理も歌も絵画もCDも人が人を想う気持ちの結晶である。
2階のベンチを下ろし表戸を外して、正面路上をも会場に切り換えた聞き手の
見事な機転に効いた連係プレイもまたそうした気持から生まれたと思う。
私は奥で歌と演奏をただただ聞いていただけだったのだが・・。


*「この世界に」展ー7月31日(火)-8月5日(日)am11時ーpm7時。
 :今村はまな(絵)×森本めぐみ(絵画)+村岸宏昭(絵画)
 :今村しずか「この世界に」CD-1200円
 :今村はまな「私もその自然の中の一部なんだ」再版本-1500円
 :村岸宏昭遺稿集「自分を代表させるような仕事はまだありません」-2000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-07-31 12:31 | Comments(2)
2012年 07月 29日

私もその自然の中の一部なんだー熱月・8月(1)

今は亡き今村はまなさんの作品集が復刊された。
2005年3月病の為この世を去った今村しずかさんのお姉さんである。
生前描き溜めたイラストや漫画が2004年一冊の本となっている。
今回妹の今村しずかさんが初のCDを出すにあたり、その中に収録さ
れCDのタイトルともなっている曲「この世界に」は、このお姉さんの作品
集「私もその自然の中の一部なんだ」から歌詞に取り入れたという。
そして長らく絶版となっていたこの作品集を自らの初CDとともに復刊
し同時に発売されることになった。
出版記念ライブとなる本夕、本とCDが同時に発売される。
先日このCDに収録されている作品の曲の切っ掛けともなった森本
めぐみさんの大作「なみなみとして持つ」と今年6月にここで出来た大作
「舟が来る」の2点を、今村しずかさん、有山睦さんとともに展示した。
そしてお姉さんのはまなさんの遺作パネルも2階に展示をした。
さらにこんどのライブで初披露されるムラギシ作曲の「撓む指は羽根」
の為に彼の遺作画も併せて展示した。
展示を終えてから今回のCDの録音時の今村しずかさんひとりだけの
弾き語りを流した。
CDに録音される前の録音である。
ひさしぶりに見る森本さんの作品と今村さんの歌声は見事にマッチして、
その歌詞も含めて作品同士がドラマのように交響している。
絵画が保っているドラマと唄が語りかけるドラマが、こんなにも響き合う事
はそうそうあるものではない。
これを聞いたら多分森本さんも涙が止まらないのではないだろうか。
作品はこうしてもう作家の手を離れて独自の世界を創っている。
ひとつの優れた作品がさらなる他の優れた作品を誘発する。
作品の優れたプラスの連鎖作用である。
妹が亡き姉を想い、画家が熱い情熱を保って命を想う。
その絵画が音曲を誘発し、その楽曲が他者の心を撃つ。
今回の初CDはそうした他者との心の深い交流が幾重にも重なって出来上
がった稀有なCDである。
遠くドイツからパッケージデザインを送ってくれた谷口顕一郎さんのCDデザ
インも含めて、他者が他者を想う気持ちが結晶して出来上がっている。
展示を終えて今度は奥で新CDを聞いた。
古館賢治さんのギター、有山睦さんのドラムとともに、今度は音源だけで
世界が広がる。
やはりこれがCDとして完成された音源である。
さらに最後に敢えて今村さんの希望で再収録された2009年モエレ沼ガラスの
ピラミッドで録音された今村しずか作曲の本人抜きの「雨の散歩道」は、曲の
もうひとつの弾き語りとは違う側面を見事に引き出していて解放感に満ちている。
これもひとつの作品が多様な展開を保つ豊かさを示唆して象徴的である。
この一枚のCDは、そうした作品の保つさまざまな多様性を結晶して今夕世に
送り出される。
死者も含めて多くの人の心がドラのように鳴り響く小さな港から・・。

*今村しずか「この世界に」CD発売記念ライブー7月29日(日)午後7時~
 有山睦(ds)古館賢治(g)。
*「この世界に」展-7月31日(火)-8月5日(日):今村はまな&森本めぐみ

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-07-29 15:06 | Comments(0)
2012年 07月 27日

蒸し暑くー幻月・7月(21)

さらに気温が上がって33度の予報。
地表に近い路面やビル街ではもっと暑いに違いない。
昨日の気象予報士の話では、30度を超えた気温をさらに地上に
近い所で再計測したら40度を超えていたという。
子供やペットの背の高さに換算すれば、発表された温度以上に気を
つけて考慮しなければならないと伝えていた。
文字通りのホットスポットが部分的に集中して、都会にはある。
アスファルトとコンクリートのビル群に囲まれた場所と、木が繁り風の
通る場所と同じように気温を見る事は出来ないからだ。
路面をアスファルトで固め、コンクリートの壁で仕切った空間に熱気は
逃げ場も無く篭もって澱む。
そこを電気エネルギーで冷やし、そのエネルギーがまたさらに放出される。
都会の路地裏と屋上の排気扇である。
この悪循環がさらに都市の気温を上昇させる。
要塞のように電気エネルギーで防備された都市のビル群。
これはまるで原発と同じ構造ではないか。
安全快適の城砦を自然に対峙して要塞のようにその中で供給し享受する。
砂漠や過酷な大陸の中にある遠い国の真似をして、自然に対峙する構造の
都市は本来の日本の家屋とは異質なものの筈だ。
借景とか坪庭とか簾とか打ち水とか、自然の保つ力と対峙するのではなく、
拮抗しながら自然の包容力を活かしていく。
そんな知恵がいつのまにか、孫悟空の如意棒や金斗雲のように己の力を
増幅させる道具の力に奢って、自然というお釈迦さまの掌の上でしかない
事を忘れてしまっている。
猛暑も大津波も大地震もきっとその内大噴火も起きて、この国の都市要塞
はその安全神話を崩壊させる事はもう目に見えて予想される気がする。
産業・経済・政治がこの都市要塞の側からの発想を起点に成立する時、文化・
芸術はその対極に地歩を築いていかねばならない。
それは要塞などという対峙の視点ではなく、共生を基点とした、もっと柔軟で
謙虚な<打ち水>のような行為の思想である。

*今村しずか「この世界に」CD発売記念ライブー7月29日(日)午後7時~
 共演有山睦(ds)古館賢治(g)。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-07-27 13:46 | Comments(0)
2012年 07月 25日

氷菓の季節ー幻月・7月(20)

このところ急に蒸し暑さが増す。
某コンビニでガリガリくんの梨味を見た。
青いソーダ味は時々買うから、この味を験して見る。
ソーダ味よりまろやかで気に入る。
その後他の店でも探したが、見当たらない。
いつも通勤途中でタバコを買うコンビニだが、最近ガリガリくんをよく
買うので顔見知りの店員さんが可笑しそうな顔をしている。
活舌の作家の声が日々木霊し暑さが一層増しているから、しばらくは
この氷菓のお世話になる時が増えている。

M夫人が朝早く滞在中のバングラデイシュの家族を連れて来る。
この国特有の美味しい手作りカレーを持参してくれる。
香辛料が日本とは違って深い味わいがある。
お嬢さんのニーサさんももうすっかり大きくなって女性らしく
淑やかである。
10年程前札幌に留学中のお父さんを訪ねてお母さんと来日し
前のテンポラリースペースに寄った事がある。
今は家族がドイツの大学に勤務し、滞在しているそうだ。
ひさしぶりの日本・札幌を存分に楽しんでいる。

中橋修展も今日が最終日。
雨の予報だが、蒸し暑く陽射しも射してきた。

*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月25日(水)まで。
 am11時ーpm7時。
*今村しずか「この世界に」CD発売記念ライブー7月29日(日)午後7時~
 共演:有山睦(ds)古館賢治(g)。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-07-25 13:53 | Comments(0)
2012年 07月 24日

活舌の人ー幻月・7月(19)

端整で計算された寡黙な展示に比して、作家本人は非常に
活舌の人である。
昨日も2階吹き抜けの長いベンチで、あるいは下の会場で朝から
閉廊まで昼食も取らずずっと人と話が絶えなかった。
聞くともなく聞こえてくるのは、身の上話やその外日常の出来事が
主で、作品の話は最初の説明と吹き抜けや会場の非日常性を驚く
冒頭部分だけのようである。
あとは日常の世間的枠がとれるのか、非常に個人的な話が続いて
終らない。
活舌の人であると同時に聞き上手なのか、1時間近く2階吹き抜けの
ベンチで親密に話している。
次の人が来て下へ下りて、さらにまた2階で話が始る。
この繰り返しで、朝から閉廊時間まで時が過ぎる。
凄いなあ、この活舌のエネルギーは・・。
この空間に寛ぐものも大きいのだろうが、その話し振りはふたりだけに
集中していて、座談という感じではない。
私は奥で所在無く戸を閉めて、パソコンに集中したり本を読んでいた。
ひっきりなしに表の梯子を嫌い裏の階段を使う人が出入りするので、
パソコンのある2階奥の部屋は戸を閉じている。
それでも声だけはそれとなく響いて、そのあまりにも個人的な話にどう
しようもなく奥に引っ込んでいた。
あまりこういう経験はここでは少ないが、絵画教室の生徒さんが多いの
かここでは日常的な個人的な話に終始しているから、話に加わる余地は
全くない。
それだけ作家個人と来た人の親密な関係性が濃い時間となっている。
これも作家の人徳というものだろうが、個人として開いたものが他者へと
働きかける普遍性を保った話題というより、個人的に親密に閉じた話題と
いう感じがして、個展の主題との関係性は遠いようである。
それはそれで滅多にない事で良いとは思うが、私としては居場所がない
という感じももった。
今回は変則的に月曜日の定休日をなくして展示があったので、昨日の
月曜日は体がもう休みモードになっていて疲れが倍増する。
人の話を少し離れてドア越しに聞いてるだけというのも、なかなか苦行と
いうものである。(ふっふふ・・、疲れた。)

*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月25日(水)まで。am11時ーpm7時。
*今村しずか「この世界に」CD発売記念ライブー7月29日(日)午後7時~。
 共演:有山睦(ds)古館賢治(g)。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-07-24 12:21 | Comments(0)
2012年 07月 23日

風花・CDとDVDー幻月・7月(18)

ドイツ・ベルリン在住の美術家谷口顕一郎さんデザインの
今村しずかさんの初CD盤が出来上がる。
昨日有山睦さんが初めて持って来た。
手触りの良い紙で四方に折り畳まれたパッケージである。
これは、小さな風呂敷だなあ。
開ける時の指の動作とともに段々中が解かれてゆく。
一緒に見ていたM君、F氏が思わず声をあげた。
プラステイックの透明な箱の従来のパッケージに比べ、これはなんと
日本的な優しい心の篭った包装ではないか。
パッケージひとつでこんなにも人の心が躍る。
中味の音を聞く前から見る者が興奮している。
M君とF氏がこれは予約します、と声を出した。
今村しずかさん、もう予約が2枚入りましたよ。
LP盤のレコードジャケット時代ならまだしも、CDのパッケージでこんなに
もエキサイトした光景は初めてである。
持参した有山さんは思わずガッツポーズをしてやったぜ、と呟いていた。
今月29日夕方から、このCDの発売記念ライブがここでおこなわれる。
遠く欧州の空から友情で届いた谷口さんのデザインが、こうして形になり
今村さんの最初のCDとなった。
演奏に協力してくれた有山さん、古館賢治さんとともに今村さんの爽やかな
門出である。

今朝東京・多摩美の鈴木余位さんからDVDが届く。
今年3月の齋藤玄輔展のフイルム映像をDVD化したもののようである。

 ・・・短く暗度に対抗しながら、長く露光したフイルムがアメリカから帰って
 きましたので送ります。・・・見やすいものではありませんが、あの雪深い
 夜に、夜よりも夜の、宙よりも宙の時間を逸した真空のテンポラリーが
 少しでも少しでも、との想いです。

暗闇の中植物の葉脈を光の中に浮かびあがらせた真冬の齋藤玄輔展。
この時のフイルム映像がいかなるものになっているか、早くみたいものだ。

遠くから花のように、見えないものが友情の形象となって顕れる。
谷口さん、鈴木さん、本当にありがとう。

*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月25日(水)まで。
 am11時ーpm7時。
*今村しずかCD「この世界に」発売記念ライブー7月29日(日)午後7時~
 共演:有山睦(dr)・古館賢治(g)。予約完了。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-07-23 12:58 | Comments(0)
2012年 07月 22日

スケッチ画という回路ー幻月・7月(17)

葉書大のスケッチが18枚会場に飾られている。
これは季節を追ってスケッチされたハルカヤマの展示作品を
描いたものである。
雪の中、落葉の中、若葉の中、そして高速道路から見た作品の
佇まい。
これらの水彩のスケッチの筆触が、誠に初々しい。
一年を通して展示している作品を見詰める作者の柔らかで暖かい
眼差しが感じられる美しい佳品である。
アクリル板のモダーンな角柱を組み立てる現代的な造形感覚と同時に
こうした愛情溢れる柔らかな水彩スケッチを描く両面性をこの作家はも
っている。自然の中に常置された自らの作品を見詰める暖かく柔らかい
感性が、このスケッチ画の筆触には充分に感じられて、この感性こそが
本来の中橋修なのではないか、と私は感じている。
造形的なアクリル素材の作品は中橋さんの純粋観念の形象でもある
だろう。しかしこの水彩スケッチは、より感性が外部へと開かれて素直に
感じられてあるのだ。
それは四季を通して周囲の変化を含めて作品を見詰める柔軟で暖かい
筆触に顕れている気がする。
実はこの自らの内部の眼差しの発見こそが、春香山山麓での展示を通し
て得た最大の収獲ではないのだろうか。
これまで発表されてきた作品の多くが都市の人工的な室内空間であり、
その作品の多くがその人工的な空間に対置するかのように純粋造形の作品
が多かったと思われるが、昨年の春香山山麓での展示、さらにその一年間
を通した自らの造形物の環境との変遷を見詰めた経験が、環境との対置から
対話へとその内なる別回路を開いたように感じられるのである。
その回路の証が、この水彩のスケッチの非常にナイーブな筆感に顕れて
いる気が私にはする。
今回初めて発表されたこれらのスケッチ画は、今回のこの空間の選択も
含めて、正に外部世界と内部世界の観念対置からより対話的な外部世界
との相渉る関係性の回路の顕現としてあるように私には思えるのだ。

*中橋修展「内包ー呼応する場」ー7月25日(水)まで。
 am11時ーpm7時。
*今村しずかライブー7月29日(日)午後7時~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-07-22 13:11 | Comments(0)
2012年 07月 21日

少年・少女ー幻月・7月(16)

初日朝から多くの人が休みなく訪れる。
作家の人柄だろうか。
ここには珍しく年長者が多いのだが、みんな少年・少女のように
無邪気になって2階の吹き抜け廻廊ベンチに座り話し込んでいる。
長い人は30分以上も坐っている。
内なる少年・少女を解放させ、最初は怖いと言いながら馴れるに従い
ニコニコして小鳥のように囀っていた。
そしてなによりも作家自身が、嬉々として梯子を何度も上下し時には
奥の階段を案内して作品解説をしている。
その表情は春香山山麓での穴掘りをしている時と同じように輝いている。
その作家自身の昂揚が観客にも反映して、心を寛がせている。
夕刻陽射しが西から注がれてきた時、中橋さんが発見だと声をあげた。
中央に立つアクリル板の赤の部分に夕陽が金環食のように見えるのだ。
真っ赤な太陽だと、少し興奮気味に話し掛ける。
風も通り、光も透り、日が暮れてやがて黄昏が支配する。
晴天の日が続き、しばらくはこうした光のドラマが繰り広げられる事だろう。
そして「内包ー呼応する場」は、内包ー呼応する(少年・少女の)場としても
賑やかにあり続けるような気がする。

展示2日目、今日も晴れて人が切れ目なく・・・。

*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月20日(金)-25日(水)am11時ー
 pm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-07-21 15:05 | Comments(0)
2012年 07月 20日

呼応する場ー幻月・7月(15)

中橋修展「内包ー呼応する場」が始る。
昨年の春香山山麓の展示記録、そして円山のK-HOUSE展示記録
とを併せて壁に展示されている。
地理的にもこの場の展示はふたつの場を繋ぐ意味がある。
さらに空間的にも春香山山麓は自然の森の中であり、K-HOUSEは
モダーンな別荘風住宅で、その意味でもここの昭和レトロの雰囲気が
残る空間はそのふたつの空間の中間に位置する。
1階南壁にはその位置を示す地形図が貼られ、3ヵ所の位置を示す赤い
ピンが刺されている。
さらに空間中央を黒と赤のアクリルの柱が吹き抜けを突き抜け、床には
黒く着色された土饅頭のような円い塊が点在している。
素朴さとモダーンさの融合した不思議と落ち着く展示だ。
K-HOUSEのようなモダーンな住宅空間に非常に計算され尽くした
立体造形で構成する知的側面と春香山山麓の自然の只中に造形物を
少年のような純粋さで置く素直さと両面を持った作家のふたつの側面が、
ここでひとつの融合を試みているかに思える。
作家はこれまで紀伊国屋画廊などビルの近代的空間を主とした場所で
展示をしてきたが、春香山山麓の自然空間での展示経験により新たな
展開を今回試みたと思える。
それは自然空間と人工的な空間を繋ぐ方途と思われる。
その意味でもここの蔦の生い茂る古民家的な木造建築は、その場として
相応しい場であったかと思える。
昨年の春香山山麓での展示には私も見に行ったが、この時の中橋さんの
活き活きとした少年のような表情を忘れる事はない。
その表情からは都会のギヤラリーでは見る事のない、山や森とともに自然
と一体化して展示を試みている活き活きとした姿があったからだ。
泥まみれになって穴を掘り、そこを通過してある体験を参加者と共有する。
それに比し造られた立体は非常にモダーンな近代的な直線の形状を保ち、
このふたつの対比も心に残っていたのだ。
この極めて知的な部分と素直な少年のような純粋さとのふたつのギヤップ
を作品は率直に顕してもいる。
今回のここでの展示は、そうした大人の都市性と内なる自然・少年性を繋ぐ
新たな回路の挑戦としても位置付けられる気がする。
現代とはもう一度自然と向き合い、人類の来し方を考える時代でもある。
多大な消費を主たるエネルギーとする巨大な都市型帝国主義は、その周囲
の地方をいわば消費の植民地化として自然をないがしろにし破壊してきた。
フクシマや福井のように東京・大阪の大都市圏の為に電力供給基地として
地方の自然環境を蹂躙してきた。
今回の3・11以降の原発事故の本質は何よりもその事実を顕している。
どう自然と向き合うか。
この事は私たちが今最も真剣に考えなくてはいけない問題なのだ。
従来の都市神話はすでに破綻を見せ始めている。
中橋修さんが個として向き合っている都市性と自然性とは、彼の成人性と
少年性というナイーブな肌合いを保ちながらも、本質的にはこの問題と向き
合っていると私には思えるのだ。
<父っちゃん坊や>ではなく、ふたつの両端を結ぶ<青年中橋修>の挑戦
は、今始ったばかりである。

*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月20日(金)ー25日(水)am11時ー
 pm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-07-20 13:02 | Comments(0)
2012年 07月 19日

樹霊の旅ー幻月・7月(14)

月曜、火曜と搬出・壁塗りを終え休日とした昨日、以前から約束していた
界川ー円山川ルートと緑の運河エルムゾーンを藤谷さんを案内し歩く。
円山北町バス乗り場で待ち合わせ、旧テンポラリースペース前から歩き
出す。懐かしい木が立っている。
一度は枝を切り払われた白樺の樹が、再び枝を伸ばしていた。
さらに奥の銀杏の樹は変わらず、さらに太く大きくなっている。
この樹を借景にして2階の大窓から見た円山、藻岩山の風景は四季を通し
て美しかった。
随分写真を撮ったなあ。
そこから川俣正のインスタレーシヨンを行なった旧テトラハウス角を曲がり、
かって重兵衛沼と呼ばれ今は公園となっている川の道を抜ける。
直線の道路に対しくねくねと曲がる川跡の小道を曲がって、旧テトラハウス
の裏を抜ける。
そこから細い路地裏を抜けて、遊歩道にもなっている界川の道を歩く。
古い家が裏を見せて建ち、ここがかって川だった事を無言で物語る。
途中大通りの地下鉄上の大きな道路に出るが、構わず突っ切って中央の
緑地帯の街路樹脇を通る。
そこにも大きくなった樹が立っていて、この川の上に立つ樹が一番大きい。
横に立ち並ぶ他の樹と比べるとよく分かるのだ。
だからこの樹の傍を通る時は、いつも幹に触れ挨拶する。
<友よ。>
通りを横断してさらに遊歩道は続き、円山の懐に抱かれたような佐藤邸の
石山軟石倉庫を横切って、円山墓地へと通じる細い直線の墓参道に出る。
そこから墓地をぶった切る環状線を渡り、円山原始林へと歩を進めた。
空気が一瞬にして変わり、森の匂いと緑が濃く周りを覆う。
山裾の川が見えてきて、その川に沿って奥へ奥へと歩く。
森が深くなって、大きな桂の巨樹が見える。
思わず藤谷さんが声をあげる。
桂の樹はこの西南の山・森の主である。
桂の森を抜け、古くは滝の沢と呼ばれた円山西町に入り、そこからさらに
円山川沿いに源流域へ歩を進め、旧地名の所以ともなった不動の滝まで
夏草を掻き分け進む。
それから旭山公園を抜け、これも環状線で分断されている伏見稲荷の
鳥居下の古い石段を下りて、琴似街道に出た。
琴似街道をゆっくりと歩き、途中の古地図をプリントした小公園の壁を
見て、この通りがかっての幹線道路だった記述を藤谷さんに見せる。
馬車と人の通るかっての幹線道路は、車の道とは違い道幅が心地よい
のだ。
そして琴似街道を下って、旧円山村と藻岩村を繋ぐ道を終えた。
それから大通り西8丁目まで歩き、イサムノグチのブラックマントラから
緑の運河エルムゾーンへと進んだ。
この辺りはもう桂の樹はなく、ハルニレ(エルム)が代表する森のゾーン
である。
ヤマダ電機とSTVの電気・電波のセンターを抜けて、植物園から伊藤邸、
清華亭ー北大構内を通ってテンポラリースペースへ至る。

今回初めてふたつのルートを一度に歩いて感じた事は、不動の滝に代表
されるルートと北大や清華亭に代表されるルートの自然に接する人間の
回路の相違である。
近代文明の夢の形が後者には大きな比重を占めてあり、素朴な自然信仰
が前者には色濃く見られる。
共通するものは、自然への畏敬と尊敬の眼差しである。
僅か百年程前の圧倒的自然環境に対し、文明は文明なりに民は民なりに
その自然環境とのいい意味での拮抗が存在するのである。
しかしあのオリンピックを契機に展開された環状線のような物流土木工事
の道路には、もうそうした自然への畏敬の念は消えている。
その証左が、墓地を分断し神社を分断した幹線道路の存在である。
ここにはもう自然とのいい意味での拮抗はなく、自然を凌駕し傲慢な直線
の暴力だけが道路だけではなく、建物すべてにも風景の中に在る。
琴似街道、行啓通りに至る伏見稲荷参道下の神輿を奉納していたと思われ
る大きな高い入口の建物が今回忽然と消えて、更地になっているのを目にし
た。多分周囲の状況から思うに、ここもいずれマンシヨンが立つと思われた。
美しい鄙びた時を映し出す石段の下にあったこの建物が消えたのは、口惜し
い気持がした。
石段だけが残って、その上は環状線で断ち切られ、その下は高層マンシヨン
で断ち切られる。
ここから続く山裾の川の道、その下に沿う街道と有機的な自然との接点を保つ
これらの道はある時代までの人間の自然との関わり方、拮抗の在り方として
非常に大切な心の礎石とも思えるものだった。
そしてそれらの記憶にいつも添うようにあるのは、多くの一本の巨樹たちである。
友よ、あなたたちが生きてその記憶を今に伝えてくれている。

*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月20日(金)-25日(水)am11時ー
 pm7時。
*今村しずかライブー7月29日(日)午後7時~入場料1500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-07-19 13:06 | Comments(0)