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2012年 06月 30日

岸に立つようにー命月・6月(21)

空を巻くように時の軸をくるくるっと巻き上げて、円筒形に時間の空が収納されて
森本めぐみ展が終った。
「舟がくる」。
これは宇宙船だな。
時間空間を飛行するタイムカプセル。
作品には、そうした不思議な力がある。
最後は作者からも離れて、見る者の心の時空を飛翔する。
来月29日今村しずかさんのライブ会場で、このタイムカプセルが再び開かれる
時、作品はどんな表情を見せるのだろうか。
優れた作品にはそうした力がある。
先月の八木保次さん・伸子さんの作品。
そして6年ぶりに里帰りしたムラギシの作品。
それらもまたタイムカプセルのように、新鮮な表情を保って顕れたのだった。
<命月・6月>。死者を悼み、そう名付けた今月も今日で終る。
死者の記憶もまた時に、新鮮な表情を保つタイムカプセルである。
死者に背を支えられ、生者に肩を押されて6月の谷間を越えてきた。
そんな深い感謝の想いで、私もまた6月の空を巻く。

*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」-7月5日(木)-
 15日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。7月2,3,4日展示作業。
*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月20日(金)-25日(水)
*今村しずかライブー7月29日(日)午後6時~1500円予約制。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-06-30 12:34 | Comments(0)
2012年 06月 29日

空を巻くようにー命月・6月(20)

先日仕事の休みの日森本めぐみさんが、作品を撤収した。
最後まで残っていた大作「舟がくる」を、丁寧に巻き円筒にする。
その際作品を壁から外し床に一旦置いたのだが、3mを超える
作品が一瞬絨毯のように見える。
壁に掛けられ対面していた時とは別の表情がそこにはあった。
魔法の絨毯?「千と千尋」のハクの背中?・・。
ふと、「バック ツー ザ フユチャー」という言葉が浮かんだ。
左右を横切る白い描線が、タイムカプセルの時間遡行の白い時の
流れのようにも感じられたのだ。
<しゅったつ>の未来軸が左隅の小さな小舟に向かうのではなく、
過去という未来に向かっている感じがしたのである。
この作品が保っていた謎めいたものが、何となく理解できた気がした。
これは「神隠しー舟がくる」だなあ。
大きな円筒状に巻かれた作品を持つ森本さんを見ていると、千尋が
千となり、千が再び千尋と出会っているような、「神隠し」の旅を終えた
少女のような表情に見えた。
昨日の彼女のブログに初めて、近い将来に北陸に移住する事が記さ
れている。
祖父や祖母の故郷へと本当にタイムトリップして、これからの人生が
始るかのようだ。

この作品は7月29日の今村しずか初CD発売記念ライブにおいて、再び
会場に展示される予定である。
2年前の冬に描かれた「なみなみとしてもつ」が起点となって今村さん
の今回のCD収録作品が生まれ、この作品とともに今回の「舟がくる」
も展示される。
今村しずかさんの出立ライブの会場を飾るこのふたつの大作は、どんな
ふたりの出立のトニカを生むのだろうか。

*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」-7月5日(木)
 -15日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。7月2,3,4日展示作業。
*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月20日(金)-25日(水)
*今村しずかライブー7月29日(日)午後6時~1500円予約制。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-06-29 12:45 | Comments(0)
2012年 06月 27日

光滴るようにー命月・6月(19)

追悼八木保次・伸子展を見に芸術の森美術館に行く。
雲ひとつなく青空が広がり、気温も高い。
常盤の森は緑が滴るようにして、翳が濃い。
そんな光に比して会場内部は照明が薄暗く、色彩の彩りが貧しい。
おふたりの資料は誠実に展示されていたとは思うが、作品の彩(いろ)は
死んでいる。
我田引水かもしれないが、私のところで展示した八木伸子「ふたつの花束」
八木保次「風物」の圧倒的色彩の存在感とは比較にならない。
色彩は光の彩(いろ)である。
その彩(いろ)を、ふたりはこの札幌の光の中で生涯賭けて追求した。
その彩(いろ)が活きていない。
折角の森の中に近い透明な光溢れる環境なのに、閉じ込めた室内照明
だけでは、このふたりの作品の彩(いろ)は活きていないのだ。
自然光では作品が劣化する懸念もあってか、自然光を遮断し照明だけ
の室内展示にしているのかも知れないが、このふたりの作品は光が命
である。追悼の資料展示という黴臭い設定ではこれでもよいが、作品を
主体にした時にはこの展示では作品の肝心の色彩が活きていない。
美術館とは同時に資料保存館でもあるから、それはそれで止むを得ない
のかもしれないが、作品は資料ではなく活きた命溢れる存在である。
そのように見たかったと思う。
美術館も八木さんのアトリエも同じ南西の山中に位置している。
そこから札幌の固有の光と色を画布に留めようとしたふたりの色彩への
挑戦をもっともっとラデイカルに同じ光の中で見たかった、そんな想いが
強く残るのである。
その後緑陰と光溢れる野外を歩き、もうひとつの企画展は見る気持が
起きなくなり、下って真駒内川の川辺、石切山の跡地を散策した。
エドウイン・ダン記念館からハルニレの大木を何本か眺めて、その大きさ
美しさにあらためて感動する。
山裾に繁る桂の大木、川辺に多いハルニレの大木。
これらの「立体力」をここ固有の美として、そこを基点に本州目線にない
固有の立体を、八木さんたちの色彩探求と同じように見たいと思った。
時代を超えて円空から初音ミクまで俯瞰する展示も良いが、そうした啓蒙
的で俯瞰する教養的視座の気持ちにはなれない日だった。
私には八木夫妻の仕事への個人的追悼が、この地と分ち難く深く結びつい
てあった日だったからである。

*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」-7月5日(木)-
 15日(日)am11時ーpm7時・月曜定休:7月2,3,4日展示作業。
*中橋修展「内包ー呼応する場」-7月20日(金)-25日(水)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-06-27 12:55 | Comments(0)
2012年 06月 26日

惜しむようにー命月・6月(18)

半年振りに写真家のアキタくんが来る。
それから山田航さんが来て、村上隆太くんが来て、山内慶さんが来た。
それから有山睦さんに泉さんが来て、最後に久野志乃さんが来る。
ずっとみんなで話が続いていたが、肝心の主人公はこの日も仕事で
留守。森本めぐみ展最終日の午後の事である。
みんな閉廊時間まで居て、近況やら作品の事やら話していた。
名残惜しむように、話は尽きない。
森本展が始ってから度々来るようになった村上くんも最後は奥の談話室
に坐り、みんなの話に入っていた。
その様子を見ていてふっと思った。
そういえばこのメンバー、普段はどっちかというと人見知りする人が多い
ような気がしたのだ。
鬱系とまでいわないけれど、あまり八方美人の人はいない。
どちらかといえば、ぼそりぼそりと喋るタイプである。
気が合えば個人的に長い時間の会話が続くけど、こんなに多勢でワイワイ
というのは、珍しい時間だった気がする。
おまけにこのメンバーには共通性が何もない。
ただここで出会って顔見知りというだけである。
それなのに、結構深い話に熱中している。
時折り詰まらない駄洒落を飛ばしていたのは私ぐらいのもので、その度に
アキタくんに睨まれたのである。
森本めぐみ展最終日はこうして本人不在ながらも、作品が心をとき解して
アキタくんのヴェトナムで体験した闇の話からさまざまな個々の闇の話で
何時間も盛り上がったのだった。
女性ふたりは別にして、なんとも暗い男たちが明るく談笑した事か・・・。
これも森本めぐみ作品の品徳というものでしょう・・・ね。
ご報告です。

*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」-7月5日(木)-
 15日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。:7月2、3,4日は展示作業。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-06-26 11:14 | Comments(0)
2012年 06月 24日

モナリザのようにー命月・6月(17)

誰かが絵の背景に描かれた風景を指して、モナリザの絵の背景の
ようだと話しているのを聞いた。
その時ふっと、そうかと思った。
正確に覚えていないが、背景の色彩と広がりにそんな共通性を感じた。
森本めぐみさんの作品「舟がくる」の事である。
有名な「モナリザ」は上半身の肖像である。
乱暴な想像だが、もしモナリザの下半身が疾走したとするなら・・という
妄想が浮かんだのだ。
ぎゅ~んと、足を跳躍させて走る。上半身は見えない.
そして背景は変わらない。
謎の微笑は見えないけれど、謎は画面に漂い残っている。
禁欲的なモナリザの内なるマグマ・・。
そんな妄想がふっと横切って、この「舟がくる」の大作は時に謎に
満ちたモナリザの破顔にも見えてくる。
誰かの一言で、絵画の見方は微妙に変化したりする。
その事の良し悪しを言う積りはない。
いろんな回路があるのは、絵画自体が豊かだからである。
<しゅったつ>のキーワードは変わらないと思えるが、号砲一発
スタートといった<しゅったつ>が現実にある訳ではない。
個人的状況の内面で闘われてある、極めて個別で濃密なものが
ある普遍性を獲得しようとする、それが表現の産みの苦しみである。
そう思う。
取り澄ます事のない現代のモナリザは、顔を消して疾走する下半身の
ように行動的であって、しかしして同時に謎の微笑をも画面に漂わせて
いる。
森本めぐみさんの真摯な出立の表現である事は、変わらない。
今日が最終日。
公開制作も含めて3週間。
長いようで短く感じられる充実した会期だった。
森本モナリザさま、ありがとう。

*森本めぐみ展「舟がくる」-6月24日(日)まで。am11時ーpm7時。
*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESSー幻視の狩人」-7月5日(木)-
 15日(日):7月2,3,4日展示作業。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-06-24 12:46 | Comments(0)
2012年 06月 23日

幻のようにー命月・6月(16)

若い静かな表情の殺人事件の容疑者の顔を画面で見ていて、
ふっと飯館村の無人の穏やかな山村の風景を思い出していた。
放射能で人が去った緑豊かな静かな村。
一見すると何の異常もない穏和な山村である。
日常がそのままの表面を保ちながら、見えない異常が潜んでいる。
飯館村の風景とこの容疑者の表情が保つ共通性は、静かで能面の
ような表情・日常風景である。
非日常の核(原爆)と日常の核(電気)のように、殺人や廃村も非日常
の顔をもたないで日常の顔で顕れるのだろうか。
鬼瓦権蔵などといういかにも恐ろしげな顔をした犯罪者などなく、普通の
大人しそうな善良そうな顔をして犯罪を犯す。
見えない放射能汚染のように、平穏な顔をして凶悪な汚染が心にも忍び
寄っているのだろうか。
人間にも風景にもそれが在る。
何の変哲もない住宅街が突如として液状化し、渚現象が起きて崩落する。
平坦な土地と思われたものが、実は谷を埋め立て渚を埋め立てた虚構の
現実であったりする。
現実と思えたものが、実は幻である。
現(うつつ)という実体が反転して現実の牙を剥く。
人間も風景もそんな総幻化の時代にあるのだろうか。

芸術・文化に携わる人たちは、相当に覚悟が必要な時代である。
時に現実現象の方が超現実として世界を囲繞している。
幻が真に幻として現実に対峙する軸心が問われているのだ。
現(うっつ)が雪崩れ込んで、幻を食う時代である。
食われた事に気付かず、アートなどに耽っている場合ではない。

*森本めぐみ展「舟がくる」-6月24日(日)まで。am11時ーpm7時。
*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」ー7月5日(木)-
 15日(日):7月2,3,4日展示作業。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-06-23 12:55 | Comments(0)
2012年 06月 22日

風孕むようにー命月・6月(15)

出立とはどのように訪れるのか。
時代というものもある。個別性というものもある。
一概にはいえない。
私が思う出立とは、その言葉に最初に深く触れたのは岸上大作の
短歌の一首である。

 断絶を知りてしまいしわたくしにもはやしゅったつは告げられている

          (「意志表示」-しゅったつ)

辛い恋とか政治的な状況とか、ここには時代も青春も深く関与していたと思う。
しかして、それを回顧的に思い出しているからではない。
<断絶を知りてしまいしわたくしに>という位相は、決して回顧ではないと思う
からだ。
断絶という意識の位相は、現在はもっと広くその裾野を保って散乱して在る
ように思えるからだ。
<断絶>を明確に意識する出立の意志表示の濃厚な時代というものがあった
とするなら、現在はもっと日常的なさり気ない顔をした断絶の時代でもあるだろう。
それはあたかも原発(日常)という核の時代と、原爆(非日常)という核の時代の
差異のように、断絶の見え難い時代なのかも知れない。
与件としての時代状況は違うにせよ、人はいつの時代も真摯に生きて出立する。
その出立意識の在り様こそが、真に信じるに足る価値である。
森本めぐみの「舟が来る」を見ていると、そこには熱気球の熱風が孕むような
出立の在り様が感じられてくる。
<知りてしまいし>というような明確な断絶意識から生まれたものではない、
もっと内から燃え上がるような出立の姿である。
火山のように、マグマのように噴き上がってくる。
そしてその先に<舟がくる>。
そこへと噴き上がる跳躍、その内なる力が出立を告げる。
理念として遠い未来があり、そこから現在を発って出立がある訳ではない。
従って<断絶を知りてしまいしわたくし>という認識の位相は見えない。
断絶も理念も外側に位置している知的概念であって、そこを見るという視座から
彼女の出立は生まれない。
もっと内なる竜巻のように湧き上がるなにかである。
今信じるに足る<出立>とは、理念的認識的知の地平にはもうなく、内から
湧き上がる跳躍への願望、それしかないのではないのか。
ふとそんな感想も抱くのである。
まるで欄外に付記されただけのような小さな小舟を眺めながら、この大作の作品
名が「舟がくる」とだけ記されている事に、現在の<しゅったつ>の保つ真摯な在り
様を思うのである。

*森本めぐみ展「舟がくる」-6月24日(日)まで。am11時ーpm7時。
*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESSー幻視の狩人」-7月5日(木)-
 15日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-06-22 13:31 | Comments(0)
2012年 06月 21日

跳ぶ命のようにー命月・6月(14)

横幅約3m20cm縦幅1m20cm弱の「舟がくる」。
この森本めぐみ作品は、俯瞰して見る視座と近距離から微視的に見る視座
の両方を楽しませる要素がある。
その点が絵図のような物語性を感じさせる要因でもある。
しかし次第に展示も落ち着いてくると、やはり俯瞰した構図の迫力が良い。
画面を大胆に左から右に横切る白い描線が、段々跳躍する太股のようにも
見えてきた。そうした事を感じさせる身体性を保つ作品と思える。
その身体性とは非常に女性的なものでもあって、この作品の反応の多くは、
女性の観客からの反応が顕著である事からもそう感じられる。
そしてそのアクセスの仕方が、白い太股のような描線の内側に広がる赤い炎
のデイテールに近付いて見る事から始るようだ。
大きな孤を描く白い左右の描線には、直接触れない。
きっと意識の外側では認知しながらも、目は細かなデイテールに集中している。
一方男性の観客は概ね全体の構成から左右の孤を描く白い描線に注目して
から鑑賞が始るような気がする。
従って直後の感想のストレートさは、圧倒的に女性の方が率直である。
きっと何かを即感じて共感するようだ。
画面左上の隅に小さく舟が描かれている。
これがタイトルともなった「舟が来る」の舟であろう。
タイトルに比して、本当に小さな小舟である。
逆に言えば、舟の存在よりも舟に乗り何処かへと移動する予感の確かさという
存在感の方が圧倒的に比重を占めている現在が感受される。
その跳ぶというリアリテイが、不確かな未来よりも確かな今である事。
こうしたリアリテイの保ち方とは、ある意味で非常に女性的な凛々しさのような
ものを感じてしまうのだ。
仮にこの主題を男性性として想定した場合、「舟が来る」は「舟に乗る」へと
微妙にその位置を変えるような気がしてならない。
その時「舟」はもう少し大きな存在として理念的に象徴化されるだろう。
この絵のように左上の隅に小さく小舟のようには描かれないように思える。
遠い理念に向かって燃える情念もあれば、遠い理念に向かう今に燃える
情念もある。
そのどちらが良いとかいう優劣はない。
あるのは女性的な情念の在り様と男性的な情念の在り様の僅かな相違だけ
である。
何度か見ている内に帰り際、入口近くから俯瞰するように作品を見ていたある
女性が、此処から見るのも良いねと呟いた。
それを聞いて、ふっと気付いた。
最初俯瞰して見ていた男性は、後からデイテイールに近付き鑑賞していた。
女性は最初デテイールに触れて帰り際に俯瞰していた。
この相違はすべてではないけれど、概ねそうであってこの違いはきっと
未来というものに対する接し方の男女の相違でもあるような気がする。
仮に<舟>というものが未来を象徴するロマンだとすれば、この未来の
ロマンへの男女の命の駆け方の相違とも思えるのだ。

 自分や家族の幸せだけを考えず、多くの人々の幸福を追って生きるのが
 ”男のロマン”だったのでしょう。
 志を抱く夫を支えるのが、私にとっての”女のロマン”だと気付きました。

          (「潮と運河」愛した夫とー「私のなかの歴史」藤間扇玉)

遠い志の理念の実在感よりも、目の前の夫の生き方を信ずる理念(ロマン)
のあり様に、森本めぐみの<舟>の位相もあるような気がする。

*森本めぐみ展「舟が来る」-6月24日(日)まで。am11時ーpm7時。
+藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」ー7月5日(木)-
 15日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-06-21 13:17 | Comments(0)
2012年 06月 20日

綿毛のようにー命月・6月(13)

昨夜は台風の影響か、風が強かった。
帰り自転車が風で漕げなくなる。
何度か車を押して歩いた。
今朝は曇天だが、昨夜ほどではない。
生暖かい風が吹く。
路辺の綿毛も濡れて、灰色に固まっていた。
綿毛の飛ぶ季節。
森本めぐみさんも、風という舟に乗って綿毛のように飛ぶのだろう。
人も植物も光合成の活発な季節なのだ。
ある者は東京を離れ故郷に戻り、ある者は故郷を去る。
そしてある人は、故郷で発火する。
ここは、パワースポットですね、と昨日来たM君が言った。
いいえ、トランススポットですよ、と応えた。
temporary、転歩ラリー・・・。
変わる場所、転化する処。
そうあれば良い。
綿毛となって飛ぶのが良い。
そのように作品が生まれ、トランスすれば良い。

隣の大家のテーラーさんが来て、しばし前回の大木裕之展の話題となる。
ゴミ溜めのような会場、そこで夜ふたりで飲んだと言う。
ダンディーな洋服屋さんとゴミの王様のような大木さんの組み合わせが、
おかしくて仕方がなかった。
その様子を映像作家は記録していたから、後にその映像は見ている。
しかしあらためて思い出して話すテーラーさんの話を聞いていると、
なんだか分からないけど、夜大木さんがひとりでいたのでお酒を持って
訪問したのだという。
あれは洋服の仕立て工房のようなものですよ、と私は説明した。
出来上がったスーツの展示ではなく、工房の中の仕立て中のゴミですよ、
そういう場として大木さんの会場の場があった・・。
そう説明すると何となく分かると応えてくれた。
9年目の制作の現場だったんです、それは決して小奇麗なレジデンス
という滞在ではなく、制作の現場そのものの場所造りだったのです。
普段ダンデイーな背広姿を披露するテーラーさんだが、同時に職人として
物つくりの人でもある。
作業場は決して小奇麗な場ではない。
裁断された服地の切れ端、糸屑その他雑多なものが散乱する。
そうした体験的な感覚から、大木さんの会場の現場を理解したと思う。

あのゴミの山も大木裕之の綿毛、落ち葉のようなものなのかも知れない。
それらを丁寧に処理していた時のストイックとさえ思える姿を思い出す。
百のフクシマ、瓦礫のインテリ的観念処理よりも、実のある綿毛のような
現場であった。
職人には職人の気質がある。
分からなくとも何かを感じたから、お酒と食料の差し入れが生まれたのだと
私は思う。
百の観念的コンセプトの擦り合せよりも、はるかに実の付き合い、と
私は感じていました。
そして、吹き抜けの2階上には森美千代さんの写真の乱舞という10年目
の花も咲いて・・。
花も実もある会場でした、そうでしょう、大木さん・・。

*森本めぐみ作品完成展「舟がくる」ー6月24日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」-7月5日(木)ー
 15日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-06-20 13:12 | Comments(0)
2012年 06月 19日

潮のようにー命月・6月(12)

ポプラの綿毛が風に飛んでいる。
朝、自転車で走っていると道の両脇が白く帯になっていた。
季節はもう初夏から真夏へ移っている。
ギヤラリーに着くとすでに人が待っていた。
M君である。
先週2回ほど森本さんの制作を見に来て、今日は完成を見に来たと言う。
このところここへ来て何かが解けたのか、もうすっかり常連のような感じ、
親しく話すようになった。
昨夜は見に行くことを考えて眠れなかったという。
作品と場所の両方に磁力を感じている気がした。
一昨日までの公開制作の場は、作品の完成とともに綺麗に片付けられ
タイトル・価格も整えられていた。
M君は一点気に入って予約を入れる。
その後何人かの人が続いて訪れ、最後にO君が来る。
O君は昨日東京から札幌に帰って来たばかりで、荷物はそのままにして
ここへ来たと言う。
6月で大学を中退し、理容師の学校に入り直すという。
手を使う仕事が自分には向いていて、大学を出て就職する道を止めたと
言うのだ。
彼は現代詩手帖の投稿の常連で、詩人でもある。
この先この詩の仕事と、理容の仕事の両方を続けていかねばならない。
東京を去る時には百人近い人たちが別れを惜しんでくれたという。
同人誌の仲間が多いと思うから、それも彼の才能の一部である。
立つ別れで帰ってくる者がいれば、立つ別れで去る人もいる。
森本めぐみさんの新作は、立つ者の潮のような作品である。
作品に付けられたタイトルは「舟がくる」
この舟はどこから来て、何処へ行くのか。
それは多分本人にも解らないだろう。
分かっている事は、舟が来てそこに乗りどこかへ行く確かな予感である。
それが彼女の出立の徴(しるし)である。
その非常に身体的な濃い画面が横一杯に広がってもいる。

*森本めぐみ新作展ー6月24日(日)まで。am11時ーpm7時。
*藤谷康晴展「WILD BRIGHTNESS-幻視の狩人」-7月5日(木)-
 15日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-06-19 18:01 | Comments(0)