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2012年 04月 30日

それぞれの八木保次・伸子展最終日ー光陰・4月(23)

朝着くなり、すぐ美術家のMさんが来る。
まだ24歳のMさんは八木さんたちの名前は知ってはいたが、見るのは
初めてのようだった。
Mさんの目は八木保次さんの油彩抽象画に惹かれているかに見えた。
後で気付いたのだが、その時今田さんのお姉さんが来ていた。
最初どこかで見た人だなあ、と思っていたが声を掛け損なう。
後で芳名録のお名前を見て思い出す。
一度会っただけなので、名前と顔が曖昧だったのだ。
そこへ旅行鞄を引き擦りながら尾道の船大工で彫刻家の野上裕之さんが
来る。第一子誕生で帰省して来たのだ。
この後実家にいる奥さんと子供の顔を見に帰るという。
彼はいつも帰省時先ず最初にここに寄ってくれる。
もうひとつの実家のような感じである。
後輩にあたるMさんとも久し振りに対面し暫し話した後、妻と子供の待つ本当の
実家へと野上さんは帰った。
初めて見る子供の顔を楽しみにしている事だろう。
それから今回の展示の協力者である山内慶さんがフランスパンとチーズを持参
して来る。八木保次さんの追悼という事だ。
保次さんの第一食本人のいうところの洋食である。
そこへ山田航さんが来る。
その間八木さんたちの生徒さんと思しき人たちが絶え間なく訪れて見ている。
そして小さいな子連れの長身の男性が奥に顔を出した。
今回資料のポスターや図録の提供でお世話になった芸術の森美術館のY氏だ。
彼には今回展示の油彩2点は是非見て欲しかったので、来てくれたのが嬉しい。
もし美術館でふたりの回顧展が催されるようなら、この2点は展示に提供したいと
思っていたからである。
札幌の宮の森に帰郷前後の、ふたりの瑞々しい札幌の光彩が溢れている作品と
思っていたからである。
Y氏はカメラでこの作品を撮り、その時は考えさて下さいと応えた。
それからは次々と人が訪れ、一方奥の談話室ではお酒も入って山内さん、山田
さんが話し込んでいる。
声が掛からず気が付かなかったが、八木さんの親しいお弟子さんHさんやYさん
も見えていたようで、話が出来ず残念だった。

         追悼・それぞれの八木保次・伸子展展示目録

K氏所蔵品 八木伸子「宮の森の秋」(50cm×40cm)水彩・1986。
        八木保次「無題」(50cm×40cm)グワッシュ・1986。
        八木保次「無題」(30cm×23cm)グワッシュ・2点・年代不明。
H氏所蔵品 八木保次「蓬葉」(40cm×30cm)グワッシュ・1987。
        八木保次「無題」(40cm×30cm)グワッシュ・1986。
画廊収蔵品 八木保次「風物」(36cm×40cm)油彩・1977。
        八木伸子「ふたつの花束」(52cm×42cm)油彩・1974.
        八木保次「無題」(136cm×60cm)墨彩・1988。
        八木伸子「お雛様」色紙・水彩。  
資料     八木保次・伸子展図録(1999年芸術の森美術館) 
        中根邸の画家たち図録(2000年芸術の森美術館)
        八木伸子展図録(1994年日動画廊)
        八木保次作品集(1993年札幌)
        八木保次・伸子展図録(2006年札幌ギヤラリーどらある)
        八木保次道新記事「生きる」(1993年3月12日夕刊)
        ポスター:1999年芸術の森美術館八木保次・伸子展
        その他追悼の記事・追悼会の記事・追悼の言葉の栞。
        K氏H氏N氏との交流時の写真。
        個展時の写真等。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-04-30 13:55 | Comments(1)
2012年 04月 28日

色が増すー光陰・4月(22)

青空が続き、気温が上昇する。
風景に色が増してきた。
裸木に緑の葉が萌えてきた。
アスファルトに映る黒い枝の翳にも、うっすらと燃えるものがある。
遠くの山肌にも白や黄の斑な模様が見える。
光濃く光冴えて、空気を透明にする。
夏の始まりがこれから一気に加速して、植物の色彩も濃くなっていく。

帰省中の東京の大学生Oくんが寄る。
3年になる今年、将来を考えて背広スーツを着る人生を送りたくないと
結論したという。
あらためて手仕事の職人の仕事を目指すと話す。
親にはそのことで昨夜話し合ったという。
東京で満員電車に乗り、人込みの中にいてこんな中でスーツの人生は
自分には向かない、と感じたと話す。
両親ももともと手の仕事をしている人なので、その仕事を継ぎたいという。
ただそれはそれとして、創作の仕事は続けるのだとさばさばした表情だった。
植物と同じように、人間もこの時季色を出すのだなあと思った。
それはそれでとても自然な事で、その人間の本当の色を志として出せば良い。

昨夕の新聞に小さな記事で今回の展覧会が取り上げられて、朝からそれを
読んだ人たちが連続して訪れる。
八木さんの絵画の生徒さんが多いようだ。
ふたりの正面に飾られた油彩の評判が良い。
福寿草の黄、フキノトウの緑のような、描き込まれた油絵の具が春の透明な
光に映えているからだ。
この絵を見ていると、色彩は光であり、光は色彩を生むという事が良く分かる。
追悼・それぞれの八木保次・伸子展もあと二日。
短い春が行く。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1ー8斜め通り西向
 tel/fax011-737-6603
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by kakiten | 2012-04-28 12:05 | Comments(0)
2012年 04月 27日

晴れが戻ってー光陰・4月(21)

強風の一日が過ぎて、暖かな春の日が戻って来た。
来月から一年間ドイツに滞在制作するYくんが来る。
先月訪問する予定だったSくんが訪問中止となって、ドイツにいる谷口顕一郎
さんに渡してもらう予定だったいろんな資料をYくんに託した。
先日道立近代美術館で展示された花田和治さんの図録、酒井博史さんの
活字印刷の傑作DM等である。
ここ半年ほどの札幌の記録で、ドイツにいる谷口さんへの土産である。
Yくんも花田さんの展覧会を見て感動したようなので、その事も谷口さん
に直接伝えてもらう事にした。
花田さんといえば、同じように最終日会場を訪れ感動していた久野志乃さんが
今スペインで展示をしている。
フェースブックに初日の様子が載っていた。
出発前ここで滞在制作した大作が、正面壁に展示されている。
他の小さめの円形の作品も含めて、明らかに変貌してきた様子が窺える。
来月からドイツで滞在制作し発表するYくんも今回の訪独できっとひとつの
節目を迎える事と思う。
谷口顕一郎という先輩人の存在が、きっと良い励みになる筈である。
久野さんといい、谷口さんの後輩たちもどんどん海外で自らを磨く時期なのだ。
磨くとは、自らの内側を見詰め直す行為をいう。
磨り減らないだけの己を見つめる事だ。
人は時に遠く離れて、逆に自らの内側を見詰め直す。
それが<磨く>という行為に通じる気がする。

遠く八木保次・伸子さんもまた、一度は札幌を離れそしてふたたび札幌の
奥深く山中に近い住居で、この地の風光・光彩を見詰め直し表現した人たち
である。
春の光、木々の緑光、秋の艶光、冬の白光と、光は色であり彩であるように
この地の美しい彩光を画布に留めたのだ。
それらは札幌の中心部で生まれ育ったふたりが、一度遠く離れて後発見した
身近な故郷の山林、光の色である。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-04-27 15:44 | Comments(0)
2012年 04月 26日

夢・山の上の常設館ー光陰・4月(20)

八木さんの作品を提供してくれたK氏が寄る。
週末に今回の追悼展に作品を寄せてくれたH氏、N氏、私を交えて
K氏とみんなで会場で飲もうか、と思っていたのだが、K氏は週末都合が
悪いという事だった。
そんなK氏と久し振りに円山の居酒屋Aに行く。
彼の馴染みの店で、もう私は数年行っていない。
阪神フアンの集まるおでんの美味しい居酒屋である。
K氏と店主は古くからの馴染みで、店に着くとK氏の表情はたちまち寛いだ。
話の最初は彼の夢であった書店を畳んでからの生活の話、家族の話など
だったが、自然と話題の中心は八木さんたちの作品のその後になった。
あの山の上のアトリエに残っていた作品はどうなるのか、あの家はどうなるのか。
Kは言う。あそこを記念館にして常設できれば良いなあ、と。
あの山上の東の空を望む空間に、そこで生まれた作品たちが風景と共に在る事
は、本当に理想的な事である。
あの空間の光と色に包まれて作品が並んでいたら、それは大切な札幌のひとつ
の財産ともい得る空間となる。
ふたりの画家が夫婦で晩年見詰めてきた札幌の光彩。
それがあの山上の場所にはあるからだ。
さすが2008年頃までおふたりの作品を常設で展示していた実績をもつK氏の
発想だ、と聞いてきて感心した。
住居兼アトリエだが、建物はどちらかというと普通の住居の造りだから、これを
常設の展示記念館にするには相当の手直しが要る。
しかも敷地もそんなに広い訳ではない。
実現は困難と予想されるが、そうしたいと思うK氏の気持ちが素直に私には伝わ
ったのだ。そんな事を今回の追悼展に作品を寄せながら考えていたのか、という
八木さんたちへの想いが充分に伝わってきたのである。
たしかに作品はこの後遺族の方の意思もあるだろうけれど、画商や美術館寄贈
あるいは形見分けという形で散逸してしまうよりも、ふたりの生まれた札幌を見渡
す、あの山上のアトリエに常設展示される方が幸せである事は明らかなのだ。
でもなあ、と我々はため息が出た。
そんなお金も方法も我々にはとても手段がない。
しかし、こうした発想がK氏と会い話す事で出た事だけでも、昨夜の大きな収獲
といえる気持だったのである。
土地とその場の光彩を併せて追悼する視点で、あの晩年ふたりが住んだ場所と
作品を考える事が実感して考えれたからである。
作品を通して、そこに作家が生きた場所と住居も含めて、さらにいえば札幌という
土地の風光も併せて深く愛されている八木保次・伸子であると、私は感じていた。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-04-26 13:39 | Comments(0)
2012年 04月 25日

春動くー光陰・4月(19)

季節が動くように、人も動く。
釧路に居たF氏がふらりと来て、今度札幌勤務になったと言う。
さらに今まで繋がったK氏にメールが繋がらないので、F氏に聞くと、
今度はK氏は別の職場に移動したと聞く。
またS氏は某館の館長に栄転したようで、公務員の方の移動が多い
時期である。
清華亭でお世話になったK氏は、文化財課から清田区役所に転勤と聞く。
そんな人事移動とは別に、ここでもふらりと珍しい人が来た。
手書きのポップを描く職業のMさんが、八木さんの絵を見る為来る。
パソコンの影響で、もうこうした手書きの通称ポップ屋さんの出番はなくなった。
今はたまに和菓子屋さんの品名を買いたりするくらいで、仕事はないという。
ちょうど来ていた活字印刷の酒井君とも顔見知りだったので、奥で話し込む。
ともにコンピューター以前の手仕事が活きていた時代の職人気質の人たちだ。
当然話は世間一般の昨今の情勢に対するぼやき話が主体となる。
円山市場の話、新幹線の話、鉄道の話・・等々ぼやきは止まらない。
デパートのバーゲンセールや洋装品のポップと、毎日多量の手書き文字を
書いて納品していた頃の颯爽としたMさんを私は知っている。
Gパンがよく似合い、ジムニ―を乗り回してひらりひらりと華麗に動いていた
姿が印象的だった。
以前はギヤラリーの展示看板文字もよく書いて頂いた。
この文字看板を楽しみにしていた工藝作家もいたほどである。
作品の内容をよく吟味し、紙の色彩・文字の形に一回づつ工夫があった。
そして手書きならではの味が、看板ひとつにも充溢していたのである。
大量の百貨店のポップスとは違って、ひとつの個展・作品展の文字には
集中して心が篭っていた気が今もする。
その為毎年展示をしていた人は、Mさんの看板を楽しみにしていたのである。
そんなMさんがかって八木さんのアトリエを訪ねた思い出話をしていた。
30代の酒井君も含めて、そんなに昔の話ではないはずなのだが、もうひどく
時代が遠くなって時間の経つのが速い。
こうした時間の速さと記憶の濃さは別次元にあるかのようである。
ふたりの会話でいつのまにか長い時間が過ぎ、夕闇が濃くなっていた。
見送りに外に出るとMさんの車は、あの懐かしいジムニ―である。
やあ懐かしいねえと言うと、Mさんも嬉しそうに、またこの車にしたの、と言う。
もうGパン姿ではなかったのに、この時一瞬ひらりと車に乗ったMさんの姿が
かっこいい売れっ子時代のポップ屋さんに戻った気がした。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-04-25 12:27 | Comments(0)
2012年 04月 24日

二日酔いー光陰・4月(18)

定休日出て夕方から飲んだので、今朝は二日酔い。
体がだるい。
休日明けの今日、Yくんの計らいでD新聞社の取材がある。
開廊と同時に来るというので、二日酔いの頭と体を振り起し起きる。
来た記者氏は美術史を専攻したという若い人だった。
話をしている内に、目がキラキラとしてくる。
会場をひとわたり見て撮影した後、奥で色んな話をした。
新聞社は大きな組織なので、文化部とはいえ色んなジャンル出身の人が担当
する。スポーツ専門の人もいれば、社会部経済部の人もいる。
今回初めて会った記者氏は、専門が美術畑なので話が早くて敏感である。
さらにまだ若くて純粋な所があり、話易かった。
戸谷成雄、川俣正、谷口顕一郎といった作家の新旧を問わず話がすっと通じた。
お陰で二日酔いの頭もすっきり回復した。

昨夜は出版社かりん舎のおふたりと遅れて大学院の授業を終えた山田航
さんも加わり藤谷康晴さんを囲んで、時があつという間に過ぎた。
ムラギシの追悼本を誠実に出版してくれたかりん舎のふたりが初めてという
居酒屋ゆかり。ここにはムラギシの本を常設してくれる店主と料理上手な千鶴
さんがいる。いつのまにか追悼本所収のムラギシのCD曲が、店内に流れてい
てかりん舎のふたりも感激していたようだった。
そんな居心地の良さが時を忘れさせ、帰宅した時はもう翌日の時間になっていた。
藤谷さんはムラギシの最後の個展前に個展をしてそこで彼と出会い、山田さんと
かりん舎、居酒屋ゆかりの店主たちは死後遺作を通して彼を知った人たちである。
そんな生前の彼を知らない人たちが、本と遺作曲を通して深い関係性を感じつつ
こうして飲んでいる。
藤谷さんの図録祝いなのに、不思議な事にその何分の一かはムラギシナイトで
もあった気がするのだ。
居酒屋のおふたりとかりん舎のおふたりには、本当に心から感謝する。

八木保次・伸子さんもそうだが、死者がこうしてふっと身近に我々の生の深いところ
の日常に息づいている事を感じる。
見えない空気の壁の向こうにはいつも純粋に優しい死者がいるのかも知れない。
その見えない存在を、時に彼等彼女等の遺してくれた作品があたかも今も存在する
かのように、そこに顕現させてくれる。
作品とはそうした見えないものを見せてくれる力を保つものだ。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax-011-737-5503
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by kakiten | 2012-04-24 14:29 | Comments(0)
2012年 04月 23日

<朝>という言葉ー光陰・4月(17)

藤谷康晴さんの図録が完成し、出版したかりん舎さんと藤谷さんを
囲んでこの日飲む事になった。ギヤラリーで待ち合わせたので、
休廊日だが午後出勤する。
前回休廊日出勤時には、K氏から八木保次氏死去の報が届いた。
今回は、尾道で船大工をしている彫刻家の野上裕之さんの男児
誕生の報が届く。
死去と生誕とまるで正反対の休日の一報である。
さっそく野上さんに、お祝いの言葉を伝えた。
すると第一子の名前には<朝>の文字を一字入れたいという。
その言葉を聞いていて、ふっと八木保次さんも朝の人だったなあと
思い出していた。
一緒に逆立ちして見たご来迎の光。
札幌の朝の豊かな光彩を画布に描き続けた人である。
夜型の人と思われ勝ちだったが、実は早朝のこの光彩を見る人であった。
野上さんの<朝>のひと言が甦りの再生のように、新たな生命の誕生と
生命を全うして消えていった人との間で、きらりと光っているような気がした
のだ。
そして以前に伸子さんから頂いたお雛様の描かれた色紙があったのを
思い出して、会場に展示した。
それを、ふたりの遺影の載る記事の上部に飾ったのである。
1999年5月の芸術の森美術館展で出版された八木保次・伸子展図録には、
幾つものふたりの写真が載っている。
新婚の時、東京時代の時、札幌に帰って来た宮の森の時。
どれもが、このお雛様の色紙のようにふたりである。
しかし写真には当然時代と年齢が滲み出ていて、一様ではない。
だがこうして会場にお雛様の色紙を置くと、変わらぬふたりが顕れる。
絵だからこその、ふたりの真実・朝の風景なのだなあ、と思う。
ほとんど同じ時期に入院し相次いでこの世を去ったおふたりを見送るのに相応
しい絵だなあと、今思えるのだ。
尾道から届いた誕生と朝の言葉が、私にはあらためて追悼・八木保次・伸子展
への想いを深めてくれた気がする。
野上くん、<朝>君の誕生おめでとう。
そして八木保次・伸子さん、遠くから<朝>の誕生が届きましたよ。
ご報告です。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-04-23 16:25 | Comments(0)
2012年 04月 22日

K氏のコレクシヨンー光陰・4月(16)

遅れてK氏の八木コレクシヨンが4点並ぶ。
郊外大型書店を経営していた時代、常設作品コーナーを設けていた
K氏の収蔵品である。
やはり持ち主のカラーが出る。
八木伸子さんのセピア色のデッサン「宮の森風景」と八木保次さんの
グワッシュ作品3点。
すでに展示してあるH氏収蔵品と私の収蔵品とは分けて、2階廻廊に
展示した。
これでほぼあの時代の友人たちと八木保次・伸子さんとの交流を示す
人と作品が揃い、ひとつの空間を創リ出す。
ふたりの所有する作品は、すべて1980年代の制作年である。
私の所有する油彩の2点は1970年後半の作品で、八木さん夫妻が東京
から札幌に戻って来た頃の作品だ。
そうした事を考えると、一番交流の濃かった時が自ずと浮かび上がる。
常設コーナーを設けていた2007年頃のK氏の収蔵作品にしても、作品は
1980年代の作品である。
あるいは2000年代の作品もあるのかも知れないが、とにかくここに並んだ
作品はみなそれ以前の作品なのだ。
時は長さではない。その凝縮した時間の濃さである。
K氏の書店への夢、H氏の演劇への夢。
その夢の最も盛り上がった時に、期せずして作品の制作年が重なっている。
追悼とはそれぞれの故人への実感である。
その意味でも今回の作品の集まり方は、各々の実感の集積なのだと思える。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月17日(火)-29日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1ー8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-04-22 14:34 | Comments(0)
2012年 04月 20日

朝の検問ー光陰・4月(15)

朝、競馬場横を走っていると警官に呼び止められた。
自転車の鍵をチェックされる。
車輪に固定式でないのが理由のようだ。
着脱式の鍵はハンドルにぶら下っている。
法規が変わったのだろうか。
それから自転車登録番号をケイタイで問い合わせ、解放された。
快晴の朝、気分良く快走していたので気持がよくない。
自転車の季節、深夜の無灯火、暴走を取り締まるのは大事だが、なにも
朝早くから自転車泥棒でもあるまい。
泥棒は深夜、目ぼしい自転車を目を付けて計画的に車でかっさらって
いくのだ。以前環状線沿いに軒並みやられて、私も知人も盗難にあって
いる。自転車置き場から目星を付け、これはというのをかっさらっていくの
だ。朝からのんびり乗り回している自転車泥棒などいる筈がない。
そう思うと、大変気分が良くない。
山内自転車奉行のお陰で、きちっと登録されていて助かったのである。
これが登録もしていなければ、まだまだ時間が拘束され尋問が続いた
筈である。
せっかくの好天気、青空微風の朝、郊外の快適な自転車ロードで検問と
は無粋である。
もっとそれ相応の時間と場所がある筈だ。
検問の直接理由である鍵も、いつから着脱式から固定式に変わったのか
一般に周知されていない。

Mさんからメールでエゾエンゴサクの写真が送られてくる。
季節は早くも福寿草の黄色、フキノトウの緑からエゾエンゴサクの青へと変
わりつつある。
やがて野にはニリンソウの白、キバナノアマナの黄色も咲き乱れるのだ。
八木保次・伸子さんの作品たちも、明るい陽射しにさまざまな色彩を見せて
いる。
さらに今週末K氏コレクシヨンが加わる予定である。
ここにも新たな作品が加わって、ふたりの色彩が春の野のように咲き乱れる
ことだろう。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月17日(火)ー29日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-04-20 13:37 | Comments(0)
2012年 04月 19日

光と色ー光陰・4月(14)

光が戻って来た。
晴れた今朝、作品の見え方が違う。
色彩とは、光が生むもの。
同じ色も光によって違う。
季節の光、その土地の光、時間の違いの光。
その光彩を画布に捉えようとしたふたりの画家がいた。
それが八木保次・伸子だ。
四半世紀に及ぶ東京生活を終え、故郷札幌に戻ったふたりが宮の森
の山奥で感じとった光の色。
それは北の札幌の光彩だった気がする。
その光彩を、彩(いろ)のまま画布に叩きつける保次。
その光彩を、花や風物に添わせて塗り込めた伸子。
抽象画と具象画のような分別はそこにはあまり意味がない。
この地の光と色を捉える事がふたりの絵画主題である。
そんな風に今、絵を見ていて思う。
伸子さんの「ふたつの花」の背景にある黄色には、春の光を吸込んだ
福寿草の輝く黄を感じるし、保次さんの油絵「風物」には早春のフキノト
ウの燃えるような緑のエネルギーを感じる。
そしてその光彩とは、この北の大地を一瞬駆け抜ける光と彩(いろ)
の事だ。

共に山頂を駆け抜けた後に頂いた在りし日の葉書の文を思い出して
古いアルバムに綴じていたそれを読み返す。

 山頂から駆け下り、湖に流れ、風景のなかを吹きぬけ、
 あわただしく はるかな時が盛夏のなかに存しました。
 画展のお祝いの御礼と共に御礼申し上げます。
 そのうちうまい洋食御馳走したく存じております。

保次さんとともに歩いた時間が、この文から光彩のように甦るのだった。

*追悼・それぞれの八木保次・伸子展ー4月17日(火)-29日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-04-19 12:51 | Comments(0)