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2012年 02月 29日

風景の<首>ー如月(22)

閏年の所為で一日多い2月。
明日から3月である。
手首骨折やら水道管凍結やらなにかと労苦の多かった2月が過ぎる。
左手首はギブスも外れ、どうやら両手を使えるようになった。
左手固定の頃は、石鹸の泡を立てることも叶わず、如何に右手だけ
では用を為さないかを実感する。
瓶の蓋を廻す事も薬の錠剤を弾き出す事も苦労した。
掌と腕を繋ぐ手首。
この<首>という重要な繋ぐもの。
手首・足首・首。
それぞれの部位が<首>で繋がり、有機的に活きている。
頭と胴体、足と脛。
さらに細分化すればそれは関節という縊れで細かく連動している。
これらの部位を繋ぐものの大きな局所を、きっと<首>と顕したのでは
ないだろうか。
これは先日映像作家の石田尚志さんが出演していたEテレ日曜美術館
特集の藤巻某という天才画家の遺した絵巻の画面を見ていて思った事だ。
戦前の東京の風景を細密にかつ大胆に描いたこの絵巻物には、風景の
中の関節や首が、有機的な場面転換として繋がっているように描かれて
いる。
映像ならばこの場面転換はカメラのパーンとして転換されるのだろうが、
絵画でそのパーンが連続性を保って描かれている。
これは都市の内部の風景の見えない<首>の部分を捉えて、都市を分断
から繋いで見る視座を獲得しているからである。
札幌の<緑の運河エルムゾーン>を歩く回路もそれに似ている。
大通り公演ー植物園ー伊藤邸ー清華亭ー北大構内等は、みな部位として
は分断されているが、そこに風景の足首・手首を有機的に繋げると、それら
は連動してトータルな身体性(ランド)を風景の中に回復してくる。
小さな路は関節のように在り、大きな起伏は首のように在る。
我々の今生きている都市環境とは、部位だけで分断された手・足・胴体の
ように在って、これらが手首・足首・首で繋がった身体性を保ったランドとし
て喪われている面がある。
しかし本来風景には地相や地形が結晶する処が在り、そこに大きな風景の
<首>が、有機的な存在として潜んでいる。
藤巻某という若くして失踪した天才画家の遺した「白描絵巻」の東京風景に
は、その隠された風景の手首・足首・首が活きていて、喪われた都市の
活き活きとした身体性が<ランド>として生きていると思われるのだ。
風景の境界(さかい)を繋ぐ<首>を捉えて、この人の東京風景はある。

*久野志乃滞在制作展ー3月中旬予定。
*斎藤玄輔展ー3月20日(火)-4月1日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-02-29 13:55 | Comments(0)
2012年 02月 28日

再会・歩行・石狩河口ー如月(21)

清華亭外庭展示の最終日、多くの人が清華亭を見終わってから集まる。
最初に来たのは音楽家の若林和美さんで、久し振りの訪問だった。
清華亭展示の感想やら近況を聞いた。
その後美術家の森本めぐみさんが来て、それぞれを紹介する。
ちょうどその時先日頂いた今村しずかさんの初CDの音源を流して
いたので、このオリジナル曲の切っ掛けを創った作家です、と森本
さんを若林さんに紹介した。
森本さんの個展時作品にインスパイヤーされて作曲され唄われた曲が、
ちょうどその時流れていたのだ。
そしてその後、村上仁美さんが来る。
実は村上さんと若林さんは、中学時代の吹奏楽部の先輩後輩で
この日20年ぶりの再会となる。
さらに森本さんが南区の高専時代、恵庭の家からお父さんのハーレー
のサイドカーに乗り通学していたのを、村上さんが偶然見て覚えていた事
で、一気に同じ地域の話題で盛り上がったのだった。
3人が打ち解けて同じ地域や学校の昔話をしている時、網走から清華亭
の展示を見にやって来た佐々木恒雄夫妻が来た。
今回阿部守さんが流氷を見る為佐々木さんの家に泊まった縁もあり、展示
を見に網走から来てくれたのだ。
それから最終日の搬出を終えた高臣大介さんや手伝った酒井博史さん
やら見終わった他の人たちも集まって来た。
そして最後に来たのは、この日前回の個展「覚醒庵」のカタログが完成した
ばかりの藤谷康晴さんだった。
印刷されたばかりのカタログテキストは、見事な出来映えで藤谷さんの
ひとつの貴重な節目となったと思われる。

休廊日の昨日は、網走の佐々木恒雄さんを案内してエルムゾーンを歩く。
ただ清華亭だけを見るのではなく、ゾーンとしてこの場所を見て欲しかった
からだ。
そして佐々木さんが札幌にいた時通っていた専門学校が、出発点のイサム・
ノグチのブラックマントラの在る大通り公園の傍だったという偶然もあった。
これはもう一度この学校に入学のようだね、と笑った。
校舎ではなく、校舎の在る場所への再入学である。
ここから植物園ー伊藤邸ー偕楽園跡地ー清華亭ー北大サクシコトニ川
ー縄文遺跡公園ー第二農場モデルバーンーテンポラリースペースへと
3時間程歩いた。
朝吹雪だった天候も途中から晴れて、遠くの山並みも望める気持の良い
歩行で佐々木さんの満足そうだった。
知っている札幌が全然知らない札幌として再発見されて、佐々木さんの
札幌に新たな札幌が加わったようである。
札幌を去り、オホーツクの漁師として生きて3年。
今また新たな出発が始っている。
佐々木さんが帰った後パソコンを開くと、昨年末吉増剛造さんと共に
このエルムゾーンを歩いた東京の吉原洋一さんからメールが届いていた。
一年かけた吉増剛造の記録が今月で完成したという報告だった。
先週掲載された石狩河口に座る吉増さんの朝日新聞の写真記事にも
触れられていて、その澄んだ表情の先に新たな詩作の予感が満ちている
事が告げられていた。
私もこの記事は見ていて、厳冬の石狩の浜に座り銅板を前に敷き原稿片手に
詩を朗読している写真には、少年のようなひたむきな眼を感じていたのだ。
雪に覆われた緑の運河エルムゾーンを歩いた後に、こうして今また石狩河口
の風景が、吉原さんの報告で眼前に広がる不思議を、何ともいえない気持ちで
読んでいたのだった。

野(ヌプ)傍の(サム)泉池(メム)展最終日は、こうして若林さんと村上さんの20年
ぶりの再会や、今はオホ-ツクに生きる佐々木さんの新たな札幌歩行エルムゾ
ーンの小さな旅も織り交ぜて、最後は吉増剛造さんの「石狩河口/座ル ふたた
び」の鮮やかなシーンで新たな一章の幕開けを予感させるようにして終ったのだ。

*久野志乃滞在制作展ー3月中旬~
*斎藤玄輔展ー3月20日(火)-4月1日(日)まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-02-28 13:19 | Comments(0)
2012年 02月 25日

清華亭外庭展示明日で終了ー如月(20)

残すところあと一日。
清華亭外庭の展示。
清華亭、意外と知られていないこの歴史的建造物。
時計台や豊平館と並ぶ明治初期の洋館である。
他のふたつと違う事は、建っている場所が建築時と同じ場所に
在る事である。
時計台も豊平館も創建時と同じ場所にはない。
移動して現在の場所に在るのだ。
従って、土地と建物の本来の有機的な関係は喪われて、建物だけが
記念碑的に存在している。
清華亭はその点周囲の環境は大きく変わっているが、その環境の変化
も含めてかってあった風景を今に伝えている貴重な存在である。
建物の周囲に広がる土地の窪み、それはかってあった泉池(メム)の
痕跡の地形であり、隣接する小公園にはその泉の神様井頭龍神が祀ら
れている。
そしてその南側JRの高架線を抜けると、伊藤邸の広大な敷地の庭が続き、
その庭の中にも分祀された井頭龍神の祠がある。
この庭と道を挟んで同じ地形の広大な植物園の原生林が続き、ここにも深い
泉池(メム)の跡が残されている。
さらに清華亭の北側には、広大な北大キャンパスの構内が広がって、これら
の泉池(メム)を源泉としたサクシコトニ川が流れている。
都市に広がるこの泉と川の流域に、かってハルニレを代表とする森が
繋がっていたのだ。
ハルニレは英語でエルムと呼び、高水位の土地に多く立つ樹木という。
このハルニレの巨樹が、今も丘の上にたつ清華亭の庭に残されていて
かってのこの地の生き証人ともなっている。
さらに植物園ー伊藤邸ー北大構内にも多くのハルニレの大木を今も見る
事が出来る。
この緑の森の運河エルムゾーンを象徴するものとして清華亭の位置と建物が
在り、その事実が時計台や豊平館とは大きく違う清華亭の貴重なゾーンとして
の位相を形成しているのだ。
今回の阿部守×高臣大介展の主題は、このゾーンに棹さして見えない
泉池の流れを再生させる意図に在る。
その試みが成功したかどうかは別にしても、ひとつの歴史的建物の内側に
作品を封じ込めるのではなく、あくまでもその土地と建物の有機的関係性の
復活をトータルで意図した試みだけは、他の似たような展示とは一線を画す
ものとしてあるのだ。
従って今回の展示の主眼は、あくまでも清華亭内部に置かれる事を重要視
せず、その立地に主眼が置かれて展示されている。
外庭のハルニレの巨樹とその周りの樹木に作品が点在してあるのは、その
謂いである。
この和洋折衷の洋館と、周囲の自然環境の調和が活かされた遠い時代
の人間の精神性を甦らせる意図もある。
自然を破壊しつつ発展してきた現代文明の根底を見直す試みも、この
展示展開には潜んでいる。
新たな西洋化という近代時代環境と、この地の本来の自然環境とを対立し
分断破壊することなく、如何に有機的に関係化するか。
そんな明治近代の先人たちの果敢で新鮮な試みが、この土地と建物の
佇まいには活きている。
こうした洋館はかって数多くこの地には存在したが、その大半は消滅し
あるいは移転して、ただ建物だけがホルマリン漬けのように保存されて
いる。建物が本来在った場との有機的な関係性は喪われ、建物だけを
移転・保存してもその本当の意味は損なわれてしまうのだ。
清華亭はその意味で、その周囲の環境とともに本来の場所に今も建ち続
けている貴重な存在といえるのである。
この清華亭を中心とする緑の運河エルムゾーンは、札幌が札幌たり得る
喪ってはならぬ文化資源としての風景と思える。

*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)」-2月26日
 まで。am9時ーpm4時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-02-25 12:36 | Comments(0)
2012年 02月 24日

高臣皇子と阿部の皇子ー如月(19)

会場正面の阿部守さんの黒い祠のような作品にいつのまにかお賽銭が
溜まっていたが、このお賽銭を管理していたのが、もうひとりの主役高臣
大介さんである。
さしずめ阿部さんが大明神なら、高臣さんは名前からいって高臣の皇子
、それもやんちゃで酒好きなバッカス系のそれであるだろう。
どうやらこの間自らお賽銭も入れて、宮司の如く管理していた節がある。
初日のオープニングでは正体不明の泥酔状態で、酔うと癖の脱ぎたがり
病になって最後は誰かさんにズボンを着せてもらっていたと言う。
阿部さんとは親子ほどの年齢差もあるから、作品を通した対等の関係性
は別にして、時にやんちゃな皇子は年上をからかい茶化すのである。
今の自分と同じ年齢の時の阿部さんの写真を見て、ダサい、ダサいと
宣託したのもその一例である。
この写真は最初にテンポラリースペースで個展をした際のスナップで
実は私もその頃今の阿部さんとは違う軽い感じを受けていたのだ。
ただその時は、遠く九州から来てくれた現代美術の作家として先ず見て
いたので、そんなにはっきりとダサいなどとは口に出す事は思いもよらな
かった。高臣の皇子の奔放でやんちゃなこの一言で、長年のもやっとした
なにかがいっぺんに吹っ飛んだ感じがしたのである。
阿部さんの名誉の為一言付け加えておくが、この頃の阿部さんは東京芸
大を卒業し、英国王立美術大学に留学しと、正に現代美術の皇子のような
キラキラした経歴の最中にいた時代である。
現代美術のサラブレットのような阿部さんの経歴を見ていると、阿部さん
は今正にその純粋培養のような美術の経歴から抜け出て、単独で北へ
と毎年作品を引っさげて挑戦を続けてきているのである。
地元福岡教育大の美術教授として地域の世間的な名誉と安定の枠を抜け
出し、ひとりこの北の場末のこの画廊で毎年個展を開いている。
九州での地域ボスの座に安住せず、単独で新たな世界の発見と挑戦に
挑みつつ北のこの地を毎年訪れている。
北海道でこんな挑戦を続けている阿部さんのような立場の作家を私は
余り見ないのである。
地元的に有名であっても、そんな人が毎年自腹を切って他の地域に出か
ているという話は余り聞いたことがない。
そして北海道のそういう人の経歴を見ても、阿部さんの赫赫たる来歴には
及びもつかないのである。
どうでもいい人の事はともあれ、この対照的なふたりの新旧の皇子は
時に反発しあいながらも、今回見事なコラボレーシヨンを見せてくれた
と私は思っている。
お賽銭を管理した俗世の皇子とひたすら美術界の優等生的環境にいた
皇子が、ともに今新たな環境で出会ってもいるのである。
お賽銭行為とは、やんちゃな世俗皇子のある種アカデミズムに対する破壊
の友情行為として、阿部の皇子も受け止めなければならない。
そしてなによりもふたりの来歴の差異は別として、作品自体は見事に息の
合った泉の地への鎮魂として結晶したのも事実なのだ。

*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)」展
 清華亭外庭ー2月26日(日)まで。am9時ーpm4時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-02-24 13:25 | Comments(0)
2012年 02月 23日

阿部大明神とお賽銭ー如月(18)

午前中病院へ行く。
左手首骨折から1ヵ月半経過。
8割方回復の感じ。
主治医のロシアの女スパイ先生は、もうサポーターも適当に
着脱しても良いと言う。
リハビリーも必要ないので、あと一ヵ月後にまた診せてと言った。
そして、男の人は回復が早いわ、と呟いた。
このS先生の強力な治療が効いたなあと、私は感謝している。
無駄なく適確なあの強力な引っ張りが効いている。
最初の印象は、007の映画に出てくるロシアの女スパイのように
研ぎ澄まされた鋭い印象だった。
しかし今は不思議とその風貌に親愛の情さえ感じている。
当初その鋭い感じの印象を人によく話した。
聞いた人から、きっとその先生が気に入ったのね、と冷やかされた。
なにはともあれ水道管凍結、手首ギブス凍結と、固まり続きの1、2月
だった。
昨日今日と暖気が続き、清華亭外庭も雪が黒ずんでいる。
展示としては凍結の寒気と白い雪の風景の方が美しい。
あと残り3日簡。
週末の天候はどうなのだろうか。

福岡の阿部守さんより、作品無事着いたとの電話ある。
収獲多い滞在でした、との言葉ある。
そして四角い祠の作品と一緒に在ったお金の包みは何?と聞かれる。
ああ、あれは阿部さんの祠の作品の中に入れられたお賽銭です、
というと、大笑いしていた。
四角い黒の祠の作品の背後の小さな穴から誰ともなく硬貨が入れ
られ、それが内部に溜まったものだ。
1千円以上溜まっていて、それをお賽銭として大介さんが大事そうに
紙に包んで荷物と一緒に送ったのだ。
中に灯明が燈っていて紙幣は燃えるから、硬貨になったらしい。
美術作品にお賽銭とは・・、さすが、ハルニレ:チキ・サ・ニ(われら・
こする・木)である。
火の神様に手を合わせたくなったのかも知れない。
九州の阿部大明神、在り難く頂くと電話に笑い声が響いた。



*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)」展
 清華亭外庭ーam9時ーpm4時。
*久乃志乃滞在制作展ー3月中旬
*斎藤玄輔展ー3月20日(火)~4月1日(日)。

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by kakiten | 2012-02-23 14:08 | Comments(0)
2012年 02月 22日

エルムの鐘ー如月(17)

ハルニレが繁るこの街を、かって人はエルムの都と呼んだという。
エルムとはハルニレの事でもある。
その美しい立ち姿は札幌だけではなく、原野に一本立つハルニレの四季を
記録した写真集もあるほどだ。
広大な北大構内、あるいはその南側に位置する北大植物園の敷地には
今も原生林のその姿を垣間見る事ができる。
北大の第二農場モデルバーン内には、時を知らせた当時の鐘が今も保存
されている。
そしてこの鐘の名前は、エルムの鐘という。
今回高臣大介さんがテンポラリースペースで展示した紡錘形のガラスの
塊は、中まで純粋無垢な透明なガラスの塊で、拍子木のように叩くと良い
音がした。
上から吊ったこの作品は呼び鈴のように、揺れてぶっかると美しい音が
響いたのだ。
これはガラスのエルムの鐘のようで、清華亭の水滴のような吊りガラスと
呼応して、両方の場所で鳴らしたら良いね、と提案したのだった。
澄んだ音色のガラスの塊が、見えない泉の流れを音で繋ぐように感じた
からだ。
もうひとつの今回の新作に、「メムシリーズ」と名付けられたグラスの作品が
ある。これは透明なガラスの厚さの相違が、横から見ると底に水が入って
いるかのように見えるグラスである。
底の方のガラスの厚い部分と中間から上の薄い部分のガラス層の違いが、
光を屈折させあたかも水が入っているかのように見えるのである。
この「メム(泉)シリーズ」も、今回の展示の傑作だったと思う。
清華亭外庭は、この場の真の主たるハルニレの巨樹と野外の自然光が
主役である。
雪の中の作品たちは、ひたすら静謐に一日の時の流れの中に佇んでいる。
野外と室内という対照的な展示の場を繋ぐのが、阿部守さんの鉄と木の祠
と高臣大介さんのガラスのエルムの鐘だったと思える。
ひとつは祠の中で燃えている火でハルニレが繋がり、もうひとつは鳴り響く
澄んだ鐘の音で水と繋がったのだ。
清華亭の周囲には高層ビル群が林立し、もうその水源は涸れてしまった
けれど、この火と鐘の音が遠くふたつの場所を繋いで、この場の生き証人
たるハルニレの巨樹と見えない泉の流れを再生する鎮魂の主題ともなっ
たと思うのである。

*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)」展
 清華亭外庭ー2月26日(日)まで。am9時ーpm4時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-02-22 12:35 | Comments(0)
2012年 02月 21日

渓流のようにー如月(16)

渓流のように川音たてて、一週間が過ぎた。
昨日の午後ガラスの作品も四角い祠の作品も洞爺と福岡へ帰って行った。
しかしまだ清華亭外庭の展示は26日まで続いている。
こちらは純粋に野外の庭に展示だけの、静かな佇まいである。
そしてこちらが今回本命の、「野(ヌプ)傍(サム)泉池(メム)」展である。
清華亭外庭が静かで深い底流とすれば、こちらの一週間は川の表の流れ
のようである。
かって清華亭の周囲には伏流水が地下から湧き出でて、泉池となり川と
なって流れ下っていた。
その豊かな水源を糧にして繁った森の記憶。
そしてそこに遺された一本のハルニレの巨樹。
その巨木の傍に阿部守さんの木ノ子のような鉄と木の造形作品と、
枝に吊るされた高臣大介さんのガラスの水滴のような作品が展示
されている。
それはかってこの地にあった森と泉への鎮魂でもある。
この地から湧き出た水は流れて、もうひとつの展示場であるテンポラリー
の岸辺と呼応し、波頭のように透明なガラスの塊が宙を舞い澄んだ音を
響かせていた。
また鉄と木で出来た柩のような四角い祠には灯かりが燈り、鉄とガラスに
造形の命を吹き込む火の炎が収納されていた。
この火は同時にあの遺された一本のハルニレの巨樹への鎮魂でもある。
チ・キサ・ニ(われら・こする・木)。
木を擦って火をつくった謂れから名付けられたハルニレのアイヌ語名。
これら水と火と木を象徴するふたりの作家の作品が清華亭では鎮魂
として、ここでは渓流のように焚火のように、流れて燃えて展示された
のである。
そして一週間はあっという間に、渓流のように過ぎ去った。
しかしその深い流れ、底流はまだ清華亭外庭に在り続けている。

阿部守さんが来札し高臣大介さんが滞在し多くの人が集ったこの一週間が、
川面の流れとするなら、清華亭野外の静謐な空間は伏流水の静かな底流
である。
底流に根差す巨樹の傍のふたりの作品は、この巨樹の遠い記憶に添うように
今日も静かに雪明りに浮かんでいる。

*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)」展
 清華亭外庭展ー2月13日(月)ー26日(日)am9時ーpm4時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1ー8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-02-21 14:38 | Comments(0)
2012年 02月 19日

心届く日ー如月(15)

昨日は、遠くから頂き物が届いた日。
最初は今淡路島にいるという24絃琴奏者で画家の中川かりんさん
から心こもるお手紙と淡路特産のお香が送られて来た。
昨年はほとんど欧州で活動し、その後淡路島で日本古来の
生命観に触れ今の自分の位置を考えているという。
日本から一度離れる事であらためて見えてきた内なる自分への考察
が、淡々と率直に語られていた。
その後旅の途中の吉増剛造さんから、岩手県遠野の銘菓「明がらす」
が届く。
萬鉄五郎美術館に行っているという。
そこで彫刻家の菅沼緑さんと会って、菅沼さんが、私の事を懐かしんで
いたという。
もう菅沼さんとは十年以上もお会いしていない。
人の縁とは不思議なもので、こうして人が人を介してまた繋がるのだ。
さらにその後、敬愛する美術批評家Kさんから、箱にびっしりと詰まった
食料が届く。豚丼の素材やハム等暖かな食物の数々がびっしりと詰ま
っていた。
ふっと昔東京の下宿時代に送られて来た母親の小荷物を想い出した。
聖母のようなKさんの笑顔が浮かぶ。
お礼のお電話を差し上げると、私と佐佐木方斎さんに送ったと言う。
私、方斎、花田和治さんの3人は、Kさんにとって特別応援したくなる
存在なのかも知れない。
いい歳をした3人だが、Kさんにはいつも危なっかしく手を差し伸べたく
なるような3人なのだろう。
今道立近代美術館で展示中の花田和治展の開催を心から喜んでくれ
たのもKさんである。
そんな贈り物が一度にこの日届いて、心が豊かに暖かくなった一日
だった。
今日でここでの阿部守×高臣大介展も最終日。
あっという間の今週だった。
昨夜からの雪が降り積もって、清華亭庭の展示がとても綺麗だった、
と朝方そちらを周ってきた高臣さんが言う。
清華亭は来週一杯の展示なのであらためて見に行こうと思う。

*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)展
 2月14日(火)-19日(日)am11時ーpm7時。
*同上清華亭外庭展ー2月13日(月)ー26日(日)am9時ーpm4時。

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by kakiten | 2012-02-19 13:07 | Comments(0)
2012年 02月 18日

一生ド貧乏?-如月(14)

2階の事務所で階下の会話を何ということなく聞いていた。
明るい声の女性と高臣大介さんが話している。
作品の説明から、今回のDMの活字印刷の説明をしている。
この印刷は活字で友人の日章堂印房の酒井博史さんが、作った
んだ、と話していた。
すると聞いていた女性が、<イッショウドウ、ビンボウ?>と聞き
返している。よく発音が聞き取れなかったらしい。
すると大介さんが、笑いながら<一生、ド貧乏!>と、大声で笑い
出した。違うよ、日章堂印房だよ、と訂正する。
これから大介さんは、なにかというとDMの印刷を紹介しながらこの
ジョークを繰り出す事になった。
これを最初に聞いた時の酒井さんの、なんともいえない笑いを浮かべた
顔の苦笑いが忘れられない。
当らずと言えども遠からず、と本人が言った。
他の聞いた人はやはり笑いながら、大体可哀想に・・と呟く。
そんな酒井くんの優れた職人の腕が今回さる大手デパートの目に止まり、
今度そのデパートで実演販売する事が決まったようだ。
決して、一生ド貧乏で終る事はないと思う。

阿部守×高臣大介展もあと二日。
清華亭はさらに一週間の会期がある。
今日は久し振りに雪が降り白い世界となった。
作品が雪明りの反射に映えて美しい。

*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)」展
 2月14日(火)-19日(日)am11時ーpm7時。
*同上清華亭外庭展ー2月13日(火)-26日(日)am9時ーpm4時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-02-18 12:33 | Comments(2)
2012年 02月 17日

清華亭を通ってー如月(13)

左手首のギブスが外れて、今は着脱可能なサポーターを装着している。
お風呂にも入れるので、大分楽になった。
とはいえ、まだ完全に手首の機能が回復した訳ではない。
パソコンも今だ片手打ちで、昨日のブログは跳ばしてしまった。
打ち込んだ後間違えて全部チャラになったのである。
その後、清華亭を見学しここを訪れる人が続き再度打ち込む事は
断念した。
何年ぶりだろうか、友人の太田ヒロさんが来て、中橋修さん、丸島さん
と清華亭を見た人たちが次々と続いた。
太田ヒロさんは、ここのオープン最初の高臣大介展で素晴らしい演奏
を披露してくれ、かつ前のスペースの最後の展覧会でも白熱の演奏を
してくれた高臣さんとも縁ある人である。
そのヒロさんが来て間もなく、居酒屋ゆかりの宇田川さんが来た。
宇田川さんとヒロさんは実は宇田川さんの東大教授時代の知人で、今
居酒屋をしていると聞きヒロさんは信じられない、という顔をして驚いて
いる。そこへ山内慶さんも来て、活字印刷の酒井博史さんも来る。
やがて河田雅文さんも来て、一気にヒロさんを中心に旧知の友人たち
の渦ができる。
そこで出る清華亭外庭の展示の感想は、概ね好評のようである。
阿部守さんの作品が、エルムの巨樹としっくりと調和して馴染んでいる
という声が多い。
この作品はこの地に寄贈する、と阿部さんは宣言して九州に帰った。
その事は別にしても、作品自体がもうすでにこの地に根を下ろして存在
しているかのようである。
昨年秋後志郊外の春香山裾野の一角に作品を設置し、その状態を季節
を通して記録している美術家中橋修さんが、阿部さんの作品に共感して
くれたのが嬉しかった。
ハルニレ・エルムの巨樹とともに、これから雪が溶け新緑の中でこの作品
がいかなる風景を刻んでいくか。
その記録もしっかりと留めておきたいと思う。
西の奥の山並みから発した清流が伏流水となり、植物園の原始林に湧き
さらに隣接する伊藤邸の広大な庭にも湧き出し、この清華亭の立つ小丘
の周りに泉池となって豊かに溢れ、そこから一筋の川となって今の北大
構内を流れていた。そのエルムの森と野の一帯を偕楽園と称し一大産業
振興地として開発されたのだ。
今の広大な北大構内敷地の前身である。
泉池を見下ろす小高い小さな丘の上に立った清華亭からの景色は、当時
さぞ美しかったと思われるが、今は視界はビルの陰に隠れて閉ざされて
いる。
近くに隣接する旧偕楽園緑地跡地公園にひっそりと佇む井頭龍神の祠
と清華亭の奥庭に立つエルムの巨木のみが、この当時の記憶を遺す
証人なのだ。

*阿部守(鉄)×高臣大介(ガラス)「野傍の泉池(ヌプサムメム)」展
 2月14日(火)-19日(日)am11時ーpm7時。
*同上清華亭外庭展ー2月13日(月)-26日(日)am9時ーpm4時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-02-17 12:43 | Comments(0)