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2011年 12月 31日

晴天の大晦日ー烈々布(36)

今年最後の日、晴天。
光燦々と射し込んで、朝一番岡部亮・新明史子夫妻が見える。
一人娘の4歳の麦ちゃんも一緒だ。
早速梯子を登り、明るく騒ぐ女の子がいた。
彫刻家である岡部亮さん、美術家である新明史子さん。
そしてふたりは共作で、豆本も作っている。
それゆえ是非見て欲しかった。
銅板の長い文字の絵巻物。
そこには打刻の彫刻もあり、巻いて持参する絵巻物の要素もある。
そして吉増剛造のライフワークをこうして一堂に会して見る事は、
そうそう有り得ない事だからだ。
総花的な大吉増剛造展は今後もあるのかもしれないが、今回のように
凝縮した個展はここで今しかないのだ。
その事を誰よりも知っているのは、多分作家本人自身である。
俯瞰した展示ではなく、垂直に一点を掘り下げて作家のある本質的部分
に触れる。この場の主体性とともにその視座は在って、決して業績一般
ではないからである。
切り口は17年前のエポックメーキングな仕事「石狩シーツ」であり、同時に
その17年間を結ぶ今、吉増剛造自身のコアのひとつの渦だからである。
2年前の道立文学館の吉増剛造展とは、規模も展示資料のスケールも
大きな相違がある。
しかしこの北の一点の深度においては、いささかの遜色もなくむしろより
本質的な展示である。
何ゆえ道立文学館関係者も含めて、今日で終了するこの歴史的な展示
を誰も見にも来ないのか。
道立の<道>とは、何処に立っている<立>なのか。
石狩の見えない、北海道一般の<立>とは、本州目線の北一般の視座を
いうのである。
<都ぞ弥生の雲紫に、花の香漂う宴の莚(むしろ)>
明治の開拓使の時代旧帝国大学北大寮歌の時代から一歩も出ていない
<都>意識の証左である。
弥生(3月)に花の香漂うのは、本州の都である。
オホーツクも十勝も石狩も弥生は雪の中、花の香などは漂わぬ。
作家吉増剛造が血の滲むような石狩滞在4ヵ月を経て、長編詩「石狩
シーツ」を完成させた磁場としての石狩・札幌を見もしない北海道とは、
いかなる北海道であるのか。
東京目線にある吉増剛造のみがその視野にはあって、石狩から立った
吉増剛造を見ていないのだ。
従って、この銅板長巻4巻に打刻された長い年月、世界中の場所、そのどの
部分にも北海道立文学館的<北海道>は、打刻記載もされていないのである。
あれだけ長期間大規模に展示されても、作家の脳裏に刻まれるモニュメントは
何もない。
刻まれないだけではなく、関係者が誰も来ないのもその必然と思える。

とにもかくにも今日で今年も吉増剛造展も終わり。
東京始め道外から来てくれた人たち、さらには足を運べずとも遠くから
見守ってくれた友人同志たちに心から感謝する。
そしてなによりも今回も全力投球で冬のエルムゾーンを歩き、語り尽くして
頂いた吉増剛造氏に心からの友情と敬意を捧げたい。

 大長巻四本、・・・さぞや、落ち着いていますことでしょう。(吉増剛造)

ライフワーク銅板長尺全4巻、本当に<落ち着いて>並んでおります。
そして、来年の龍のようにギラリと鱗光らせ立ち上がっております。
ありがとうございました。

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
*及川恒平ライブ「冬の鏡」-1月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-12-31 14:12 | Comments(0)
2011年 12月 30日

ふっと集まるー烈々布(35)

昨日のミクシイにニューヨク在住の美術家Nさんが、NHKジャパンTVで
偶然出演中のFさんの映像を見たと書いていた。
Fさんがまだ高校生だった時、ここで会っている。
そしてNさんの荷物を地下鉄まで一緒に運んでくれたのだ。
あの高校生が今TVに出演して、その画像をニューヨークで見ている。
そんな驚きと感慨が文章に溢れていた。
早速メールでFさんに知らせた。
すると今東京から帰省していて、こちらに向かうという返事が来た。
ちょうど歌人のYくんも来て、先日のエルムゾーン案内人K氏も来ると言う。
先日の吉増剛造道行きの主要メンバーが揃う事になった。
程なく着いたFさんは、Yくんに現代詩手帖の最新号を見せる。
Yくん連載の時評が初めて載った号である。
その中にFさんの掲載詩と吉増さんと赤坂憲雄氏の対談も収録されていた。
何か全員揃っているね、と不思議な感じがした。
吉増さんの対談は、札幌に着いてすぐホテルで校正をしていたものである。
札幌に到着したその日ここへ向かうという連絡があったが、ホテルへ入ると
今日中に校正しなければいけない仕事が出来て、今日は伺えないという電話
が来た。その仕事がこの雑誌の対談校正だったのである。
次の日お会いした時頂いたのが、この対話の校正原稿のコピーだった。
その掲載誌をFさんが持って来た。
K氏も見えて、4人であの歩行以来10日ぶりに顔を揃えた。
吉増さんは、コピー原稿・掲載誌という感じで傍にいる気がした。
その後先日の打ち上げで参加出来なかった居酒屋ゆかりへ向かう。
多分今年最後の飲み会。
淡々と良い時間が流れて、美味しいお酒だった。

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
*及川恒平ライブ「冬の鏡」-1月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円

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by kakiten | 2011-12-30 12:14 | Comments(0)
2011年 12月 29日

あと二日ー烈々布(34)

展示も今年も本当にあと二日。
早いなあ。
白く凍てついた道を歩いた日が夢のよう・・。
都心に奇跡的に遺された雪の緑の運河エルムゾーン。
その真に公共的な空間を、やがて来る新幹線の東西の直線に対峙する
ように、有機的な南北に広がる泉池の森を歩いた。
現代のアフンルパル・まいまいず井戸のようなブラックマントラの螺旋を起点
にして縄文遺跡の静謐な何もない小さな野原まで。
約4時間の不思議な歩行。
慣れぬ雪道に吉増剛造さんの慎重な足配りが、目に浮かぶ。
そして遺跡公園近くに立っていた枯れた大優婆百合に、短く声を上げた。
19年前界川の源流の小さな谷に咲く秋の大優婆百合を見ていたからだ。
 
 宇宙の木階(キザハシ)を、静かに下りて行く、
                            (大優婆百合を揺らしている獣達・・)

その記憶を甦らして、声を上げていた。
歩行の後の濃密な対話と活舌の展開。
そして一時の休憩時、前日食した甘いマロングラッセを所望された。
あれは、脳の猛烈な消耗が欲した自然な欲求だ。
非公開の対話と話と映像のパフォーマンス。
その一日の十数人だけの集まりに多分「石狩河口/座ル ふたたび」の
17年が凝縮して、脳力は全力投球だったのだろう。
この一日が今回の個展のコアとなって記憶に残っている。
同行した7人の友人たち。
そして何処からとも無く聞きつけて集まった夕刻のパフォーマンスの参加者。
それぞれの脳裏に刻まれたこの稀有な時間が、長い今回の展示の芯ともな
って、今甦るのである。
吉増剛造は床に敷いた銅板を正座してハンマーで叩き、語り続けた。
あれはもう男の巫女のようだった。
そして何度も私にも他者にも宣言していた。
来年もここで個展をする。
垂直映像展覧会だ。
そう、今度は銅板ではなく映像の劇場、CINEGOZOシアターである。
狭い小さなこの小屋で、どうその思いを受け止め得るのか。
それが私に課された次なる課題である。
余位さん、ふたりでこの仕事を石田尚志さんも交えて創ってゆきましょう。
遠く一日燃えて飛んできた鈴木余位さんへ、来年のエールです。
燃えて、この年の最後をあと二日送り出してゆく。

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
*及川恒平ライブ「冬の鏡」-1月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-12-29 12:34 | Comments(0)
2011年 12月 28日

あと三日ー烈々布(33)

今日で御用納めと、官庁に勤めていたTが言う。
あと3日で今年も終る。
深度の深い、長い歳月をかけた吉増剛造の銅板長尺彫刻。
その4巻の刻字の絵巻物には、故人の彫刻家若林奮さんとの40年余
の時間が詰まっている。
そしてその中に、ここ石狩・札幌との歴史も。
豪雪の後、陽射しが射して反射光が銅板を撃つ。
その赤銅色の輝きが美しい。
「燃えあがる映画小屋」という題名の吉増さんの言葉と映画の本があった。
その題名を思い出していた。
<燃えあがる銅板小屋>。
詩人の文字の彫刻が時と場所を刻んで、深い時空を空間に創り出している。
街の片隅の小さな小屋に、深い震源を保った稀有な時空が呼吸し雪明りに
燃えて点滅している。
年の終わりと共に、この作品も作者の家へと還っていくのだ。

17年前も多くの人が注目する訳でもなく、ひっそりと4ヵ月が過ぎた。
そして石狩・望来に滞在して「石狩シーツ」が、ひっそりと創られた。
「石狩河口/座ル」展はそうした中で1994年に展示されたのだ。
今回の「石狩河口/座ル ふたたび」展も同じように、ひっそりと展示
されている。
2年前の北海道立文学館「吉増剛造展」に見たような熱気はない。
しかしその内容は濃く熱いのである。
総花的な華やかさはなく、「石狩シーツ」誕生資料と銅板長尺4巻が主たる
展示内容である。
しかし<・・・ふたたび>という年月の根の深さがある。
その深度は近くにいて見えないものなのかも知れない。
遠くの人が逆にその根を見詰めている。
そんな気がする。

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
 am11時ーpm7時。
*及川恒平ライブ「冬の鏡」-1月8日(日)午後4時~予約3500円当日3000円

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by kakiten | 2011-12-28 14:45 | Comments(0)
2011年 12月 27日

赤い銅板小屋ー烈々布(32)

真っ赤な心が一直線に届いたような余位くんの訪問から一日が過ぎ、
世界は一気に真っ白な年末の風景となる。
疲れが出たのか、詰めた歯が欠けて休廊日の昨日は歯医者さん。
即欠けた歯を見事に修復してくれた腕の良いS医師。
円山北町時代から続く気心の知れた先生である。
S医師は網走出身で、今網走で漁師をしている画家の佐々木恒雄さん
と同郷だった。
治療終了後佐々木さんの話、網走の話をする。
今年3月の佐々木恒雄展に来てくれて、作品を見ているのだ。
それからH内科にも顔を出して、定期診察を受ける。
血圧安定、塩分を控えめに、腎臓に要注意。
外はドカ雪、吹雪で街は真っ白。
動くものは黒い翳の世界。

白と黒の世界が今日も続く。
しかしここは燃えているなあ。
燃え上がる銅板小屋。
赤銅色が雪の反射に映えて、赤くぎらっ、ぎらつ。
鈴木余位くんの真っ直ぐな赤い心が、映っているようだ。
遠い昔。同じ多摩美大に入学し上京したAが、小汚い私の下宿に
真っ直ぐ訪ねて来てくれた。
真っ赤なブレザーを着たその華やかなAを想い出す。
2年前鈴木余位くんにそんな昔話を、目黒でしたのだ。
燃える赤い心を、受け止めきれなかったその時の自分。
Aの心が余位くんに乗り移ったかのように遠い時間を経て、
赤い心が一直線に来たような気がする。
勿論、動機も状況も年齢も性別も何もかも違うのだけれど。
私にはどうしても赤い、燃え上がる心の炎が今見える。
吉増さんの銅板の燃え上がる炎の所為だろうか・・。
白く凍った世界が広がれば広がるほど、その正反対の燃え上がる
赤い炎の世界が、この小さな小屋の中には充ちている。
非常に個人的な独白のように、白く閉じた翳の世界で赤を見詰めている。
あと数日の<石狩河口/座ル ふたたび>展。
燃えるような赤い炎の、<・・・ふたたび>である。

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
 am11時ーpm7時。
*及川恒平ライブ「冬の鏡」-1月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円

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by kakiten | 2011-12-27 13:51 | Comments(0)
2011年 12月 25日

飛んでサッポロー多摩美・余位くんー烈々布(31)

先日吉増剛造×石田尚志「Cineーオペラシオン」の制作映像を送ってくれ
た東京・多摩美大院生の鈴木余位くんが、突如来廊。
2年振りの再会となった。
今年9月10日の東京都現代美術館で行なわれた吉増×石田の相互映像
パフォーマンスを見事に捉えたその記録映像とともに、<北海道に、サッポ
ロに・・・行きたくてたまらないのですが・・・>と便りをくれた鈴木余位くんが
飛んで来たのだ。
2年前暮、東京・目黒美術館「’文化’資源としての<炭鉱>」展で石田
尚志さんに紹介され、それ以来交流が続いていたが、本当にとうとうの
札幌初上陸である。
石狩河口から悪天候で引き返して来た写真家のM・佐藤さんも前後して
来たので、早速彼を紹介した。
M・佐藤さんは石狩河口で雪に車が埋まり惨々だったという。
鈴木さんは北海道も初めてで、今回吉増さんの「石狩河口/座ル ふた
たび」展を見に来ている事だから、ふたりの為に大野一雄の石狩河口公演
の映像を見せる事にした。
吉増剛造の’94年の「石狩河口/座ル」の原点ともなる’91年9月の大野
一雄の舞踏公演である。
それから鈴木余位くんの撮影した吉増×石田の映像と続け、何とも濃い
映像の時間が続いた。
その間美術家のHさん、Yくん、Mさんが来た。
昼前に着いた鈴木余位くんは、夕方から8ミリフイルムを廻し始め、会場
の内外を丹念に撮影している。
そこへ一通の葉書が届いたが、それがなんと吉増さんからのお礼の便り
だった。
不思議なタイミングで、鈴木余位くんと顔を合わせて吃驚したのだ。
今朝一番の飛行機で東京へ帰った鈴木余位くんは、この嵐のような
札幌での一日をどう感じて帰ったのだろうか。
彼の訪問は、来年の石田尚志、吉増剛造の再来訪への大きな弾みを
予感させるものだった。
次の映像を主体とするふたりの展示の為に、彼の存在は明らかにキー
となる存在となるだろう。
そう感じさせるなにかが、今回の鈴木余位くんの初上陸の熱い想いにはある。

吉増さん、石田さん、
遠くの想いが会場まで引き寄せられ、本当に飛んできましたぜ!

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-12-25 12:33 | Comments(0)
2011年 12月 23日

冬至過ぎてー烈々布(30)

横浜のY出版のY氏から電話が来る。
吉増さんと親しく多くの吉増剛造の本を出版している人である。
滅多に電話など来ない人だ。
”喜んでいたよ~、ゴーゾーさん!”と言う。
帰京してすぐ電話があったという。
喜ぶ、というよりもっと強い言葉だったと思うが、聞き忘れた。
今回の個展と歩行・対話の一日が、吉増さんにとって多くの収獲の
あった事が、Y氏との会話から熱く感じられた。
Y氏はその事実を伝えたくて、わざわざ電話をくれたのである。
作品展をする事は、作品を媒介として作家と他者が関わる事である。
その関係性は一方通行では決してない。
作品の磁場が作家と受け手を相互に弾きつけ影響しあう。
その事が新たな次への可能性を開くのだ。
従って作品展示の場は同時に、作家と見る者の変容を可能にする磁場・
トランス(函)でもあるのだ。
作品はその函の中で、作家の手を離れて独自の存在となり、磁極となる。
作品を通した他者の心の反応が、作品を回路として作家の心にも新たな
磁極を生む。
今回の場合は、ともに一日冬の緑の運河エルムゾーンを歩いた小さな
サッポロシーツの旅もまた大きく影響していると思うのだが、同時にこの
銀河のように宙に立つ展示会場の効果もあったと思える。
こんな展示は初めて、と驚き喜んでいた作者がいたからである。
打刻し突き抜けた銅板から洩れる銀河のような彩光。
そこに響く「石狩シーツ」の朗読のサウンド。
これらが渾然一体となって作家自身自分のものであって自分のものでは
ない世界に立ち会っていたのかも知れない。
ともあれ作品展を媒介として、作家が新たな経験を生み、新たな地平を生む
としたなら、今回の吉増剛造展は作家自身にも大きな意味を保った事となる。
そしてその意味は、作家だけに留まらず参加し見た我々すべての磁極にも
及んで、経験の中に深く関わるものでもある。

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-12-23 14:53 | Comments(0)
2011年 12月 22日

一夜明けてー烈々布(29)

薄皮を剥くようにふっと浮かんでくる記憶の断片。
口に鈴のようなものをくわえて、後ろを振り返り何か喋れと眼が要求している。
あのイシカリのサッポロシーツを歩いた後の宴。
言葉は出なくて、ただ下を見ていた。
するとさらに鈴が鳴り、こっちを振り向いて話を促がす吉増さんがいた。
短い銅板を縫って長巻一枚にした4m78cm。
その若林奮さんの作業と同じという訳でもないが、
わたし(たち)の歩行の糸で縫ったサッポロシーツ。
若い詩人のFさん、若い歌人のYくんの湯気の匂い立つような言葉が溢れる
前だった。
一夜明けて、その時の記憶が甦る。
あの夜、結局私は何も話はしなかった。
それでいい。
あの行程自体が、縫い込まれた銅板のように存在している。
無言でいい。今もそう思っている。
17年前の「石狩河口/座ル」の行程は、南の奥の界川源流からの道。
そして今回の「石狩河口/座ル ふたたび」の行程は、伏流水の湧く泉池の
道・緑の運河エルムゾーンの道。
その歩行の糸で縫いこんだシーツ。
そこに私の、あるいは私たちの沢山の言葉が縫込まれていたから。
そこを歩きその後の打刻の響きを待っていたのは、むしろ私だ。
ヒカリのカワラ。
そう発せられた一言を聞いて、只静かに頷いて目を下に沈めた。
またひとつ新たな回路が開きましたね。ヨシマスさん。

1989年界川游行の鬼窪邸から。
またひとつ往還するように<・・座ル ふたたび>。


*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-12-22 13:03 | Comments(0)
2011年 12月 21日

縫うようにシーツー烈々布(28)

あれはなんだったのだろう。
誰もが知っている衆知のゾーン、大通り公園ー植物園ー北大構内。
そこを縫うように8人の獣たちが歩いた。
切れ切れの端布を縫い付けるように歩行した。
その歩行の針に泉池の水跡が糸となって、それぞれが一枚の布を
織ったのである。
その布の名前はサッポロ・イシカリ・シーツ。

一日おいて今日帰京する吉増さんから昨日電話があった。
すごく濃い一夜・・・。来年もよろしく・・。
忘れた片っ方の手袋、返す荷物に入れておいて・・。

今朝は晴れて白い光が廊内を満たしている。
銅板長尺478cm×36・5cm4巻。
銅板を銅糸で縫って一巻の長さに仕上げたのが、
今はいない彫刻家若林奮さんという。
そうか、この銅板もまた縫われたものだったのだ。
あの泉池の道の縫うような歩行と同じ、
切れ切れの銅板を縫う彫刻家の指。
そこを縫う・叩く歩行のハンマー。
それぞれは何を縫い打刻したか。
単なる移動ではない、歩行の刻印・歩行の織目。
そして見えたシーツ。
そこに広がった織布の、歩行糸が織り出された模様は、
歩行の彫り出した新鮮なひとつの風景(シーツ)である。

振り返ると奇跡のようなあの道行きは、銅板長尺一巻イシカリシーツ・
吉増剛造サッポロ道行きだったと思える。

*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)まで。
 am11時ーpm7時・月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-12-21 13:01 | Comments(0)
2011年 12月 20日

白い泉池の道ー烈々布(27)

休廊日の昨日冬の「緑の運河エルムゾーン」を歩いた。
待ち合わせ場所は、大通り公園イサム・ノグチのブラック・マントラ前。
冬場でこの黒い大理石の滑り台の周囲が囲われているのが残念だった。
碁盤の目の通りを遮り、通称鯨丘の小さな丘の傍に立つこの螺旋形の
滑り台を、現代のまいまいず井戸、アフンルパルに見立てたのである。
吉増剛造さんのご実家のある奥多摩にある古代の螺旋形の井戸。
同様の形をしたあの世とこの世の入口、古代アイヌ世界の螺旋形の穴、
アフンルパル。
その形に似た小さな螺旋形の滑り台・ブラック・マントラ。
そこをスタート地点にしてこの日の見えない水の道の旅が始った。
そこからヤマダ電器を経て植物園、伊藤邸、偕楽園緑地跡、清華亭、北大
サクシコトニ川沿い、縄文遺跡公園、第二農場モデルバーンのコースで
ある。総勢は吉増剛造さん外8名になった。
吉増さんをこの一年撮り続けている写真家の人も東京から飛び込み参加
して、案内役の私、河田さん、授業を差し置いてW大から急遽帰省した詩人
のFさん、徹夜明けの仕事を終えて参加した美術家のMさん、歌人のYくん
詩人のOくんの8名である。
当初吉増さんはこの行程を映像化し即この後会場で上映との考えだった。
しかし人数が増えた事もあり、撮影は断念する。
全員が揃い、午前11時過ぎブラック・マントラ前を出発。
河田さんが北欧製のそりを持ち込みそこにカメラを固定させて、そりを滑らせ
ながら低い位置から、行程を撮影する。
不可思議な一団が、凍てついた道路をのそりのそりと転倒に気を付けながら
進む。
途中休憩も含めて約4時間弱、現代のビル群から縄文の雪原まで、泉池と川
に沿った小さなタイムトラベルは終った。
その後さらに中川潤さんの車で、石狩河口へ向かう予定だったが、これは
中止し夕方からテンポラリーで吉増さんを囲む会となる。
銅板長尺を打刻しながら、話は今回の小さな旅から生まれた詩想の言葉
が語られた。続いて同行したFさんの出来上がったばかりの詩作朗読。
Yくんの同じく同行して生まれた短歌の朗読が続いた。
私にもなにか喋れと最初に吉増さんからの指名があったが、この日は
歩いて来たばかりで言葉は浮かばなかった。
深いタイムスリップの余波の内に心はまだあったからだ。
たいした距離ではなかったが、今回の水先案内人の役割を終えて、身も
心も疲労し言葉にならなかったのだ。
定休日の非公開の夕刻からの集まりにもかかわらず、道外の某美術館員
の方、東京某出版社の編集部の方と想像した以上に人が来て、さらに真剣
そのものの吉増剛造の話の内容も含めて疲れもあったと思う。
喜ぶべき事は、来年もまたここで同じ時期に個展をするという吉増さんから
の提案があった事である。
私の拙いこの場からの新たな回路、それがひとつ報われたかと思えるからだ。


*吉増剛造展「石狩河口/座ル ふたたび」-12月31日(土)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

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by kakiten | 2011-12-20 13:41 | Comments(0)