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2011年 09月 30日

福岡・広島・東京からー点と線(11)

広島市から帰ったばかりの洞爺のガラス作家高臣大介さんと落ち合う。
この日明年2月予定の福岡・阿部守さんとのふたり展の下見に、エルム
ゾーンを歩く約束だった。本州帰りで半袖の軽装なので一時下見は中止
という意向だったが、結局雨も上がり歩く事にした。
湧泉と森の記憶を主題に、野外で雪の中に鉄とガラスの作品を展示する
ゾーンの下見である。
高足一本歯の下駄を履いて、妙に身軽な高臣さんと一緒に歩いた。
某処の春楡の庭まで案内し、イメージを固めてもらう。
鉄の作家阿部守さんはすでに今年5月散策済みである。
これであと半年程先ではあるが、ふたり展の場の基本設定は整う。

12月予定の吉増剛造展の骨子が、吉増さんより葉書で届く。
「石狩川に坐ル、ふたたたび・・・」がタイトルである。
銅板長巻全巻4本が主たる展示作品。
会期中のイヴェントも含めて、この時期画期的な展示となる。
昨年暮お約束された里帰り展の実行となる。
文面に曰く・・・

 いよいよですね、胸たかなるものがございます。

15年近い歳月を経て<石狩川坐る、ふたたび・・>である。
熱い年末となる。

*森本めぐみ展ー10月12日(水)~30日(日)。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-09-30 16:37 | Comments(0)
2011年 09月 29日

秋晴れも今日までー点と線(10)

この暖かさも今日までで、週末以降は一転寒い日が続くという。
藤谷康晴さん、今日が搬出日。
個展の会期自体は先週の日曜日で終ったが、本人の希望で今日の
搬出となる。
その間M美術館のOくんに見てもらえて良かった。
特に最終日に持ち込んだ小さな新作は、今回初の展示となった「CELL」
連作12点の系列にあり、その浮遊するもののある着地を感じさせる。
藤谷康晴の世界としては、画期的な芽のような作品と思う。
このような作品が生まれるとは、多分作家自身個展前には思ってもいなか
ったに違いない。
今回の個展をする事で、あるいは個展をしようと決めた事で、「CELL」
12枚の美しい連作が生まれ、その延長線上に小さな芽のような地から
立つ花のような作品が生まれたのである。
この時個展会場は媒介となり、作品の母胎ともなっている。
閉じたBoxの箱ではなく、開くトランスの函となって、作家自身を促がした
と思える。
M美術館のOくんが、音楽を聞くようで大きな元気を貰ったと評したのは
そうした作家の開かれた函・トランスのエネルギーによるものである。
ふたりから数十人まで、個展ではないグループ展覧会が今も開かれている。
中には芸術要塞などという良く分からない主題で、自然の中に数十人も
展示している。
いずれその展示場所春香山については、石狩と後志の境界として見聞後
詳しく評したく思うが、その界(さかい)を「要塞」という閉じた概念で主題化
する事自体に、本来のこの場に対する認識が不足していると感じている。
本来自然の豊かな石狩と後志の界に位置するこの場所で、要塞などという
新たな箱概念を提出して、なにが「アートの拠点」なのか。
美術館という箱を野外に持っていっただけで、そのアウトドアー美術館を
「芸術要塞」などとワイルドにファッション化しているだけではないのか。
ずらりと56人もの作家たちが並んで、<要塞>を作ってどうするの?
要塞とは塞ぐ要でしょ。閉じてどうするの?
たったひとりで開く函・トランスの個展と比べて、多勢で群れて要塞作って
閉じ込んで拠点とは、幼稚過ぎないだろうか。
20世紀少年春香山バージヨンとでもいった方がまだ分り易い。
個々の作家を批評する事は見てからにするが、企画としていえば
これは全くこの場所の地形・地相の結晶を媒介にしないアウトドアー的
美術館の単なる箱移動に過ぎない気がするのである。
こういうグループ展ばがりに大忙しで、個展をないがしろにする作家は
段々政治経済軸に近似した文化団体的存在になる。

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by kakiten | 2011-09-29 12:30 | Comments(0)
2011年 09月 28日

お化け文字ー点と線(9)

昨日、急にパソコンの文字が毛の生えたようなお化け文字になり、四苦八苦。
いろいろ聞いて操作しても直らず。
その内夕方東京M美術館のOくんが来て、横浜出身の彼と港論を交わす。
前回来た時お貸しした、平岡正明「横浜的ー芸能都市創成論」の読後感を
聞く。横浜生まれでも知らない横浜を知って、参考になったという。
その後、居酒屋ゆかりへ向かう。
店主の宇田川洋さんは、OくんのK大学の先生の先生だそうだ。
店は混んでいて、宇田川さんとゆっくり話はできなかったが、美酒と
オホーツクの魚介類の美味に充分満足していたようだ。
横浜と札幌を結ぶ近代の港と都の回路をどこかで開き繋げたい、という思い
が私にはある。「赤い靴」の世界である。
ヨコハマの埠頭から船に乗って異人さんに連れられた女の子は、一説には
札幌の子と言われている。
事実関係はともかくとして、サッポロとヨコハマを繋いだ近代の回路を
思うのだ。野口雨情のこの歌詞に秘められた近代というミヤコとミナト。
明治以後のふたつの都市に開いた回路を思うのである。
横浜生まれのOくんとはその意味で、東京を経由しないヨコハマーサッポロ
の回路を創りたく思っていた。
幸い何故か北に惹かれているOくんは、11月にも再度来道し、友人のM
さんの個展のある1月にも来るというので、さらに交流を深めたいと思って
いる。

翌日の今日何度かパソコンを操作している内に、ぽっとお化け文字が
直る。何処でどうなっていたのか分からないが、一時はどうなる事かと
思っていた。
やれやれである。
明日藤谷康晴さんの搬出で、その為Oくんにも昨晩展示を見て頂いた。
今回の新作「CELL」12点連作を非常に高く評価してくれたのが、
嬉しかった。音楽を感じるという。

いい事もあれば、そうでない事もある。
次回予定の十勝の梅田さんの個展は、本人の都合で急に中止となる。
いろんな事情があり、それはそれで仕方がない。
今年は3・11の影響か、スムースに展示の予定が進まない。
それはそれで、ひとつの誠実さの顕れと思い諦めるしかない。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-09-28 14:37 | Comments(0)
2011年 09月 25日

花が立つー点と線(8)

藤谷康晴展最終日、藤谷さんが新しい作品を一点追加した。
ここ2,3日で描き上げたという。
青の淡彩で細く立ち上がった青い植物。
花とも梢とも見える。
細い幹・茎に対して、開いた花・梢は大ぶりである。
これを見ていて、被災地に残った一本の松の木を思い出した。
津波で喪われた松原に一本だけ生き残った松である。
その下部から中間は枝も枯れ、上部の繁みけが残っていた。
その松の木が夜の満月に立っている写真が、TVで映されていた。
その立ち姿にどこか似ている絵である。
早速正面中央の吹き抜けを貫く「神の経路」に相対するように、飾った。
午後の光が「神の経路」に反射して、この木とも花ともみえる作品を浮かび
上がらせる。
これで今回の「~ドローイング伽藍~」は、ひとつの完成を見せた。
花とも梢とも見える地上から立ち上がるもの。
この祈りのような、たおやかな立ち姿を描きあげた事は、今回の個展の
大きな成果である。
小さな作品だが、この細く立つ姿は美しい。
大きく開いた花・梢。
それは心臓にも似て、世界に鼓動して触れている。
最後の最後に、個展会場は有機的な函となって花をトランスし、
透明(transparent)になった。

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展ー10月18日(火)-30日(日)

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by kakiten | 2011-09-25 12:56 | Comments(0)
2011年 09月 24日

蔦の実ー点と線(7)

壁の蔦がびっしりと繁り、実がたわわに生っている。
花の春・夏、実の秋。
そうでもないか・・・。秋に咲く花もある。
今朝も晴れて青空が広がる。
しかし秋の空、雲が流れ日が翳る。
夏と冬の間、
短い秋がさらさらと流れるように光っている。
来週から次回展まで少し時間がある。
南東の丘陵地帯と西北の山部地帯を散策する積り。
足と五感で自らの住む場のエッジ(界)を確かめたい。
後志国と石狩国の境界、空知国と石狩国の境界を。

小さな境界、村の界は大分見て歩いた。
大きな国境をもう一度確かめたい。
国は国でも国家という邦(くに)ではない。
お国自慢、お国訛りの国である。
後志地方と石狩地方の際(きわ)。銭函峠ー春香山。
空知地方と石狩地方の際(きわ)。月寒丘陵ー馬追丘陵。
地形と地相の界(さかい)を歩く。

藤谷康晴展もあと一日。
この個展は、一冊のカタログテキストに纏める予定という。
30歳、一区切りの仕事記録である。
これも自らが創る、ひとつの界(さかい)。
そこからまた世界が広がるのだ。
界を起点として、内へ外へと往還する命の螺旋のように。
人の中にも地形がある。
界(さかい)が開き深まる。
精神(こころ)の地形・地相のように。

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-09-24 12:05 | Comments(0)
2011年 09月 23日

秋空/蜻蛉/水庭ー点と線(6)

久し振りに青空が広がる朝。
秋の少し冷たい澄んだ空気の中を、繋がった蜻蛉が幾つも飛んでいた。
競馬場の辺り。
卸売センターから競馬場へかけて、緩やかなカーブの道が続く。
この辺りは、かっての界川ー琴似川の合流地点。
アスファルトの舗装が所々波打ち、亀裂が走っている。
地相の歪み、見えない川の痕跡。
自転車で走ると、小さな衝撃がタイヤを揺する。
その亀裂の先に、暗渠から顔を出した河岸が見える。
護岸され住宅街の中を曲がってゆく。
川は見えなくとも、風は空気中を流れる。
その流れに沿うように、蜻蛉が風に乗って、水を求めている。
二匹がひとつに繋がって、卵を産みつける水庭を探している。
競馬場や卸売りセンターは高い建物もなく広い空間だから、風は素直に
あるがまま流れているのだが、地上にはある筈の川の水はない。
汚れた雨のたまり水、排水の余り水、そんな水庭に繋がった蜻蛉が、
尾を点々と打っている。
空気中の川のように風は流れているが、土の上の川はない。
本能のまま、風に流れる放浪蜻蛉。
風の大地を漂流する難民のように、番(つがい)の雄雌が漂流している。
水から生まれ、束の間の命を二匹で結び、水庭を探す。
本当はこの辺りに、秋の陽炎のように光る命がたくさん煌(きらめ)いて、
地上を覆っていたに違いない。
石狩河口の対岸では、車のフロントガラスを撃つほど蜻蛉の群れがいた
記憶がある。

深い青空が広がれば、その分透明な蒼も増す。
晴れた秋の朝、蜻蛉とともに小さな感傷が飛ぶ。

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展ー10月18日(火)-30日(日)

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by kakiten | 2011-09-23 12:14 | Comments(0)
2011年 09月 22日

夕焼けー点と線(5)

このところ、恐ろしいような真っ赤な夕焼けが続く。
地の果ての向こうで、禍禍しい火災が起きているかのような炎の色である。
台風の影響だろうか・・。
そして、各地で台風の爪痕が凄まじい。
大地震の後、今度は台風による自然の猛威が続く。
今年は神の警告・自然の警鐘のような災害が続いている。
自然保護などという甘ったれた考えは吹き飛び、人間が自然に保護され
生きている事が良く分かる年だ。
幸い札幌はそれほどの被害はないが、この夕焼けの赤は恐ろしい
程の赤さである。
夕焼け、小焼けなどという童謡的な赤さではない。
偶然だろうが、藤谷康晴さんの今展示中の正面壁の作品「arrival x-1」
の中にある赤い目の色に似ている。
この作品は都市の奥に潜む魔物を描いたような絵である。
京都展のフライヤ―では、この絵に京都の市街図が重ねられていた。
都市の背後の魔を見詰めていた作家は、大作「神の経路」と「CELL」連作
では、魔から神へとその表現域を深化しつつある。
最近今の職場石狩新港界隈で、無機質な人工の港風景に囲まれていると、
一草一木の自然の姿に惹かれるという。
物流の構造という点では、その表面的な衣装部分を除けば、新港も都会も
同じ物流の人工構築物に囲繞されている。
供給基地と消費基地の役割の相違はあっても、物流拠点としては同構造
にある。
そこで決定的に欠落しているものは、自然の様態である。
藤谷康晴さんの出発点が、都市の衣装性の剥奪にあったとすれば、新港の
風景は正に都市の衣装性を脱いだ構造体そのものの風景でもあるだろう。
その無機質な風景に点在する有機的な自然の草・木・浪・風の存在は、
端的に都市を囲繞するもうひとつ大きな自然の存在を意識させている。
その自然とは、3・11以降の経験からもう決して単なる情緒としての自然
では決してない。魔でもあり、神でもある自然なのだ。
藤谷康晴という稀有なる絵描きは、そのドローイングの線の流れるまま、
自然という神・魔の住む大きな宇宙の領域をこれから絵筆を通して触れ
続けていくに違いない。
そしてなんと、彼の誕生日は3月11日だという。
これは運命の悪戯か・・・。
偶然という現象は、こうして意識され必然的な実体ともなる。
ニュートンの林檎のようにだ。
30歳を迎えた3・11。
それは自然が神となり、魔ともなった日だからだ。

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展ー10月18日(火)-30日(日)

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by kakiten | 2011-09-22 13:10 | Comments(0)
2011年 09月 21日

晩年のジョン・ルイスー点と線(4)

藤谷康晴展も2週目。
2度じっくりと見に来る人が多い。
その内のひとり、ドラムス奏者の有山睦さんが来る。
通称アリさん、
先日初めて手紙を頂いた。
普段会っている人から、あらためて切手の貼った封書の手紙など戴くと、
ドキリとするものである。
内容は先日の竹本英樹展のお礼と、その際会った竹本さんの愛娘
結音ちゃんの印象、その時流れていたジョン・ルイスのバッハ平均律
の感想だった。
結音ちゃんは、昔見たフランス映画「ディーバ」に出て来たアルバ
という美少女に似たオーラがあるという。
そしてジョン・ルイスの演奏に関するメモは、ほとんどもう詩的とさえいえる
独白のように別紙にその思いが綴られていた。

 どれだけ練習して、出せる音なのか・・。ひとつぶ、ひとつぶが、優しく空から
 おちてくるような、情感をたたえている。・・・なんの説明も要らない心情告白が、
 今やっとできるようになった・・、ルイスのそんな感慨が伝わる。まちがいなく
 音楽の価値を決定的に支える演奏が目の前を通りすぎていく。

今回の藤谷康晴展では、ジョン・ルイス演奏のバッハを流している。
黒人でバッハに傾倒したモダーンジャズ奏者のジョン・ルイスが、クラシック
界とモダンジャズ界の音楽差別の挾間で、また白人と黒人の人種差別の挾間で、
どれ程の苦労があったかは分からない。
しかしそれらの差異を乗り越え、晩年バッハの平均律とゴールドベルク変奏曲
を演奏し今に遺している。その音はただひたすらにジョン・ルイスのバッハである。
<なんの説明も要らない心情告白が、今やっとできるようになった・・・、>
アリさんが書いているのは、そんな澄んだ音の事でもある。
これはある困難を経たひとりの音楽家が、素直に音楽と向かい合った時の独白の
ように私には見える。
友人のひとりクマさんが、アリさんの異常に痩せた風貌を昔見て、演奏中に
マッキー、と野次を飛ばしていたそうだ。
勿論悪意があってそうした訳ではない。痩せ方を見て、ただの酔っ払いのノリで
野次ったのである。しかしその10年後、本当に一時そうした病にあった事を知り
謝罪したのである。
病を克服した後のアリさんは、何かが変わったように思う。
それはジャンルを超え、作品を見る目・耳である。
優れたジャズドラム奏者でもある彼は、絵画・彫刻・クラシック・フォークソング
写真と領域を問わず、すっとそこに音を発するポイントを見出す。
その直感はドラムを叩く瞬間にも似て、確かである。

アリさん、クマさんと童話の世界の主人公のような友人たちがこの場を訪れ、
もそもそと何事かを語り、場の土壌を耕してくれる。
今日は藤谷さん在廊日。
どんな出会いが生まれるのだろうか。

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展ー10月18日(火)-30日(日)

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by kakiten | 2011-09-21 12:45 | Comments(2)
2011年 09月 20日

船出ー点と線(3)

休日の昨夜、尾道の船大工にして彫刻家野上裕之さんの結婚報告会が
あった。昨年入籍し、今回は故郷での親しい友人たちを集めての報告会
である。
二条市場北向かいの新しい居酒屋。
久し振りにネクタイを締め、背広を着て大通りから南二条通を歩く。
見覚えのある建物は、2,3軒。あとは見慣れぬ新しい店舗が続く。
二条市場手前の創成川も公園化して、妙な明るさ。
川の東側はかって、ぐっと寂れて古びた木造の家屋が沈んでいたが、
今は小洒落た居酒屋が並んでいる。
創成川の東側を最近は、創成川イーストとか言うらしい。
かってこの界隈は、職人と魚市場の街で独特の匂いがしたのだ。
創成川とは、石狩川と札幌を結ぶ運河・新川の事である。
<新>を権威付けると、<創成>という文字となる。
明治政府と江戸幕府の権力転換期の関係が、この言葉の言い換えに
現われている。只の新川ではない、まして幕臣の大友亀太郎の造った
大友堀とは違う、明治の創成だぞというオリジナル主張のトーンである。
北部に小樽と結ぶ汽車が通る以前は、ここが物流の動脈水路でもあった。
南の中島公園の中を流れる旧札幌川の名残り、鴨々川を水源として
途中からこの人工直線の創成川へと切り換えられる。
川の有機的な曲線を物流の直線の水路に変える。
ここに近代が現代に繋がるレール転換機のように創成川は存在している。
従ってこの創成川の直線は、現代のさまざまなドットを結ぶ直線構造化の原点
ともいえるものである。
一時期創成川ルネッサンス運動という文化事業があったが、この運動自体
は東北部開発の産業経済軸に添った文化運動で、創成(新)川をルネッサン
ス(復古)するという、言葉自体がすでに自己矛盾を抱えている事に象徴され
る産業経済政治に従属した運動だったと思う。
現在の新しく衣替えされた創成川歴史公園は、この時の創成川ルネッサンス
運動の流れで出来たものである。
本来ルネッサンスをいうなら、今は日本ハムファイターズ通りなどと呼ばれて
いる茨戸街道(元村街道)の方こそが、本来のルネッサンスに相応しい。
古い札幌川を意味するフシコ川沿いに石狩へと繋がる一番古い街道である。
ここは古い神社仏閣が続き、消えた村々を繋ぐ浪漫街道なのだ。
なんで物流直線の新川・運河が、ルネッサンスなのか。
それは風土と断絶して、効率優先の近代化の延長上に現代を置く悪しき
近代礼賛でしかない。
ミナト小樽の運河と内陸のミヤコ札幌との位置の相違を基本的に押さえていない。
札幌は陸路と川が主体となる内陸の都市である。
運河が主体とはならないのだ。

そんないろんな想いで創成川の横断歩道を渡り、野上さんの会場に着いた。
古い木造家屋をリニュアルした、かっての屋根裏と思しき3階がメイン会場であった。
20人程の若い人たちが集い、顔見知りも多くいた。
本人の司会と挨拶で会が始る。
私は友人を代表して乾杯の挨拶を指名された。
友人の代表という言葉に若干照れて乾杯の音頭は止め、飲もう!の三唱で
野上さん、奥さん、妊娠3ヵ月のお子さんに杯を捧げた。
2004年野上さんの画期的な初個展「「BAKEDWORLD」が前のテンポラリー
で開かれた時、月一回ライブをしていた古館賢治さんの歌うオリジナル曲「船出」
をあの頃野上さんは特に気に入っていた。
当時、将来自分が尾道の船大工に成るなどとは夢にも思ってもいなかっただろう。
その想い出の曲「船出」を古館賢治さんがこの日歌ってくれる事になっていた。
船大工・結婚・来春の第一子誕生と、今だからこそ聞ける「船出」の唄である。
7年ぶりに聞く「船出」は、野上さんだけではなく古館さん自身の唄の深化もあり、
深くみんなの心に沁み入るものだった。
この夜創成川の岸辺で聞いた古館さんの「船出」は、ルネッサンスなどではない。
本当に創成した野上一家の進水式のように、彼の札幌と尾道を結ぶ新たな航路を
開く船出だったのだ。
野上さん、本当におめでとう。

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展ー10月予定。

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by kakiten | 2011-09-20 13:11 | Comments(0)
2011年 09月 18日

白旗山散策ー点と線(2)

先日、月寒丘陵の最高部白旗山を歩いた。
有明という前回歩いた水源池ルートとは逆の方からの歩行である。
これであとは真栄ー西山ー山部川分岐点ー月寒川分岐点ー西岡の森
と真中だけを残す事になる。
総距離約20キロ強の内、まだ半分以下である。
この丘陵地帯の最高峰が、321mの白旗山である。
何故白旗山という名なのかは、定かではない。
多分想像するに、昔陸軍の管理下にあったこの一帯の演習に使用された
名残の名前ではないかと思える。
今もこの近くには自衛隊の演習地が広がっている。
こうしたなだらかな丘陵地帯というのは、概して基地やゴルフ場、墓地
自動車工場等の大きな施設で閉められている事が多い。
石狩の当別の丘陵地帯もそうである。
さらに福生のある関東の多摩の丘陵もそうである。
ここには横田基地が広がっていた。
山部とはまた違う、低くなだらかな優しい丘陵地帯は、登山としては
物足りない部分もあるが、谷と川と丘の美しい繋がりは、里山のような
極めて人間社会に近い空間でもある。
この優しさの横溢する空間は、同時に人間社会のエゴが占領し易い空間
ともなる。
その証左が、軍事演習場でありゴルフ場であるだろう。
今回二度目の月寒丘陵探索を通して感じた事は、このなだらかで広大な
森、丘、川、野の豊かさは正に流れる流線のようにあって、決して分断された
ドット(点)としては存在していないという事だ。
ゴルフ場にしろ、演習場にしろ、墓地にしろ、人間社会のドット構造のみが
この豊かな丘陵地帯の有機的な連続性を分断し、ドット(点在)化する。
本来自然の連鎖、線であったものが、ゾーンとして孤立化させ、分断する。
それはある程度まで仕方のない側面があったとしても、大きな原則は
自然の線・流線に沿っていなければ、丘陵の優しい豊かさは破断される事
ともなる。
水源池の傍にひっそりと不動明王の祠が隠れるように在った。
そのお顔は、円山川の不動の滝の不動明王にも似て、厳しさの中にも
穏和な優しい表情であった。
八紘学園のサイロのある丘の風景、農業試験場の森。
これら近代のある領域までは、まだ確かにこの丘陵の自然との共生が
風景としても保たれていた気がする。
しかし空を切り裂くタワー系マンシヨン、札幌ドームの異様な風貌に象徴される
月寒丘陵の現代の風景には、風景のトニカ(基奏低音)に繋がる流線は断たれ
ている。
そして皮肉な事に、現代の破断に繋がる広大なドットゾーン、陸軍演習場のような
存在が逆にこの広大な丘陵地帯の保存に供している。
今はそれらの遺産が、自然歩道として一部整備されているのだ。
この月寒丘陵の東側にさらに連なる野幌丘陵、そしてさらに北側に連なる
馬追丘陵と、札幌の東南部に広がる魅力的なこれら丘陵地帯の優しい豊かさ
を、これからもしばらく探索し歩き深めたい気がしている。
これもまた、風景の中の点(ドット)と線(ライン)の対峙・戦いではありませんか?
藤谷康晴さん!

*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」-9月13日(火)-25日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-09-18 13:12 | Comments(0)