テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 08月 ( 21 )   > この月の画像一覧


2011年 08月 31日

丘に登ればードットの時代(9)

南東部から新たなさっぽろを再発見した気がする。
主に南西部の山部から北東部の石狩の海にかけてさっぽろを見ていた。
南東部の月寒丘陵、野幌丘陵から札幌を見ることが少なかった。
言い方を変えれば豊平川の向こう側から見る視座が不足していたのである。
川向こうにはまた別の世界がある。
ふたつの丘陵を中心とするなだらかな世界である。
さらにその向こうには、夕張山地に繋がる馬追丘陵も広がる。
この丘の上を中心とする世界は牧畜や酪農に適し、近代農業の発祥地とも
なったと思える。
今ならサッカーのザッケローニ監督のような外国指導者が、この産業を育て
ていく。エドウイン・ダンやケプロンといったお雇い外国人指導者である。
山部とは違う丘陵部の世界。
シティー、タウン、マウンテン、そしてフィールド。
以前月寒生れのKくんが、牧場の野原を一日中駆け回っていたという幼年期
の話をしていたが、この話をフィールドボーイとして聞けば納得できるのだ。
U氏は南西部奥の豊羽鉱山近くで生まれ、子熊と遊んだという。
これはマウンテインボーイの幼年期である。
Sくんは薄野近くで生まれ、裏道中通りに詳しい。
これはいわばタウンボーイの所為である。
駅前通りや、道庁を中心とする街で育った私は、どちらかといえばこれらの
どれにも属さない。
花街にも疎いし、熊にも動物園以外で会っていない。
まして野っ原で一日遊んだ経験もない。
消去法でいけば、シティーボーイという事になる。
同じ小学校の同級生でも、そうした界隈性の相違で感性も違った気がする。
薄野に近い人は、大人びていて読む本も微妙に違ったのである。
何百メートルかの相違で、街の匂いが違う。
まして大きな川の向こうにある豊平や月寒のような丘の多い地形は、別世界
が広がっている。
少年時の微かな記憶は今実際に地形の相違として、緩やかで広い別世界がある
事を再確認させてくれた。

次回展示の藤谷康晴さんが、個展DMを持って来る。
先の京都展の影響か、総括か。
新しいDMは、従来にない図柄で構成されている。
タイトルも新たなフレーズが加えられてきた。
「覚醒庵~ドローイング伽藍~」
「庵」に加えて「伽藍」が出て来た。
ここで2006年7月に最初に催した個展タイトルは、「常温で狂乱」。
札幌一番街の高層ビル群を細密に描き込んだ常温日常を破壊する
狂乱の情念がその後のライブパフォーマンスとして展開された。
今回の「庵」と「伽藍」は、その狂気の鉾を収めるより内なる定点構成と
なると感じられる。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-9月8日(木)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」
 9月13日(火)-25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-31 14:18 | Comments(0)
2011年 08月 30日

月寒丘陵と中島ードットの時代(8)

休廊日ひさしぶりに西岡の水源池公園を歩く。
夏風邪対策も兼ねて歩いたので、無理はしない。
この日も湿度が高めで、すぐ汗が出る。
この辺りの丘陵地帯は、かって山歩きをしていた頃には物足りなかった。
あの頃は格闘技のように、がむしゃらに韋駄天歩きをしていた。
こうして体調を落しゆっくり歩くと、風景の見え方も違う。
大きな池沿いの道は、木々の枝を通して水面の光が反射し輝いている。
西南の山岳地帯とは違う、東南の丘陵地帯独特のリズムがある。
さらに先の山部川合流地点、白旗山、有明と道は続くのだが、この日は
水源池の一周だけにする。
今度は秋か春に早い時間から歩こうと思う。
水面と紅葉、湿原と水芭蕉の春秋の時期がいいと思える。
丘陵の保つゆっくりとした勾配。
この歩行のリズムの良さに、少し目覚めた気がした。
そしてここに来る前、八紘学園内も歩いた。
ここは黒澤明の映画「白痴」のロケ現場中で、唯一今も変わらずその場所を
留めている処である。
一度中を見てみたかったのだ。
大きなサイロがあり、そのひとつは農産物の販売所になっていた。
アスパラとジャムを買い、ソフトクリームを食べる。
園内を一回りして、民と官の空気の相違を北大農場と比較して感じていた。
月寒丘陵の台地に広がる空間と、西の山裾の平野に広がる空間の差異もある。
それから水車町を廻り、途中一緒に行ったHさんが蛇神社を見たいと言うので
豊平川堤防沿いの神社まで案内した。
そこだけがふっと鬱蒼としている一角にその神社が在る。
神社の前に立っていると、横の家から初老の女性が出てきて神社の
扉を開けた。そして聞くとも無くこちらを向き、ここは龍神さまを祀っている、
この建物は本格的な宮大工の造りで、台風にもびくともしなかったと説明
してくれた。
中は意外と小奇麗に普通の室内のようで、蛍光灯の灯りに広々と感じられた。
宮司の奥様だったのだろうか、何度もここを訪ねたが、初めて内部を見る事が
出来た。
裏に立つ銀杏の巨木を見て、あらためてこの地の歴史を感じた。
中の島、中島と続くこの界隈の地名は、この場所が大きな川の中州にあった
事を示唆している。そして水車町という地名もその地形の名残である。
それから幌平橋を渡り、2006年2月私の札幌漂流時に最初に歩き出した
場所・デルタゾーンに向かう。
その頃在った道議会議長公宅地が、今はもう高層マンシヨンになっている。
その横の一度はここに本拠地をと思った倉庫は、カフエのようになっていた。
奥の鴨々川の水門は変わらずあったが、その周りも大分様変わりしている。
鉄道の駅が出来る前までは、この川のあたりが交通の中心でもあったの
だろう。対岸の蛇神社こちら側の道議会議長公宅、さらには護国神社と
この中島公園、中の島界隈には、明治初期の道庁界隈と対応するような
もうひとつの中心地の匂いがある。
今は高層マンシヨンに埋もれたかに見えるもうひとつの札幌の顔である。
そして八紘学園を中心とする月寒台地。
それは札幌ドームを中心とする今とはまた違う有機的な札幌の原風景がある。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-9月8日(木)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*藤谷康晴展「覚醒庵~ドローイング伽藍~」ー9月13日(火)-25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-30 13:03 | Comments(0)
2011年 08月 27日

長い夏風邪ードットの時代(7)

朝、光の翳が濃くなってきた。
太陽の位置が秋に移動しつつある。
低く光が入って来る。

昨日の驟雨、その後晴れて洗濯物はまた乾いていた。
喉が脹れて、唾を飲み込むと痛い。
咳き込むと全身に響く。
しつこい夏風邪。
龍角散を舌に入れていたら、なにか貼り薬をしてる?
と聞かれた。
そうか、匂いが似てるのか。
少し煙草を止めて、喉の違和感を早く無くそう。

及川恒平さんの連載エッセイ「とことんフォーク」毎週金曜日道新夕刊掲載。
昨日で4回目。
フォークソングの先駆者のひとりとして、時代と歌との関わりが次第に色濃く
顕われてくる。
この連載は、きっとある時代の青春の在り処を原点として示唆するに違いない。
そしてそれは、今に続く時代の源流のひとつでもある。
「とことんフォーク」というタイトルも、いいね。
フォークソングへの好悪に関わらず、これがひとつの時代を顕す分野である
事は間違いない。
一回目に「テキド」というキーワードが出てくる。
適度におしゃれで、適度に現状肯定、適度に反体制的。
これが肝心という。
それが商品として成立する条件と言う。
この辺は学生時代からフォークの旗手として商業主義のど真ん中に生きた
及川さんならではの、現状認識である。
但しこの後、及川恒平はこの商業主義に嫌気が差して、10年程業界から
身を引くのである。
その当時を回想して言った言葉。
<首から上でしか歌っていなかった。>
その後正に首から下の職業に就き、テニスのインストラクターとして過ごす。
そして再び歌の世界に戻って来たのが、’90年代の「緑の蝉」からである。
その辺のフォークを通した時代との葛藤の吐露も今後の連載に出てくるだろう。
純粋に歌に生き、絶望もし、再生もしてきた人である。
その生き様こそ、ひとつの時代の青春の源泉ともいえるものである。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-9月8日(木)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-27 12:24 | Comments(0)
2011年 08月 26日

雨ですか・・-ドットの時代(6)

朝、晴れていたのに、いつのまにか雨。
どしゃ降りになる。
拙いなあ、洗濯物を干したまま出て来た。
天気予報には載っていなかったから。
この天気の変り目の早さは、もう秋の近い所為か。
昨日は訪れる人も無く、ひさしぶりに静かな無人の一日。
帰り際午後6時過ぎに、厚田の中川潤さんが来る。
この日最初で最後の訪問者。
アイヌ一万年祭を終え、平取町から石狩厚田へ帰ると、畑の豆が
全部駄目になっていたという。
狐か鼠にやられたらしい。
玉蜀黍は順調で、いろんな種類を植えているという。
ピーターコーン系の柔らかく甘い種類ではなく、さっぽろ8号?とかいう
固い実の種類もあるようだ。
自耕自足の縄文人のような生活をしている彼に、スイーツコーンは
似合わない。
それでもあつこちから、改修やら補修やら大工仕事の声が掛かり、
なかなか畑ひと筋の生活とはいかず、収穫も狐や鼠に捕られて苦労
しているようだが、その割には気楽そうである。
昔から、何とかなるさという生活スタイルなのだ。
京都のHATAOが来たよ、と言うと、おーっと言って会いたがっていた。
HATAOのカタログ本の原画撮影は彼の手によるものだ。
この本が今京都の個展では、何十部も売れたという話をすると、
中川さんの目が笑顔でより細くなった。
ある時期北海道を代表する登山家のひとりでもあり、同時に山岳写真の
ヴェテランでもあった。
その写真の腕をテンポラリースペースの記録として、数々のカタログ制作の
写真を撮ってもらった時代がある。
その代表的な冊子が、HATAOのカタログ本である。
一日早ければ、HATAOと一杯飲めたのになあと残念がる中川さんだった。

中川潤が撮影し、私が編集し、岡部昌生がデザインする。
それが、テンポラリースペースのある時期の制作スタッフの陣容だった。
時は移り、場所も変わり、人も去る。
しかしこの時の我々の仕事が今、京都の会場で評判を呼び数多く購入されて
いるというHATAO本人の話を、この日中川さんに伝える事ができて良かった
と思う。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-8月18日(木)-9月8日(木)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*藤谷康晴展「覚醒庵」-9月13日(火)-25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-26 12:31 | Comments(0)
2011年 08月 25日

旭川・京都からードットの時代(5)

午後旭川在住の美術家齋藤玄輔さんが来る。
昨年9月の谷口顕一郎展の時以来だ。
今年6月被災地仙台の為に布で出来た大きなハギの花を旭川で
作成した。
ハギは被災地仙台市の花である。
仙台にある大学を卒業した齋藤さんの、旭川から仙台への思い
を形にした行為だったようだ。
昨年暮東京・京橋の画廊で個展を開き、それまでの沈黙を破った。
そして続いた齋藤さんの新たな展開である。
ドイツの谷口顕一郎さんとは古くからの親友で、昨年の谷口展で再会し
大きな刺激を受けたのかも知れないが、その後東京の個展、被災地
仙台へのハギのプロジェクトと活発な動きを始めている。
今回の訪問は、札幌での個展の打ち合わせの為である。
東京・京橋での個展カタログを見て、私は彼の故郷旭川への深く強い思いを
感じていた。
自分の生活圏内に咲く植物たちを押し花にし、版を作りその版上にカーボン
紙を載せインク面を綿などで少しづつ削り落としいく手刷りの版画である。
これに裏から光をあて透過した幻想的な植物の姿を展示していた。
青く透んだ結晶のような作品である。
これは厳寒の内陸盆地旭川の結晶だなあ、とその時感じたのだ。
その後仙台市の花ハギを制作し被災地に送った事を知り、これで
何かが彼の内部で外へと動き出した事を感じていたのである。
あの結晶のような作品だけでは、閉じた世界は次へと繋がらない。
旭川の子どもたちと共同制作したハギの花には、他者へと架ける行為
がある。
今こそもう一度個展をするべきだ。
私はそう直感して、今回彼に連絡をしたのだ。
メキシコの瓶ビールを持参して齋藤さんが来て、話が弾んだ。
じっくりと現在展示中の竹本英樹展を見、それから壁・床・梁・窓の
寸法を測りだした。
その行為にもう心はここでの展示プランが、沸々と湧き起こっている
様子が感じられた。
夕方、来年よろしく、と声をあげ齋藤さんは旭川へ帰って行った。

それから程なく京都の美術家HATAOさんが来る。
彼ともここ数年ぶりの再会で、今年は久方ぶりに京都で個展を開いたようだ。
その際テンポラリースペースで、’96年に個展した時のカタログが評判良く
在庫本が随分売れたという。
もう15年も前の仕事が、今に繋がっている。
「ConsciouSnakeー意識蛇の旅」16頁のA4版全カラー本である。
当時1000円で制作販売した。
HATAOさんは来るなり、迷ったよと言う。
壁に蔦がたっぷりと繁って見違えたという。
そうか、まだ壁の蔦が細々とその存在感を示していない時以来か・・。
そんな会話から始って、旧交を暖めながら今の話が重なった。
小一時間近くたって彼の友人という北大教授W氏が見える。
以前のスペースで一度お会いしたというが、記憶にない。
あの頃は背広・ネクタイでしたねえ、とか言われて、ああっと思う。
HATAOの帰る時間に間に合う電車があまり遅くまでないようなので、
閉廊時間前だったが、ニ風谷のマンローの映像記録上映会のある
宇田川さんの店まで案内した。
会場は満員だったが、なんとかカウンター席に座る。
北海道地物の味に舌鼓を打ち、冷たいお酒が胃に沁みる。
今度はここで待ち合わせよう、とご機嫌なふたりである。
途中W氏と偶然同じ京都の大学を出たYくんも合流し、上映会とはまた
別の京都勢の盛り上がりとなる。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-8月18日(木)-9月8日(木)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*藤谷康晴展「覚醒庵」-9月13日(火)-25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-25 13:26 | Comments(0)
2011年 08月 23日

及川なる夜ードットの時代(4)

日曜日の夕、6時から及川恒平コンサートがあった。
「まだあたたかい悲しみー其の四」。
いつもにもまして低く言葉少なく、次々とオリジナルソングを
紡ぎだすように、歌唱が続く。
会場にいる人に話し掛ける事もほとんどない。
従って一曲終る毎に拍手という通常の風景もない。
ひとつの歌が終わり、静かに次の歌が繋がる。
その連鎖の内に前半が終った。
前半の最後に、歌人山田航さんの自作長歌朗読と吉田一穂の
詩の朗読がある。
共に吉田一穂という象徴主義的詩人に興味を惹かれる及川恒平さん
と歌人の山田航さんの今後の展開を予感させる出会いである。
近く一穂学会を発足させるという山田航さん。
歌人と歌手という表現領域の違いを超えて、近代の北の巨人のひとりである
詩人吉田一穂にふたりが共通の興味を抱いた事は、今回のコンサートの大き
な特色となった。
いつもそうだが、ここでの及川恒平コンサートは、歌手及川恒平の
自己確認・自己検証の場と思える。
聞き手に対する、いわゆるサービスはほとんどない。
何故歌うか、何を歌いつづけるか。
そう自己確認し、検証し、求道する。
そうした中で、今回吉田一穂が今回出て来たのだ。
親子程も年齢の違うふたりが、吉田一穂という一般にあまり知られざる
詩人を通して、真剣に北海道の近代と向かい合っていたのだ。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-8月18日(木)-9月8日(木)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*藤谷康晴展「覚醒庵」-9月13日(火)-25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-23 14:02 | Comments(0)
2011年 08月 21日

ポーランドからードットの時代(3)

前日までの疲れを引きずっていた昨日、いろんな人が来てさらに疲れる。
そんな夕方、不意にひとりのポーランド人が訪ねてきた。
横浜の大野慶人さんの紹介という。
一緒に来た若い日本人も英語、ポーランド語は不得手のようで、その事が判る
まで大分時間が懸かった。
発音が、ヨシトではなくヨシドと訛るので、全然別の人物と思っていた。
本人も舞踏家という事で、大野一雄さんのフアンという。
’91年大野一雄石狩河口公演の資料を見せ、公演記録集の本を見せた。
本を購入したいというので、では映像も見せましょうか、と訊ねた。
是非という事で、もう時間も遅かったが、見せる事にした。
しばらく振りにDVDになつた「石狩の鼻曲がり」を見る。
約2時間近い長さだが、途中場面場面に片言の英語解説(?)を付け加え
私自身もじっと魅入っている内に、最後のアンコール場面まで一気に時間
が過ぎた。
2回に渡る大野先生の心暖まるアンコールの踊りに、この初めて会った異国人
がいつのまにか目に一杯の涙を浮かべている。
アンコールの踊りを終え、最後に会場の参加者にお礼の挨拶をする大野先生、
そして私の先生への感謝と終了の挨拶が流れ、河口岸辺の観客の姿が映される。
流れる涙を拭いもせず、感謝とお礼の挨拶を繰り返し、異国人は帰って行った。
言葉のディテールは伝わらなかったが、大野一雄の舞踏と石狩河口の夕暮れの
美しさは、そのハンデイを補って余りあるものがあった。
特に最後の挨拶で、何度も我々の舞台設営に感謝の言葉を述べて下さり、今日
は自分は会場に見に来てくれた人と一緒に踊ったのだ、という言葉に私自身も
ふっと涙が出そうになった程だった。
何度も見ているのに、この毎回の新鮮さはなんなのだろう。
まして初めて来て初めて見るもう20年も前の映像に、若き異国のポーランド人
は涙してくれたのだ。
映像もプロの人が撮ったものではない。
素人の家庭用ヴィデオを何本かを纏め、再編集したものである。
映像の巧拙を超え、石狩河口という風景の保つ場の力と大野一雄の舞踏の力が
それらを上まわり、今に遺されている。
夜も深けて暗い戸口を何度も振り返るようにして、遠い異国の訪問者は名残惜し
そうに帰って行った。

帰途自転車のライトが夜道に反射し、人魂のように揺れている。
大野先生、ありがとうございました。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-8月18日(木)-9月8日(木)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平コンサート「まだあたたかい悲しみー其の四」
 8月21日(日)午後6時~予約2500円当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-21 13:02 | Comments(0)
2011年 08月 20日

どしゃ降りードットの時代(2)

朝、珈琲豆を買いに少し寄り道。
すると来たね、どっと雨。
びしょ濡れになってテンポラリーへ自転車で滑り込む。
肝心の珈琲豆は昼からの開店で、買えず仕舞い。

親族一家が帰り、どっと疲れが出た。
東京と札幌の温度差、湿度差に体調を崩し風邪気味で、後半は食事も
ままならず、墓参とお坊さんのお経が来札翌朝から続いたので、疲れも
溜まったのだろう。
久し振りになんとかちゃんとか、ちゃん抜きの呼び捨てで名前を呼んだ。
こういう時に古いアルバム、一枚の写真が心を繋ぐ。
死者とも、過去とも。

写真とは記憶の記録であり、時に民芸のように懐かしく人肌を保つ。
いつも使っていた茶碗、お箸、お皿、人形、洋服と同じように。
そうした個人の記憶の記録の側面と、より普遍的な時代の記憶と記録。
連れて来た小さな男の子が、グリコのおまけで一時集めていた昭和の
フィギュア、昔の洗濯機、怪獣、プロレス等を目ざとく見つけ遊び出した。
本人は仮面ライダー何とかに夢中で、いろんなライダーを連呼していた。
電気装置の声を出す機械を操作し、煩い事この上なし。
仮面ライダーにゴレンジャーが全部セットされているのだ。

手でローラーを回し洗濯物を絞る昔の洗濯機のミニフィギュアーを
見ていて、ふっとほかの事も思い出した。
TVのチャンネルも手で回転し、電球もその上のスイッッチを手で捻る。
今はボタンを押す、タッチするドットの指先操作である。
ある時代まで、指先、小手先で物事は進まなかった。
掌全体を使って動いたのである。
昨年芸術の森美術館で催された「さっぽろ・昭和30年代」展で
流されていたこの時代の映像の中には、もっとそうした数々の生活が
記録されていた。
買い物する主婦、魚屋のおじさん、路端で遊ぶ子供。
そこには全身を使って動き、行為する姿があった。
売るのも、買うのも全身行為。
掌は勿論のこと、全身を動かす行為が日常である。
子供の玩具が如何に機械化され、ボタン化されていても、子供は子供である。
これらの機械を操り、最後は興奮して仮面ライダーになりきり、こちらに蹴りを
入れる。アッチャ~とか、奇声を発して飛び掛ってくる。
最初は相手をしていたが、最後は疲れて本気になって泣かせてしまった。
結局子供は全身を使う。それが自然なのだ。
ドットの機械もその全身行為の道具に過ぎない。
疲れたけれど、そう気付いて少し救われた気がした。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-8月18日(木)-9月8日(木)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平コンサート「まだあたたかい悲しみー其の四」
 8月21日(日)午後6時~予約2500円当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax-11-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-20 12:15 | Comments(0)
2011年 08月 18日

竹本英樹展始るーdotの時代(1)

竹本英樹展「意識の素粒子」始る。
親族の帰省で遅めのお盆、お墓参りをすませ、昨日午後会場に着く。
すでに前夜遅くまでかけて、展示が完了していた。
会場一杯178枚A3程の大きさの作品が、埋め込まれている。
どれもが写真家竹本英樹の大切なショット、その集大成と思われる。
タイトルの「意識の素粒子」とは、これら一枚一枚の画素をいうのであろう。
ひとりの写真家の脳内を歩哨するかのように、見る者は会場を漂う。
ここにストーリーは多分ない。
これらはひとりの写真家の生きてきた時間に蓄積された記憶の画素である。
この展示を思い立った切っ掛けには、多分M佐藤氏とともに汗した被災地
の津波に汚れた名も知らぬ無名の人の写真を洗浄した体験があると思われる。
その経験から導き出された、自らの内に眠る記憶の画素の洗浄。
写真家として、写真を撮り続ける原点の確認。
その一瞬一瞬の撮る原点を洗い直し、あたかも泥に汚れた被災地の
無名の写真を洗浄し干したように、自らの一瞬一瞬を画素として確認する
作業のように、この展示はある。
もともと竹本英樹の写真には、淡い現実の一瞬の動きを、淡いままに
記録する独特のショットが多かった。
しかしその眼差しの奥には、現実の一瞬をリアルに見詰める極めて
怜悧な硬派の視線軸が潜んでいた。
その強靭な硬派の目線が一番強く出たのは、車椅子に座る愛する娘を
撮った時のショットである。
この写真は今回展示されていないが、この写真では淡い、時として幻想的な
いつもの画調は消え、まっすぐに被写体を見据え、思わぬ身体の不幸に耐え
る幼い娘の父を見上げる眼差しをしっかりと受け止めていた。
この作品における愛娘の存在は、多分彼の人生の素粒子そのものと思われる。
そして今回家族・肉親に繋がる被災地の多くの写真の存在に、きっと彼は
これら汚れた写真の数々を洗浄する作業を通して、あらためて再確認する
何かがあったに違いない。
その体験がもう一度一瞬、一瞬の何かを受け止め記憶を記録してきた、写真家
としての画素の再確認に向かわせたと思う。
淡い黄昏の空気、渚を漂う家族。
街を切るハイヒールの鋭い一瞬の翳。
風に滲む花の赤・黄。
走り去る猫の影。
空に伸びた梢の揺らめき。
等々。
これら一瞬の幻想的に切り取られた画素は、みな竹本英樹の
撮影映像の画素・素(もと)である。
それらをもう一度洗浄し、乾かすように、記憶を記録し確認する極めて
怜悧で剛直な、今でしか多分出来ないであろうタイミングで、この個展は
開かれたと私には思える。
かって愛する娘の身体の不幸に、真正面から立ち向かい撮影した竹本英樹の
果敢な精神視座は、今回これまでの幻想味溢れる撮影被写体を自らのドット
そのものとして再確認し再構成を試みた展示へと向かわせたと考えられる。
多くの交通手段が、画素というドットの点で構成されている現代。
液晶TVもデジタルカメラもケイタイ画面もパソコンも交通網も、すべてがドット
の点描の時代である。
そこに線や面という有機的な繋がりは、時として失われがちな時代である。
我々の記憶も記録もまた然りである。
そのドットの時代に、これらすべてのインフラが喪われた災害時、被災地の人々
はこの一枚の写真を唯一自らの生きたきた証しとして、救いと人生上の連続性・
生きてきた根拠の繋がる線を求めていたのだ。
一枚の写真が保つこのReーPublicな思いにこそ、ドットの時代からの再生の
切っ掛けが潜んでいる。
その事を果敢に竹本英樹は、写真家として挑戦したと私には思えるのだ。

*竹本英樹写真展「意識の素粒子」-8月18日(木)-9月8日(木)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平コンサート「まだあたたかい悲しみー其の四」-8月21日(日)
 午後6時~予約2500円当日3000円。
*藤谷康晴展「覚醒庵」-9月13日(火)-25日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-18 12:20 | Comments(0)
2011年 08月 16日

アーカイブス展補遺ー弓張月(24)

今年は1月の川俣正展から3回のアーカイブス展をしている。
こんな事もあまりない事だ。
そしてその度に、これらテンポラリースペースの収蔵庫の種子たちが、
新たな花を咲かせてくれた気がする。
記録として、これら種子たちのテンポラリー来歴を補遺として記す。

*川俣正アーカイブス「テトラハウス・326プロジェクト」展ー2011年1月
 1983年8月円山北町で約1ヵ月行なわれた民家を使った川俣正の
 インスタレーシヨンの資料と記録展。
 今年1月北海道インプログレスで来道した川俣正を迎えて企画した。
*「記憶と現在」展ー2011年3月
 東日本大震災・原発事故の後追悼と祈りを主題に構成。
 ・展示作品と来歴
 *一原有徳「鏡面ステンレスにアセチレン焼とフォトエッチング」
  1991年3月個展作品。
 *坂口登「野草と精神」アクリル オンキャンバス
  1990年6月個展作品。
 *鯉江良ニ「飛礫」陶作品
  1995年7月鯉江良ニ×岡部昌生「ヒロシマその後」展作品。
 *佐々木徹「コラージュ」ゴム布に油彩
  1990年9月個展作品。
 *西雅秋「AIR HIROSHIMA」鉄作品。
  1992年5月個展。
 *村上善男「常盤村紙円の繰り」和紙・糸
  1993年4月個展作品。
 *岡部昌生「ビッキ神の舌に触れて」フロッタージュ。
  1991年1月個展作品。
 *神内康年「Un titled」鉄製メッシュ・陶土。
   1991年5月個展作品
 *甲斐扶佐義「両猿」写真。
  2002年9月個展作品。
 *藤木正則「界川游行コンセプト」紙粘土。
  1989年界川游行プレゼン作品。
 *野上裕之「BAKED WAORLD」鉛・木。
  2004年7月個展。
*「海に沿って」-2010年8月
  *上野憲男「along outside of the sea」銅板画5点セット。
   「水原にて」油彩。
   1992年6月個展。
  *戸谷成雄「雷神」彫刻・木。
   1993年6月個展。
  *佐佐木方斎「シーリングボード」新建材・彩色。
   2008年5月個展。
  *アキタヒデキ「ヴェトナム少女・瞳」写真。
   2010年6月三角展。
  *藤谷康晴「常温で狂乱」別巻・DMマジックインク。
   2006年7月個展。
  *藤倉翼「石狩河口」写真(新作)。
   2009年9月個展。
  *野上裕之「掌」彫刻・木。
   2007年1月個展作品。  
  *高臣大介「冬光」ガラス。
   2010年2月個展作品。
  *竹本英樹「ISHIKARI」写真(新作)。
   2010年6月三角展。

以上アーカイブス作品の来歴を記した。


*竹本英樹展「意識の素粒子」-8月18日(木)-9月8日(木)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークコンサート「まだあたたかい悲しみー其の四」
  8月21日(日)午後6時~予約2500円当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2011-08-16 14:05 | Comments(0)