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2011年 04月 30日

風立つー燃える春楡(1)

一葉の写真が語りかけるものがある。
燃える春楡・エルム。
これを主題に企画を考える。
昨日はこの写真の作者Aくんと熱く話した。

札幌駅と大通りを繋ぐ大規模地下通路。
その影響でその上の街路樹春楡が伐採され、オオバボタイジュに
切り替えられるという。
地下水位の高いところを好む春楡より、根の浅いオオバボタイジュの方が
適しているからだそうだ。

 木の葉が落ちて、雪の降る札幌の情緒も好きだが、春、夏、秋と
 街の春楡 の梢に葉の繁る札幌は何ともいえなく好きだ。
 春楡は別名赤だも、札幌の人が英語でエルムと呼んでいる樹。
 北大生が「エルムの梢」と歌うあの樹である。地質に合っているのか、
 札幌には特に多く、それが街のしっとりとした風格を作っているのであった。
 ・・・・・
 大通りの大木はだいたいこの木であったが、最近は駅前通りもチキサニの
 並木になった。このごろは、隠居して東京暮らしであるが、ときどき戻って
 来て、この聖樹の並木が育ってきた姿を見て、ああ、札幌はいいなあ、
 と思うのだった。もっともつと、春楡の茂る街にしてほしい。

          (山田秀三「春楡の茂る札幌」1986年刊「アイヌ語地名を歩く」)

札幌をこよなく愛されたアイヌ語地名研究の碩学、山田秀三さんが25年前に
遺された一文である。

 ああ、札幌はいいなあ。
 もっともっと、春楡の茂る街にしてほしい。

この本当にこの北の大地と札幌を愛した先人の言葉に、今の札幌は何を語る
べきなのか。
かって山田秀三さんが喜んでいた駅前通りの春楡(チキサニ・エルム)の並木
も大部分が失われて、今は車と道路工事の茫々とした殺風景な光景が広がっ
ている。
その真下にはアートとハイテク電子機器の壁面が広がり、<「交通」と「交流」
の社交空間・創造都市さっぽろ>(武邑光裕)を謳う未来が語られている。
この事は北海道新聞2月27日朝刊30面全面で、3月12日地下歩行空間開通
を未来への第一歩として記念すべき日として掲載されているのだ。
皮肉にもこの大規模地下通路開通日の前日、今度の大震災・大津波・原発事故
が発生する。
これにより大規模地下通路のオープンセレモニーは自粛され今日に至っているが、
問題は自粛で済む事ではない。
「デジタルサイネージ(電子看板)を通して、パソコンやケータイといったパーソナ
ルな端末と公共空間がインタラクテイブに結ばれる」といった電気空間にワクワク
するとここでは語られているが、ここに明瞭な事は<札幌はいいなあ>と感受する
春楡と対極にある電子看板<ワクワク>の回路である。
<インタラクテイブ>という舌を噛みそうな横文字は、コンピューターを媒介とする
対話であり、一方の山田秀三さんが語る対話は、春楡を媒介とするそれである。
札幌は駅前の地上の風景と地下通路の風景が路面ひとつ隔てて対極的に進行
している。
一方は<札幌は、いいなあ>とその媒介を捉え、一方は<インタラックテイブに、
ワクワク>とその媒介を捉えている。
一方はコンピューターであり、一方は春楡である。
一方は通信伝達手段の機械であり、一方は有機的な生命体である。
そこで世界への回路の相違が明確になる。
今度の大震災がもたらした教訓とは、この電子機器への過度の依存への
自然からの大いなる警鐘と私は考える。

地下通路の電子機器と地上から消された春楡。
このふたつの現実は、それぞれが今札幌をどう捉えているかを問うている。
インタラクテイブにワクワクという世界に、自然としての札幌はない。
そこにあるのは、個人端末と結ばれた電子機器の情報世界である。
いわば現代版井戸端会議である。
一方札幌はいいなあという世界には、自然としての札幌への愛がある。
風景がある。
端末機器で結ばれる世界には、個人的情報世界が優先する。
そこには<ともに見詰め合う世界>は優先されても、<ともに同じ方向を見る>
開かれた愛の世界(サン・テグジュベリ)は希薄である。
それが、<ワクワク>と<いいなあ>の差異とも思える。

 ・・・この聖樹の並木が育った姿を見て、ああ、札幌はいいな、と思うのだ。

私はこの四半世紀前に語った山田秀三さんの言葉に、今も深い思いを、
札幌への深い思いを感じている。

 大昔、春楡姫が天上から降ってアイヌの国に火を伝えた。
 後に天から降られた神が春楡姫と会いを語らい、生まれたのが
 アイオイナカムイで、アイヌに生活文化を教えた創造神であるという。

         (同上:山田秀三「春楡の茂る札幌」)

 ・・・新しい社交空間として大きな意義があります。その中心となるのが 
 日本初のCGMを導入したデジタルサイネージ。パソコンやケータイといった 
 パーソナルな端末と公共空間がインタラクテイブに結ばれることで日常芸術
 の発信拠点となればいいなと思います。

           (同上:武邑光裕「創造都市さっぽろの未来」)

同じ<創造>という言葉だが、どちらに固有の札幌への愛が感じられ得るか。
その差異は自明の事に思える。
私は一方をすべてにおいて否定する気はない。
しかし札幌への本当の深い愛は、<春楡の茂る札幌>にこそ感じられ、
その事実を今大切にと考えるものだ。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー5月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時。月曜定休。
*今村しずか×有山睦ライブー5月5日(木)午後5時~
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅢ」
 5月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax-11-737-5503
  


 
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by kakiten | 2011-04-30 15:09 | Comments(1)
2011年 04月 28日

緑の運河・真っ赤なエルムー風の土(22)

19歳の青年の文章に触発されて、再び熱い気力が湧き起こる。
昨年夏から声を出してきた、「緑の運河・エルムゾーンを守ろう!」の志が
ともすれば萎えそうになっていた事に気づく。
最近は山田航さんの「出会えなかった友の話」(東京新聞4・13夕刊)や、
瀬戸くんの「人間とジャズ」(JJ誌掲載)、有山さんの小学校6年生のお嬢さん
のピアノソロ演奏と若い人たちの素直で直截なメッセージに励まされている。
そんな日に、ヨーロッパから先日依頼のあった写真家と華道家の資料が送られ
てくる。華道パーフォーマンスともいうべき舞踏と生け花の合体した舞台とその
記録を撮影した写真家の展示である。
舞踏は大野一雄・慶人さんの影響があり、華道は中川幸夫の影響を受けた
という。
そんな流れがあって、私に何か書けという依頼であった。
チャリテイー以外に何かを発信したいというヨーロッパでの日本の動きである。
その依頼メールの後、九州福岡の美術家阿部守さんから電話がある。
次回5月に始る個展の打ち合わせで、床に6cmの穴を開けても良いか、
という要望だった。
鉄の造形作家である阿部さんは、床から柱のように作品を立てる積りらしい。
この間壁・床と本当に改造・補強が続いてきた。
空間の進化といえば聞こえが良いが、要するに皆さん好きなように空間を
いじって会場を創っていく。
まあそれはそれで仕方がない事である。
年に一回ほぼ毎年、大きな鉄の優れた作品を九州から運び込み展示を
続ける阿部守さんの熱い思いには、応えなければならない。
昨年も5月の展示で、その圧倒的な鉄の作品の存在感が、「緑の運河・
エルムゾーン」に火を点けたのだ。
この作品に一目惚れした清華亭の関係者は、清華亭庭のエルムの大木を
この作品から連想し、このことが切っ掛けとなって植物園ー伊藤邸ー清華亭
ー偕楽園緑地ー北大構内という札幌にとって掛け替えのないエルムゾーンが
目覚めたからである。
街に込めた札幌の夢の系譜が、このゾーンには活きていたからである。
その後このゾーンを流れているサクシコトニ川源泉のある伊藤邸高層化の話
が報道され、その事をひとり個人や一企業の問題としてではなく、この街の
風景資産として捉え、高層ビル化反対の署名活移動を行なってきたのだ。
この話を聞き写真家のアキタヒデキ氏は、このゾーンに立つエルムの大木を
写真化し、その写真作品のハルニレ・エルムは、燃え立つ火焔樹のように
真っ赤なエルムとして表現してくれたのだ。
この作品は私にかってのある事実を想起させてくれた。
それは小樽運河埋め立てに反対し続けたある小樽人が遺した絵画である。
反対運動の先頭に立っていたその人は、当時の埋め立て推進派の圧力に
より、反対運動から撤退を余儀なくされ、その後半身不随になってなお右手に
絵筆を固定し描き遺した絵画が、真っ赤な運河の絵だったという事実である。
この話は後年奥様の回想記として記されている。
アキタヒデキのエルムの写真も、みな真っ赤に燃えた色彩で撮られている。
この作品を見た時私は、この小樽の人の街への思いと重ねてこの赤を感じて
いたのだ。
小樽運河は当初の全面保存は成立せず、結局半分だけの保存となって
今日に至るのだが、この小樽人の思いは小樽という街への思い、夢の形
として今もなおこの街を支え続けている。
そこに暮らす人々の街に込めた夢とは何か。
その夢の形は場所によってそれぞれの形がある。
小樽には運河という形があり、札幌にはエルムゾーンという緑の運河がある。
小樽運河の周りに大きな倉庫群があるように、緑の運河の周りにも美しい
近代建築物がある。
そのひとつが清華亭であり、植物園・北大構内に遺る近代建築群である。
そのゾーンを縫う清流、エルムの森の記憶とともに、この一帯は掛け替えの
ないサッポロ原風景なのである。
真っ赤に燃える火焔樹、エルム・ハルニレの写真は、その事を想い起させ
てくれたのだ。

緑の運河・エルムゾーンを守ろう!と再び声を大きくあげなければならぬ。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー5月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*今村しずか×有山睦ライブー5月5日(木)午後5時~
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅢ」 5月8日(日)
 午後4時~予約2500円当日3000円
*阿部守展ー5月20日(火)ー6月5日(日)
*斎藤周展ー6月10日(金)-19日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-04-28 14:17 | Comments(0)
2011年 04月 27日

19歳のニューヨークー風の土(21)

まもなく20歳になる瀬戸くんが、ジャズ誌に寄稿した一文を見せてくれる。
高校時代からジャズ青年の彼は、いつか本場の空気を吸ってみたいと
先月単身ニューヨークへ行ったのだ。

 1930年代、2000年代。この時代を繋いでいる表象的なものは街には
 もはや感じられない。・・・
 しかし、時代を隔てても変わらずに流れているコンテンポラリーなものがある
 とすれば、それは移民の街ニューヨークの人々の暮らしと街に込めた夢では
 ないか。・・・ジャズにとっては、人間の生活こそがリアルなのだと街は語りか
 けてきたようだった。

チャリー・パーカーやセロニアス・モンクの生きた1930年代と現代の差異を、
街並みやファッションの差異と考え、真にジャズにとってリアルなものは
人間の生活・人間の夢なのだと彼は結論している。
帰国した日3月11日は図らずもあの大震災の日で、その中でさらに彼の思い
は強くなって、語られている。

 大津波で近代文明はもろとも流されていた。しかし、そんな時でも波を押し返
 すようにジャズは今日もどこかで流れ続けていくだろう。ビルは流せても人間
 の想いまでは流せないからである。

彼がここでいう<ジャズ>とは、そのまま美術とも詩とも音楽とも言い換えても良い
気がする。そしてその事を支えているのは、人間が街に込めた夢である。
the republic of dreams。
それこそが、ジャズを通しニューヨークで見たリアルなのだ。
それは時代を超えて、コンテンポラリーなものと、彼は感じている。
昨年釧路から岩見沢教育大に入学し、この1年で随分大きな感想を得たと思う。
ジャズという一ジャンルを通して、きちっと深い部分に触れている気が私にはする。
もしここに<ジャズ>の代わりに<アート>という言葉を置いてみるがいい。
なんと軽薄な現在が浮かび上がるではないか。
ジャズという一ジャンルを通して語られる説得力と、アートというマルチジャンルの
実体のない言葉の説得力の相違である。
例えば同じ大震災の後に発した某大学教授の一文と比較する。

 今、震災後の支援に世界中の芸術家たちが多彩な活動を展開している。
 震災復興に大きな貢献を行なうのは、芸術文化の活力である。

                            (「芸術の説得」武邑光裕)

私には、この20歳前のジャズ青年の文の方が余程リアルで、説得力に満ち
て読める。
そこには自分の対象とするジャンルとそれに裏打ちされた都市と生活への
きちっとしたアクセスが自分の回路としてあるからである。

 ビルは流せても人間の想いまでは流せない

という文の説得力はそこから出てくる。
一方<震災後><震災復興に>と、進行中の現在からすでに浮き上がった
前提で、芸術・文化の効用を説く教授には、なんのリアリテイもない。
タイトルの「芸術の説得」とは裏腹に、何の説得力もないのだ。
ここでいう芸術・文化こそが、上っ面な<アート>である。
この文には、瀬戸くんの文とは相違して<アート>が似合うのである。
この真の説得力を保たない<アート>群が群れて、何を為すのか。
そこに真の街が育つはずもないのは自明の事である。
それをニューヨークで感じた瀬戸くんの言葉で記す。

 街は、人々の想いをテーマにアドリブを続けてきた。
 旅先で観た最高のインタープレイはそこにあったのだ。

街はそこに暮らす人々の想いを、夢として育むところなのだ。
その夢の系譜を、札幌は保っているか?

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー5月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*今村しずか+有山睦ライブー5月5日(木)午後5時~
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅢ」
 5月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-04-27 16:32 | Comments(0)
2011年 04月 26日

掌の宇宙ー風の土(20)

己の強さに傲慢になった孫悟空が、仏様に対抗してその力を誇示し地の
果てまで飛ぶが。実は仏の掌(てのひら)の中だったと悟り仏に恭順に
なるという、西遊記の始まりの部分。
この話を人間に置き換えて最近想起していた。
仏とは地球とも思え、その地球の掌(てのひら)の中と自覚しない人間とは、
外道に陥る事と思えるのだ。
E・F・シューマッハは経済学の立場から、財を対象とする経済学が基本的
に市場原理からすべてを売り物として同一に扱う事に異議を唱えている。
それは5ポンドの石油と5ポンドの小麦、さらに5ポンドの靴と5ポンドのホテル
代がすべて同じである事が異常という論理である。
石油は再生不可能な財であり、小麦は再生可能な財とする。
また靴は工業製品であり、ホテル代はサービスであり、工業製品とサービス
の間にもはっきりとした基本的区別がある。
石油や小麦は大地から獲得するものでこれを第一次財とし、工業製品や
サービスは加工者の第二次財としてこれらを本質的に区別している。
その本質的区別を抜きにすべてに値段をつけみな同じものに見せかける
事の愚を説いているのだ。
特にここで注目すべきは、第一次財としてある大地つまりは地球の恵みを
再生不能財として、「許容限度」のある財としている点である。

 だが、われわれを取り巻く生きた自然という資本を無駄遣いすると、危険に
 瀕するのは生命そのものである。

  (「スモール イズ ビューテイフル」第一章「生産の問題」)

これが、私たちが感受しなければならない地球という仏の掌(てのひら)である。
この掌を超えてしまう傲慢を持つ時、多分我々は孫悟空の傲慢・外道を
持つ事になる。
その傲慢とは貨幣価値でこれらすべてを見てしまう傲慢である。
第二次財と峻別される加工財は、この第一次財を抜きには成り立たない。

 人間が第二次財を造る能力をいかにあげても、人間は本当の生産者ではなく
 、加工者にすぎないし、また加工には第一次財が必要なのであるから、まず
 もって大地から第一次財を獲得する能力を増やしてかからなければならない。
                   (同上第三章「経済学の役割」)

石油の加工財であるもの、小麦の加工財であるもの、そこに再生不能・可能
とされる地球・自然・大地の許容限度を超えて加工財に繰り込む今現在の
我々の世界現実があると思える。
さらに原子力に至ってはその廃棄物の存在が、これらすべての財を根本から
無にしていく危険性として捉えられている。

 いかに経済がそれで発展するからといって、「安全性」を確保する方法も
 わからず、何千年、何万年の間、ありとあらゆる生物に測り知れぬ危険
 をもたらすような、毒性の強い物質を大量にためこんでよいというもの
 ではない。・・・文明がそのような罪の上に成り立つと考えるのは、倫理的
 にも精神的にも、また形而上学的にいっても、化物じみている。

            (同上<資源>第四章「原子力ー救いか呪いか」)

ここにとうとう化物が出現してきている。
それは火焔大王だったか、なんの化物だったか。
人間は三蔵法師を守る側なのか、はたまた外道の化物なのか。
その岐路に私たちという孫悟空は、今立っているのかも知れない。
地球という名の仏の掌(たなごころ)の中で。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー5月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*今村しずか・有山睦ライブー5月5日夕刻予定。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅢ」
 5月8日(日)午後4時~予約2500円当日3000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-04-26 12:36 | Comments(0)
2011年 04月 24日

卒業式のピアノー風の土(19)

先日聞きそびれた有山睦さんと今村しずかさんの初共演。
そのライブ演奏の録音を有山さんが持ってきて、聞かせてくれる。
新曲「私もその自然の中の一部なんだ」は、先に亡くなられた今村さんの
お姉さんの遺された遺稿集のタイトルでもある。
その曲を有山さんのドラムにあわせて、低く心に響くように今村さんが
唄っている。
この曲の製作動機には、今も進行中の今度の災害、その被災地の姿が
あったという。
場所を探して遅くなり着いた時はもうラストの曲で、この新曲は聞けなかった
から、こうして今あらためてヘッドホーンを通して聞き残念な気持ちがした。
今回の被災地への鎮魂と祈りが、この曲のどこかにあるなら、
今テンポラリーで展示している主題とクロスする。
うまく時間が取れれば、ここでふたりのライブをしないかと提案した。
先日今村さんも今の展示を見てくれているので、多分納得してくれるような
気がしたのだ。
有山さんの表情が動いて、相談してみると言った。
それから是非もう一曲聞いてくれないかと有山さんが言う。
小学校の卒業式で娘がピアノ演奏したものという。
再びヘッドホーンに耳をあて、流れてきたのはシュッベリウスの曲だった。
聞いて仰天した。
こんなにも深く、強く、澄んで小学校を卒業したばかりの子が弾くなんて・・。
聞くと卒業式は少人数で、ひとりひとりが答辞を述べたという。
その答辞がみんなしっかりしていて、思わず涙ぐんだという。
これもきっと今度の震災の影響だろうかと思ったと、有山さんが言った。
12、3歳頃は武士の時代で言えば元服の時である。
牛若丸が義経になる、当時の成人式の年代だ。
身体が変化し、心もナイーブになる転換期である。
きっとこの演奏はそうした心が敏感に感じている事を音で表現している。
キーシンだって13歳のショパン曲演奏は素晴らしい演奏である。
有山さん、この演奏は言葉に出来ない心を娘さんがピアノを弾く指先で
語っているよ、子供は凄いなあ、純粋だなあと、思わず感嘆の声を掛けた。
最初は親ばかと思われまいかと懸念もあったのだろうが、やはりひとりの
ミュージシアンとして有山さんには確信するものがあったに違いない。
これを卒業式で聞いた時俺は一体なにをやっているのか、とショックを
受けたと言葉少なく語る。
今度の被災地での多くの出来事、被災した人々の姿は、多分年齢に関係
なく深く人の心に染み入っている。
その気持が、ひとりひとりの答辞、このピアノ演奏の深い力強さにも
及んでいる。私はそう思っていた。
これは是非今村さんと有さんのライブには、娘さんもそっと呼びたいなあ
と話した。
実現するかどうか分からないが、ひとりひとりのこの場から発する心を
大事にして、何かを共有出来る事が始まればいい、と思っていたのだ。
小さな指先に神が宿るように、声の指先、ドラムのステイックの指先にも
きっと同じ心が宿るに違いない。
その心の指先を共有できれば、いい。
そう思えたのだ。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー5月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅢ」
 5月8日(日)午後4時~予約3000円当日2500円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-04-24 12:22 | Comments(0)
2011年 04月 23日

キトピロペーストー風の土(18)

風邪気味なのか、胃の調子が悪い。
部屋の中でも今日は寒気がして、マフラーを首に巻いている。
先日スイス在住のRさんから行者ニンニクのペーストが送られてきた。
商標マークは熊である。
今は絶滅し姿を消したが、かって熊は多く棲息していたという。
北海道に木彫りの熊を伝えたのも、このスイス地方からの伝承である。
牧場の少女ハイジが走る山の草原は、かって森林だったのだ。
森が消え、熊も消えた。
そして熊の木彫りの土産物とこの行者ニンニクの商標にその名残がある。
緑色のペーストになったこの食品は、ソーセージやパスタに絡めると
絶品の味だった。
もうすぐこちらもキトピロ・行者ニンニクの季節がやって来る。
普通おひたしか醤油漬けで食べるが、こんな風にペーストに瓶詰めされている
と別の食感となる。
しかし確かにあの行者ニンニクの香りと味がある。
少し消耗気味の体調なので、たくさん塗って食べた。
スイスにはまだ一度も行った事はないが、イメージにあるあの緑豊かなワンダー
ランドも、実は森林破壊の後の整備されたランドフィルーランドなのだ。
そう思うと、ふと昨日も流れていた福島県の避難区域に棄てられた牛の姿を
思い出していた。
牛たちがのんびりと道を歩いている。
それだけを見れば平和でのどかな風景だった。
その向こうに見えない瓦礫、風景の破壊が潜んでいる。
ランド→ランドフィル→ランド。
熊の顔の商標とキトピロ・行者ニンニクの瓶詰め。
その美味には複雑な味があった。
北海道と似たスイスの一地方の風土・植物・動物。
未来から熊とキトピロが瓶詰めされて届いたのかも知れない。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー5月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「まだあたたかい悲しみー其のⅢ」
 5月8日(日)午後4時~予約2500円・当日3000円。

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by kakiten | 2011-04-23 14:18 | Comments(0)
2011年 04月 22日

戸を開けてー風の土(17)

久し振りに写真家”ガメラ”Fと美術家”渚のハイジ”Sさんと飲む。
ふたりは以前から居酒屋ゆかりの宇田川洋さん、古屋千鶴さんに会いたい
と言っていた。それが昨夜実現した。
噂のダシ巻き卵焼き、大いに満足してふたりの笑顔が溢れた。
なにを話したか、その後の事はあまりもう定かではない。
食い気の私、最近食べずに飲む事が多い。
すると翌日、不調である。
思い出したのは、もう帰る頃MのCD曲が流れていた事である。
SさんがMを思い出してしんみりとした表情を浮かべていた。
生前Mに会った事のあるのは、私とSさんである。
Fも山田航さんもゆかりの人も他は誰も会った事はない。
でもこうしてMの遺作集を店に置き、ふっとさり気なく曲を流してくれる。
先日東京新聞にMの事を書いた山田さんもそうだが、ここでもみんなが
Mの事を愛しんでいる。
この親和力は何処から来るのか。
遺された楽曲と多くの人の追悼からそれは生まれて、一度も会ってなく
とも、こうして酒場に曲が流れたりするのだ。
我々の座った奥のテーブルには、谷口顕一郎さんの大きな凹みマップが
敷かれている。谷口顕一郎さんの親しい後輩でもあるSさんは、入ってすぐ
気づき声をあげた。だから初めての固さはすぐに消え、最後はMの曲で心が
お酒とともに流れていったのだ。

 会ったことがないのに、彼がそこにいないことが不自然に思えてくる。
 今だって写真と同じ笑顔を浮かべて、ギヤラリーの戸を開けて来訪しそうな
 気がするのだ。会ったことがないのに。
                    (山田航「出会えなかった友の話」)

昨日の夜もそんな夜だった。
酒場の<戸を開けて来訪しそうな>そんな気がした。

Mよ、
戸の向こう、そっちはもう春なのか?

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー4月12日(火)-5月1日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2011-04-22 14:44 | Comments(0)
2011年 04月 21日

小雨降ってー風の土(16)

小雨降って地面が濡れ、タイヤが吸い付くように疾走る。
少し撥ねる水音が路面に響き、心地良い。
路面の残雪もすっかり消え、木々が淡い緑をそよがせている。
画廊に着きシャッターを開けると右奥に岡部昌生のフロッタージュ
「・・神の舌彫痕」が灰暗く浮かぶ。
そして正面、一原有徳作品がギラッと光る。
ステンレス鏡面の3点組みの大きな作品である。
その手前床に敷かれたゴム布に多色コラージュの佐々木徹作品と対になって、
都市の衣装性と廃墟の残像を浮かび出している。
そしてその前に鯉江良二「ヒロシマその後」展の一部飛礫(つぶて)がある。
これはヒロシマの被爆した土を札幌の土と混ぜ再焼成した土のおにぎり
である。人間を殺す火から掌で人間の火に焼き返した行為の作品である。
左壁にはニューヨーク在住の坂口登の「精神と野草」が、都市の直線と
鮮やかな花々の対比を障壁画のように2連の画面に際立たせている。
その右に岩手出身の村上善男の「常盤村紙円の操り」が、日の丸のように
古紙をベースに紙を漉いて糸で円く縫い東北モダーンの世界を表現してある。
さらにその左手下には、西雅秋の「AIR HIROSHIMA」が鉄の箱にヒロシマ
の空気を封印して、原子炉の塔屋のようにある。
正面右手窓際は、野上裕之の「BAKEDWORLD」が、鉛の造型を鈍く光らせ
外光に浮かんでいる。さらにその右上には今年1月に展示した同じ野上の作品
「鳥」が宙に浮かんでいる。大きな労働皮手袋をふたつに縫い合わせた鳥である。
その作品と呼応するように、安斎重男のモノクローム写真「掌の上のジャコメッ
テイー」がある。左手から入る朝の光が柔らかく、写真の中の掌を包んでいる。
奥の入口前には、上野憲男の「水原にて」が、独特のブルーで優雅に佇んで
いる。
いつものことだが、この作品たちが醸し出す風景は今回の「鎮魂と祈り」の
主題に調和し、今日も新鮮な世界を奏でている。
それぞれがかってそれぞれの個展時に展示された作品である。
しかし今は、他の作品とともにあって別の光を放っている。
同じ作品だが同じではない。
今を咲いている花のようである。

吹き抜けを見上げれば、上正面左壁に神内康年の「UNTITLED」が、壁材が
剥き出しになった原子炉建屋の壁の一部のように見えてある。
その右手壁には、甲斐扶佐義「猿・縁」が二匹の猿の寄り添う後姿を暖かい
視線で写したモノクロームの写真が並んでいる。
左手壁にはアキタヒデキの石狩湾に座礁したヴェトナム船の大きな横長の
写真が置かれ、その上に片目白眼の少女の目のアップの写真が置かれている。
吹き抜け回廊南部分には、上野憲男「海の外側に沿って」5点組み銅板画が
柔らかく囲み、東側回廊入り口の小さな開口部上にアキタヒデキ「火炎樹・
ハルニレ」を配した。
さらに西側窓には高臣大介「冬光」が、昼の月のように透明なガラスの破片を
浮かばせ、その左右の壁には大野一雄石狩河口公演のポスターと吉増剛造
「石狩シーツ」のポスターが飾られている。
北側奥の引っ込んだ空間には、個人的な漂流の記憶・界川游行の藤木正則
プレゼンの地図と旧器のギヤラリー床・漆喰の封印オブジエが置かれている。
そしてその傍に古川糸央の人形「青空」が座っている。
これらの作品たちが顕す空間は、私自身の個人的な思いと海への記憶である。
札幌という都市を暗渠の川を辿り、石狩の海まで至った有機的な札幌発見を
これらの作品を通してかってあった場も含めて構成したつもりである。
それが、この場から発する鎮魂と祈りの根であると思っている。

作品はみな1990年代から今に至るまでテンポラリースペースで発表された
作品たちによって構成された。
そしてその事実を添える為に横に当時のテキストを作家名として配した。

こうして第三期に至るまで重層的に展示を増やしつつ空間を構成してきた。
その都度収納庫の奥から作品たちが、今年に咲く花のように現われてきた。
とても新鮮な光を発して。
その事に私自身が今、とても深い勇気を頂いている。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー4月12日(火)-5月1日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-04-21 13:45 | Comments(0)
2011年 04月 20日

人の翳も濃くー風の土(15)

樹の翳が濃くなるように、人の翳も濃くなるのだろうか。
山田航さんが、新聞に掲載されたエッセイを持って来た。
4月13日東京新聞夕刊である。
文化面5段抜き紙面4分1の大きさだ。
顔写真入りで、タイトルは「出会えなかった友との話」。
 <M君と出会ったとき、彼はもうすでにこの世にはいなかった>
という出だしで始るこの一文を読み、ふっと目頭が熱くなる。

 ギヤラリーには彼の写真が置かれ、彼の作った曲がしばしば流され、
 生前の彼を知る人が時折訪れた。彼の作った「撓む指は羽根」という
 詩的なタイトルの曲は、私同様に生前の彼を知らないミュージシアン
 によってジャズアレンジされた。

 出会ったことのない人間なのに、彼を喪った悲しみを少しずつ感じる
 ようになってきた。死してなお人を引きつける磁場を、彼は持っていた。

 彼と私はずっとすれ違っていた。同じ年に同じ街に生まれ、すぐ近くに
 いながら結局は出会えなかった。

 今も私はギヤラリーに足繁く通い、オーナーがたまに語る彼の思い出話を
 聞いている。その度に、彼の不在の気配を感じる。会ったことがないのに、
 彼がそこにいないことが不自然に思えてくる。

 私の存在を知ることなく去った彼を、私は確かに友人だと思っている。
 彼の作品は遺っており、彼の魂の一部には触れることができている。
 M君、来世こそ出会って、親友になろう。

山田航さんの、Mへの友情が心に沁みた。
作品を通し人の話を通して、人は人と繋がることが出来る。
見えない風が吹いている。
その風は心を伝える。目の前にいるより深く、触れて。
風土という言葉が保つ見えない風の土。
見えるものを文明社会は巨大に増幅してきたが、本来人には見えないものを
感受する魂の波長がある。
その魂の波長を結晶する力業を、芸術・文化というのではないのか。
Mの遺作「撓む指は羽根」は、そうして今も人から人へと伝わってあるからだ。
あらゆる機械的増幅も、結局はこの人の心の触れる力を擬制的に増幅させる
ものである。
今度の大災害は、その人の触れる力をより直截に露わにしてくれた気がする。
すべてを失って人間の掌(たなごころ)という心が、見えているような気がする。
今どっぷりとこの擬制的文明力に寄りかかって生きている都市カプセル内の
私たちは、この極めて真摯で直截な掌の心を見詰め、心すべきである。
擬制構造に凭(もた)れた社会・文化構造は終焉させるべき時がきている。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー4月12日(火)-5月1日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-04-20 12:48 | Comments(0)
2011年 04月 19日

翳濃くー風の土(14)

昨日の強風とは違って、陽射しが降る今日の朝。
裸木の幹と枝の影が路面に濃い。
同じ裸木の影だが、晩秋のそれとは、陽射しの強さが違う気がする。
残雪の間から微かな緑の草叢が見えて、風も心なしか甘く感じる。
昨日一昨日と、春一番のような強風が吹き荒れ寒かったから、なおの事
今朝の春を感じていた。
「記憶と現在ーそのⅢ」展一週目の日曜日は切れ目なく人が訪れ、
久し振りに人に酔った気がした。
就職したばかりのMさんが、被災地に置いて行かれ町にいる牛たちを
TVで見て、なにか牛が伸び伸びしているみたいと言っていた。
牛舎に繋がれ搾乳の為に飼われていた牛たちが、たしかにのんびり草を
食んでいるように見える。
井上ひさしの小説に東北を舞台にした小説があり、その中で東京は牛乳も
ない、食料もない、電気もない。だから東北の国は独立国を創るという話だ
ったという記憶がある。
今度の福島県の原発事故ではっきりした事だが、この電力も東京電力で
あって決して東北電力ではなかったのだ。
そしてこの牛たちの乳も大半はこの首都圏の為に費やされているのだろう。
きっと野菜や他の生産物もそうだろう。
すると牛たちだけが牛舎に飼われているのではなく、構造として東北自体が
首都圏の牛舎のようにあったことに気づく。
中央ー地方のこの関係性は、消費人口の経済的多寡・強弱に拠る。
煎じ詰めればお金の量の厚さなのだ。
生産地(地方)-消費地(都会)という構造が、地方ー中央の社会的構造
ともなっている。
物を作る行為と消費する行為が見事に二分化されて今の社会構造がある。
消費する行為を主とする都会では、電気・石油・食料を大量に消費し、
消費の量が富の証のようになる。
その結果人はきりきりと先鋭な大量物流の流れに生きて、人としての
個別性はただただ磨り減るような日常の流れにある。
メトロポリスの群集の大きな流れに漂流する、孤独なケイタイ難民のように
小さなケイタイボートで呟き(ツゥイッター)を発信している。
そして歩行は、遅い事は罪悪でもあるかのように、いつも早足である。
この速度は物流の<もっと多く、もっと早く、もっと遠く、もっと豊かに>
というEUの合言葉(シッコ・マンスホルト博士)に象徴される経済リズム
のそれでもあるだろう。
E・F・シューマッハは「政治の中心は経済であるし、経済の中心は技術
である。・・私は技術の発展に新しい方向を与え、技術を人間の真の必要物
に立ち返らせることができると信じている。それは人間の背丈に合わせる方向
である。人間は小さいものである。だからこそ小さいことはすばらしいのである。」
(「スモール イズ ビューテイフル」}
と、この技術発展の巨大増幅の方向性に<人間の背丈>という方向性を
経済学の基底から対峙するように提示している。
この1973年に出版された本は今少しも40年前の書物という感じがしない。
むしろ時代の方が、この本に近付いているのだ。
優れた芸術作品がそうであるように、優れた経済学もそうした作品と同じ
光彩を放つ。
物流の保つ<モノの背丈>は、技術の進歩によって飛躍的に増幅し
巨大化した。
例えば36階のタワーマンシヨンに住み、勝ち組みとかいう類の増幅である。
ここには<人間の背丈>を越えた力が働いてその事が快適となる。
と言うのは、計画停電が行なわれて一番困ったからである。
すべてが電化されていて、この時すべてが支障を来たしたからである。
都市という機能もそうである。この高層マンシヨンと同じ運命にある。
これらはすべてある限られた土地に集中した過剰人口に対応した技術に
拠って可能だったのだ。
従って「技術は経済を生み、経済は政治を動かす」都市構造が出来る。
この基本軸の沿って本来は<モノの背丈>を価値観の中心に置くはず
のない<人間の背丈>から発する文化・芸術の基本軸が、今やぶれた
まま、この<技術・経済・政治>に寄り添っている現状がある。
大量輸送・大量消費・大量伝達の合言葉・
<もっと多く、もっと遠く、もっと早く、もっと豊かに>に合わせた
都市構造の増殖に沿ってアートと称する文化運動が盛んだからである。
例えば大規模地下通路が出来れば、そこに最新テクノロジーの電気技術
を駆使してアート空間の創造などと言う。
さらに芸術はビジネスを謳って、国際展を企む。
さらにその為の下支えなどと追従するプレのまたプレが加わる。
これはみな<人間の背丈>を基本軸には置いていない。
<モノの背丈>都市構造に合わせている。
この<モノの背丈>に合わせたメトロポリスとローカルの関係性は
なにも首都圏と福島県だけの関係性ではない。
同じ関係性構造が道都圏と地方にもあるのだ。
それは何も個人的な事から生まれる関係性ではなく、人間がその背丈を
喪ったモノの背丈の関係性から生まれるのである。
札幌もまたミニ東京圏である。
北海道の総人口の半分近くがこの札幌圏に集中している。
石狩地方ではない。あくまで札幌一都市圏である。
そこに人口が集中し、技術が集中し、経済が集中し、政治が集中する。
そして大規模地下通路が出来、新幹線を招致し、<もっと・・>が増幅する。
この<もっと>派をシューマッハは猛進派と仮に名付けている。
そしてこれに対峙する考え方をこれも仮にふるさと派と呼んでいる。
そしてさらに言う。

 だれでも、この二つのグループ間の戦いに対して旗幟を鮮明にしなければ
 ならないだろう。
              (「人間の顔をもった技術」)

私もこのシューマッハの言葉に従い、この猛進派たるアートという名の
文化運動に対し旗印を明白にする者である。
彼は経済学の立場から深くその基底に現実を見詰めた。
私たちもまた、それぞれの分野においてその基底において今こそ
ラデイカルにその現実を見詰めるべきである。
その事こそが、それぞれのテンポラリーな状況を超えて
conーtemporaryに至る同時代の行為であると信じている。

*「記憶と現在ーそのⅢ」展ー4月12日(火)ー5月1日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペースー札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2011-04-19 14:31 | Comments(0)