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2010年 08月 31日

街角という森ーハルニレの羽(16)

休廊日。2ヵ月ぶりにH内科へ。
腎臓数値が高く、塩分控え目にと少しきつく先生に言われる。
血圧は平常だが、腎機能が弱っている。
帰り際無理しないでね、と声をかけられる。
次に奥歯に違和感があったので、M歯科に行く。
レントゲンを撮り、根の治療をする。
次回の予約に診察券を忘れてきたので、新しいのにした。
前のはもう古くてぼろぼろだったから、記念にとって置きますと
言ったらS先生は笑っていた。
それから遅い昼食を摂り、移転してから一度も行っていない
パン屋に寄る。
この辺りに居た頃、必ずのように寄っていたパン屋である。
本店は旭ケ丘に移転し、支店としてあったのだがこれも移転していた。
最近近くにある事に気付いたので初めて寄る。
顔馴染みの店の人が変わらず居て、久し振りと声をかけてくれる。
さらに地下鉄駅傍の写真店に寄り、頼んでいた現像を貰う。
コダックフイルムを3本サービスしてくれる。
店主の奥さんも居て、お元気そうでと話し掛けられる。
昼間寄ることはないので、奥さんとは久し振りだった。

この街を出て4年以上が経つが、この街のお医者さん、店は変わらず
暖かい。
H内科のH先生はマンシヨン反対運動を支持し、最近町医者の立場から
書いたエッセイ集も出版している。
M歯科のS先生は網走出身で、先生の甥っ子は佐々木恒雄さんと同じ
漁師である。
パン屋のお姉さんは、私のフランスパン好きを知っていて、黙ってバタール
を出してくれる。
写真店のAさんはアナログカメラのフイルムをいつもサービスしてくれる。
そしてかける声は、前は痩せたね、今は元気そうだねである。
昨日久し振りに一度に廻って、高層ビルの林立が進む街角に変わらぬ
人の情に触れた気がした。
まだ等身大の街角が、人の心を通して残っていた。
コンビニやスーパーのマニアルとは違う接する心だ。
街という小さな人間の森は、こうした店主のような地に生きる人たちが
創っている。
森のように有機的な世界が、人と人の関係性において在する。
住のパック化、店のパックと化した市街地に、この森は存在しない。
人と物の量数をパック化した市街地化は、ここの街名をデジタルな
西28丁目駅と決めた時にもうその下地を作っていたのだろう。
私が会った人たちは多分、円山北町というかってあった固有の地名の街の
人たちである。
しかしそれは、昔からそこにいたという意味ではない。
心の生き方の事である。
そこに住んで、生きて、心に森を育て得るか。
物流の集積体の市街地街には、この心の森が育たない。
花壇のように空き地、空き室の移植土壌が用意されて埋まるだけ。

*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。
*谷口顕一郎展ー9月21日(火)-10月3日(日)
*昆テンポラリー展「札幌の昆虫を素材に」-10月12日(火)-24日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-9斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-08-31 12:12 | Comments(0)
2010年 08月 29日

ドットヘッドーハルニレの羽(15)

ある人が自宅でBBQと書いていたので、何の事かなあと新語辞典とか
調べてみたが分らない。
西田卓司さんに聞くと、事も無げにぽつり。
バーベキューの事ですよ、と言う。
なんのこっちゃ!
何でも略せばいいというものじゃないぜ。
スナック菓子の味の表示がバーベキュー味で、BBQと書かれていたという。
その辺から使われたのじゃないかという。
かってBGという略字があった。これはその後OLと変わるが、働く女性の
略字である。
BGでは、職業ガールになって、娼婦の意味になり、後にオフイスレデイーの
略字に改められたのだ。
頭文字で省略する癖は、多分にヴィジュアル系の文字のスピード感と関係ある
ような気がする。
携帯やパソコンの画面伝達の影響も多いと思える。
文字数が少なくて済むからである。
こうしてパソコンに打ち込んでいる自分もまた、画面の画素に誘導されている。
文字が画素で構成され、画面も画素の集積である。
画素(ドット)の構造がそもそもBBQのように、点で構成されてある。
点頭=ドットヘッドとは、スカスカ頭の意味である。
文字を書く時は線で繋がるが、最近はほとんど点で打ち込む。
手段自体がもうドットヘッドなのだ。

西田卓司の「失われたタブロー」には、フイルターのような表面に円いドットが
描かれている。
私はこの表面を煮こごりのようと思ったが、昨日来た現代短歌の山田航さんは
フイルターと表現した。
西田さんと同年の山田さんは、同世代として共感する要素が多いらしい。
珍しく閉廊過ぎてまで、西田さんと話していた。
論客でもある山田さんと登山の好きな西田さんとは、硬派の部分の在り様が
違うが、感性的には似たところがある。
世代もあるが、タイプもある。風貌も何処となく似ているように感じる。
分野の違う作家とここまで喋る山田航さんは、初めてである。

以前ある作家が展示に物語性を持たせて、右から順に作品を起承転結に
展示した事がある。
しかし見る人は反対側から、左から順に見て逆に見られた事がある。
これは縦書きの習慣と横書きの習慣の左右の方向差異による。
右と左の相違、線と点の相違。
この相違はいつのまにか、我々の思考のパターンも変をえてゆくのかも
しれない。

BBQをするは、やはりバーベキューをすると言いたい。
ドットヘッドにならない為に、敢えてね、
Bad boy question?


*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-08-29 14:20 | Comments(0)
2010年 08月 28日

ビッチェズ・ブリューーハルニレの羽(14)

マイルス・デイビスの傑作「ビッチェズ・ブリュー」を時々会場に流すと、
これがなかなかいい。
先日来たジャズドラム奏者の有山睦さんが、目を丸くして驚いていた。
家で聞くとこんな風には聞けないと言う。
西田卓司さんの会場を見て聞くからだよ、と応えた。
人間は五感である。一感だけで事物に接している訳ではない。
お刺身もお肉も、生でボンと出されても食欲に結びつかない。
目で食すと古来言われているように、目もまた参加するのだ。
音楽とて同じであるだろう。
目で感じたものが音をも解放する。
有山さんは眼から音を食していた事になる。
昨日谷口顕一郎さんの個展時、ジャズ外のライブを催す話を記したが、
実は今回の西田展もまた、ジャズライブにはぴったりの会場である。
目から音が入ってくる。
2階のコラージュのインスタレーシヨンは、さしずめアドリブの世界である。
そして1階の木製パネルの絵画世界は、凝縮されたイントロと終りのテーマ
のようでもある。
今日来たMさんが、この「失われたタブロー」の内の一点に注目していた。
宇宙飛行士が刷り込まれた不思議な図柄である。
あらためてよく見ていると、何かを連想する。
煮こごりである。情報の煮こごり。
素材を煮詰めて、生から味を抽出し皮・肉を煮詰める。
一晩置いて、冷え固まった汁・身。
ゼラチン状の薄い皮膜。
情報の煮こごり。
そう気付いて、吹き抜け回廊壁の膨大なコラージュを見ると、ここにも
煮こごりの前提が見て取れる。
壁面によってその程度の差こそあれ、それぞれがある収集性を保っている。
ただ木製パネル「失われたタブロー」の世界と決定的に違うのは、
煮る前の素材の組み合わせ状態という事である。
これは誰かを思い出すなあと思い、想い出したのは死んだ佐々木徹さん
である。
この作家は3年前5月ここで個展を用意しながらこの月亡くなられた方だが、
1990年にテンポラリースペースで初個展の時、次のように記していた。

 少し空気の抜けた捉えどころのないかたちのゴムまりのぼくに、
 時代や、文化や、歴史や、社会や、世間や、近所や、日常というさまざまは、
 力を加え続けゴムを震わせる。
 ぼくは、それを内側からきちんと確かめたいと思うのだ。
 個人的なものを、ぼくじしんのためにつくることだ、と強く思う。
                   (垂直的に深く「入って」行くために)

西田卓司の感性世界もまた、この佐々木徹のような<ゴムまりのぼく>
の感性がある。
彼のコラージュ群は正しく、佐々木徹のいう<さまざま>の外的力の
集散群でもあるだろう。
<それを内側からきちんと確かめ>る作業こそが、西田の場合の
煮こごり表現と思えるのだ。
そして佐々木徹はさらに言う。
<個人的なものを、ぼくじしんのためにつくることだ>と。
グループ展参加の多かった人である。
その佐々木徹が最後に熱く個展を願い、それが叶わなかった事を
思う時、私はいつもこの個展の文章を思い出すのだ。
<個>として、<ぼくじしんのためにつくること>が、
さまざまな外的情報からの内側からの確認、そして<垂直的に深く「入って」
行く>事である、ともう死の17年前に彼は記していたのである。
今西田卓司に求められるものは、こうした佐々木徹の実行であると私は思う。

 垂直的に深く「入って」行く

その垂直軸を何処に求めるか、
その応えこそが、西田の大学の先輩でもある佐々木徹への敬意と表現の
継承でもあるだろう。

*西田卓司展「ワーキンギフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-08-28 15:54 | Comments(1)
2010年 08月 27日

撓む指はふたつの羽根ーハルニレの羽(13)

尾道在住の彫刻家野上裕之さんが、目出度く入籍との事。
9月札幌でもお披露目らしい。
大学在学中からの交際の彼女と目出度くゴールイン。
同じ時期ベルリン在住の彫刻家谷口顕一郎さんも一時帰国し、
入籍の予定である。
こちらも長年付き合って暮らしている彩さんと目出度くゴールイン。
9月は二組のカップル成立で、華やかな予感。
谷口さん帰国時、テンポラリースペースで9月21日から10月3日まで
個展が予定されているが、この個展中谷口さん彩さんを愛する音楽家たちが
ライブを計画している。
ジャズグループ「エレガントピープル」のドラマー有山睦さんが中心になって
企画した豪華なメンバーによるライブである。
サックス仲西弘之、須田裕之、ギター・ヴォーカル古館賢治・今村しずか
ベース本間洋佑、ドラム有山睦。
演奏は3部構成で、1部は谷口さんの作品色黄色に因んで選曲されている。
秋吉敏子の「Long Yellow Road」は、シベリア経由で欧州に行った
ケンとアヤの為に選んだという。外に坂本龍一のYellow Magic等。
2部は古館賢治と今村しずかのヴォーカルとギター。
ふたりの自作曲を披露。初共演である。
3部はジャズメンバー日頃のレパートリーからの演奏という。
この中に故村岸宏昭の遺作「撓む指は羽根」が入っている。
有山睦さんたちが、スタンダードナンバーとして何度も演奏してくれて
いるムラギシの遺作曲である。
有山さんと村岸は生前会った事はない。
ムラギシの遺作集収録CDを聞き、有山さんがこの曲に傾倒して
自らの演目に取り入れたものである。
有山さんのコメントに曰く、

 「撓む指は羽根」については、テンポラリースペースでの演奏が
 叶うことになり、ただただ嬉しいです。

私にムラギシを最初に紹介してくれたのは、他ならぬ谷口顕一郎である。
それは大学入学直前のムラギシだった。
それから大学4年の7月ここでの初個展が最後の個展となった。
今回ムラギシ遺作集が仲立ちとなり、生前の村岸を知らない有山さんたち
が、彼の遺した曲を媒介にしてムラギシを演奏する。
彼の遺した曲が純粋抽象となって、人の心を繋いでゆく。
縁ある場所、縁ある人間の個展会場で、初めてムラギシの音が再生される。
是非友人でもあった帰省中の野上裕之さんにも聞いて欲しいと思う。
そういえば、この曲はモエレ沼の冬のイヴェント会場で、野上さんも
加わってムラギシ指導のもと演奏した曲でもあるのだ。
ムラギシの亡くなる半年前の冬である。
偶然とはいえ、ムラギシに既知・未知の人たちが彼の曲を通して
ここに集る。
人の縁が重なり合いある結集をみせるこの夜は、祝いと供養と
生者と死者が魂の交流を果たす素晴らしい夜となるだろう。
今朝届いた有山さんからの谷口顕一郎展記念ライブの演奏プログラムを
読み、思わず先走って感動のまま記したくなった。

 このようなメンバーが集ってくれたのも、テンポラリースペースがあっての
 ことで、大変感謝しております。

末尾に書かれた有山さんの誠実で真摯な文章に接し、思わずこちらこそと
書かずにはいられなかったのだ。

ムラギシ、ケンちゃん、もう一度再会だね。
今度はふたりの作品を透して・・・再会だね。

*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。
*谷口顕一郎展ー9月21日(火)ー10月3日(日)
*昆テンポラリー展「札幌の昆虫を素材に」-10月12日(火)-24日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-08-27 12:20 | Comments(4)
2010年 08月 26日

バーチヤル現実ーハルニレの羽(12)

西田卓司さんが夕刻来廊。
2階回廊壁にさらにコラージュを増やし貼り付ける。
この切れ切れの古今東西、あらゆるジャンルの紙情報を
見ていると、やはりスーパーの食材売り場を想起する。
切り身の食材、果実、根菜、葉もの、調理されたパック采。
現実は加工され、パックされ、調理され、生身のリアルは見えない現実。
近くのものがリアルから遠く、遠くのものがリアルに感じる事とも関係ある
のかも知れないと、ふと思った。
手で触れる身近な現実はすごくバーチヤルな現実で、
本当にリアルなものは、遠くにある。
そんな都市環境、そんな地球環境を我々は生きているのかも知れない。
何故なら大規模地下通路建設の方が身近で、同じ身近な自然緑の運河
エルムゾーンは、日常眼線からは遠い位相にあるからである。
清華亭?伊藤邸庭?そんなの在った?というのが卑近な現実感覚である。
ここに立つ一本の巨樹の時間の重さ、積み重ねのリアリテイーよりも
ある意味バーチヤルな地下通路の側に卑近さを感じてしまう現実感な
のだ。そうした虚構の現実にアート菌が蔓延っている。
真のリアルを我々自らが取り戻す闘いを抜きに、この街の再生も文化も
有り得ないと肝に銘じなければならない。
今回の西田卓司展は、そうした圧倒的な都市のバーチヤルリアリテイー
の現実に対し、同じ視座から現実を再構成しようとした果敢な試みである
と思える。
ここから囲繞する私たちの現在を対自化し、凝視する時間が熟成されて
いく。
西田卓司の会期中の時間は、その為に費やされ次なるステップへと
発酵していく時間となるだろう事を、私は願う。

*西田卓司展「@ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-08-26 13:51 | Comments(0)
2010年 08月 25日

遠くて近く、近くて遠いーハルニレの羽(11)

閉廊時間近く、ひょっこりと絵描きのチQさんが来る。
随分久し振りだ。
沖縄にいた時は遠かったけれど、ミクシイやメールで割と頻繁に
連絡がきた気がする。
札幌に帰省してからは、意外と疎遠である。
両親の体調の事もあり、また沖縄へ出かけるのは無理のようだ。
その所為か佐佐木恒雄さんが網走、チQさんが沖縄へとふたりがほぼ
同じ時期に札幌を立った時の勢いがない。
網走にしっかりと根を下ろし漁師と絵画を追求している佐佐木さんに比し、
チQさんはいまいち腰が定まっていない気がした。
いつものマシンガントークも湿り勝ちで、ぼそぼそと会話した。
それでもこうして訪ねて来てくれた事は単純に嬉しく、「札幌・緑の運河
エルムゾーンを守る会」にも、署名をお願いする。
最近のテンポラリー通信を読んでいなかったのか、初耳という感じで
話を熱心に聞いてくれた。
一度出た故郷、目指した南の国。そのギヤップのまま今の彼がある。
もっともっと絵を描いて欲しい。そんな気がする。
西田卓司展初日。
本人は仕事の関係か、顔を見せず静かに暮れる。

西田展2日目。
藤谷康晴さんが来る。
大阪個展以来ぽつりぽつりと最近は顔を出す。
次なるステップの話をする。
来月は京都下見に行くという。
京都には何か彼の心を揺するものがあるらしい。
ふと思い立って群馬・渋川の福田篤夫氏のコンセプトスペースの資料を
見せる。最近はイギリスで企画展をしている。
藤谷さんは興味を惹かれたようだ。
そこへ中嶋幸治さんが来る。
ふたりとも今日は仕事が休みという。
四方山話の内にもこの才能あるふたりの生活と芸術の在り様が、
そこはかとなく漂って、何となくだがいい時間が過ぎる。
ふたりとも次回展示の谷口顕一郎さんの帰国個展を楽しみにしている。
一、二度以前会っただけだが、ベルリンーさっぽろの心の距離はない。
人の間というのは不思議な間である。
近くにいる人の方が遠い距離の場合もあるから。
藤谷ー京都ーロンドンの線もこれからあり得るなと思う。
才能ある人は、どんどん道外に出た方が良い。
離れて近く見えるものもある。
ふたりに「札幌・緑の運河エルムゾーンを守る会」を説明し、
署名簿にサインをお願いする。

*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-08-25 12:18 | Comments(0)
2010年 08月 24日

情報の乾燥化日常ーハルニレの羽(10)

西田卓司展の2階吹き抜けは、数百枚の切り抜きのコラージュ・インスタレー
シヨンである。古今東西ありとあらゆる情報の切り抜きが貼られている。
このある種猥雑な空間はしかし、雑多ではあるが絶妙な空間構成を構築し
決して日常そのものの乱雑さではない。
見る位置を変え見渡せば、色々な情報の渦の日常現実を体感する。
対照的に1階に展示された作品は、90cm×90cmの木製パネル3点と
136cm×181cmの木製パネルの2点の計5点が並ぶ。
こちらは静謐な中にも凝縮された世界だ。
マイクロポップな日常が、猥雑なまま情報の氾濫のように溢れ、そこから
鯛焼きの鉄板のように押し固められた世界が、1階と2階の差異のように
してある。
木製パネルにアクリル絵の具の5点の作品名が、すべて「失われたタブロー」
というタイトルなのもその意味で象徴的である。
古今東西の情報の氾濫の中で生きる我々の、ある種情報麻痺した
ノシイカのような、乾燥物の世界の反映と言えるかも知れない。
多種多様な情報もまた乾燥珍味となって、現在を構成している。
西田卓司の世界には、生(なま)身の生臭さはない。
多分この乾燥感は、我々の日常そのものの保つ乾燥である。
生身を消しパックされた食品のように、情報もまた切れ切れのパックである。
そのパック化された情報を分解し、もう一度自分の手で鯛焼きのように、
ノシイカのようになめして、再生する。
そこに多分西田卓司の日常現実を凝視する方法論がある。
現実日常と同じ手法で再生するのである。
情報社会の与件を自らの手で再構成するラデイカリズムこそが、
彼の戦い方だと思える。
切れ切れの多彩な情報は、さらに作家によって乾燥化され干物化する。
それは<失われたタブロー>というタイトルで、一層干し固められ
凝縮したスープの固形物のようにパネル化される。

これからの会期中に、この固形スープは果たして如何なる潤いを
もって溶かされ、生身を再生するか。
そう作家は自らに問い、願ってもいるかと思うのである。

*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-08-24 14:57 | Comments(0)
2010年 08月 23日

西田卓司展ほぼ完成ーハルニレの羽(9)

昨日帰京前の大塚軟膏くんが寄る。
ほどなくH学園大1年のチヒロさんも来る。
ふたりは文月さん経由の友人で、ともに今年それぞれの大学のジャズ研に
入り演奏もしている。
このふたりと同じく今年教育大に入学した釧路の瀬戸くんもジャズ研入部と
いうから、一度3人を会わせて文月トリオ(仮称)で演奏会をと思っていた。
まだ瀬戸くんはこの二人と会っていないから機会あればと思っている。
大塚くんがもう一度大野一雄の石狩公演ヴィデオを見たいと言うので、
劣化を心配しながらも、別バージヨンの映像を流した。
やはり最初に見せた方がまとまりがある。
一度歩いてからまた見ると違いますねと、大塚くんが言う。
来札の岸辺の自然は、同じ風景を二度と見せる事はない。
まして19年前9月の来札の岸辺と今では、季節も違うし風景も変わった。
それにしても同じ場所を歩いた体感は、映像や時間を超えて体に
記憶されている。その事の確認のように大塚くんは呟いていた。
昨日今日と西田さんの展示は続き、ほぼ完成する。
2階吹き抜け回廊の、豊かで凛とした饒舌さ。
1階展示の、静謐で寡黙な内の凝縮。
これらが見事に今現在の本人を表出している。
2階回廊部分は見る場を変えて、色々な角度で寛げる空間だ。
ここに10代から20代の原風景が饒舌にして凛としてある。
その20代から30代への橋渡しが作家の今を形成して、1階に伏流している。
会期中細かな展示の増減はあるかも知れないが、構成としては見事な
展示となったと思う。
明日以降の会期の中で、空間の空気はどんどんと醸成されてゆくだろう。
満足そうな笑みを浮かべた西田さんと握手をして、とりあえずのオープン
をふたりで祝った。
明日からこの会場はまたどんな表情を与えてくれるのか、楽しみである。

*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

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by kakiten | 2010-08-23 16:15 | Comments(0)
2010年 08月 22日

西田卓司展示中ーハルニレの羽(8)

A高校美術部展にOBとして絵画を展示し搬出帰りの文月悠光さんが寄る。
早速先日の石狩行の話となる。
大塚軟膏くんが、文月さんの歩行の様子をミクシイに書いている。
どん尻は文月さんと大塚くんで、年齢とは真逆の順番である。
体力年齢と実年齢は必ずしも一緒ではない。
どうだった?と聞くと楽しかった応えた。
案内人が先頭でひとり道なき道に入り込み、ジタバタしていたけれど、
後続の人たちは結構それなりに楽しんでいたらしい。
文句を言いつつも過ぎて振り返れば、いい道行きだったようだ。
同行の村上さんが、いいメールをくれた。

 楽しかったです
 たくさん歩いて
 たくさん空と景色を見て

昨日から来週から始る西田卓司さんが展示に入っている。
2階吹き抜け部分は、唐牛展での改装で独自な空間となったが、
そこに壁一面にコラージュ風の切り抜きが、貼られている。
卓司の部屋だねと話すと、西田さんは笑っていた。
結構アメリカンな世界と思った。
今日明日と展示作業は続き、トータルで如何なる世界が表出されるか
楽しみである。
会期後半には西田さんの大学の先輩にもなる谷口顕一郎さんもドイツから
帰国し展覧会を見てくれるだろうから、西田さんにはいい励みになる筈だ。

このところの疲れがまだ体に残っている気がする。
「札幌・緑の運河エルムゾーンを守る会」の立上げも少しづつ軌道に乗せて
小さな声を結集していかねばならない。
先日清華亭近くの町内会で、井頭龍神祭があったと聞いた。
そこでも署名活動をお願いしたと、宇田川洋さんが伝えてくれる。
点から線へ、線から面へ。
エルムの翼、ハルニレの種子の羽のように、思いを解き放たねばならない。

*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*谷口顕一郎展ー9月21日(火)-10月3日(日)
*昆テンポラリー展ー10月12日(火)ー24日(日)

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by kakiten | 2010-08-22 12:16 | Comments(0)
2010年 08月 21日

空に井戸を掘るーハルニレの羽(7)

8年前の6月陶芸家の鯉江良二さんが創ったモニュメント「空に井戸を掘る」
を久し振りに先日の望来行きで見た。
望来の交流センター「みなくる」前広場に立つ、アルミ缶200キロを溶かし、
地面に彫った溝に流し込みその場で作成した作品である。
高さ約10メートル。
作品には作成時の参加メンバー全員の名前もローマ字で刻印されている。
アルミの地肌も8年の風雨に曝され鈍い光となり、周囲の電柱や遠くの
風力発電の銀色の塔と溶け合って、風景の一部のように馴染んで見える。
自分の名前の部分に懐かしく触れながら、もう少し海側に在った方が
この作品はより存在感を増したような気がしていた。
沖縄の島にも同じ物が立てられているというから、ここももっと海に近く
設置した方がよかったなあと、あらためて思うのだ。
鯉江さんは、「土に還る」という作品で美術界に注目されデビューし、
札幌では界川の源流域の土を素材に「川に還る」を制作した。
この石狩望来の作品を私は密かに「海に還る」と名付けていたが、
こうして久し振りに見ていると、まだ海には還っていないと思った。
「空に井戸を掘る」というタイトルの通り、海はまだ姿を現してはいない。
愛知県常滑出身の世界的陶芸家である鯉江良二さんの、石狩の海での
仕事はまだ未完のままであるという思いを強くした。
井戸を掘ったら次は水である。
常滑の海辺で生まれた鯉江良二の<海>への回帰を、いつか実現させたい
そんな思いで、久し振りの鯉江さんの仕事を見ていた。
思えば、この石狩・望来の地で大野一雄先生を初め吉増剛造、ロジャー
アックリング、阿部守と多くの優れた作家たちがいい仕事をした。
世界的にも通用する第一級の作家たちである。
そうした場所なのだ、この望来という土地は。
札幌を流れる無名の暗渠の川を通して有機的に繋がる石狩の海は、
歩行の道程によって我々の身体もまた山から海へ有機的な体験を経験する。
2日前の小さな旅、みちゆきもまたその一端である。
同行した若き詩人、歌人、写真家、華道人たちは、何を感受しただろうか。
百のレクチャーより、百の歩行の方がどんなに雄弁であるか、
今回もそんなそれぞれの思考・歩行の道行きだった気がする。


*西田卓司展「ワーキングフロー」-8月24日(火)-9月12日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリスペースー札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-08-21 12:13 | Comments(0)