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2010年 05月 30日

木霊する時ー青き繁みに(26)

今週月曜日展示後札幌を離れ帯広に帰っていた梅田マサノリさんも
久し振りに会場に見えて、来た人たちと話が弾んだ。
今日から始る道立近代美術館グループ展のオープニングに出席で
梅田さんたちが出かけ、さっと人が引いた後ふらりと直線的な
感じの青年が来る。
奥の階段を使い2階から会場を見た後、帰り際談話室に置いてある
川俣正のテトラハウスプロジェクト記録誌が目に入ったのか、手に取り、
熱心に頁を捲っている。
話し掛けると眼を輝かせ、もっと資料がないかと尋ねる。
理由を聞くと、以前もっと部厚い資料集を見て、そこに少年時代の自分の
写真があったという。
聞けば、少さい頃円山北町に住んでいて、当時川俣正のテトラハウスの周りを
うろついていたと言う。
その時野球帽を被った自分が写真記録に載っていたのを後年たまたま見て、
その時は高価で買えず、今その本を探しているという。
あの時の不思議な経験が、現在の自分にも影響してその後の人生を変えた
というのだ。
その頃在った私の建物もずっと気になっていて、今回東京から久し振りに
札幌に帰って来て、ここをネットで探して尋ねてきたと言う。
山崎篤志さんと名乗るこの青年は、現在東京の中野に住んでいて、
ウエブ・プログラミングの仕事をしている。
それから話は止まらず、話はどんどん過去から今に跳んでいった。
’83年の川俣正の仕事が、こんな形で人の人生に及んでいる事に
深い感銘を覚えながら、自分自身も含めさらには同じように人生が変わった
美術家の唐牛幸史さんの事も思い出して、感無量のものがあった。
野球帽を被った少年がこうして今は離れた札幌に、久し振りに戻り、
かって住んでいた界隈の変貌に戸惑いながらも、テンポラリースペース
を探し訪ねて来てくれる。
ひと時の川俣正のインスタレーシヨンの記憶とその中心に存在した
テンポラリーの記憶が、彼の中では大きな場所を占める札幌だったのである。
少年時代住んでいた家の記憶と重なりながらも、忘れられぬ事として
ふたつの札幌が在ったのだ。
30代に入ったかっての野球帽の少年は、その原風景を探すように
札幌を再訪し芳名帖には、次のように記されていた。

 素晴らしいひと時を過ごせました。ありがとうございます。

時は木霊する。
その木霊の声を聞いたような気がした。

*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月30日(日)まで。
*阿部守展ー6月1日(火)ー13日(日)
*西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-05-30 13:04 | Comments(4)
2010年 05月 29日

重なる声ー青き繁みに(25)

建築家のAさんが来る。
彼は円山川源流域の沢上に家を建てたばかりだ。
今日下流からその家まで散策の予定だったが、時間が取れない。
あらためて一緒に歩こうと予定を変更する。
代わりに界川游行アートイヴェントの記録ヴィデオを見せる。
円山川と山ひとつ隔てた界川の流域に展開した、’89年10月のアート
イヴェント映像である。
もうその頃と風景も建物も変わっているが、映し出される軟石の倉や洋館、
川を暗渠化した跡の遊歩道。
近くの専門学校に通っていたというAさんには、見覚えのある
懐かしい風景のようだった。
熱心に映像を見ながら過去の記憶の風景と現在を重ね合わせ、話が弾む。
そこへ同じ建築家のMさんが来る。
彼はAさんより年上だが、川俣正の’83年テトラハウスプロジェクトの映像
ドキュメントを制作してもいる。
そのMさんと話していて、彼の眼がふと本棚のムラギシの本に止まる。
そして今ドイツにいる谷口顕一郎さんがかって催した市民ギヤラリーの
ワークショップでムラギシと一緒だったと話す。
まだムラギシが大学入学前のことである。
私は不思議な縁を想った。
Aさんの新しい家は、ムラギシ最後の個展「木は水を運んでいる」の時
展示した白樺の木を採取した場所の上流なのだ。
その白樺の在った不動の滝と不動明王の祠の周辺を巡り、
Aさんの家まで散策する打ち合わせだったのである。
そこに私より以前からムラギシを知っているMさんがふらりと現われ、
個展の重要な素材白樺の立っていた場所近くに家を建てたAさんがいる。
さらに白樺の展示も今回の梅田マサノリさんのマニ車と同じように、
会場中央に上から吊り下げて展示されていたのである。
偶然が重なって、ムラギシの記憶がマニ車のように回転していた。

昨日行われた梅田マサノリさんの道立近代美術館展示の様子を、
Nくんの今日のブログが伝えている。
館内ガラス壁の傍と壁外側に透明な球体が2個無事設置されたようだ。
道を歩く人が、展示中の巨大な球体に目を奪われ、特に子供が
喜んでいる様子が記されている。
青葉・若葉の光る美術館の庭と館内が、ガラス一枚隔てて内と外が
呼応し繋がる。
それは作品の保つ声がある界(さかい)を超えて重なる事でもある。
生と死もまた一枚の時間のガラス壁を超えて、命の声として重なる。
Aさん、Mさんの不思議な記憶の重なりは、私にはそのようにも
感じられる事だった。

ムラギシよ、来てたのだろう?そうだろう?

*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)
*西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-05-29 13:23 | Comments(0)
2010年 05月 28日

声が届くー青き繁みに(24)

何気なく外を見ていたら、前に自転車が止まり
ふと見覚えのある顔が見えた。
藤谷康晴さんだ。
あれっ、大阪では?と一瞬思う。
個展は続いているのだが、仕事の関係で昨日帰札したと言う。
早速向こうでの様子を聞く。
大阪・京町堀・AD&Aギヤラリーでの初個展「超空間」-6月2日まで。
首尾は上々という感じの明るい顔だった。
何かが抜けたなあと思う。
一日京都を歩き回ったと言う。
修学旅行以来というが、全然印象が違う。
寺院、画廊と色々刺激を受けたようだ。
個展の反応は、吃驚した人、感心した人、分からないという人。
ここで最初に発表した「一番街」の細密なビル群も展示し、
今までの集大成だったようだ。
関西の人たちには、きっとセンセーシヨナルな展覧会だったと思う。
無機質なビル群と濃厚な情念のドローイングは、正に大阪の現代の
都市風景と関西の伝統的情念に心の奥底で合致するものを
孕んでいるからだ。
日本の欧州ともいえる長い歴史風土を保つ関西は、
東京を中心とする米国型現代都市風景とどこかで拮抗する精神土壌
が濃いからである。
藤谷さんの作品は、その両方の要素を濃く秘めた作品である。
なによりも作家自身が初の大阪個展滞在で大いなる刺激を受け、
触発されているのがよく分るのだ。
帰る間際ぎりぎりで、私から連絡した京都在住の作家Aさん
にも会えたと、嬉しそうに話してくれた。
Aさんとギヤラリーのオーナーの小西さんには映像を依頼してある。
先日来たかりん舎の方たちも見たいと言うので、
いずれ藤谷さんも交えて映像を見ながらささやかな
打ち上げをしたいと思う。
今回現場に立ち会えなかったから、せめてもの今でき得ることである。

昨日の道新夕刊に、敬愛する美術評論家加藤玖仁子さんの
クリスト夫人ジヤンヌ・クロードさんの追悼記事が掲載されていた。
今年2月にニューヨークで行われた追悼会に招待され出席した時の
旅の回想である。
この記事は毎週木曜日4回に渡って連載の予定とある。
加藤さんとクルスト夫妻の長く深い交友史が綴られていくに違いない。
加藤さんからここの開廊祝いに頂いたクリスト夫妻のサイン入りの
「ザ・ゲイツ」のポスターは今も大切にここに飾ってある。
クリストとは何故か不思議な縁を感じてもいる。
本人とは一度も会ったことはないのだが、初期のフロリダ半島マイアミ沖の
11の小島をピンクの布で取り囲む1981年プロジェクトの際使われた
ピンクの布の一部を私は所有している。
これは当時現場で撮影した写真家の安斎重男氏から頂いた物である。
この時私は「燃える街角・器の浪漫」を旗印に円山北町へ移転した
ばかりの頃だった。ひとつの人生上の節目の時である。
今回も現在地へ移転し、さらなる節目として札幌の原風景を深く考えて
いた時起きたのが、札幌の原風景を色濃く遺す伊藤邸の高層ビル化の
問題である。
この時ふっと脳裏に浮かんでいたのは、クリストである。
いずれ加藤さんにも相談依頼しようと思っていたのは、
道庁前庭・赤レンガ庁舎ー植物園ー伊藤邸ー清華亭ー北大と
森と泉の記憶を取り囲むプロジェクトの構想である。
そこまでやらなければ、新幹線・高層ビル化には対峙できない。
貧しい移民の子としてアメリカへ渡ったクリストならきっと解してくれる筈だ
と、不思議と信念のように思ったのである。
United Dreams of America、そして The Republic of Dreams
in Sapporo の構想が脳裏を駆け廻っていたのだ。
加藤さんの文を読みながら、沸々と今その想いは湧き起こってくる。
妄想と笑う向きもあるだろうが、それがdreamsというものである。
再生すべきは、そのAmericaという理念なのだ。
何故なら私たちの時代の始まりには、戦後間もなくに書かれて
一度は詩集から消去された鮎川信夫の次の詩行が今も深く時代の
根底に響いていると思うからである。

 ・・・・・・
 「アメリカ・・・」
 もっと荘重に もっと全人類のために
 すべての人々の面前で語りたかった
 反コロンブスはアメリカを発見せず
 非ジェファーソンは独立宣言に署名しない
 われわれのアメリカはまだ発見されていないと

             (1949年・鮎川信夫「アメリカ」)

*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)
*西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1ー8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-05-28 12:47 | Comments(1)
2010年 05月 27日

小指の想いー青き繁みに(23)

左足の小指と薬指に繋がる甲の部分。
そこの痛みが湿布で大体治まってきた。
まだ少し歩くと意識するが、まあまあいいか。
一昨日から再び自転車、そして徒歩。
リラ冷えには早く、不順な天気が続く。
梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」2日目。
巨大なマニ車が中央に聳え、人の気配に音を立ててグルグルと回転する。
ガラス戸越しになんだろうかと、覗いていく人も多い。
さらに中に入って円柱が回りだすので二度吃驚。
今回梯子は外したが、奥から二階に上がり吹き抜け上から眺めると、
円柱の中が望める。
そこには小型のプラネテリユムのような光を発する装置があり、
キラキラと光の穴が光って、天井に反射している。
今は日が長くなり、暗くなるまで時間が懸かるから、この光の遊びは
午後7時過ぎないと楽しめない。
それでも上から覗いて、多くの人が面白いとか、
綺麗とか言って楽しんでいる。
まだ子供は来ていないから、子供がどんな反応を示すかが楽しみである。
きっと光はさて置き、円柱の回転に同調して一緒に走り回るに違いない。
見る者が作品世界に関る事で、個々の無機質な物体がある空間を造る。
今回の場合は、その人の動きが作品を電気的に反応して、空間に動きを
生むのである。
この時見えない磁場のようなものが、空間を緊密に一体化して
筋肉の動きのように連動した内部となる。
この見えない連動が今回の「マニノ・アル・シツナイ」の主題でもあるだろう。
左足の小指の負傷が、図らずも身体の部分と全体の連動を示唆してくれた
気もする。
本来部分というものはないのかも知れない。
すべては全身と繋がり連動して存在する。
その全体という身体性を傲慢にも忘却した時、恐ろしいしっぺ返しが
くるのだ。
地球という星全体をひとつの身体のように考えれば、その一部のみを
分断して増幅して肥大化し、傷化しているのが現代なのかも知れない。
小指に連動する腱の痛みが全身のバランスを崩し、普段の行動に
支障を生むとすれば、それは地球規模に置き換えれば人間にとって
は大きな障害となるのだろう。
アイルランドの火山灰、メキシコ沖の石油油田爆発も、地球という身体
には小指の痛みのようなものかも知れない。
そんな些細な事が我々の身近な都市風景には、日々発生している。
札幌の自然身体性を、高層ビルや高速道路という部分増幅で
森と泉の自然の腱を痛め断ち切るかのような行為が、進歩と発展の
幻想のもとで日々進行している事にも、もっと痛みとして感じなければ
何も始らないと考える。

痛みの残る小指の想いは、あらためてそんな事を告げてくれる。

*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)
*西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日)

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by kakiten | 2010-05-27 13:11 | Comments(0)
2010年 05月 26日

ハチのムサシは死んだのさー青き繁みに(22)

夕張メロンを支える養蜂家の悩みをTVで見ていて、昔一発ヒットの
フォークソングを思い出していた。
確か、♪ハチのムサシは死んだのさ~ という歌詞だった気がする。
若い人に聞いたが誰も知らなかった。
さればと、同世代と思しきM夫人に聞いたら覚えていた。
でも私よりずっと上の世代よ、と仰ったが、まあ一応ワンジェネレーシヨンは
30年単位ですからとなだめた。
この歌は出だしの歌詞以外は忘れたが、TVの養蜂家のドキュメントは
メロンの花粉を仲立ちする蜂が減って受粉が停滞する為、沖縄まで蜂の養蜂
先を探しに出掛けているという話だった。
また最近の宮崎の肉牛騒動も、人間社会と他の生物との関係性を痛く考え
させられる事件である。
まるでこの事件は、牛世界のアウシュビッツのように感じさせる。
純粋種を守ると称して大量虐殺をするエゴである。
この場合の純粋種とは、ドイツ国家のそれではなくグルメの食の純粋種である。
ビールを飲ませたり、さまざまな手法で霜降り肉を育て人間の食を満足させる。
それがブランド化し経済価値を高める。
民族差別、人種差別と同じ構造の、肉牛の差別化である。
この差別は、自然の有機的な関係性に基づくものではない。
区別・差別・ブンベツ・分断に至る人間の優劣を決める価値観によるものだ。
グルメの事を美食家ともいう。
享受する側の<美>とは何か。
<美>という観念ほど、曖昧で独善的なものはない。
美←→醜という区別・差別は形を変え至る所に満延している。
清潔←→不潔。安全←→危険。勝ち組←→負け組。中央←→地方。
この二元論は単純で分り易いが、同時に一元的な決め付けをも生む。
境界が線引きとしてしか働かず、ベルリンの壁のように分断するのである。
美食を追いかける人間のエゴは、牛という生物に対し<美>食の一線で
生命の有機的存在を断ち切るのである。
そういうシステム、構造に肉牛を取りまく社会構造が構築されている。
動物という生き物と人間という生き物の自然な関係性は否定されて
成立している構造だからである。
かって馬や牛と人間との関係は、牛馬頭観音に見られたように生き物同士
の感謝の関係性が生きていた。
何時から人間社会は、牛も馬も犬さえも<美>の対象に仕立てていったのか。
犬を愛玩用のペットに仕立ててきたのも、可愛いとかいう一種の<美>である。
そしてそこに経済が絡み高値で取引される。
独裁者の豪勢な住居や装身具もすべてこの<美>という驕りである。
そうした巨大な独裁者の驕りが、今は個の分野にまで満延して
みんなが<美>の驕りを日常的に有するようになっている。
その小さな個が多くの数を重ねる事で、ひとりの独裁者以上にその
驕りを社会全体、地球全体に波及させている。
肉牛の大量虐殺とは、その人間社会の<美>食意識が生む食の
アウシュビッツなのだ。
それは牛だけに止まらず、もっと小さな生き物にも及んでいる。
森にも海にも及んだその驕りは、冒頭に記した蜂の減少にも顕われて
いると思える。
今だ止まらないメキシコ沖の海底油田の流失も、石油という地球のリンパ液
のようなものを大量に吸い出して、快適で<美>的な生活に利用する必要
からきた結果である。
<美>という概念を今こそ根本から問い返す必要がある。
<美>の追求を天職とする美術家芸術家こそ、この現実と厳しく対峙
すべき立場にある。
安易に快適に流れる<美>の保つ恐ろしいエゴの牙を見抜き、
差別化の境界として閉じる世界から、真に開かれた美の有機的な界(さかい)
に再生するのは、芸術・文化が保つ正統で真っ当な真の役割と思う。

その意味でも、自らの癌手術体験から、その摘出された内臓のように陳列
されたオブジェを人の気配と共に有機的に甦らせ、作品として構成した梅田
マサノリ展は、<ブンベツ>の断絶世界を有機的に再生させようとする
身体宇宙への祈りとオマージュに貫かれた作品世界と思えるものだ。

*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月25日(火)-30日(日)
 am11時ーpm7時。
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)
*西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-05-26 13:01 | Comments(0)
2010年 05月 25日

梅田マサノり展始るー青き繁みに(21)

「交差線」4人展最終日。帯広から梅田マサノリさん来廊。
夜4人展撤去後展示作業に入る。
「交差線」の4人が、気持ち良く手伝ってくれ、大助かり。
私は足の痛みで、どうにも動き緩慢で役に立たない。
先ず高さ3m超直径1・5m程の巨大円柱を吹き抜け上から吊り下げる。
内部に電気的装置があり、これが人の気配をセンサーで察知し
自動的に回る仕掛けである。
表面は白地のロールキャンバスで、そこに茶褐色の楕円の不規則な模様
が描かれている。
中央背後の壁には、チャックの付いた内臓のようなオブジェが3点、
透明なガラス板に固定され上から吊って展示されている。
回転する円柱は、チベットのマニ車のようでもあり、宇宙の中心のようでもある。
梅田さん独特の身体の宇宙性を保った有機的な展示である。
前回の個展では、透明で巨大な球体が会場中心にあり、そこに外光が
透けて白い壁に光の波紋を映し出していた。
壁には臓器のようなオブジェが並び、そこに光の波紋が揺らいで、
身体の有機的な風景を醸し出していた気がするが、今回はその透明な
球体の代わりに円筒の回転する物体がある。
人の気配で円筒が回転し、それが光の揺らぎの代わりを為している。
以前帯広美術館の個展でもこの円筒が展示されていたと思うが、
会場の広さが違う分、より圧倒的に見る者を巻き込む存在と思う。
外光の揺らぎに比し、今回の円筒はより人工的であるが、
例えそれが電気的センサーの働きにせよ、人の気配という目に見えぬ
存在から作品を完結させようとする行為は、前回の光と共通するもの
がある。
見えない生命の有機的交差を可視化しようとする巨大な装置のように
梅田作品の視軸はあって、その視点は常に自らの身体性から発している事
に、作家の誠実で愚直なまでの真摯さを感じるのだ。
私見によれば、それは十勝の大自然に囲繞され生きる十勝人の作家として
の誠実さであると私は思う。
内なる身体の自然を、如何に有機的に囲繞する空間と対置し得るか。
そんな取りまく外部自然に甘えまいとする内面の視線を感じるのである。
しかし次なる課題は、社会的契機としての自然と思う。
今日のニュースが伝えていた蜂の不在・減少が、夕張メロンの生育にも
影響するという報道は、自然界の内側に人間社会の影響が多くの場面で
顕われている現実を示唆していた。
蜂や雀や郭公の減少・不在は、自然と人間社会が別々ではなく、
深く結びついてある事を物語っている。
森から鳥も虫も消えるレーチエル・カーソルの「沈黙の春」の現実は、
更なる加速を続けているからである。
梅田マサノリ作品の身体宇宙性は、次に如何なる社会的契機を孕み得るか、
そこに避けられぬ次なる課題があるように私は思う。

*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月25日(火)-30日(日)
 am11時ーpm7時。
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)
*西牧浩一展ー6月17日(木)ー20日(日)

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by kakiten | 2010-05-25 14:58 | Comments(0)
2010年 05月 23日

足の痛みー青き繁みに(20)

左足の小指と薬指の腱が夜痛む。
たかだか小指と言うなかれ。
少し足を引きづる。
今朝になるとさらに痛みが増す。
最初は足が痺れたくらいにしか思っていなかったが、骨折かも知れない。
何時そのようになったのかは分らない。
手足の増幅に例えた都市化批判の所為かもしれない。
足の叛乱。小指の叛乱。
足男が足を痛めて、悪しからず。
あっしには関りあることでござんす。
馬鹿な駄洒落を飛ばしても、痛みはしつこく、意地悪である。

「交差線」4人展も今日で最終日。
昨日、今日と多くの人が来て、渦巻く。
作品を媒介して色んな話が飛び交い、初日のようなただのお喋りはない。
テンポラリーのアイドル、8歳の結音ちゃんがお父さんと一緒に来て、
シュークリームの差し入れ。
それからいつものように、会場を走り回る。
伊藤紗絵子さんの小さな羊を見つけ、羊の描かれた部分を全部数える。
40近くあるのを、丹念にすべて見つけ数える。
さらに一番気に入った絵をプレゼントされ、大ハシャギ。
お父さんにまだ展示中だからと注意され、ショボン。
1時間以上滞在し、帰った後2階の私の机を見ると、書置きがある。
コノエハ、マダテンジチュウナノデ、オイテイキマス。
オワッタラ、カナラズキテ、モッテイキマスノデ、アズカッテクダサイ。
と書かれていた。
前回来た時は、「空・地・指」の3人展で全作品に名前を付けていった。
この体全体を使った直接的批評は、時に百の文言に勝る。

子供がうろちょろする事をタブー視する向きも多いようだが、
それは偏見である。
子供の全身を使った批評は、大人が考えるほど乱暴ではない。
大人の分別こそが、実は批評以前のブンベツだったりするのだ。
批評以前の線引きをして、触ってはいけません。と規制している。
邪(よこしま)に触らない知性を、子供は持っている。
体全体でその知性を保っている。
ある意味で表現者の行為と同じ行為である。
小手先という言葉の正反対にそれはある。
都市の問題もそうだが、ひとつの都市を自然総体として、
身体として捉えなければ、ブンベツの陥穽に陥るだろう。
曰く、中央ー地方、都心ー場末。
小さな小指の痛みすら全身を支えている事に気付くのは、
その有機的な身体性の証しである。

*「交差線」4人展ー23日(日)まで。
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月25日(火)-30日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)

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by kakiten | 2010-05-23 14:15 | Comments(0)
2010年 05月 21日

ポロという事ー青き繁みに(19)

ポロヌプリ(大山)を考えていて、ふと思い起す言葉があった。
大雪山である。大雪山という山はないという事だ。
峰々を連ねる一群の山系を総称して、大雪山と呼ぶ。
いわば山の群塊の総称である。
旭岳を始めとする、北海道最高峰の山並みが連なる地帯である。
この大雪山から(雪)を抜けば、大山ではないか。
大小というふたつの比較の相対性に、この<大>はなく、大きな群体を
示唆する<大>ではないかと思ったのだ。
ポロというアイヌ語を調べると、”親である、親の”という意味とある。
そこから”大きい”という意味が派生したようだ。
従って単純に大小で大きいではなく、複数の複合体なのである。
ポロには、<父祖の>という意味もあるようで、ポロヌプリは
父祖の山とも取れる。
大雪山は日本語名だが、この山並み全体を総称したとすれば、
ポロと同じような使い方とも思える。
本州にも大山という名前の山があったと思うが、
この地域はどうなのだろう。
私はこの大山を日本酒名で覚えているだけだが・・。
とにかく恵庭から始って、札幌を大きなゾーンとして見直す切っ掛けに
にはなった気がする。

植物園に連なる伊藤邸という個人のあるいは会社の所有地が、
ゾーンとして札幌湧泉池の極めて重要な地域である事を、都市化という
人間の傲慢を見直すためにも、自然の側から位置付ける事は必須の
作業である。
山田秀三さんの「札幌の偕楽園」というエッセイには、この湧泉池は
サクシコトニ川の水源部と記されている。
ここから偕楽園という今はない美しい池畔の公園があり、さらに清華亭
から北大構内を北流してゆく。
泉と川が大地の血管のようなものだとすれば、土は筋肉であり皮膚で
あるだろう。
その元を<ポロ=親>として敬意を保たなければ、人間は手や足や眼や
耳だけが部分増幅したお化けになってしまうだろう。
利便性を至上とする都市化の拡張肥大は、ポロという頭(かしら)の親を喪失
して、部分だけを相対化した悪無限的な比較大小競争の修羅に陥る事となる。
今まさに人間の内部の自然的存在<ポロ>が、手足の暴走に対峙し
問われてもいるのだ。
伊藤邸の水源部の記憶とは、札幌の水の親・ポロの記憶ではないのか。
近年北大構内を流れるサクシコトニ川は、涸れる危機を再生し今その流れを
取り戻している。
これは水源が甦ったのではなく、水源を藻岩山浄水場から導水したもの
である。復原は出来ないが、再生はでき得るのだ。
<Re=再生>への意思こそが、今我々ができ得る真に文化としての
唯一の仕事・志事である。
Sapporoのポロよ、そう思い許されよ!

*「交差線」4人展ー5月23日(日)まで・am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月25日(火)-30日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)
*西牧浩一展ー6月17日(木)-20日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-05-21 12:22 | Comments(0)
2010年 05月 20日

大山=恵庭岳ー青き繁みに(18)

恵庭市のMさんが来て、恵庭の語源の話になった。
アイヌ語でエ・エン・イワ(eーenーiwa 頭が・尖っている・山)
恵庭岳の山容形態からその名が付いたようだ。
明治39年にこの山に因んで恵庭村としたとある。
もともとこの地域はアイヌ語でイザリ(イチャニ)と呼ばれ、
その意味は鮭の産卵場であったとされる。
これは漁川(いざりがわ)として、今も川名に残っている。
そして恵庭岳は、<頭が・尖っている・山>と同時に
ポロ・ヌプリ(大山)とも言うと、さり気なく付け加えられていた。
この言葉にどこかで響くものがあった。
支笏湖から長い恵庭渓谷を下った時の風景の記憶である。
支笏湖という火山爆発跡の大きな凹みから恵庭渓谷一帯が
大きな山であったのではないかという想念である。
現在も活火山である恵庭岳。支笏湖を陥没させた大爆発。
その火山灰は札幌にも降り注ぎ、その大地を造る要因となっている。
私は川から札幌を見詰めてきたが、この時ふっと気付く事があったのだ。
水だけが大地を造るのではない、土がある。
その土は造山活動をもつ火の山だ。
大山とは恵庭一帯の造山、火山地帯を言うのではないかと、
想念が開いたのである。
さすれば、さっぽろという大地を形成する水と火の元が見えてくる。
水が地形を形成するように、火もまた地形の骨格を造る。
水は川であり、火は火山である。
この火山活動による大地の形成を抜きに、土はない。
とすれば、札幌の火の造山活動・土形成の大元にポロ・ヌプリ・恵庭がある。
現在の都市構造から見た恵庭市は、単に千歳空港への途中駅であり、
札幌の郊外住宅地のひとつに過ぎない。
これは政治経済を軸にした人口数を規準とした、恵庭の位置付けである。
土と水という大地の根元要素から、身体として見る時もっと大きな視座が
必要となる。
木を見て森を見ずではないが、手を見て足を見ずのように部分増幅の
文明病に我々は冒されているのではないのか。
これは一種の精神的メタボと言えるものである。
道央とかいって、社会的集中構造だけに寄りかかり過ぎて、トータルに
自分の生きている場を見失っている。
そんな想念が一気に、恵庭をポロ・ヌプリ(大山)と呼ぶ言葉から広がった
のだ。
すでに社会的与件としてある既成概念を、今一度は自らの感覚として
奪取する必要がある。
そのようにして再度生き直す必要がある。
私たちは実に多くの既成概念に略奪されたまま囚われて生きてはいないか。
<the Republic of Dreams>のReーpublicとは、その謂である。
<Re>の闘いを経ずして、真のPublicは訪れない。

*「交差線」4人展ー5月18日(火)-23日(日)am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月25日(火)ー30日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-05-20 14:34 | Comments(0)
2010年 05月 19日

「交差線」4人展初日ー青き繁みに(17)

伊藤邸高層ビル化のニュースに心が行って、「交差線」4人展に触れずにきた。
日曜日、月曜日徹夜と頑張って、賑やかなしかしきりっとしたいい展示になる。
台ひとつにもみんなが力を合わせて作っている。
19歳という多分一番力点の形成される時である。
4人が4人なりに、ある転回点を形成している。
意識と身体、意識の形而上と形而下。
そこが北村穂菜美さんの樹の形だったり、真野奈優季さんの灯篭だったり、
伊藤紗絵子さんの色彩の明暗だったりしている。
宍戸優香莉さんの絵は、握る指の変幻のようで、中でも明快に跳んでいる
かも知れない。
一度個展をした後の、心の余裕が為せるものか。
4人の交差線というより、ここではもう万華鏡のように何かが交錯している。
これは展示に4人が一体となった2日間の熱気が醸し出したものだ。
この熱は、今後会期中に少し冷やして展示として自立させてゆく時間が
必要である。
熱気は余熱となって、馴れ合いの熱となる。
早速に初日午後そのような光景が出てきた。
入口近くで何時間もおしゃべりを続けるお仲間がいた。
作品を見ず、噂話や日常話をいつまでも続けている。
閉廊時まで続いてその甲高い声の渦にはヘキヘキする。
下手するとここはお部屋化するなあ。
熱く茹でた蕎麦もその後きりっと冷やさなければ、伸びきった蕎麦になる。

*「交差線」4人展ー5月18日(火)-23日(日)am11時ーpm7時。
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月25日(火)-30日(日)
*阿部守展ー6月1日(火)-13日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-05-19 12:13 | Comments(0)