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2010年 01月 31日

カンテレの取材ー有機的な世界(12)

TBSのBS・TV取材で東京のいしまるあきこさんが夕方訪れる。
札幌特集でフインランドの古楽器カンテレ奏者あらひろ子さんを取材
するという。
ついては音取りに会場を使わして欲しいという。
モエレ沼、夜の円山公園等を映像化し、北欧の古楽器カンテレの演奏
を流したいらしい。
大野一雄の石狩公演ヴィデオを上映する予定があったので、
その後ならいいよと応える。
今村しずかさん、竹本英樹さんが来てヴィデオを見る。
竹本さんは娘の結音ちゃんの伝言を伝えてくれた。
先日このブログに書いた斎藤紗貴子さんと結音ちゃんの話を
読ませたら、とても喜んでいたという。
なにかほっとして、心が暖かくなる。
今村さんのお姉さん今村はまなさんは、難病で療養中に病院での出来事や
家庭でのエピソード、その時々の気持ちをまんがやイラストに描き、病院の
掲示板に飾ったり、お世話になった方々へ礼状・近況報告としてプレゼント
し、その作品が話題になった方である。
死後それらは「はまなプロジェクト」のスタッフにより、「私もその自然の中の
一部なんだ」という一冊の本にまとめられる。
最後まで明るく、時にコミカルに激しく生きる事を望んだ心に響く本である。
そんな事もあり妹のしずかさんには、死と再生の魂の舞踏石狩河口の
大野先生の映像を是非見て欲しかったのだ。
森本めぐみさんのライブペインテング会場で今月演奏してくれた縁もある。
そんな今村さんと結音ちゃんのお父さんが、偶然にせよ一緒にこの
「石狩の鼻曲がり」の大野先生を見てくれたのは、嬉しかった。

夕方遅くカンテレ奏者のあらさんといしまるさんが見え、録音が始る。
終る頃ちょうど帯広から所用で来札中の伽井丹弥さんと梅田正則さんも
合流し、収録とは別バージョンであらさんに演奏をお願いする。
「この道」他何曲かを弾いてくれる。
カンテレで「この道」を聞いたのは初めてである。
カンテレの古楽器の姿と、会場のアルヘンチーナをあしらったレトロなポスター
がぴったりと溶け合って、とてもいい雰囲気となる。
あらひろこさんの楚々とした演奏姿も含めて、この優雅な一夜に
森本めぐみさんの傑作「なみなみとして、もつ」も満足そうだった。

その後いつもの焼き鳥屋に流れる。
この日は朝からMさん、十勝の池田緑さん夫妻の不意の来訪と、
濃い人たちの訪問が続いた。
焼き鳥、おでん、お酒は美味かったが、
少し人疲れする。

*「大野一雄頌ーみちゆき」展ー1月27日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。
*高臣大介ガラス展「冬光(ふゆひかり)」ー2月16日(火)-21日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-01-31 12:35 | Comments(4)
2010年 01月 30日

風の便りー有機的な世界(11)

先日岡部亮さんが来る。
昨年末、紙魚豆コレクシヨン六集目を出版したばかりだ。
文を奥さんの新明史子さん、挿画を彼が描いている。
日常の風景と心象が綴られて完成度の高い豆本である。
しかしながら、本来岡部亮さんは優れて彫刻家でもある。
昨年ぽつりとその彫刻への乾きを口にした。
今は生活上の事もあり、ここ数年以上彫刻刀を握っていない。
私はそろそろどうかと進言したのだが、彼は迷いつつも訪ねてきたのだ。
子供の養育のこと、経済のこと、生活上の色んな話をした。
そして結論。今年の11月に久し振りの個展を決める。
まだ紆余曲折はあるだろうが、とにかくするのだ。
私のところでは過去2回個展を以前のスペースでしている。
豆本のシリ-ズもここと芸術の森美術館だけで販売している。
何故か深い信頼感が私たちにはある。
その中でひとつの事が決まったのだ。
生活上の多難さは、それぞれの状況の差異はあれ同じである。
大野一雄先生のいう<思いは現実、現実は思い>。
この<思い>で行こう。そう語り合った。

藤谷康晴さんから、久し振りの便りがある。
東京に今いるという。
多くの刺激を貰ったようだ。
珍しく長文のメールである。
一昨年の個展以来長く沈黙を続けていた彼は、この空間で最初の個展
を開いたのは’06年の7月の事である。
前のスペースの最後とここでの最初の個展はガラス作家の高臣大介さんだが、
前の空間を知らず一番最初にここを使ったのは、藤谷康晴さんである。
次に村岸宏昭さんが続くのだが、純粋にこの空間になってからの交友は
藤谷さんが最初なのだ。
当初予定していた都心の画廊をキャンセルし開かれたここでの最初の個展
以降は、数々のライブドローイングを月に一回のペースで各所で開き、
作品も飛躍的な変貌を遂げた。
私はいつも心の底でテンポラリーが彼の軸場であると思っていた。
月一回という過剰なペースで1年間展示を続けた藤谷さんは、開いた分
だけ閉じるようにその後の活動が止まるのだった。
そしてどうしているのかと内心気になってはいた。
彼とムラギシの会場交替の時、ふたりが交わしたバトンタッチ、ハイタッチの
掛け声は忘れられない光景であった。
今また3年の時を経てこうして彼から長文の熱い便りが届くのは
とても嬉しい事である。
長文のメールは、近々会いに行きますと終っていた。

何の財産ももうないけれど、この場で札幌を、石狩を深く生きる。
その垂直な軸心のみは、深く広く心の資産である。
往還する友人の年齢、性別・時代を超えた磁場を、
<想いは現実、現実は想い>と、
大野先生、私は感じているのです。

*「大野一雄頌ーみちゆき」-1月27日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-01-30 15:19 | Comments(0)
2010年 01月 29日

猫の行方ー有機的な世界(10)

猫だけが取り残された。
斎藤紗貴子さんが亡くなった一室。
昨日このアパートに移る前まで斎藤さんが住んでいた家のKが来る。
色々あって斎藤さんはKの家は出たのだが、
今もその2階の部屋はそのままという。
猫はKが一昨日引き取って今家に居るという。
閉廊後Kの車に乗って久し振りに彼の家に行く。
家にはもうひとりの同居人Tくんもいて、しばし斎藤さんの思い出話をする。
そのうち普段喜多郎のような飄々とした仙人のような風貌のTくんが、
断固とした口調で言い出す。
ここに猫を置いてはいけない。この猫は斎藤さんそのものなのだ。
この猫を連れてここを出た斎藤さんの意思に反する。
猫は実家のお母さんか弟さんにその処遇を任せるべきだ。
曖昧な感情で感傷的に猫を引き受けてはいけない。
そんな意味の事を言った。
私は斎藤さんがKの家にそのまま居てくれたら、今度のような事態は
ひょっとして早期発見にも繋がり、最悪の事態は避けられていたかも
知れないとも思っていたので、Kの悪意ないにせよ、心無い行為が
斎藤さんがこの家を出る原因のひとつと知っていたので、Tの話に
はっとする。
その後Tくんの彼女が仕事を終えて訪ねて来る。
斎藤さんの愛猫は、我々に対する態度とは全然違って彼女に
馴っいている。
猫は飼い主に似るというが、見ていてこの美しいグレーのロシアの猫は
斎藤さんの仕草を思い出させるのだ。
夜も深けて帰る玄関にじっと私を見送るかのような猫がいて、
人と猫と生き物同士の言葉を超えた、心のつながりを感じていた。
最近よく聞く話にペットを捨てる飼い主のエゴの話題がある。
実際ゴミ処理場と犬猫処理場は隣接して在る事が多い。
さらには死者の焼き場も近くにあったりする。
この人間の命と物と犬猫とを同じゾーンに纏める感覚とは、ある意識の
線引きに拠るものである。
この区別・差別・分類の思想とは、意識上の格差社会でもあるのだ。
役に立たない、用のないもの。
死も犬猫もゴミも、そこで切り捨てられる。
斎藤さんの愛猫の行方は、その飼い主の死を介して、今を生きる我々の
線引きの現在が問われてもいるとも思える。

*「大野一雄頌ーみちゆき」-1月27日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-01-29 13:36 | Comments(0)
2010年 01月 28日

「天空の風」ー有機的な世界(9)

斎藤紗貴子(千穂)さんが企画していた詩劇「天空の風」の企画書が届く。
テーマは<死と再生>とある。
総勢16人のスタッフによる映像・アニメ・音楽・詩・短歌で構成されている。
昨年8月障害のあったアムールタイガーの急死に触発され、その魂を悼む事
からこの企画をスタートさせたと書かれている。
一読して今だ未完の部分の多い企画とは思える。
しかし晩年斎藤さんが、死とその再生を深く念じていた事を知るには
充分な資料である。
折りしも、私が企画した今回の展示の主題もまた、<死とその再生>である。
大野一雄石狩河口公演は、’91年9月15日沈む太陽の中で行われた。
森本さんの大作「なみなみとして、もつ」は、その太陽そのものを表わして
いるかのようである。
地平線・水平線を大杯のように両手で持ち上げる赤い少女は太陽である。
私にはそのように思われた。
その時河を遡上していたであろう鮭を主題に、石狩河口で踊られた「石狩の
鼻曲がり」の踊りは、先生生涯のテーマ「生命の源泉」<死と再生>であった。
そこには自らの人生で経験された生と死が重ねられている。
最後のステージは、舞踏家になろうと憧れた青春の舞姫アルヘンチーナの
亡霊となって入水するのである。
大野一雄の踊りは、生死の認識知の水平線・地平線を持ち上げ、
森本さんの絵のタイトルのように、その境界線を<なみなみとして、もつ>
生命の魂の舞踏であった。
石狩河口の舞台は、正に<生命の源泉>という大野一雄の生涯のテーマが
凝縮し顕された公演であった。
この時の幾多の資料とヴィデオに、森本さんのこの場で生まれた新作を配し、
ふたりの作品世界に共通する主題を顕在化する展示を試みたのだ。

斎藤紗貴子さんの「天空の風」の企画書は、
<個人が、国と国が苦しみ悲しみから立ち上がり、調和と平和と励ましに
満ちた再生を目指して行こうではありませんか。>
という呼びかけで終っている。
区別・差別・分断の地平線あるいは水平線によって、私たちの世界は
構成される。
その社会的構造の線引きを太陽という命の源泉は、赤く溶かす。
赤とも朱とも文字化されるこの命の火の色は、光と血の命の色彩である。
斎藤さんが舞台の中で熱く願った<再生>とは、まさにこの生命の赤でも
あった筈である。

昨日写真家の竹本英樹さんが来る。
斎藤さんの死を惜しんでのことである。
そう、あの最後の個展風船による展示会場で竹本さんの愛娘さんが
嬉々として遊んでいたのだった。
車椅子の股関節の入院生活を克服し、その喜びを確認するかのように
何度も会場にある梯子を上下し、風船と戯れていた。
芳名録には自分の名前とお父さんの名前を書き年齢まで記していた。
そこには、8歳の自分の病気回復の喜びが溢れていた。
少し迷いながらも敢えて、竹本さんは娘に斎藤さんの死を告げたという。
吃驚した娘さんは、その日の夕食時急に激しく泣いたと言う。
退院後初めて体全部を使い急な梯子を上り、何度も往復して楽しかった
あの日の会場には、斎藤さんの仕掛けた風船がたくさん浮かんでいた
のだ。
命の喜びが死と隣り合わせに存在すること。
その現実の非情さ、残酷さを、幼い8歳の心はしっかりと刻み込んだ
に違いない。
<なみなみとして、もつ>
斎藤さん、あなたの最後の個展の後日談です。
泣いてくれたそうです、結音ちゃんが・・。
あの時の芳名録にはこう書かれていましたね。

竹本ゆのん かいた ありがとう 8さい。

この小さな”ありがとう”と”涙”もまた、生と死の境界線を持ち上げた
<なみなみとして もつ>小さな太陽のように思います。

*「大野一雄頌ーみちゆき」-1月27日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースぺース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-01-28 13:11 | Comments(0)
2010年 01月 27日

生命の踊り-有機的な世界(8)

初日の昨日、大野一雄先生の石狩河口公演ヴィデオを上映した。
この公演の年に生まれた文月悠光さん、3月個展予定の宍戸優香理さん、
森本めぐみさんたちと見る。
ジャズドラム奏者有山睦さんは前日来て見ていく。
2時間余、声もなくただひたすら見入っている。
最後の挨拶(私の声)が無人の夕暮れのステージが映し出されている
場面に響き、ヴィデオは終る。
途中何度か目を潤ましているかに見える文月さんがいた。
高校最後の年処女詩集を出し、装丁画を描いてくれた森本めぐみさんの
個展に立会い言葉に変えようとしている文月さん、森本さんの出展作品を
見て明日の学校へ行く勇気をもらったと語る宍戸さんと、いいメンバーが
揃って見応えのある上映会だった。
ジャズドラム奏者である有山さんは、舞踏の背後に流れる音楽にしきりと
感心していた。
皇帝円舞曲、ウインナ―ワルツ、ジョンガラ三味線等
これらジャンルの異なる曲目が、何の違和感もなく踊りの中で消化される。
その事に感動していたようだ。
これらポップなクラシック曲は、ジャズも含めてすべて近代の所産である。
我々が洋服を着、靴を履いているのと同じくらい、もう日常化した現在なのだ。
その日常をクラシック、ジャズ、民謡と分断する分類思想は、この大野一雄の
魂の舞踏には存在しない。
<命の源泉へ>と常々大野先生が語っている言葉へと収斂されていく。
大野一雄の舞踏には、正統な近代とも言うべき現在に繋がる近代の本流が、
息づいている。
我々は時として、その正統なる本流を過去として分断、ブンベツしてはいまい
か。今’90年代前後に生まれた人たちが何の違和感もなく、感動の瞳を
潤している。そこに近代と現代の差別、分断は存在しない。
10代後半、20代前半の3人は、今年百五歳、当時85歳の魂の踊りに
ひたすら魅入っていた。
私もまた、何度も繰り返し見たこの公演ヴィデオに見入っていた。
そこにもう20年近く経た時間差は存在しない。
大河石狩川河口。夕陽の沈む真っ赤なゼロ地帯。
この豊かな赤いゼロは、激しくラデイカルに都市の虚というゼロと対峙する
ものである。
夕暮れが深まり、この時見えない河の下には産卵の為の鮭たちの群が
上流へと向かっていたに違いない。
そこで踊られた生と死の境界の舞踏は、生と死に決して分断され得ない
生命の賛歌でもあった。
鮭の個体としての死が、類としての誕生の連鎖の内に表現され、
生命の再生の賛歌として踊られる。
それはさらに国家によって分断された先生自身の舞踏の夢の再生、
アルヘンチーナの再生として、最後に河へと足を踏み入れ踊られるのだ。
大野一雄の舞踏は、生命の源泉を魂の踊りとして再生し、死をも暖かく
力強く、生の側へと革命する。
そこに悪しき近代の閉塞する個はない。

斎藤紗貴子さんの死によって塞がれていた心の傾斜が、少し開く。
見て欲しかったなあ、もう少し生きて、みんなと一緒に。
そう思うのだった。

*「大野一雄頌ーみちゆき」展ー1月27日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-01-27 12:44 | Comments(0)
2010年 01月 26日

愛と修羅ー有機的な世界(7)

寒波来る。昨夜から冷え込む。
頭に帽子、首にマフラー巻いて出勤。
日中でもマイナス6度の予報。
この寒気の中で、ふと亡くなった斎藤紗貴子さんこと、
斎藤千穂さんの愛と修羅を思っていた。
父上の轢逃げ死に対する社会への構造的な闘い。
トラック運転者に止まらず、会社の日常的な営利追求の体質。
さらにはその事実を容認してきた監督官庁の国との闘い。
父上への愛とその後の修羅は、長期裁判という闘いで続けられた。
そして20年近く共同生活をしていた同居人との裁判沙汰。
これもまた困難な訴訟の場で闘われた。
さらには、晩年の弟さんとの母上の生活を巡る裁判と彼女の人生の
後半は、いわば最も近しい人との修羅の連続であったと思う。
そしてさらにこの修羅と軌を一にするように、この近しい人たちへの
濃い愛があったとも思える。

2008年12月と2009年10月の2度に渡ってテンポラリースペースで
開かれた彼女の個展は、携帯カメラによる写真展である。
そのタイトルは一回目が「キャノンは、ない。携帯がある。」
2回目は「ニコンは、ない。携帯がある。」だつた。
キャノンとニコンというカメラの王道に携帯というカメラの日常を対峙
するこのタイトルに今、斎藤さんの愛と修羅の生き様を見る気がする。
<何々は、ない。これがある。>と断言する読点と句読点の置き方。
キャノンやニコンというカメラの王道と今日常的な携帯カメラの対比。
この精神の在り方に、彼女の生きた全共闘世代の残り香をも感じるのだ。
これは権威に対する反権力の姿勢である。
父・夫・弟。これら最も親しく近しい人を巡る骨肉の争い。
最も愛する者、それゆえへの修羅。
この対比の激しさが、このふたつのさりげない個展のタイトルにも
反映されていると思える。
一回目の個展では、空間に紐を張り巡らしその紐に
洗濯バサミで写真を挟み、吊り下げ展示した。
二回目の個展では、風船に写真を吊り下げ宙に浮かべ展示した。
日常の泡のように作品は、ぶらぶら、ふわふわと会場に浮遊していたのだ。
しかし、会場にはその緩い構造とは正反対の牙のようなものが、
空間に漂っていた気がする。
ぶらぶら、ふわふわ、とした浪漫的な日常浮遊性とは真逆の激しい理想性
とも思える希求の精神である。
それは愛とも思えるし、高い理念とも思えるものだ。
キャノンとニコンとはその高い理念性の仮の表象に他ならないと思える。
激しく父を愛し、激しく夫を愛し、激しく弟を愛していた。
そしてそれゆえにこそ、激しく修羅の道に身を置いていたのだと思う。
純粋に愛するがゆえにからこそ、曇りある不純・濁りには鋭く対決したのだ。
あの<ぶらぶら、ふわふわ>の会場構成には、そうした牙が隠されていた。
日常をそこまで突き詰める精神(こころ)の在り様は、きっと息苦しく辛い
もうひとつの濃く凄まじい日常が深く潜んでいたに違いない。

この日常に対峙する緊張感が、死の直前に着想された「天空の・・」
という大規模な舞台構想へと上昇した時、日々の苦悩から解放された
夢の世界へと彼女の心も昇天しつつあったのではないだろうか。
最初のスタッフ会議で何人かの人からその非現実性を指摘され、
その後落ち込んでいたと聞く。
私が聞いた斎藤さんの夢。
海を渡り小さな島で、愛猫と好きな人と一緒に暮らす話は、
最後叶わなかった舞台にきっとそれは夢の島のように描き、賭けていた
ものだったのかも知れない。
この時激しく対峙していた日常の精神は、最後に上昇して夢の島として
非日常の天空の宙(そら)の舞台を想い描いていたのかも知れない。
そしてその時激しく生きた日常の蹉跌は綻(ほころ)んで、
自らがゆく<天空へ>の道を用意していたのかも知れないと思うのだ。
理念的現実と日常現実との軋みは、もう上昇する夢の舞台、夢の島へと
その苦しみを消去してゆく。
<きっと息苦しかっただろうに・・・>と
異なる党派に属する恋人に呟いて死んだ奥恒平のように、
ある断念の後の優しい<出立>がこの時もう用意されていた。
そんな気がする。
愛と修羅の結末は、果たしてそれで、いいのか。
そう死者に問う自分が今いる。

*「大野一雄頌ーみちゆき」展ー1月27日(火)ー2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-01-26 13:43 | Comments(0)
2010年 01月 24日

死と生ー有機的な世界(6)

何故こうも激しく人は死ぬのか。
昨晩普段着のまま、友人ふたりと斎藤紗貴子(千穂)さんのお通夜に出る。
急な事にも拘わらず、小さな葬儀室は満員だった。
道に迷い着いた時はもう、施主の弟さんの挨拶が始っていた。
引っ越したばかりのアパートの一室で18日に急死。発見は22日。
司法解剖の結果死因は心不全。
多くの困難を抱え、ひとつづつ闘い抜いてきた末の孤独死だった。
帰り際、友人の方が今年10月に予定していた斎藤さんの舞台公演構想
を印刷したものを見せてくれた。
今は、「天空の・・」というタイトルだけが記憶に残っている。
多くの友人たちをスタッフとして配し、相当大掛かりな舞台公演構想だった
ようである。
シナリオライターとして某学園で教師もしていた斎藤さんの最後の夢の舞台
だった気がする。
後日この舞台構想の印刷物は送ってくれるという事なので、詳しい事は
書けないが、彼女の最後の夢がそこには織り込まれていると感じた。
あれは遺書だなあと思う。
<天空の・・>という、うろ覚えの表題に、今心が動かされるものがある。
そこに最後の個展となった風船による写真展示の会場が重なるからだ。
バルーンに糸紐を付け、そこに写真を括り会場に幾つも浮遊させた展示。
父上への追悼と自らの苦境からの脱出願望が、そこにはあったような
気がする。
今、死という絶対枠の中で死者を思う時、生者はいつもある困難に直面する。
死が生前の意思を純粋に凝縮し、結晶のように感じさせるからである。
猥雑で煩雑な日常は除去され、故人の意思のみが純粋に結晶し立つ。
残された者は、その前でたじろぐのである。
この時我々はたじろぎながらも、いささかでもその事実に真っ直ぐに向き
合わなければならない。
日常の水平線からその引き裂く境に、耐え、深め、高めねばならない。
精神の深み、高みの垂直軸が問われるのである。
その事が唯一死者への真の弔いなのだと、そう思う。

大野一雄先生の石狩河口公演を振り返り、その生と死の境界(さかい)の
舞踏の記録展を、森本めぐみさんの新作とともに展示を決めた日に、
斎藤さんが亡くなっていたという偶然が、今はある必然のようなもの
に感じられるのだ。

そして、「天空の・・」と題された夢の境界(さかい)に、
彼女の魂はこの時この舞台に、何を見詰めようとていたのだろうか。

*「大野一雄頌ーみちゆき」展ー1月27日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2010-01-24 12:54 | Comments(4)
2010年 01月 23日

斎藤紗貴子さん急死ー有機的な世界(5)

朝、留守録がある。
斎藤紗貴子さんが死んだという連絡だった。
自宅アパートで死んでいるのが発見されたという。
18日頃に亡くなっていたようだ。
今夜お通夜。会場は平岸札幌斎場。
吃驚した。
昨年秋携帯写真による2回目の個展を終えてから、しばらく会っていない。
展示写真も置いたままで、その内取りに来るものと思っていた。
お父上の13回忌の命日を選んで個展日程を決め、
風船によるユニークな展示を試みた。
これからいろんな夢を実現させるべく、お父上の車による事故死を乗り越え
ひとつの区切りをつけたばかりだった。
トラックによる轢き殺しを、その会社ひいては監督官庁に至る責任追及を
女ひとりで闘い抜き、多くの無念の事故死の遺族と共闘した。
歌人としての才能もあり、唄も美声で、頭の良い女性だった。
W大の後輩でもあり、同じ友人の坪川光世さんとも友人だった。
そのふたりとももうこの世にいない。
展覧会中帰路何人かと近くの洋食屋に行き、坪川さんの話が出た。
その店を出て、斎藤さんが隣接するビルの名前を見て声をあげた。
あっ、坪川さんだ。
ビルの名前が坪川ビルだったのだ。
そんな些細な事を今思い出す。
斎藤千穂さんという名前を、ここで写真個展を開いた3年前から、
斎藤紗貴子と改名した。
古い名前を捨てて、なにか新しい自分となりたかったのだろう。

急な事で纏まって思い浮かぶ事がない。
切れ切れに断片が浮かぶ。
斎藤さん、立派に闘い、立派に自分らしく精一杯生きようとしましたね。
その事だけは決して忘れません。
いつの日か海を渡り、小さな島で愛猫と彼氏と暮らすの、と夢を語って
いましたね。
その夢を見て眠っていったのでしょうか・・。
安らかにお眠り下さい。
合掌。
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by kakiten | 2010-01-23 11:51 | Comments(0)
2010年 01月 22日

寒気来るー有機的な世界(4)

寒気来る。
昨夜水道の水を落として帰ったのだが、
朝蛇口が廻らない。
水が出ない。
ストーブに火を点け、2,30分して水が迸る。
珈琲を飲もうと、ポットに水を入れるが今度はポットのスイッチが
下に下がらない。このスイッチ部分にも水が残り凍っている。
ストーブの前に置くと、やがてスイッチが作動した。
陽射しは燦々と画廊に射し込み、透明である。
会場を点検し、大野一雄のポスターの位置を変える。
「睡蓮」の2葉のポスターを並列し、「天道地道」のポスターを
斜めの壁に置き換える。
「天道地道」公演のポスターは大野一雄と慶人さんの絡みが強烈で、
写真は細江英公、文字は緒形拳である。
これで2階吹き抜け回廊に、腐海の凄まじさが強調される。
寒気と冷気の中、光が白く透き通っている。
たぎる修羅と赤・朱色の生命の色。
玄冬の空気に朱夏の色彩が磁場を生む。
垂直な縦空間に濃い世界が拡がってきた。
凍(しば)れた空気が少し和んでくる。

大野一雄石狩河口公演記録を出版した
かりん舎の高橋さんから電話がくる。
今回の展示にあわせ、記録集に使われた写真等の資料を
展示の為に提供しましょうという。有り難く受ける。
このモノクローム写真は、当日偶然にも会場に居合わせた
写真家横井晶さんによって撮影されたものである。
この写真が存在しなければ、このドキュメントの出版もなかったのだ。
それ程にかりん舎さんは、この本の出版に関して心血を注いでくれた。
この写真の存在は、今は亡き仔羊亭主人詩人の忠海光朔さんの店で、
偶然にも発見されたのである。
石狩河口公演時から11年の歳月を経て、この幻の大野一雄公演が出版
されるのには、こうしたひたむきで真摯な出版人の努力と熱意がある。
大方の資料と原稿は私が公演終了時に集めてはいたのだが、
それだけでは世に問う出版物としては、何かが不足していたのだ。
この横井晶さん撮影の写真資料が見つかるまで、また公演後の東京を
中心とした各界の様々な反響を収録し了解を得るまで、さらに3年の月日
を費やして出版にこぎつけたのである。
多分公演後すぐに私が纏めても、それは単なる事実の記録集にしか
ならなかったと思える。
真に出版という事の大切な良心のようなものの真摯さを、
私は今もこの本の出版から教示されたと思っている。
ムラギシの本もまた然りである。
このふたつの本を出版してくれたかりん舎の坪井圭子さん、高橋淑子さん
のふたりの見識と力量には、ただただ頭が下がるのである。

何ほどかのきっかけを自分が立ち上げたとしても、その後の様々な波及
というものは、人の心の真摯さが芯となって、さらなる大きな波紋を生む
ものである。
この心の有機的な関係性こそが、生きる事の彩(あや)、色ともなる。
今回の森本さんの力作と、遠い過去の石狩河口の大野一雄さんの記録
が、こうして鮮やかにリンクしているのも、そうした精神(こころ)の有機的
関係性の所産と思えるのだ。

凍結した水道管さえ、愛(いとお)しく感じる今朝だ。

*「大野一雄頌ーみちゆき」-1月26日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-01-22 12:53 | Comments(0)
2010年 01月 21日

「大野一雄頌」展ー有機的な世界(3)

大野一雄と森本めぐみの新作を構成して展示を完了する。
今月12日に完成したばかりの150号程の大作が一点正面に飾られ、
手前に低く石狩河口公演の大野先生の舞踏プランニングデッサンを置く。
夕陽の岸辺の舞台デッサンである。
左壁には、正面中央にアルヘンチーナの大きな笑顔が印刷された
「ラ・アルヘンチーナ頌」のポスターを貼り、
左右に大野一雄ひとりのポスターを配した。
さらに石狩河口公演時の資料とポスター3枚にドキュメントの本、
2階吹き抜け回廊壁には、大野慶人さんとふたりが撮影された「睡蓮」
「天道地道」のポスターを2枚を吹き抜け正面に配した。
このポスターは慶人さんとの絡みが生々しく、濃く強烈である。
これらを1、2階の主軸にして、他のポスターをサブに並べる。
大野一雄のポスターは、どれも名だたる写真家の力作揃いで迫力充分
である。またポスター文字も、中川幸夫さんの文字でダイナミックである。
展示のイメージプランとしては、吹き抜け回廊部分を腐海に見立て、
その下に広がる階下の世界を、妙なる清浄な生命世界に見立てた。
アルヘンチーナの美しい笑顔と、森本めぐみさんの新作がその世界を
顕している。
こうして大野一雄の世界に囲まれた森本めぐみさんの新作を見ると、
世代も環境も時代も違うのだが、不思議としっくりと作品の赤が、際立つ
のである。
地平線あるいは水平線を持ち上げて、胸の前に保っているかの如き画像が、
あの石狩の夕陽を彷彿とさせるのだ。
知平(地平)の水平線を抜いて立つ、心の在りようが共鳴しあっているから
と思える。
ふたつの展覧会が順延された偶然の結果とはいえ、この展示は
かなりの確度で必然性を帯びている。
展示を終えて最初に顔を出したKは、1時間近くゆっくり見て周る。
彼にしては珍しい事である。
”いいなあ、元気をもらった”と帰り際呟いた一言を忘れない。
森本さんにはこの作品が欲しいとも言ったそうである。
製作過程のざわざわしたライブの空気が消え、ここで制作された作品が
純粋に今立ち上がっている。
大野一雄百有余歳の新年を寿賀し、22歳の誕生日を迎えたばかりの
森本めぐみの新しい作品もまた、命と光の朱・赤に煌いている。
大野一雄頌ーこれはふたりの命のみちゆきでもある。

*大野一雄頌「みちゆき」-1月26日(火)-2月12日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。
*高臣大介冬のガラス展ー2月16日(火)-21日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2010-01-21 12:20 | Comments(0)