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2009年 10月 31日

飛んだ風船ー’Round midnight(27)

時間が経つと風船の調節が要る。
錘を軽くしたり、重くしたり。
高さの調節が会場のゆらゆらの風景を変える。
雅さんが来て風船の調節をしていた時、外は強風だつた。
外の看板の紙が風に煽られ、飛びそうになっていたので、
戸を開けて直しに出た。
その隙間から一瞬にして2個の風船が外へ飛び出す。
風船はあっという間に空高く舞い上がり、彼方へと消えていった。
魂が空へ召されたのよ、と斎藤さんが呟く。
今回の隠されたテーマ、お父さんへの追悼が図らずも実現した瞬間
だったのかもしれない。
見えない空気の流れが、時と同じように漂っていて、朝来ると上の方に
ふたつが寄り添い二階の窓際に居たりする。
まるで仲良く肩を並べているかのようだ。
一番最初に浮かべた一個の風船だけが、何故かいつも中心に居る。
こいつが、初日奥の部屋の私の定席に鎮座していた奴である。
一週間近く一緒に暮らしていると、風船にも個性があるかのようである。
ヘリウムガスの微妙な気圧によってそれぞれの浮き方が違う。
午後の光で、南窓際から見る風景が綺麗である。
西側入り口ガラス戸からの光と、何もない白い壁が透明な影を漂わすからだ。
10月も最終日、天気予報にも雪だるまのマークが載りだした。
週明けには街にも初雪予報。
紅葉に白い雪の競演が見られるかも知れない。
雪翳札幌。冬の年。

*斎藤沙智子展「明日への自由」-11月1日(日)まで。am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-10-31 11:48 | Comments(0)
2009年 10月 30日

訪ねて来る音ー’Round midnight(26)

エレガントピープルのドラマー有山睦さんが、夕方ひょっこりと
自転車に乗って訪ねて来る。
斎藤紗貴子展をゆっくりと見た後、奥で話す。
購入した藤倉翼さんの写真のこと、
ライブの時その写真を背後に飾り、いろんな反応があったこと。
私は山下邸の唐牛幸史さんの作品のこと。
養狐業という、今はもう聞きなれない職業が旭ケ丘の辺りにあった事を話す。
狐の襟巻きというと有山さんも思い出したように、ああ、と言う。
留める金具が狐の口になっていて、噛むように留まるのだ。
足も付いていたなあ、子供の頃怪獣ごっこに使って怒られた。
そんな時代がセピア色した幼少年期の記憶に残るのである。
そこまでの記憶にあるさっぽろが、札幌の近代である。
突き詰めれば山下邸のモダンも、有山さんのJAZZも、
そこを源流としてある。
その近代の源流ををどう正統に現代に受け継いでいるか。
その自覚こそが今問われている。そんな話が続いた。
そして、現代の若者の時代感覚の話になり、
先日のブログに引用した若い歌人の新聞記事を見せる。

ああ闇はここにしかないコンビニのペットボトルの棚の隙間に                              
                                (松木秀)
たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく
                                 (山田航)

空洞と感受されるペットボトル世代にとって、近代とは何か。
空洞に繋がらない近代も在り得ることを、ふたりで話したのだ。
近代以前の希薄な北海道で、そして札幌で生まれ育った我々の
唯一の根拠ともいえるものである。
話も終わりに近く、ぽつりと有山さんが呟くように言った。

”この間ここで買ったムラギシさんの本、それに付いていたCD、いつも
 聞いているんですよ、仕事中も、歩きながらもイアーホーンで。
 いいんですよ、これが全部。”
ムラギシに一度も生前会った事のない有山さんが、ムラギシの音楽に
いたく反応していた。
モダンジャズプレイヤーでもある有山さんの一言に、私は自分が薦めて
本を買わせた事も忘れて感動していた。
こうもずばり、音の方からムラギシを見る角度に今までの自分が
いなかったからである。
そして、昨日思い出していた石田善彦さんの顔が浮かんだ。
死の何日か前まで、ムラギシの音楽の才能を熱く人に語っていたという
石田善彦をである。
そして石田さんのことも知っている有山さんにその事実を告げた。
有山さんが帰った後もしばらく、よかったなあムラギシ、と語りかけ、
嬉ぶ自分がいた。

*斎藤紗貴子展「明日への自由」-11月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 TEL/FAX011-737-5503
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by kakiten | 2009-10-30 12:50 | Comments(0)
2009年 10月 29日

曇天・舞う・浮くー’Round midnight(25)

競馬場沿いの壁、蔦の廻廊が赤みを増している。
枯葉も増えて、吹き溜まり。
画廊に着き奥へ入ると、風船がひとつ いつも私が座る場所にふんわりと居る。
そうか、待っててくれたのね。
石田善彦さん?ムラギシ?坪川光世くん?
何人かの、死者の名が浮かんだ。
名翻訳家にして音楽青年だった石田善彦さんの命日が今週だ。
ちょうど3年経つ。
ムラギシの本に、白樺を抱いて耳を澄ます石田さんの写真がある。
死の何日か前、ムラギシの才能を熱く語っていた石田さんがいたという。
今頃ふたりは心置きなく存分に、音楽を語り合っているのだろうか。
外では葉が舞い、内では風船が舞う。
心も浮遊して、遠いはずの記憶が片隅から舞い上がる。
奥の部屋まで舞い込んだ風船が、そんなことを刺激したのだろう。
見えない空気の動きが、炎のように可視化する。
枯葉も風船も火のない炎だ。
そこに見えない魂の思い出も甦る。
生と死の間が、豊かに記憶の火となって開くからだ。
浮世の浮遊軸が、死者の縁取りされた窓口でふっと立ち止るからだ。
昨日はまだ若い母さんのおしゃれの冒険を思い出した。
あの時古い家は、母さんの「人形の家」だったのかも知れない。
時々死者は記憶の炎を燃やして訪れてくる。
斎藤紗貴子さんの個展が招く時空の所為かも知れない。
彼女の父上の命日は今日と聞いた。

*斎藤紗貴子展「明日への自由」-11月1日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-10-29 12:40 | Comments(0)
2009年 10月 28日

母の髪ー’Round midnight(24)

何時の頃だったろうか、小さい時の記憶に母の髪がある。
近くのパーマ屋さんで、髪を染めパーマをかけて帰って来た母がいた。
その髪を見て、父と祖父が文句を言ったのだ。
母は少し涙ぐみながら、みんな似合うといってくれたのに・・と元の黒髪に
直しに行った記憶である。
明治時代創業で老舗だった店の女房には似合わないというのが、その時の
父や祖父の感覚だったと思う。
その後父も祖父も亡くなり、札幌は市街地再開発の大波で変わる。
その頃母は、月に一度は洋服を仕立て、女実業家として活き活きとしていた。
住い兼用の古い店舗は取り壊され、大きなテナントビルとなり、道外の有名
テナントの社長さんとの付き合いも多くなっていったからだろう、服装も髪も
おおぴらに外目を意識して変わっていったのだ。
中島公園近くで生まれた印鑑屋さんのSくんが、言っていた事がある。
遊園地や野球場のあった頃の中島公園は、大きなコンサートホールや
道立近代文学館が出来てから変わった。
何かよそよそしい場所になったと。
キタラは確かに最新の音響設備を整え、コンサートホールとして立派な施設
である。しかし公園としては、外目を意識した気取ったお高い敷居の象徴とも
なったのである。
内から滲み出る固有のものではなく、外目を意識した要因からできる街。
それは多分札幌だけではなく、大なり小なり日本の都市各地で起きている
風景であるだろう。
母のあの髪形の変貌も、きっとその時代の前兆であったのだろうか。
しかしそれを抑止する父や祖父の札幌もまた喪われていったのだ。
黒澤明の映画「白痴」には、そうなる以前の近代札幌が映像として残されている。
中島公園の池は、冬スケートリンク場として市民が滑り、夜祭りとしてスケート
で滑る仮装カーニバルの様子も映っている。
夏の夜は公園内で外にスクリーンを張り、臨時映画館にもなったという。
スクリーン裏の映像を見て子供たちが喜んで遊んだとも聞いた。
今は廃校になったあけぼの小学校を始め、この地域には多くの小学校があり
ススキノを控えて独特の街の空気があった下町である。
人口はその頃の4倍以上にもなったが、この地域は今人がいない。
いわゆるドーナツ化現象である。
人が増え街が沈む。真中は空虚となる。夕張とは対極の空白である。
その空白は立派だけれど、そこ固有の味はない。
大向うを意識した外目の味である。美食だけれど、飽きる美味しさなのだ。
家庭内で食べるレストランの味だ。
今は外食が家庭の味を売り物にして、内食が外食化している。

母には母の固有の人生があって、子供の目線だけで母の人生を見るのが
勿論すべてではない。
しかし私に母の髪の記憶は、札幌の今に繋がるパーマだったような気がして
想い出すのである。
パーマの小さな諍いの後、料理教室に通った母の料理は、それまで見た事
のないものだったのをふっと思い出すのである。
その最初の印象だけが鮮明である。それを味として覚えている訳ではない。
覚えているお袋の味は、違うものだ。
ストーブの上で焼いたニシン漬のニシンの味だ。
懐古で閉じる訳ではない。
時間の保つ保水力が、風景を創り、味を創り、街を創り、
記憶を創ることを思うのだ。
土地地域の保つ固有の内的要素の熟成する長いスパンを捨て、
外的要因で短時間に構成されてきた現代を思うのだ。


*斎藤紗貴子展「明日への自由」-10月27日(火)-11月1日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-10-28 13:21 | Comments(0)
2009年 10月 27日

斎藤紗貴子展ー’Round midnight(23)

「明日への自由」と題した斎藤紗貴子個展始る。
昨年は洗濯バサミに携帯で撮った写真を挟み吊り下げ展示したが、
今回は風船に吊って会場に浮かす展示である。
写真そのものを見せるというより、写真を使ったインスタレーシヨンの感がある。
会期中父上の10回忌という事もあり、宙に浮かぶ風船は作者の追悼の想いも
入っているのだろうか。
透明な風船が昼夜の光に揺れ、影が白い壁に写る様子は幻想的である。
風船の数は合計8個。人の動き、戸の開け閉めの風に揺れる。
床にも10数枚の写真がランダムに散らばっている。
さらに会場左隅に植物の枝が重ねて置かれ、その間にも写真が差し込まれ
ている。
展示作業中例のAYA「この道」と「会いたい」を流したら、これがぴったりと
風船の緩やかな動きにフイットした。
曲と歌声のもつ遠くを見つめるような切々たるメロデイーの揺れが、
風船の不確かな揺れと合うのである。
会場空間全体にすっぽりと浸り、心を揺らす。そんな展示となった。
晴れる日、曇りの日、雨の日、照明だけの夕刻と、会場は刻々と風船の動きと
ともに変化していくのだろう。
晩秋の今日この頃、落ち葉舞い、風吹く季節に相応しい展覧会かも知れない。

*斎藤紗貴子展「明日への自由」-10月27日(火)ー11月1日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-10-27 11:54 | Comments(0)
2009年 10月 26日

Relation Field 山下邸ー’Round midnight(22)

帯広のUさんたちと旭ヶ丘・山下邸再々訪。
初めて訪ねたUさんたちの目線がこちらに反射してくる。
前回とは私の感じ方がまた違う。
今回唐牛さんの作品がよく見える。
玄関正面の大きな座敷中央にある作品。
周りに小石が敷き詰められ一方が盛り上がって、小さな頭部が上を向いている。
長い舌が口からゲロのように出ている作品。
午後の陽射しがあたり、不思議な美しさと存在感をもって見える。
畳に座り見ているうちに、これは生誕の瞬間なのだと分る。
母親の胎内、羊水のなかの水中呼吸から、外へ出て肺呼吸に変わる。
”おぎゃ~!”の瞬間のように見える。
呼気に始まり吸気に終る人の人生の、正しく最初の呼気の瞬間だ。
聞くと敷かれた小石は海岸のものという。
海から陸への移動という生物の進化の過程でもあるのか。
作家自身の家族への個人的歴史とこの家が保つ歴史とが、Reーlation
(関係)という再生<Re>を重ねている。
家の保つ時間軸と作家の生きてきた時間軸がこの場で交叉している。
そのクロスするふたつの時間軸が、場に再生して現在を創っているのだ。
この空間が優れているのは、一方の歴史に偏せず、クロスして
今を活性化している事だ。
従ってそこでは、一方の歴史に膝小僧を抱え込むように閉じる事がない。
繰り返し唐牛幸史の作品に顕われる胎児の頭部は、
この作品空間が<再生>をテーマにしているからである。
この周りに座っていると、ぼんやりと時間が重なり過ぎてゆく。
都市の日常の区切られた早い速度の時間は遠いものとなる。
ただただ豊かな水の流れのように、周囲のすべてに触れながら時が過ぎる。
幾人かの見学者が去り、この作品の周囲にふたりの女性が残る。
話していると、その内のひとりは、なんと’83年夏の川俣正のテトラハウスプロ
ジェクトに参加した当時の学生Tさんだった。

唐牛さんの小さなオブジェに鼠の形のした香合がある。
冬眠鼠(やまね)という高地に住む冬眠する鼠だという。
凍ったまま仮死状態になり、氷が溶けると同時に蘇生するという
まだ謎の多い動物らしい。
川俣体験を語る内、Tさんの顔は遠い時間を遡り活き活きとしてきた。
ナカモリカキテンも思い出したのだ。
思わず私は彼女に仇名をつけた、<ヤマネさん>である。

数時間を山下邸で過ごし、この日札幌に泊まるUさんたちと居酒屋に行く。
さらに熱く、今回の感想を自分の作品と重ねて語るUさんがいた。
そしていつのまにかTさんには、<ヤマネさん>という呼び名が定着していた。
山下邸、唐牛幸史、ヤマネさん。
この3つが保つ時間には、横軸に流れない垂直な時間軸が、
今という時間に交叉して漲っていたのだ。
唐牛さん、この一日の時間こそ<Relation Field>。
今回のあなたの個展タイトルそのものであったと思います。

*斎藤紗貴子展「明日への自由」-10月27日(火)ー11月1日(日)
 am11時ーpm7時
*唐牛幸史展「Relation Field」-10月31日まで。
 :札幌市中央区旭ヶ丘3丁目4-5・旧山下邸。tel011-563-3780

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目108斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-10-26 12:47 | Comments(0)
2009年 10月 24日

東京・ラジオー’Round midnight(21)

午後1時半ころ電話が鳴って、あと3分程このまま切らずにお待ち下さいと言う。
3分を超え5分ほども経ち、DJの女性の声が入る。
”・・・ですね、札幌はもう寒いですか?”と始まり5分程ラジオ生出演。
顔も見えず、前後の進行も聞こえないので、まあいつもの考えを喋る。
”深いですね~”とか言われ、いや、普通の事ですとか応えた。
事前に質問事項もfaxで来ていたが、東京目線の札幌には応えなかったので、
ご期待に添えたかどうか。
温度差とか珍しい北の街とか、文化のケンミンショーみたいな話はできない。
昨日のコンビニのペットボトルの闇の短歌を引用して話した。
終了後企画してくれたHさんから電話。
盛り上がって、時間足りなかったですね、と言う。
お世辞もあるだろうけれど、まあいいか。
東京目線で札幌を嵌め込む点では、期待を裏切ったかも知れない。
私は別に観光に一役かう訳ではない。
今ここでしている事を語るだけ。
でも顔の見えない声だけの公開放送も不思議な経験だった。
どんな番組かも知らず、どういう構成の中で組み込まれているのか未知。

今日は午後から帯広のUさんたちが来る。
旭丘の山下邸へ案内。
風は寒いがよく晴れて、山の紅葉も綺麗だ。
今月で山下邸・唐牛幸史展も見納めである。
久し振りにカメラを持って撮影する積り。

*斎藤紗貴子展「明日への自由」-10月27日(火)-11月1日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-10-24 12:41 | Comments(0)
2009年 10月 23日

ペットボトル一本の闇ー’Round midnight(20)

 
  ああ闇はここにしかないコンビニのペットボトルの棚の隙間に
                         
                     (松木秀「5メートルほどのはてしなさ」)

山田航という’83年生れの歌人が、昨日の道新夕刊に上記の短歌を引用して
「わが短歌の原風景 札幌」という一文を書いていた。

 北海道とは、それ自体が本州の郊外に建設された巨大なニュータウンなのだ。
 ニュータウンは奇妙な明るさをもっててらてらと輝いている。そこは消費しか
 ない世界なのだ。生産の裏でこぼれてしまう闇は、もうコンビニの棚くらいに
 しか存在しない。

いつからか、コンビニ世代という言葉が浮かんでいた。
若い人の作品で、夜の無人の街路にそこだけが蛍光灯で輝いているコンビニ
の写真を見た時だ。
限り無く人の気配は消えて、コンビニだけが明るく影を喪って夜に浮かんでいる。
商品が主役の明るい空間。かっての駄菓子屋さんの世界は今、人の気配のない
モノだけ輝いている明るい闇の世界なんだなあと、その時感じたのだ。
山田航さんが引用している歌にもその事が窺われる。
さらに今住む札幌という都市自体にも、その視線は構造的に切り込んでいる。
 
 文化の発信地は常に東京であり、北海道は都心部をもたない巨大な郊外と
 してでんとそこに置かれているように思えるのだ。・・・(中略)
 近代以降に整備された人工都市・札幌にはとりわけ顕著な「空洞」傾向が
 ある。

若いコンビニ世代に、ここまでの自覚がくっきりと芽生えている。
前述の写真でも文章でもこの自覚が私などとは違う角度からではあるが、
同じ時代の切り口の自覚で世界を見ているのだ。
これはすごく励まされる事実である。
「空洞」という明るい穴のような通路に群がる無自覚なブンカイヴェントを苦々しく
孤立無援のように思ってきた私には、この若い世代の自覚は本当に勇気付けら
れる事である。

 しかしいくら北海道の郊外の奇妙さを見つめたところで、私にとっての故郷は
 ここにしかない。・・・
  
 たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく

ペットボトル一本の孤独、闇。
そこを拠点に補充して生きてゆくこの自覚こそが、真にラデイカルに今を生きて
ゆく同時代の基調低音となるものと思える。

*斎藤紗貴子展「明日への自由」-10月27日(火)-11月1日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503


             
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by kakiten | 2009-10-23 12:33 | Comments(0)
2009年 10月 22日

枯葉舞うー’Round midnight(19)

久し振りに音楽を流す。自然とその作品に合う曲がある。
前回の藤倉翼展は、マイルスデビスが合った。
空気冷たく、風ある日。
マイルスの「枯葉」が聞きたくなる。
今朝は陽光も射さず、自転車のスフインクス頭も見えない。
昨日その事を打ち込んだらすぐ電話が鳴った。
帯広のUさんからで、土曜日来廊との事。
山下邸が見たいという。案内する事にした。
話をしていて、含み笑いを感じた。
え?もう読んだのと聞く。うんと応えた。
今朝読み返すと、自分でも馬鹿馬鹿しくて笑えた。
本音はそれどころではない。
何故もっと早くから書き進めなかったのかという後悔である。
日頃の怠慢を思うのである。
明日は東京のFM生放送で、札幌特集とかで生インタビューがある。
遠くから声がかかる。
読んで、見て、聞いて心の交流が届く。
札幌内で都心ー場末とかいう狭い中央感覚が、アホらしい。
自分の生きている場を深めて、定点観測。
インターローカルさっぽろであればそれでいい。

米国人ライマンの炭田発見は夕張川遡行から始り、
そこから炭都夕張の幕が開いた。1874年の事である。
その後陸路鹿ノ谷の二股峠、汽車のスイッチバックする鉄路、
現代のトンネルの自動車の道と近代から現代へと道は続く。
石炭から石油へのエネルギー資源の転換とともに、二股峠の道は
産業廃棄物、ゴミ採集処理場へと変わり、汽車の道も廃れた。
そして石油燃料の自動車の道が現代である。
近代の終焉は、炭都夕張の衰退と重なる。
札幌はその夕張をも吸い込んで、1970年代から膨張を続けてきた。
人口は倍の倍の増加を続けた。
そして、「この道」に唄われた「時計台」も「あかしあの花」も風景から
消去してきたのだ。これもまた、札幌の近代の終焉である。
薄い開拓都市の僅かな、しかしして正統な近代風景を、喪失しつつある。
夕張とは陰と陽の違いはあるけれど、札幌も同じように
近代を喪失しつつあるのだ。
夕張と札幌は状況の裏表、合わせ鏡である。
何故近代にこだわるのか。
近代以前の蓄積が、ここには存在しないからである。
百有余年を遡れば、アイヌの人たちの天地。後期縄文の世界で、
近世も中世もない。
近代が我々の根拠である。正統な近代を基底にしなければならない。
そこが北海道で、札幌で生まれ育った者の他にない独自性である。
本州の多くの国の要素を近代の中で独自に消化してきた歴史もあるだろう。
それはしかし決して本家本元ではない。
近代化のひとつの過程なのだ。
洋というモダニズム、さまざまな本州から来た和という伝統、そしてアイヌの
人たちの残した地名、独特の自然環境。それらがすべて入り混じって
攪拌され固有の近代を芽として胚胎している。それが北の近代である。
その胚胎する芽を根こそぎ除去し、消去しようとしているのが現状である。
それゆえ、移住舎の末裔である我々はさらなる根無し草、
心の難民の途上にある。
そうした現状にさらにモノのグローバル化が追い討ちをかけ、都市風景を
画一なものにしてきている。
近代の札幌が辛うじて保っていた都市風景の陰影すら喪ってきたのだ。
明るい廃墟、保水力のない時間が支配しているのだ。
ここを見据えるのが、文化の問題だろう。
僅々百年にも満たない近代の時間すら忘却の彼方において、
薄い電気機器のような現代風俗に流され漂流して、どうするのか。

*斎藤紗貴子「明日への自由」-10月27日(火)-11月1日(日)
 am11時ーpm7時

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by kakiten | 2009-10-22 13:13 | Comments(0)
2009年 10月 21日

パソコン音痴ー’Round midnight(18)

曇天時々陽光が射す。
パソコンの原稿校正に手間取って時間を食う。
書くより時間がかかる。
M氏よりメールで指示あり。
入稿原稿を右クリック、名をつけて保存。左クリック。
画面左側のデスクトップ・・・なじゃんらカンジャラ。
さっぱり画面が指示通りにならず、困惑。
あいにくの雨天で誰も来ず、ひとり悪戦苦闘。
なんとか送るが、メールになっていて、添付は別もの。
夕方遅くやっと校正文添付完了。
打ち込んで送ってくれたものを、そのまま校正加筆して送り返すという
単純にして、明解な手順に手間取り、プリントして直し、それをメールで
伝えるという遠回りな事をしていた。
もっと早くに原稿を書き、郵送していたらこんなに慌てる事もなかった。
11月4日から始まる訳で、ギリギリの〆切りである。
校正しているうちに、未熟な文章が気になり、また直す。
いやはや、それを伝えるのが大変だ。
M氏にはご苦労かけた。
絵文字の踊る到着メールが、これ見よがしに着信した。

朝お風呂に入り、自転車を飛ばす。
時々日が射し、南の背から前方に影が映る。
お~、スフインクスだ。
点滅する影絵の絵文字だ。
風に髪がなびいて、自転車の前を揺れる。
ハミガキブロッグ、スフインクス、イエー!
後ろ髪が伸びて、乾いて揺れている。
原稿の出来に、後ろ髪も曳かれるぜ。

*斎藤紗貴子展「明日への自由」ー10月27日(火)-11月1日(日)まで。
*東京・目黒区美術館「’文化’資源としての<炭鉱>展」
 11月4日(水)ー12月27日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-10-21 14:40 | Comments(0)