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2009年 08月 30日

感性と時代ーSeptember Voice(1)

文月悠光さんが詩誌「酒乱」3号の「’80年代詩を考える」特集に書いている。
今だこの世にいない時代の事を書けという依頼を、彼女はまず正直に批判する。

・・・なんて中途半端な時代を選ばれたのだろうと、私は少々うんざりした。

・・・正直(年齢によるところが大きいと思うが)、時代を定めて詩を論ずる事に
  どのような意味があるのか、よくわからない。

・・・「感受性に運命をもたらす」力を、”時代”はもはや失った。
   これからは、感受性こそが”時代”に運命をもたらすのだ。

17歳の少女のこの潔い言葉に先ず感動した。
’80年代を勿論通過した人間として、同様に言いたいのだ。
今の感受性こそが、’80年代という”時代”にも運命をもたらすのだと。
私は佐佐木方斎という作家の’80年代を貫く仕事を何度か企画して展示して
きたが、その根本にはいつも今を生きる感受性を基底にして見てきた。
回顧で企画した事は一度もない。
現在展示している一原有徳、村上善男も然りである。
これら’80-90年代に製作された作品は、正に今を生きる感受性において、
見てとれるのである。
作品が保つ時間の保水力は、現在を生きる感受性においてこそ、
活き活きとその姿を顕す。
文月さんの凛々しい言葉に、私は多くの勇気を頂いた。
感謝して、9月を迎える<September Voice>最初の言葉としたい。

*「収蔵品展ー境界(さかい)の現場」展ー9月1日(火)-13日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-08-30 14:29 | Comments(0)
2009年 08月 29日

魂いななきー夏日幻想(26)

今日は晴れ、風吹き抜け、光溢れる。

魂(たましい)いななき 
魂(たましい)いななき

昨日落ち込んでいた気持ちが、Fさんの訪問で救われる。
あれは、界川(さかいがわ)の狐の子。
お水に惹かれて来たのだろう。
銘菓明がらすを抓み、コンと鳴いて帰っていった。

来月19日のエレガントピープルのライブ会場に、翌週から始る藤倉翼さん
の写真を飾る事に決まる。真正面から被写体を捉える藤倉さんの映像は、
仲西さんの熱いアルトサックス、有山さんの溢れるドラムスにぴったりと思う。
絵になるなあ。
それまでしばらく収蔵品展で凌ぐ事になる。
現在展示中の1910年生まれの一原有徳さん、一昨年他界された津軽の村上
善男さん等の作品は、群を抜いて素晴らしい。
他にもある収蔵品を展示してもいいのだが、このふたりを並べると、なかなか
それに相応しいバランスがとれない。
版の概念の限界に挑戦した一原有徳さん80歳代のステンレス作品。
東北津軽の伝統を煮詰め、ツガルモダーンの真髄を表現した村上善男。
このぎりぎりの際(きわ)、エッジの表現には少しも古びた時間はない。
凡百の今を超え、作品の現在があるのだ。
もっと見て頂きたいと思う。
ジャコメッテイーの小さな塑像を、持ち主が掌に載せそっと差し出した瞬間を
撮った安斎重男のワンショットも秀逸である。
掌の暖かい柔らかさと彫刻の直線の対比が、
これもある際(エッジ)の瞬間を定着させている。
人間の手が保つ自然の曲線、ジャコメッテイーの針金のような直線。
その哀しいまでの同時存在。写真ならではの切り取りである。
米国育ちの坂口登は、父の国日本と母の国米国の二重性を
二連画の構成で鋭く対比させ表現している。
大和絵のような鳥獣花の図柄が曲線でうねり、対比するように直線のスクエアー
な図柄が左右に拮抗している。これもある境界(エッジ)の表現である。
他に韓国の黄宇哲さんの半島を二分する国を窺せるような個の内面風景。
国の境界が民族の心の境を生んでいる。
今回の主題は、それぞれの作家の心の現場の際(エッジ)であり、
界(さかい)である。
個別な創造の現場が、何よりもリアルに顕われる作品である。
個展とは違う切り口から、作家の生々しい現場を、ひとつの主題からそれぞれ
感受する事ができるのだ。
複数のグループ展の場合は、<×1>となるテーマ性が重要である。
<=>では羅列となる。思わせ振りな形容詞のデコレーシヨンも意味がない。
辛味のないスープカレー、ごった煮の絵画の場合が多過ぎる。
指揮者の個性の発揮されないオーケストラのようなものだ。

魂(たましい)いななき、セプテンバー。
もうすぐ9月。

*「収蔵品展ー境界(さかい)の現場」-9月1日(月)-13日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊
*坂口登さんに関し、親しい方からご指摘を受け、訂正しました。
 坂口登さんは、1944年熊本生れ。1956年渡米。二世ではありません。
 

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-08-29 14:34 | Comments(0)
2009年 08月 28日

秋声漂うー夏日幻想(25)

曇天。夏の果て。夏と冬との界(さかい)。
こういう時には、心も閉じる。
過去が現在に実を結び、明日へと開かない。
過去のある一点へと逃げ込むように、潜り込もうとする。
何故ここにいるのか。
殻の心を抱いて、実はどこへ置いてきたのか。
父よ、あなたの遺志はどこへと向いていたのか。
不肖の息子に何を伝えたかったのか。
さっぽろの近代とともに、その人生を終えるにあたり、
その眼差しは何辺へ注がれていたのか。
虚を埋めるように、父の痕をなぞり街と街の挾間を生きたよ。
そして今再び自分の内なる虚と向き合っているのだ。
秋声漂う、秋よ。
もっと透明な風と光で充たせ。
<魂いななき>
夏と冬の界(さかい)を、もっと充たせよ。
現在(いま)を引き裂くな。

 秋は喨喨と空に鳴り
 空は水色、鳥が飛び
 魂いななき
 ・・・・
 多端紛雑の過去は眼の前に横たわり
 血脈をわれに送る
           
高村光太郎の「秋の祈」の一節が浮かんだ。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月30日(日)まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
            
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by kakiten | 2009-08-28 11:51 | Comments(0)
2009年 08月 27日

エレガントピープルー夏日幻想(24)

先日モダーンジャズのクワルテット「エレガントピープル」の有山睦さんから
メールがきた。ここでライブをできないかという内容だった。
以前のスペースでは何ヶ月かに一回ライブをしていたのだが、ここは狭く
四人の演奏者を迎えることは無理と思えた。
しかし有山さんの提案は、聴衆の位置を、玄関先から外、2階吹き抜けに
位置すれば可能という事だった。
確かにそうすれば4人の演奏者が入っても可能である。
ここは古民家なので、床は一段高くいわゆる縁の下がある。
その一段高い場所が演奏舞台で、観客はそこをステージと考えればいい訳
で、玄関先から外も含めてに客席が置かれることになる。
問題は天気と人数だなと思った。
それから2,3日後にリーダーの仲西浩之さんと有山さんが訪ねて来た。
楽器持参のふたりは早速音を出し、会場の様子を試す。
アルトサックスの仲西さん、ドラムの有山さん。音響は満足のようだった。
これにギターとベースが入る。
この4人はそれぞれ役所や某デパートに勤務する人たちで、本当にジャズが
好きなグループである。
何故か旧テンポラリーの保つ空間とそこに集る人たちに多く惹かれるものが
あったらしい。その気持ちが今も続き、今回の提案となったのだ。
彼等の友人でもあるK氏が、テンポラリースペースのオリジナルTシャツを
製作したのも、その心の顕われである。
何ヵ月か前そのTシャツを着て、薄野近く某スペースのライブでお披露目して
くれた事がある。
さっぽろの自然河川図をデザインしたこのTシャツの謂れを、会場で語られた時
私は彼等の心に今も活きているあの場への深い友情を感激して聞いていたのだ。
その思いが、今こうして場を変えても続き、実現しようとしている。
空間の構造も広さも場もみな違うのだが、変わらず続けたいという思いは、
素直に心に響くのである。
やってみようよ、もう何もいう事は無い。実行あるのみである。
9月19日土曜日夕刻6時と期日も決まった。
もう一度演奏したい、そして聞いてもらいたい。
その気持ちがこの企画を進めている。
私は私の心指す<志>の方向が、今またこうして共に同じ方向を見詰めるゆえに
形になる事が単純に、素直に嬉しい。
そしてこの場所がまたもうひとつ豊かに重ねる時間を保つ事を、大きな励ましと
思うのだ。有山さん、仲西さん、そしてエレガントピープルのみなさんありがとう。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-08-27 12:52 | Comments(0)
2009年 08月 26日

オホーツクサーモンー夏日幻想(23)

網走の佐々木恒雄さんからチルドで
オホーツクサーモン(カラフトマス)が届いた。

今朝に漁をした鱒をお送りします。さばくのが面倒でしょうが
ぜひ食してみてください!もうそろそろ鮭の漁が始りそうです。
何本か網にかかっていますが、これがまたデカイ!
冬に創作するモノをじわじわ考えています。ゆっくりとですが、体から
エネルギーが湧いてくるのを感じています。・・・
ブログ読ませてもらってます。
体と感覚を研ぎ澄ませ、僕も生きてます!

中にはこんな手紙が入っていた。
佐々木恒雄さんの初仕事、捕りたてのカラフトマスである。
一本まるまると、目ん玉がこちらを見ている。
しばらくというか、小さい時以来である。お袋が捌いていたのかなあ。
気持ちは嬉しく充分に伝わるのだが、さあどうする・・・。
ここには出刃包丁も無い。ふっ思いつきM夫人に電話する。
あいにく留守だ。
ちょうど来ていたM・Mさんと顔を見あわす。
その後M夫人と連絡が取れ、捌きに来てくれると言う。
程なく、エプロン姿に出刃包丁外道具一式を持参して姿を現す。
箱から鱒を出すと、いい匂いがする。少しも生臭くない。新鮮なのだ。
しばし躊躇ってから、一気に包丁が踊り見事に解体されていく。
いやあ~、尊敬の眼差しである。
若いMさんもしっかり見惚れている。
才能あるこの若い美術家も、鱒の新鮮な赤い身、白子、頭部、尻尾の
切り開かれる身の競演には言葉も無い。
さすが欧米を股にかけ生活してきた主婦業うん十年のM夫人である。
解体後はまことに手際よくラップに小分けし、Mさんにもお裾分けし。
あっという間に切り身の日常へと変身したのだ。
写真家でもあるM夫人は早速に撮影もし、今日のミクシイに載せていた。

<魚>という存在を暫く振りに、全身で見た気がする。
魚という全存在を、個体として命として、感受する機会から遠のいている。
命の過程を切り身という結果にパックして、消去・分別している今を
否応無く感じたのだ。
佐々木恒雄さんが贈ってくれたのは、そういう生活の全過程である。
ヴィヴァ!網走!漁師として生きる佐々木恒雄よ、
其処から得た命の全過程を、冬の休漁期、絵画にぶつけろ!
都会では命の分別(ブンベツ)ばかりが横行して、プロセスが高速化で
消去されているよ。
彼の今年最初の収獲、帰郷した最初の仕事、
オホーツクサーモン一本のメッセージは確かに受け取りました。
心から尊敬と感謝を申し上げます。
また、逞しいM夫人の包丁捌きにも深くお礼申し上げます。
ひ弱なシテイーボーイのなれの果て、我輩の不甲斐無さも深く感受しつつ
友人たちに感謝であります。

その後若い美術家Mさんはいそいそとカラフトマスを抱え、
年末からの個展を約して帰路についたのである。
佐々木さんのメッセージはこうして偶然居合わせた若いMさんへとも繋がり、
オホーツクサーモンの心はリレーされたのだ。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2009-08-26 12:20 | Comments(0)
2009年 08月 25日

休日の小さな旅ー夏日幻想(22)

休廊日、引越し直前のSくんの車に便乗し、モイワの水採取に行く。
いつも珈琲に使っている湧水である。
もうひとつ目的は、Sくんの新しい住居兼店舗の場所を案内して貰う事だった。
西区24軒の一角にその場所があった。
程よい長さの道幅。角地の周りの佇まいに、生活の匂いがある。
横に伸びる真っ直ぐな道。その人馬大の道幅の向こうに三角山が見える。
これは車社会になる前の、等身大の道であり、街角である。
地名に今も残る<24軒>とは、小さな集落の始まりの名残でもあるだろう。
人が最初住みついた、プリミテイブな空気が残っている。
地肌は荒れていず、まだ柔軟性を残した土地と思えた。
彼が今いる東屯田通りは、地肌が固く角質化して柔軟性を喪って感じられた
から、その意味ではこの地域はまだ柔らかい土地の地肌がある。
十二軒通りー二十四軒ー八軒と繋がる境を、リパブリックする基底がある。
Sくんの新たな展開を9月から期待するのだ。

水の採取を終え、自宅に帰り程無く、唐牛幸史さんが迎えに来る。
木下邸の唐牛展を見に行く。
前回は留守で外からしか見れなかったからだ。
平屋の一軒家、木下邸の内部に初めて入る。
長い廊下、吹きガラスの揺れる板ガラス。和洋の交錯した洋間。畳の座敷。
欄間の重厚で爽やかな透明感。思ったよりも高い天井。
奥の中庭に響く虫の声。廊下の奥の雪隠。手洗いの手水場の跡。
民家ゆえの、ナチュラルな時間の蓄積。
かって周囲は森で、狐を飼い、養狐場だったという。
ご婦人の狐の襟巻きに使われたものである。
琴似街道を歩いた時、古い街路図が公園に展示されていて、
そこに養狐場の記載があったのを思い出した。
この辺りにはかって何軒もその養狐場があったという。
その事業で財を成した人の家なのだろうか、
和洋折衷の良き近代の薫りがする家なのだ。
その空間に唐牛さんのメキシコ時代からの多くの作品群が並んでいる。
贅沢な空間である。
かって「界川游行」というアートイヴェントを行った時、同じような洋館鬼窪邸が
あった。この邸宅は田上義也さんの名建築のひとつだったが、家の構造、意匠
はこの木下邸と似たものがある。敢えていえば、木下邸の方が、より庶民的と
いえるかも知れない。どちらもさっぽろのある時代を代表する美しき近代なのだ。
もうこういった形で使える家は今後そう無いだろう。
持ち主のお婆さんも先月亡くなり、いずれは取り壊されるこの家のこの空気感
はもう二度と味わえないものである。
部屋と部屋の間、内と外の間、<間(あいだ)>が美しい。
時間がその境(さかい)を、ゆったりと流れているのである。
空気も音も光も生きて流れている。
唐牛さん、これはあなたのさっぽろだ。記録を残さなければいけないよ。
最初16年前にお婆さんが元気な時、初めてここを修復し展示をした時の
写真が一室に展示されていた。
白い漆喰の壁を塗り替え、雪の重みで垂れた屋根を修復し、灯りを点け
作品を展示した時、お婆さんはとても喜んでくれたという。
廃屋寸前だった家が、甦ったからである。
芸術の保つ大きな力はこの再生する力である。
住むという<用>を喪失したかに見えたこの一軒の家が、
展示の空間として甦り、過去の日常のデティールが純粋な結晶
となってキラキラ輝いていたのだ。
実用の猥雑な日常性が純化し、記憶の結晶だけが光るのである。
持ち主がそのまま、唐牛さんを信頼し、作品自体には直接触れずとも、
その作品の存在自体が過去の日常を美しく結晶させてくれる役割を
担ってある事を、何よりも生活の深い処で理解してくれたのである。
センスオブワンダーである。
その事実が16年も保たれた事、それが素晴らしいと私は思う。
そして16年ぶりの今回の展示中にそのオーナーの死にも立ち会うのである。
こういう家と人の関係性はもう二度と経験する事は至難である。
こうした家屋もまたほとんど消えている。
それは良き正統な近代の喪失という事でもある。
そして同時に正統なさっぽろの記憶の消去という事でもある。
これは記録され記憶されなければならない。

西区24軒の界隈に始まり旭丘の木下邸へと繋いだ休日は、
現代から近代への小さな記憶の垂直軸を旅する一日となった。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目108斜め通り西向
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by kakiten | 2009-08-25 12:48 | Comments(0)
2009年 08月 23日

沖縄のQビズムー夏日幻想(21)

沖縄コザにいるチQさんから便りある。
初の個展を今計画中という。
銀天街市場にある建物をペインテングする試み。
タイトルは、「チQ・蒼穹・Qビズム」。
2日前のテンポラリー通信、センスオブワンダーに触れ、すっきりしたという。
札幌なんかより面積も、人口も少ないコザ市だが、はるかにその人間の密度
は、濃いところと思う。
そういうところで、北海道からふらりと生活場所を移動してきた人間に、
周囲の目は厳しいものがある筈である。
旅行者を見るのとは違う、生活者の眼である。
そこにいる本人自身がきっと誰よりも、その事を実感しているに違いない。
今まで生きてきた札幌が、石狩が問われるのだ。
私の貧しい経験でも、東京にいた時すらそうであった。
まして、沖縄はもっと濃い。
天候、植物、家並み、人間。
これらがみな違う、そして違うと感じる自分の位置を問われるのだ。
次第に慣れてくる日常はあるにせよ、根本のところで、
その相違はクリアされる訳ではない。
日常生活で同化しつつも、どこか心の底で、センスオブワンダー、何だこれは?
と発見しつつ深化するものがある。
違いが違いとして、存在を許容される地平が生まれる。
人と人の関係性に於いても然りだが、ましてアートとなれば、さらに純粋に
その位置が問われるのだ。
特権的な美術館という囲繞された空間ではなく、日常生活のど真ん中で
それらが展示される今回のチQさんの個展においては、一層そうである。
彼が沖縄へ移住して半年。タイトルにある<蒼穹>という青を掴んだ事は、
大きな意味を保っていると思う。
そこに、南と北の一点が窺われるからである。
これは、彼が南の島へ移住し生活しなければ、顕われなかった色と思う。
あの珊瑚礁の島の、空・海の青は、北の島の青とは対極に在るものなのだ。
青を通して純粋に自らの北が問われる。
そしてその<北>とは、彼が生きてきたさっぽろの空の色であり、
水の色でもある。空気の色といってもいい。
環境の変化、周囲の変化は、違いを鮮明にして内向きに問うのである。
曖昧な場のハコの中で安住して惰眠を貪っていた精神が、覚醒するのだ。
それがきっと、生活というものの根源に触れて、<生き生き、活き活き>と
いう本来の<生活>を生む。
生活手段としての下部構造インフラストラクチャーは厳しいだろうが、
本義としての<生活(生き生き、活き活き)>は、真剣に目覚める。
表現者は、その位相から真の生活を始め、センスオブワンダーを創ればいい。
その事総体を含めて、彼のQビズムは始る事だろう。
アルバイトを探し大量に読み漁った求人誌。その時見たラスタカラー(赤・黄・緑)
そして沖縄で強烈に感じた蒼(あお)。
そのふたつの要素から、作品空間を創るという。

<視覚に一番焼きついたふたつの要素によってこの空間は構造されていく。>

構成するとはいわず<構造されていく>と彼が語る時、北と南の経験が真向から
位置されている事を私は感じるのだ。
これが、正しく彼のキュービズムである。
”雪国の華”などとアートツアーをし、他国を渡り歩いている群(ムレ)には
一番欠如した位相であることは確かである。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月18日(火)ー30日(日)。
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-08-23 13:11 | Comments(0)
2009年 08月 22日

さっぽろとは?-夏日幻想(20)

郷土史家になれというのではない。
自分が生きている街にたいして、あまりにノンシャランではないのか。
言ってしまえば、都市論がない。
石狩の肥満児、サッポロメタボリックスにあまりに無関心過ぎる。
無関心どころか、イージーに190万大都市などとその肥満に胡座をかいて、
どこそこの遠くの都市に頭を跳ばしてい過ぎる。
自分の生きている場処を消去して、さっぽろ(先住民の言葉)-札幌ーサッポロ
と固有の顔を喪失し続け、今またその過程をさらなる消去に加担しつつある現在
を忘却して、何が他都市、他国なのだ。
此処で生きる体験の荒々しさ、生々しさを保たずして、何をもって経験の深みを、
得る事ができ得るのか。
人口の量数の多寡に溺れ、石狩の国の肥満児たる孤児性をもっと自覚せよ。
サッポロ内難民の多くを見よ。
近現代の薄い皮膜、たかだか百有余年の貧しい今を直視せよ。
皮一枚のまともな近代すら守れず、厚化粧のペケペケの都市化などを
発展、進歩と錯覚し、骨粗鬆症の骨細メタボ症候群。
その症状を都市論として否定的媒介性をもって、さっぽろを力強く見詰め
戦う視軸なくして、他都市、他国と関ろうとするな。
郷土史家になれというのではない。
私が私として、個の自立なくどう他者と真に関れるかを問うのだ。
インフラの快適さだけを享受し、骨の部分・生きる場の哲学を溶解するな
、と思うのだ。
インフラ・メタボ都市サッポロに甘ったれて、グルメまがいの美食文化など
鍛えなおした方がいいのだ。

京都、小樽、沖縄から心の胃薬サクロンが届いて、今日はすっきり
ゲップを吐くよ。失礼!

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月18日(火)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-08-22 12:35 | Comments(0)
2009年 08月 21日

夏戻るー夏日幻想(19)

急に夏が戻って来た。30度近くあるらしい。
かき氷が食べたい。さらさら、さくさくがいい。
胸焼けに、胃もたれは嫌だね。

九州の田川で10年間「コールマイン田川」という炭鉱プロジェクトをしていた
美術家の川俣正が、ジャズピアニストの山下洋輔外との公開討論会で
<センスオブワンダー>ということを語っていた。

川俣ーよく間違われるのは、アーテイスト=社会運動家ですね。運動家と
アーテイストは、僕は全然違うと思うんです。アーテイストはあくまで個人
であって、自分の一つのモチベーシヨンの中で、場所がパブリックな故の
ひとつの軋轢みたいなものであったり、先程山下さんが言ったように自分
のポジショニングがなかなか取れないところを、いかに楽しんで何かをつ
くっていくかっていう事だと思うんです、そこに何か使命感のようなものを
与えちゃうと、僕はちょっと違うものになってきちゃうんじやないかと思うん
です。
・・・
山下ー・・・社会生活のできない奴が来て、何かいう事聞かされちゃった
ということなんじゃないでしょうか。ただ、それをした結果、何ができたんだ
ろうということで、何だこれはという、つまりはセンスオブワンダー、これは
SF用語だけど、「何だろうこれは、よくこんなもの考えるよな人間は」という
ことが、普通の人にまで一気に伝わって、何か面白いものが自分たちの
精神の中には宿っているんだということが開発されるとしたら、これは・・・
意義あることではないかと思います。
      (2001年10月18日パブリックデスカッシヨン「炭鉱とアート」)

閉山した炭鉱の街で、こつこつ10年間仮設の塔を建ててきた川俣正と
山下洋輔の対話は絶妙のリズムで語られ面白い。
表現者の<個>は時に毒をもって、エゴにもなるわけだが、それがポジテ
イブな毒として他者を、社会を巻き込んでいく過程が生き生きと語られている。
胸焼けし胃もたれの今日、センスオブワンダーで、すっきりした。
これは何であるではなく、こりゃ一体なんだ、でいきましょ。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月18日(火)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊

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by kakiten | 2009-08-21 17:24 | Comments(0)
2009年 08月 20日

胸焼けー夏日幻想(18)

第52回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館の詳細な記録誌が
出展者岡部昌生氏より送られてきた。
こうして私などにも忘れず送ってくれた事に、感謝する。

しかし一読して、しばし胸焼けのようなものに襲われた。
ヴェネチアに日本館代表として港千尋氏とともに赴き、
その展示の反響の詳細な記録である。
タイトルは「わたしたちの過去に未来はあるのか」。
各国がそれぞれのパビリオンを構成し競うこの国際展は、
どこか美術の万博のような趣きがある。
国別性が前面に出るからである。
今回の「わたしたちの過去に未来はあるのか」という大仰なテーマも
その雰囲気に沿ってあるように思える。
その展示内容、その反響等の丹念な記録。そして様々な人たちの語る
被爆石とヒロシマへの感想。
それらは正面きって反論しようがないと思えるのだが、
その事が同時に、ある胸焼けを感じさせる原因でもある。
まるでボデイビルで造られた立派な肉体を見ているかのようだ。
デテールまで申し分なく鍛えられたその肉体は、なぜか逆に身体の日常・
普通の体を感じさせなくなる。
何かがリアルから遊離してくるのである。
それは先ずタイトルにある<わたしたちの過去に未来はあるのか>
という<わたしたち>という複数形の在り方への疑問として感受される。
ここでいう<私>を<たち>とする根拠は、ヒバクシャで括られるものと思うが、
その<わたしたちの過去>は固有の<私>の過去を、被爆の一点において
ある普遍化するトリックを仕掛けてはいまいか。
日本館というすでに国の括り方を前提とした展示方式に則って、
この主題が設定されている事を考慮してもなお、疑問が残るのである。
ひとりの人間のある困難な体験が、普遍的な<私たち>へと至る為には
深くさらなる困難な個としての戦いがある筈である。
その<私>から<個>への戦い過程は、ヒロシマもオキナワもトウキョウ
大空襲もそこに本質的な差異はない筈である。
悲惨な与件として困難な現実状況が、<私>には存在したからである。
与件状況の特殊な悲惨自体に本質が在る訳ではない。
ある困難な私的体験の深処において、個は本質的な類としての<私たち>を
提示する事が可能かも知れないという彼岸に、<私たち>の位相があると
思うからだ。
最初から措定される<わたしたち>は存在しないと、私は思う。
表現者の位相とはそうしたものではないのか。
政治経済の軸では、最初から多数を前提に物事が進められる。
それはそういう位相、立ち位置にあるからである。
芸術・文化の位相では、結果としてそうした多数性を得る事はあっても
目的そのものではない。
表現者は先ず個として、困難な<私>の深処への戦いを持続してあると
思うからだ。
以前に被爆者が薄い下着を脱ぎ、ケロイドを人前に曝す勇気に触れたが、
私的には隠していて然るべき傷痕を、ある契機を境に<私>を脱し、
<個>として公表する。
その過程こそが、表現者に通底する最もラデイカルな位相ではないのか。
体験を<私>から<個>へと深め、経験として<類>に開く普遍性への
過程である。ここには最初から<わたしたち>という過程が含まれていない
のは明らかな事なのだ。
同時代(コンテンポラリー)とは、国家という単位を超え、個から類としてあって
唯一の被爆国という形容の埒外にある。
ヒロシマという呪縛は、国家の次元ではなく薄い下着一枚を脱ぐ個人の勇気、
その私の個的な戦いにおいてこそ戦われてある。
そしてその悲惨・困難の私的呪縛は、どんな小さな爆弾ひとつにも差異がある
訳ではない。
この記録誌に収録されている岡部昌生氏の次の文章にも、私の違和感は
消えないのである。

・・・根室の旧海軍牧ノ内飛行場滑走路の形を沖縄経由でベネチアに届け、宇品
ー根室ー宜野湾ーベネチアを結んだ航空書簡プロジェクト「島から島へ」の作品
群も展示。ともに内海を抱え、軍港をもち、それぞれの歴史を重ねてきた都市の
深部に触れた。(道新・2008年2月8日)

ここで<ともに>と括られる宇品、根室、宜野湾、ベンエチアの個々の港群に
タイトルともなった<わたしたちの過去>に似た<たち>を感じるからである。
私は、沖縄には沖縄の固有の戦いがあると思う。広島の宇品とは違う位相が
あると思う。その場処の固有の個の戦いを、何故彼はこうもあっさりと<ともに>
と括る事が可能なのか。
ここにある軌跡は、岡部個人の移動行為から浮かび上がる主観しか見えて
こないからだ。
個人にとって、被爆とは地雷ひとつも同じ悲惨であるはずである。
弾丸ひとつも同じ被爆である。その固有の個の深処において、表現者は
表現を自立させる戦いを保つものと思う。
白く薄い下着一枚を脱ぐ勇気のように、それは戦われてあるものと思う。
もっと深く絶望せよ、という吉本隆明の言葉を思い出す。

華麗で濃密、世界の勢力図を見る巨大な祝祭空間。美術の現在が火花をちらし、
社交と政治、経済がリンクし世界を映す。個人が翻弄されるほどに加速し、拡散
するステージだと思われた。(同上道新)

と、岡部氏はベネチアビエンアーレの舞台を回想しているが、<加速し、拡散>
したのは、自らが<ともに><わたしたち>へと、<加速し拡散した>所為の
反映ではなかったのかと問うのである。
私は、自らが生きる場を深く掘下げ、かっては無名の路上、壁ひとつにも
深く関わり触れようとした岡部昌生が、いつの間にか遠く、格好良く加速し
拡散し、翻弄される祝祭ステージにいる事を、ただただ眺めるのみなのだ。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月18日(火)-30日(日)
 am11時-pm7時:月曜定休・休廊
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-08-20 15:25 | Comments(0)