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2009年 03月 29日

芽吹くー弥生・三月(25)

フキノトウの緑の頭を見る。冬の果て。腐れ雪。
地表の風はまだ冷たいが、地中は確実に暖かさを増しているのだろう。
金曜日で終った小林由佳展の後、少しの休息期間。
今日は及川恒平さんのライブ。
明日から佐佐木方斎展まで、少し自分を見詰める時間を保ちたい。
鮮烈な沖縄初旅。そこで感じた南の磁力、そして北の磁力。
正反対に位置しながら、引き合う力を考える。
東西の広がりではなく、反発し合い、引き合う磁力。そこに生まれる磁場。
ここまで書いて気付くのだ。
東西は広がり、南北は垂直に深まる。軸心。
豊平ヨシオさんとの友情を通して今そう感じている。
佐々木恒雄さんのオホーツクブルー。豊平さんの沖縄ブルー。
閉じる青と、開かれる青。深く閉じるから深く開き、深く開くから深く閉じるのだ。
その本質的行為において、ふたつの青は通底している。
南の明るく透明な青が、深く抱え込んでいた亀裂。
北の冷たい青が、深く抱きしめていた解放。
青もまた、深く閉じ深く開く。
生きる事の深度において、ふたつの青は磁場を創る。
珊瑚礁の育む青。流氷の育む青。
この正反対の青が、私を引き寄せ弓なりに列島を疾走させる。
今、2月・如月(きさらぎ)の夢を思っている。
青い磁石のように南北を貫き、北は北の磁心足り得たい。
そう痛切に思うのだ。
及川恒平の声の北もまた、その磁心の内にある。

*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円。
*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(金)
*熊谷榧展(予定)ー4月21日(火)-5月3日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-03-29 13:07 | Comments(0)
2009年 03月 28日

酔うー弥生・三月(24)

7人程が集り、チーズフォンヂューを囲む。
小林由佳展最終日。みんな立ちながら、溶けたチーズに具材をからめ、
ふうーふうーしながら頬ばる。無言。
帯広からとんで来た、小林さんの彼氏持参のフランスパンが美味い。
途中からホットプレートの上に直接食材を置き、鉄板焼きのようになる。
Kさん持参の焼酎4リットル瓶に手が伸びる頃、話は飛び交い最高潮だった。
野上裕之さんが濃い口調で言う。”中嶋さんと展覧会をしたい!”
このふたりは前回の野上展で知り合ったばかりである。
しかし、もう親友のようなのだ。作品を通して心が繋がっている。
よし、3年後に実現しよう、そう私は思い、そう私は言った。
それぞれの3年後、それが目標である。そこれまで生き抜く。
寿命ではない。目的なのだ。熱く生きる為である。
ふっと今までいた酒井博史さんの姿がない事に気付く。
ギターを取りに自宅に帰っていたのだ。
ほどなくギターを持って現れた彼の演奏を聞く為、席を個展会場に移動する。
最後の定番中島みゆきの「ファイト!」まで、淀みなく歌われた時間は
正に珠玉ともいえる時間であった。
アンコールとは違う。ただただ、拍手。拍手鳴り止まず。
個展最終日。広島へ、十勝へ、再就職へとそれぞれの現在が、
一夜この時間に凝縮し、唄を支え、心を励ました。
声が保つ言葉と音楽の直接性は、時間の経過とともに消え去るものではあるが、
やはりそれもひとつの、声が形象する作品なのだ。

 ああ 小魚たちの群れ きらきらと
 海の中の国境を 越えてゆく
 諦めという名の 鎖を
 身をよじって ほどいてゆく
 
 ファイト! 
 闘う君の唄を
 闘わない奴等が 笑うだろう
  
 ファイト!
 冷たい水の中を
 ふるえながら のぼってゆけ 

*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円。
*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(金)
*熊谷榧展(予定)ー4月21日(火)-5月3日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503          
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by kakiten | 2009-03-28 15:02 | Comments(0)
2009年 03月 27日

歩くー弥生・三月(23)

雪捨て場になっていた界川遊歩道が開通する。
久し振りに歩き、友人の樹に挨拶する。
まだ裸木のままで、黒々と枝をビルの谷間に伸ばしている。
”やあ、友よ、”凛として無言
昨夜の雪が路辺に残り、白と黒の対比が春を感じさせる。
泥濘の濡れた動物的な肌は、春への蠢き。
木肌も黒く濡れている。
桜はもう散ったと九州久留米の便り。
長く広い島嶼の繋がり。
亜寒帯から温帯そして亜熱帯まで。
その弓なりの天地に触れる。
豊平ヨシオさんの沖縄の青。佐々木恒雄さんのオホーツクブルー。
この一ヶ月ふたつの青を歩いてきた。
世界はまだ未知の新鮮さのうちにある。

今日で小林由佳展も終る。夕方打ち上げ、鍋を囲む。
十勝から帰って来た小林さんのチーズフォンデュー。
西洋鍋である。
ひとつの仕事を終え、それぞれがまた歩き出す。
そんな人たちがきっとまた集まるだろう。
最近ここは人を送る事が多い。
”おくりびと”ギヤラリーかしらね。
次回個展佐佐木方斎さんが来た。一昨年、昨年と三度目の個展。
1、2、3である。当初からそう考えていた。
彼の’80年代への敬意である。’90年代をテンポラリーは突っ走ってきた。
そして、今2000年代。その回路を繋ぐ作業でもある。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」ー27日(金)まで。
*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円
*佐佐木方斎展「メタレリーフ」-4月7日(火)-17日(金)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-03-27 12:37 | Comments(0)
2009年 03月 26日

見るー弥生・三月(22)

一晩眠って、スプリングブルーもだいぶ去る。
吉増剛造シネ「キセキ」を見る。詩人の映像である。
touch with eyeとはこういう映像をいうのではないか。
昨年の道立文学館の個展では、本人の語りとともに大きな画面で見た。
小さな画面で見るので迫力は違うが、見落とした作品もあり、
通しで全編見る良さもある。
第一作の「まいまいず井戸」は、かって福生のお宅に招待された時吉増さんに
案内して頂いた場処である。「石狩シーツ」完成のお礼だったろうか。
まいまいず井戸とは、螺旋状に地中に掘られた古代の井戸の遺跡である。
横田基地のフェンス脇の道を車で走りながら、この下にも見えない御獄(うたき)が
あると詩人は呟く。60年かけて想像力の世界で見えてきたと語る。
そしてまいまいず井戸を下りていくシーンになる。
この異世界への道程がこの映像の主題である。
詩人の生まれた奥多摩の大地を塞ぐ基地。
その下へと詩人の目は触っていくのだ。
今回初めて見た映像の中で印象深かったのは、「プール平」という一編である。
何も入っていない打ち捨てられたプールの廃墟を、詩人の目が徘徊する。
青い塗装の剥げた水のないプールの壁、底。そして亀裂。
私はその青に沖縄で見た豊平ヨシオさんの作品を思い出していた。
壁面一面に飾られた百余点の亀裂の入った青。
画家は空に亀裂を入れたという。
見るのではなく、ただただ眺めているのです。青い壁を前にしてそう語っていたのだ
。プール平というバス停もある大きなプールの廃墟。
その底で詩人はひたすら目の指先で触るように、映写する。
剥げたペンキの青が、底に壁に揺らいで映る。
沖縄の輝く青の空と海の色に、深い亀裂を刻んだ美術家の目と、この打ち捨てら
れたプールの廃墟とは何の関りも無いのだが、ふたりの目線は亀裂を追い、そこ
に深く開く視軸を保っている。
この青はなんなのか。昨日までの私のブルーは覚醒して、背筋を伸ばし自問する。
「鏡花フイルム」でも手提げ袋の青が、深い印象をもたらしていた。
「エッフェル塔(黄昏)」でも夕暮れの青い空気が印象的である。
吉増剛造は、目の指で触り、目の指で舞踏している。
そしてその指先は風景の奥の風景に触れる。
touch with eye。
青は藍になり、哀になり、時空を超えた愛のように今感じられる。
豊平ヨシオの沖縄報告を、吉増さんにもせねばならぬ。
あの南の島の、青い函の底に湛えられていた見えない哀の亀裂を。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」-27日(金)まで。am11時ーpm7時
*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-午後3時~
 入場料3000円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-03-26 12:36 | Comments(0)
2009年 03月 25日

漂流するー弥生・三月(21)

昨夜寝る前に濃い目のお茶を飲んだ所為か不眠。
眼が冴え頭の中を想念が漂流する。
寝不足気味で今朝は不調。
心閉じる時もある。心開く時もある。まして、人は人それぞれの時がある。
小林由佳展もあと三日。今週小林さんは、十勝の彼のもとへまっしぐら。
先週絵を描き終え、何かが弾けたのだろう。
本を開いたような、真中に折り目のある写真。水に映るモノクロームな風景。
そこからふっと思い立つように色彩が生まれ、漂い、開いた。
写真が自己凝視であるなら、絵は自己解放でもあったろうか。
彼の住む十勝へと揺れる心の振幅のまま、今固有の時間を作品は顕している。
マリッジブルーというのがあるのと、誰かが言った。
男に解らないものもある。
ただ人が閉じ、開くのを見る。
私は寝不足、不眠ブルー。
石田さん、岡部さんの心開く便りの後に、どこか疲れの澱(おり)が溜まっている。
日常の逆襲である。
こんな日は歩きたい。自転車でもいい。
昨日来た中嶋幸治さん情報では、まだエルムトンネルの上は雪で駄目。
両足上げて綱渡りのように乗ってみようか。
あそこさえ越えればあとは大丈夫。もう路面は黒々。
頭の疲れを身体の疲れに転化する。それが必要である。
円山の斜面も大分黒々と木々が見えてきた。
その黒い森にキタコブシの白が見え出し、地上に福寿草の黄色が腐れ雪の間か
ら顔を出すのも、もうすぐである。
スプリングブルー。春の前の変わり目。そうか、マリッジブルーもまたそんな憂鬱
か。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」-3月27日(金)まで。
 am11時ーpm7時
*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

       
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by kakiten | 2009-03-25 12:06 | Comments(0)
2009年 03月 24日

交信するー弥生・三月(20)

沖縄で知り合った岡部くんと交信する。
無事K大卒業とのこと。今写真部卒生展に出品という。
<沖縄の子どもたちに見出した哀しさを顕しました。
 次渋谷での写真展、テーマ は青です。
 僕の中で何か沖縄が続いています。・・次回は是非一献>
と書いてあった。
沖縄最後の夜山羊の料理屋で偶然会い、その後豊平ヨシオさんのご自宅まで
一緒に行き、たった一回の出会いだったが今はマイミクの友人である。
この友情には豊平さんの青に亀裂の百余点の作品が、深く媒介している。
あの哀切ともいえる亀裂は、けっして只の亀裂なんかではない。
あれは、入口ともいえるものである。
開かれた間(あいだ)、界(あいだ)、境(あいだ)なのだ。そう思う。
その入口を回路にして、友情がある。
夏、沖縄での再会を楽しみに今から旅費を貯めますという。
この間はレンタカーの運転で飲めなかったので、
<次回は是非一献>。
カナダ・トロントでの一年間の研修を終えた石田尚志さんから、連絡が来る。
3月始めカナダを立ち、台湾・沖縄香港を巡っていたという。
沖縄・豊平さんとの再会をカナダの石田さんに伝えた返事である。
かって石田さんが沖縄滞在中に、那覇空港で飛行機待ちの時吉増剛造さんに紹
介されて、私と石田さんの交流が始まった。沖縄は私と石田さんを結ぶ場である
。それ故私の初めての沖縄報告は、先ず石田さんへと思った。
<カナダを引き払った後中森さんを追いかけるように僕も沖縄にいました。
 間違いなくカナダでの生活の反動で、東京に戻る前にしっかりアジアについて
 もう一度考えたいという思いでした。>
この時知り合ったマレーシアの友人が今度さっぽろに来て住む予定という。
是非紹介したいという文面だった。カナダでの一年間の研修を終え南の島へ飛
んだ彼と、何日かのズレですれ違っていた訳で、その不思議さとその旅で知り
合った友人が、今度さっぽろに移住するという二重の不思議、縁を思う。
豊平さんのあの亀裂はやはり、引き裂く断絶の亀裂ではない。
入口なのだ。アイヌ語でいえば、イ・ぷッ、イ・ぱルである。
世界は新鮮な入口に満ちている。
亀裂を区別・差別・分断の境から、新鮮な入口へ。
それが、生きることの大きな励まし、勇気となる。
友情とはその入口に回路としてある水脈であり、花なのだ。
ふたりの友人からの交信は、そんな感慨を伝えてくれる。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」-3月17日(火)-27日(金)
 am11時ーpm7時
*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-03-24 11:46 | Comments(0)
2009年 03月 22日

望むー弥生・三月(19)

曇天。風強い日。午後から雨という。
地下鉄北18条を降り地上へと出ると、手稲山の山容がくっきりと眺められる。
手前にネオパラ山、奥に台状の迷い沢。
軍艦のような手稲の山頂に電波の送信塔が帆柱のように林立して見える。
熊谷榧(かや)さんたちと、山スキーで彷徨した事と思い出して歩く。
発寒川を遡るように沢沿いを登り、奥手稲山を目指した。
ここからはビルの陰で見えないけれど、さらに南にある百松沢登山もよかった。
晩秋の頃と冬山と二度登った。畳2枚程の南峰の頂上、そこからの景観が抜群
だった。札幌圏内がすべて見渡せた気がする。
我愛する奥三角山も足下に小さく見えた。
奥三角から見る百松沢山は、兄貴分のようだ。ともに狭い頂上で見通しがいい。
あの上でまたいつか汗まみれの下着を脱ぎ、上半身裸で昼寝をしたいなと、ふっ
と心乾くように思った。濡れた下着を枝に引っ掛け、乾かしながらその間仮眠する
快感を想った。夏だったろか、うとうとして目覚めると真上にトンビが輪を描いて飛
んでいる。ピーイピーイと鳴きながら。透明でいい時間。
冬の真っ白で真っ青な天地も透明な世界だ。山も樹も黒々と無言。
遠近法が消えて、存在が距離になる。遠くの山稜が迫り、等身大は消去する。
頭の中は真っ白になる。ひとり迷って下り登りを繰り返した。そこに遠くに人影。
稜線を降りてきた。その瞬間等身大の大きさが回復した。
先発したグループと逸れてひとり彷徨っていたのだ。”パン、パン、パン”と声を出し
私が担いでいたフランスパンをもぎ取るようにして、榧さんが近付き去っていった。
食いしん坊の榧さんは、お昼のフランスパンがない事に不満だったのだ。
人の身を案じていた訳ではない。何よりもフランスパンの遅れが問題だった。
初めての冬山登山、無意根山。今も時々思い出す。
山があり、川が流れ、野があり、人が住む。昔の人は「国敗れて、山河あり」と言っ
た。天下国家ではなく、人の住む小さな単位としての村の集合体の国である。
さっぽろを含めた石狩地方・石狩国のように見る国である。
西の連峰を源として形成されるゾーン、川たちの流域。その時空を愛している。
手稲山から発寒川、そして茨戸。それぞれの山たちから水脈を辿り、さっぽろの
身体に触れる。そこを国として、何を生むか。
曇天・風強い朝。手稲山の山容を望みながら、徒然(つれづれ)に思った事。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」-3月17日(火)-27日(金)
 am11時ーpm7時・月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2009-03-22 12:30 | Comments(0)
2009年 03月 21日

零(こぼ)れるー弥生・三月(18) 

さらに3点の絵ができる。最初に描かれた蜜柑のような赤、そして青。
そこから零(こぼ)れるように、縦20cm横30cmのアルミ板に
青が散って流れている。
さらにピンクの花びらが、縦27cm横36cmほどの紙に散っている作品。
そして縦60cm横20cmのキャンバスにうすい緑と黄色の菜の花のように
描かれた作品が出来る。
これら3点は、最初の赤い円と青から零れ出したものと思える。
水溜りに立ち、足靴と傘の中の頭部を写していたモノクロームな写真の立ち位置
から、赤と凝縮し青が流れ出し、黄・緑・桃が湧出してきたのは作家の心情である
。今日は透明なアクリル板を持参し描き始めている。
当初のモノクロームな水溜りの風景は、俄然色めく色彩の世界に変わってきた。
写真として対自化した心象は、個の内から外部化して今零れるように変化しつつ
ある。極めて女性性として開きつつあると思える。
それはあたかも冬の長門峡のモノクロームな世界にこぼれた<蜜柑のごとき夕陽
>の世界のようである。
無論中原中也とは縁遠い世界なのだが、<蜜柑のごとき>赤の存在、その一点
において私の連想を刺激するのだ。
無彩色の風景に赤を端緒にして拡がるなにか。その意味でである。
ひとりの人間の人生上において、その風景が変わる瞬間が記録されつつある。
写真展として出発した今回の個展が、このような変化を保つ事に批判もあろう。
しかしそれが、純粋な作家の内面から自然に零(こぼ)れだした行為である限り、
その批判は正確ではない。展覧会は、展示という一方通行だけの場ではない。
作家自身も作品を見る立場にあり、そこから享受する立場でもある。
作品という投げられた球は、もう作家の手を離れ宙にある。それはまた作家へと
投げ返されてくる存在だ。そこから感受性のキャッチボールは、第二段階の投球
へと入っていく。その行為が小林由佳さんの場合、絵という形で投じられているの
だ。十勝へ旅立つ前の揺れる心の必然たる表象である。
澄んだ風の寒さが、晴天の冷涼な青を刷く今日。
揺れて零(こぼ)れる心があるからだ。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」ー3月17日(火)-27日(日)
 am11時ーpm7時・月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円

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by kakiten | 2009-03-21 13:17 | Comments(0)
2009年 03月 20日

顕(あらわ)すー弥生・三月(17)

小林由佳さんが絵を仕上げる。
縦20cm横60cmの細長いリキテックスで描かれた絵画だ。
左端に真っ赤な夕陽のような円い赤。右側は青である。
吹き抜け上部の鴨居の位置に飾る。西側窓の下で夕陽が入る位置だ。
写真家はモノクロームの水溜りに映る揺れる心象を、赤と青の色彩の絵画に
置き換える。何かが動いている。
ジャンルの問題ではない。心の様相である。
場はトランス状態である。場を通して転換・変換していく。
展示することで作家も人も視座を転換し転位していく。
ギヤラリーという函は、閉じ蓋をするbox(箱)ではない。
溜まり、澱み、溢れる函なのだ。
さらに今日以降描き続けるという。何かが必要なのだ。
ただ過去の作品を展示するだけでは収まらない何かである。
ここでも十勝へ立つ前の心が表象されていくだろう。
そして今という人生上の大事な時間が刻印されていく。

沖縄の豊平ヨシオさんから夕刻電話の声が届く。
ブログ読んでますよ、グレン・グールドの事を書いてあったのが嬉しくて・・、と言う。
あれは音の彫刻ですよ。
さらに北を目指し、ロココ的な装飾を削ぎ落とし、モノクロームに単純化した音。
あれは音で削ぎ落とした彫刻なんです。
僕は、百点目を今日仕上げました。誰に見られなくてもいい、
ただ創っていくのです。そんな話だった。
あの美しい南の島に生きる人が北への憧れを、グレン・グールドに託してこんなにも
熱く語るとは思わなかった。
シンプルに生きること、装飾を削ぎ落とし、ひたすらにあること。
そこに北も南もなく、ただただ生きる事への純粋な心情が語られていた。
そう思う。
夏再び会いに行きますからと話し、電話を切った。
グレン・グールドにモノクロームな削ぎ落とした音の彫刻を見る南の人。
モノクロームな写真から色彩へと転換する、今十勝へ立たんとする人。
どちらもが素直な様態なのだ。
色彩溢れる夢のような南の空と海を脳裏に浮かべながら、
豊平さんの哀切な亀裂のある青の作品群を思い出している。
小林さんの蜜柑のような赤い円もまた、哀切な赤い亀裂であるのかも知れない。

さっぽろ・石狩・弥生・三月。
時折吹雪く今日である。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」-3月17日(火)-27日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*及川恒平フォークライブ「はざまの街にて」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円。

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by kakiten | 2009-03-20 12:21 | Comments(0)
2009年 03月 19日

擦(かす)れるー弥生・三月(16)

佐々木恒雄さんが譲ってくれたカセットデッキを繋げ、久し振りにテープの音を
聞く。ある時まで録音といえばカセット録音だった。多くの人の対談・鼎談が録音
されている。CD化が進み、これらのカセットは埃を浴び棚の片隅にある。
思い立って森田童子のカセットテープをかける。
CD音とは違う擦れたようなテープ音が、森田童子の声に合う。
透明な死を感じさせる声だ。挫折そしてふたりの道行き。
しばし、過ぎた時代の哀切で痛切な感情が甦る気がした。
モノクロームの、水溜りに映る影たちの写真のなか、テープの少し擦(かす)れて
響く透明な声が、気持ちを穴のように潜(くぐ)もらせていく。
時間が止り、垂直に沈む。
人足も絶え、静か。内向きに心が向いて澱む日。

熊谷榧(かや)さんから個展の案内状が届く。30Fの私を含めた3人の山スキー
の絵画はプレゼントすると書いてある。奥手稲山冬の登山時の絵画だ。
お預かりしたまま、お支払いをしていなかったのだ。
6年ほど連続して今頃個展を続け、ともによく冬山に登った。その際のスケッチを
元にした油彩が毎年会場を飾った。その仕事は後に「北海道の山を滑る」と題さ
れて一冊の画文集になっている。その中の一点が「オクテイネの登りで」と題さ
れた前述の油彩30号である。午後出発して翌日午前1時登頂の楽しくもきつい
冬山であった。リーダーの中川潤さんの余裕たっぷりの案内が、普通の倍以上
の行程にしたのだ。迷い沢を文字通り迷い、何度も別の沢に降り、また登るを繰
り返した。月明かりがこんなにも明るく感じられたのは初めての経験だった。
やっと到着した奥手稲小屋周りのエゾ松の逞しい黒い翳も忘れられない。
そして暖炉の焚火の暖かさ。
翌日は快晴で樹氷を口に頬張りながら快調に滑り降りた。
真っ白で、真っ青な天地が心地よかった。
この冬山体験を通して、さっぽろは私にとって冬もまた素敵な季節となった。
熊谷さんのお父さん、熊谷守一の単純な線の世界が、この冬山には現実のよう
にあり、その線のなかを娘の榧(かや)さんは、父の世界を逍遥するように楽しん
でいる。「モリはモリ、カヤはカヤ」という本は、榧さんの父への想いを記した本だ
が、私には榧さんの冬山が父の絵の世界のように思えたのだ。

過ぎた時が交錯するように、行きつ戻りつして、
カセットテープのように擦(こす)れていた。
そんな日。

*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」-3月17日(火)-27日(金)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
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by kakiten | 2009-03-19 12:27 | Comments(0)