「ほっ」と。キャンペーン

<   2009年 02月 ( 24 )   > この月の画像一覧


2009年 02月 28日

kamuyの島ー如月(きさらぎ)の夢(24)

神と魔が対立概念ではなく、共存し併存すること。
そんなkamuy(カムイ)の事を思っていた。
沖縄で見た御獄(うたき)と海・空の光景である。
アイヌ語でkamuiは:神。(古くは)魔。-知里真志保「地名アイヌ語小辞典」
例としてkamuiーwakka(カムイワッカ):もと’神の水’或は’魔の水’の義
・・・これは見たところ清冽そのものであるが有毒成分を含み・・多数中毒死した。
神と魔を同時に意味したもの、それがkamuiといえる。
沖縄の海・空の美しさと島を形成する珊瑚礁の奇岩が造る御獄は、
まさに私には沖縄のkamuiのように感じられた。
海の美しさ、そして奇岩の恐ろしさ。その圧倒的な自然の前で人はひれ伏し、
祈り、ただただ眺めるのである。
昨年7月、及川恒平さんの自主録音前のライブの夜突然入った豊平さんからの
電話。その咽ぶような声はその事を伝えていたように思う。
<たくさん作品があるんです。見るのではなく、ただ眺めているのです。・・
 沖縄は基地と観光ばかりです。・・・>
この時私は何かを直感するように今回の沖縄行きを決断したのだ。
初めての沖縄、今度は行かねばならない。
見ることではなく、眺めている。
その言葉の本当の意味を理解したのは、訪れた後の事である。
見るとは、沖縄の観光的視座の事でもある。
眺めるとは、沖縄の海・空・御獄の事である。
豊平ヨシオさんは、そのような作品をひたすら創っていたのだ。
それも様々な青の画面にひと筋、ふた筋と亀裂を切り込んだ
沁み入るような作品を百点以上も壁にひたすら空・海のように並べていたのだ。
初めてその前に立った多感なチQさんやK大生のOくんは言葉を失い、ただただ
思わず涙を流した。それは見るものではなく眺めるものとしてあったのだ。
沖縄で海と空の前に立ったとき、私は同じように見るのではなく、ただただ眺めて
いたのである。沖縄の御獄(うたき)も海もそのようにある。
観光の<見る>という行為と、風景の前に立ち<眺める>行為とは、心の位置が
相違する。観光は風景のブランド化であり、風景の自己目的化である。
沖縄は軍事基地と観光両面で侵略が続いている地である。
その哀しみは、ただひたすら恐れと畏敬と感嘆に満ちて<眺める>純粋な人の
謙虚さを、土足で踏み躙る傲慢さによってもたらされる哀しみでもある。
豊平さんの作品は、多くの悲劇を飲み込んできた海のように在る。
今も美しく輝く沖縄の海は、その内側に人間の哀しみをも同時に多く包み込んで
いる存在でもあるからだ。
その海の青のような作品を彼は創ろうとしている。そう思う。
海と空の美しさとその背後の無言の深い傷を表現しようとしている。
シンプルに、哀しく、深く。
そのような作品は、怒りや抗議といった直接的な動機を離れて、今ある断念・諦念
のようなものに支えられているに違いない。死を見詰めるに近いものである。いや
死というよりも、もっと自然そのものに近い<海の青>に近いものかも知れない。
さっぽろの白い雪を見ながら、今思うのはそのことである。
純粋な生と死の色のことである。
そうした先人たちの想い描いたkamuiのことである。
豊平さん、死ぬなよ。思う存分に画き切って下さい。
私はあるいは私たちは、そこに立ち会いたく思うのです。

*野上裕之展「i」-3月1日(日)まで。am11時pm7時
*佐々木恒雄展「本日ノ庭」-3月3日(火)-15日(日)
*小林由佳写真展「ソノサキニシルコト」-3月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-28 14:47 | Comments(0)
2009年 02月 27日

南の青と北の銀ー如月(きさらぎ)の夢(23)

帰札して1日目作家は素材の鉛の塊をすべて溶解させ、展示を完成する。
私が留守中に制作された作品は2階吹き抜けに飛び、
時に銀の亀裂のようにある。
仮設された壁に鉛を溶かした傷痕が、まるで御獄(うたき)のように黒々と
刻まれている。
鉛を流し込む押さえに使用した板は、取っ手を外し焼けた焦げ痕を正面に、
2階吹き抜け上部の壁に設置する。
下から上へと立体的な会場構成が出来上がった。
何回目かの訪問の中嶋幸治さんも来て、3人で会場に椅子を出し飲む。
M夫人からの棒ダラ鍋の差し入れがあったのだ。野上さんが鍋奉行を勤めた。
鍋を囲む前、電話が鳴る。Oだと言う。ふいに沖縄の最後の夜が甦った。
豊平さんの自宅に行く前、山羊料理の店で満員の店内に席を譲ってくれたK大生
のOくんだった。Oくんは今年H製作所に就職を決め、Sウイスキーに就職をする
同期のBくんとふたり沖縄に来ていたのだ。
その夜席が隣り合った事から、その後豊平さんの自宅まで同行し、翌日アトリエの
作品を見に行った報告の電話だった。
私が帰った日、豊平さんのアトリエを訪れた後にも一度電話したと言う。
ただひたすら眺めていましたという。そして一番気に入った亀裂の前に立ち見詰め
ているともう、止め処もなく涙が出て仕方がなかったと言う。
小さい時父を亡くし、それ以来感情を人前で出す事がなかった。
その押さえていた自分が全部出たのですと言う。
最後に未完の作品の板を割る亀裂の行為もさせて頂きましたと話す。
行き擦りのように会ったOくんだったが、私はその日の興奮覚めやらず沖縄に来て
この作品を見ずして帰るななどと彼等に語った事を思い出した。
その通り彼らは翌日豊平さんを再び訪ね、アトリエまで行ったのだ。
その興奮を伝えたい沢山の想いが電話の向こうから感じられた。
もっともっと沖縄に居たくなりましたと語る。千葉出身の彼にK大ーH製作所と続く
人生の既定のコースのなかで、何かが弾け蠢いていたのだ。
いつか夏の沖縄で再び豊平さんの作品を一緒に見ようと話して電話を切った。
若い彼らの心に観光ではない沖縄の何かが心の中で氾濫している。
青い海、青い空。そこに裂くように切り込まれた亀裂。
たったそれだけの深い哀(あい)。
作品の保つ純粋な深い存在が、一青年の心の遠い奥底の記憶を甦らせ涙さしたの
だ。鍋を囲みながら野上さんと中嶋さんにその電話の話を伝えた。
そして、いつかふたりも作品を見に行こうと話したのだ。
鉛の作品が夜の照明に光り、凍てついた外の路上の反射が空中を漂っていた。
さっぽろは冬。厳冬のモノクロームの世界だ。
しかし私には、心の哀(あい)が南の青と冬の銀とが呼応するように交錯している。
野上さん、豊平さん、哀(i)が繋がりましたね。

*野上裕之展「i」-3月1日(日)まで。am11時ーpm7時
*佐々木恒雄展「本日ノ庭」-3月3日(火)-15日(日)
*小林由佳展「ソノサキニシルコト」-3月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-27 13:40 | Comments(0)
2009年 02月 26日

沖縄二日目ー如月(きさらぎ)の夢(22)

沖縄二日目。朝豊平さんが車で迎えに来る。まず彼のアトリエに向かう。
どんどん坂を登り島の高台にあるその場所へ着く。プレハブのちょっとした工場の
ような建物で、中に入ると高さ3mほどの壁に黒い板に様々な青の作品が一面に
並べられている。一点が縦1m、横50cmほどである。これが、100点もあるだろ
うか。3点を縦にして横に壁30列以上である。青一色の様々な色のバリエーシヨ
ンが美しい。天井の半透明な屋根からは日の光が入り、青の色彩が光り、翳る。
縦長の作品の真ん中に亀裂が縦に入っている。その亀裂は一様ではなく青一色
の内側から捲れている。
言葉はなかった。ただただ空を、海を見るように眺めていた。
哀しみ、ふっとそんな言葉が浮かんでは消えた。
昨年7月豊平さんから電話を頂いた時、語っていた言葉を思い出した。
<作品が沢山あるんですよ。見るのではなく、眺めているのです。。>
そうだ、見るのではない。ただただ眺めるのだ。
海や空を見るとき、人は見るのではなく、ただただ眺めるのだ。
18年ぶりに会った豊平さんの純粋な突き詰めた極点を思った。
以前に見た米軍キャンプのテント地や廃材を使った、のた打ち回るような格闘は
消え、澄んだ哀しみだけが空のように、海のようにある。
この後案内して頂いたアトリエ近くの丘の上から見た青い海。
その色が正にこの青だった。
この島ではいつも海がある。圧倒的に海があるのだ。
そしてその海の色の多彩さは北の石狩にはないものである。
積丹の冷たい青とも違う。浅瀬から広がる海の色。そして空。
もう未知の鮮やかな赤い花が咲いていた。ウグイスがしっかりと鳴いていた。
幾重もの青い層の海・空、木々の緑、花、鳥。ここは夢の国である。
私はある危惧を感じていた。此処にいてはいけない。私が駄目になる。
そんな危惧を感じていた。近くにコンクリートで補強された御獄(うたき)があった。
この島特有の珊瑚礁質の岩が奇岩となってあの世の入口のように口を空けてい
る。沖縄の信仰の場である。その案内板に他の御獄の場も記されている。
その中に中森御獄の表示があった。ナカモリとは読まず、ナカムイと読むという。
不思議な廻り合せを思った。
豊平さんのアトリエを後にして午後から御獄廻りをする。
圧巻は世界遺産にも指定されている斎場御獄(せーふあうたき)だった。
巨岩、奇岩の山中に最後遠く久高島を望む場処がある。
ここでも海が主役である。久高島の向こうに日が昇るという。ニライカナイである。
海の青、夜明けの陽光。そして奇岩の御獄(うたき)。
青は沖縄で死の色という。純粋な死の色と純粋な生、太陽の赤。
生と死の純粋に一致する場処。それがこの南の島だ。そう思った。
そして豊平さんの絵を思った。あの作品はその死の純粋な哀しみの色と亀裂で
ある。美しい海が圧倒的に存在する処。
そこに珊瑚礁の死骸の山が陸になり多孔質の奇岩が死のようにある。
そのふたつのものが同時に併存する。生と死、美と醜が対立せず、最も美しく
同時にある。
夜山羊の料理をご馳走になった後、豊平さんの自宅に行く。
そこは現代の御獄と思った。夜の庭の鬱蒼たる南の植物。
そして洞のようなご自宅。遅く宿に帰り思ったのだ。
この路地裏の二段ベットの宿泊所もまた、現代の御獄かも知れないと。
都会の片隅のむせ返る湿気の洞窟である。
下の酒場のマスターは札幌出身と言った。札幌の何処と聞いたら、中央区と答え
た。中央区の何処と聞いたら、伏見と答えた。
美しいこの島には、その美しさに人が集(たか)るように集る。この界隈の廃屋には
沖縄圏外からの人が多く営業しているという。
美しい風景に集る観光・商業施設。そして現代の御獄(うたき)。
自然との違いはそこに美と醜が美しく併存しないということだ。美に集(たか)る醜し
かない事だ。
帰りのモノレールで寝不足の為か切符を無くした。駅の人に事情を話すと優しくいい
ですよ、今度ねと言ってくれた。その顔、目は正に沖縄の人特有のものだった。
少し奥目の濃い顔だ。そしてその優しさには、哀しみの深さがあった。
豊平さん、あなたの絵の青い亀裂。それもまた私にはそう感じられたのです。
見る(観光)のではなく、ただ眺めるのです。
沖縄の海・空・御獄(うたき)の奇岩。それらはまさにそのように存在しました。
さっぽろ帰札。零下のモノクロームの世界が広がる。鉛の野上作品が恋しかった。
北の新聞には流氷の固まりの記事が載っている。
沖縄2月夏日続くとTVが伝えている。
今度は沖縄の夏に行こうと思う。いちばん厳しい季節に行かなくてはと思う。
さっぽろの冬を逃げないように、沖縄の夏を避けてはなるまい。
そして豊平さんの作品の完成に立ち会おうと思う。

*野上裕之展「i」-3月1日(日)まで。
*佐々木恒雄展「本日ノ庭」-3月3日(火)-15日(日)
 :14日(土)は作家結婚式で休廊
*小林由佳展「ソノサキニシルコト」-3月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-26 14:45 | Comments(2)
2009年 02月 26日

沖縄の初日ー如月(きさらぎ)の夢(21)

月曜日の朝さっぽろを発つ。一緒に行く予定の中川潤さんが来ない。
ぎりぎりまで待ち千歳へと向かう。スカイマークの搭乗口でもぎりぎりまで待つが
来ない。ネット予約の券なので私がふたり分を持っている。飛行機に乗ると客室
乗務員の人が、中川敏夫さんですかと言う。中川潤さんと間違えているようだ。
券を渡す。本人からの空港会社への問い合わせがあったようだ。
もう間に合わず飛行機は出発した。羽田で乗り換え那覇行きに乗る。
席に着くと最後の方に乗ってくる人の顔に見覚えがある。中川さんだ。
よく間に合ったなあと感心する。那覇に着いてから話すと、札幌駅では東口で待
っていたと言う。私は西口で待っていた。千歳空港でもタッチの差だったらしい。
全日空に乗り、スカイマークの沖縄便に間に合わせたと言う。
予約番号を控えていてそれが役に立ったのだ。
スカイマークをスカイメートと間違え、予約振込みでコンビニで右往左往したり、
とにかくスカイメート珍コンビは問題が多い。まあそれでもとにかくふたり揃って
なんとか沖縄へは一緒に着いたのだ。
空港からモノレールに乗り、県庁前で降り、コクサイドオリを抜け路地裏の今日の
宿へ入る。一泊1500円の格安な宿だが二段ベット5組の2階の部屋で、湿度が
高い。下はスタジオのようながらんとした大きな暗いホールで飲み屋になっている
。夜豊平ヨシオさんが駆けつけてくれる。オリオンビールで乾杯だ。
暑い。さっぽろ出発時は-7度。こちらは、+27度である。皮膚感覚ではもっと
あると思える。半日かけて着き、お酒も回って酔いが濃くなる。
野上さんの鉛の仕事、チQさんと佐々木さんのふたり展とか色んな話を報告がて
ら豊平さんにした。明日の再会を約して夜半遅く別れる。
2階の上段ベットにもぐりこみ汗だらけで眠れぬ夜だった。
翌朝9時ころ豊平さんが迎えに来る。この日も朝から暑い。
[PR]

by kakiten | 2009-02-26 12:54 | Comments(0)
2009年 02月 22日

光る朝ー如月(きさらぎ)の夢(20)

雪・曇天が晴れて、光が美しい。
光る朝。
昨日制作された鉛の造型が、窓上の壁に天女のように飛んでいる。
多分お酒好きと思われる人が、キリンのマークみたいと、言った。
そういえばそうも見える。
窓口の氷柱、吹雪に吹き付けられた窓ガラスの白い影。
ここも絵になる。
夕方一段落してから、会場に椅子を出し、野上さんと飲む。
色んな話をした。
ひとつの型から様々な形の変容。板に焼け焦げた鉛の熱の痕。
そしてそこから生まれた銀色の鈍い光の造型たち。
吹き抜け2階上に向かって、梢のように広がる。
尾道で定住する事を決意した青年の心のように、
ひとつの集中する行為が開かれて、今がある。
生きる事の根と、作品表現の根が素直にある。
野上ランドだなあと思った。
あと一週間でさらにこの空間は、彼のさっぽろ、
彼の想いのランドとなっていくだろう。
そうしてここを立つ。それでいい。
心の拠点としてそれがあれば、もう何処へ行ってもいい。
自分なりの自分であり得る。そう思うのだ。
地理・時間・その境を自由に行き来する心の軸心があればいい。
俺は俺だからと思うがいい。
冬の朝。その光のように新鮮に世界と触れる。
明日私も沖縄へ行く。
留守を野上さんに頼んで、遠い友人彫刻家豊平ヨシオさんに会いに行く。
18年ぶりの再会である。
南の島沖縄で生きる人に、北の島石狩・さっぽろを心に抱いて会いに行く。
それが自分の軸心だから。
そんな風にいつか、広島で生きる野上さんにも会いに行くだろう。
昨夜のふたりの話は、そこで終ったのだ。

*野上裕之展「i」-2月17日(火)-22日(日):24日(火)-3月1日(日)
 am11時ーpm7時月曜定休・休廊
*佐々木恒雄展ー3月3日(火)-15日(日):網走帰郷前最後の個展。
 :14日(土)は作家結婚式の為臨時に休廊致します。
*小林由佳写真展「ソノサキニシルコト」-3月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-22 12:30 | Comments(0)
2009年 02月 21日

吹雪く朝ー如月(きさらぎ)の夢(19)

家を出ると視界5メートルほど。雪、風。宅急便の車が故障して道を塞いでいる。
しかし意外と歩きやすいのだ。路面は雪で滑らない。除雪車の跡の方が滑る。
雪は豊かだ。風景を変え、人を体の軸に変える。
難儀もある。雪の圧力と戦わければならないから。
テンポラリーに着くと、鉛の造型が壁から梁へと拡がり鈍い銀色を放っている。
型抜きの木板には焼けた鉛の痕跡が、茶褐色に木の梢、根のように広がって
、その下には垂れ落ちた鉛の雫が、鍾乳石のように重なっている。
吹雪の白い光、鉛の銀古色が壁と梁を覆い、窓の氷柱とともに一体化している。
野上裕之展5日目。
日々作品が増え、外界の風景と語らいながら世界が出来ている。
ふっと思い立ってバッハ無伴奏バイオリンソナタ、アルテユール・グリュミオーを
かける。久し振りに聞く透徹したグリュミオーの音色。
冬の寒さの中で聞き込んだ遠い昔を想い出す。
グレン・グールドのバッハばかりを聞いていた時、薦めてくれた友人がいた。
そして聞いて惚れ込んだ。遠い都から帰省して間もなくの頃だった。
冬を感じていた。遠い都にない北の冬の冷たく張り詰めた空気を感じていた。
ナイフのように孤独と苛立ちを押し殺していた時に、グリュミオーのバイオリンの
音色は、その胸のほとぼりを深く冷ましてくれた気がした。
熱く煮えたぎった鉛の冷めた表象を見ながら、そんな時を想い出している。
もしあの時あの時間を形にすることが出来るなら、
それはきっとこんな形なのだ。そう思った。
廻り来る時間。何も変わってはいないが、時間の軸はきっともっと深いのだ。
自分に出会っている。過去と今を×の形で出会っている。
>ではない。<でもない。クロスして会っている。
野上さん、ぼくら、きっと、さっぽろマイラブと呟いている。
作品がそう教えてくれる。そういう時間を今空間が創っている。
与件としてある時間とは違う時間なのだ。
吹きつける風・雪。戸の隙間に白い翳が出来ている。
その翳に光と闇が混ざって形がある。
そして火と鉛の冷めた形も白い雪の翳も、その相違を超えて交錯している。
過去と現在の時間の交錯もまた同じだ。
会場は交叉する×空間となって今、時と四つに組んで重なっている。

*野上裕之展「i」-2月17日(火)-22日(日)公開制作
 24日(火)-3月1日(日)展示。am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-21 12:56 | Comments(0)
2009年 02月 20日

地下画廊へー如月(きさらぎ)の夢(18)

閉廊後千葉有造展を見に行く。彼は野上さんの親友である。
ふたりが学生の頃旧テンポラリーで二人展をしている。
その後千葉さんがテンポラリーで個展をして以来の札幌の個展だ。
今回それぞれの個展が重なり、千葉有造展は今週までなので行ける時に行こ
うと野上さん、会場に来ていた中嶋幸治さんも誘い3人で出かけた。
中嶋さんは仕事が早く終ったので夕方から会場にいて、野上さんとは初対面なが
ら気が合うのか、作品が好きなのか、両方だろうけれど色んな話を重ねていた。
野上さんが札幌を出た年齢と中嶋さんが弘前を出た年齢が近かった事も共感を
したようだ。写真家のM夫人が、魚の煮付けとお握り、ワインを差し入れてくれた。
3人で久し振りの家庭料理に舌鼓を打ち、お酒を飲む。絶妙の味付けでお酒が進
んだ。さらに野上さんの母上が届けてくれた大きな鳥のブロイラーをアルミホイル
で包み、ストーブの上で暖め直した。これがまた絶妙な焼き加減で、中嶋さんの
鍋奉行ならぬ炙り奉行の腕が光る。そんないい気持ちで大通りにある地下画廊に
向かう。会場には千葉さんが待っていた。早速作品を拝見する。
デザイン性の高い作品である。売却も目的としていると言う。オフイスの応接室とか
に洒落たインテリアとして置くものといえる。
野上さんの方向性とは大分違う。勿論野上さんの作品もそうした面がない訳では
ないが、それ自体は目的にしていない。創る事と生きる事が濃い関係にある。
その結果が作品となって顕われる。創る過程も含めての展覧会である。
千葉さんの作品展は、出来たものを展示する方が主眼である。見る者と作家の共
有性は、どちらかというと一方通行になる。拝見するということだ。
ビールを奢ってくれたが、なにか落ち着かない。作品を通して自由に話が広がらな
い。ビルの地下2階という閉鎖空間もある。横に喫茶室兼バーもあるようだが、そこ
はそこで声高に喋る人たちがたむろしていて、個展そのものとは関係ないのだ。
作品に囲まれて自然と飲みたい、そう思った。
隣室では女性のヌード写真の展覧会があり、これはこれでまた別世界である。
壁向こうのバー、隣の別展示とそれぞれ異質な空間に囲まれて、千葉さんの会場
で立ち飲みしていたが疲れたので先に失礼した。
私はやはりこうしたビル地下の閉塞空間は苦手である。閉じたサロン的雰囲気には
馴染めないのだ。常時一日中照明だけの暗闇を思うからである。外部を遮断した空
間なのだ。地下を抜け外気を吸い、近くでお蕎麦を食べひとり帰った。

*野上裕之展「i」ー2月17日(火)-3月1日(日)am11時ーpm7時
 (月曜定休・休廊)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-20 13:25 | Comments(0)
2009年 02月 19日

さっぽろ・マイラブー如月(きさらぎ)の夢(17)

尾道に住む野上裕之さんは、札幌の出身である。
今回の個展をひとつの区切りに、広島に就職し定住することを決意するという。
今迄の滞在型の居住ではなく、本気で住み着くというのだ。
男30にして立つ。そういう時期なのかも知れない。
その意味でも、今回の個展が彼の20代の集大成、ひとつの節目となる。
今朝は冷え込みながらもきりっと晴れて、白い光が廊内を満たす。
出来たての鉛の作品が冬の陽光に映え美しい。
さっぽろ、マイラブ。
野上さんの会場の日々の刻印が、そう語っているように思えた。
界川湧き水の珈琲を淹れる。
さっぽろの水だぜ、と話し掛ける。
気持ちのいい日ですね、と野上さんが言う。今日は外の鉄枠に作品を飾ります。
光が綺麗なのでそうしたいという。
地に雪、空に光。白い天地に火に刻印された鉛の銀が這う。
いいね、と応えてふたりで美味い珈琲をごくりと飲んだ。
今日も一日、いい仕事が続くだろう。
さっぽろ、マイラブ。
野上さん、心置きなく心の痕跡を残してください。

*野上裕之展「i」-2月17日(火)-22日(日)・24日(火)-3月1日(日)
 am11時ーpm7時月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-19 11:50 | Comments(0)
2009年 02月 18日

野上裕之展始まるー如月(きさらぎ)の夢(16)

野上裕之展が始まった。横幅3メートル縦幅1・6メートルの板を正面に吊り、
高さ2メートル程巾45センチの板を重ね、その間に溶かした鉛を流し込む。
するとこの巨大な鯛焼きのような装置から、鉛の造型が出来上がる。
重ねた板を取り外すと、地の板には焼け跡が残り、
その部分の模様が壁画のようになる。
剥した鉛の造型は、その都度左側の壁に展示され鉛色のオブジェとして、飾ら
れている。その繰り返しが何度も続けられて、会場に空間が出来上がってくる。
会期中この行為が続けられどんどん作品が増えていく。
型となる板自体が焼き痕を深くしていき、鉛の作品自体も次第にその厚さを増し、
より立体的なものとなっていく。
また地の板の焦げ目も重なり、移動する事で不思議な紋様を壁に形づくってい
く。2004年に展示した作品のさらなる進化、規模を大きくした展示行為である。
これは、野上さんの今までの作品のある集大成と思える。
会期中作品は増殖し続け、最終日まで続くこととなる。
先週までの花の壁とは違い、鉛の融け木を焦がす匂いが立ち込めている。
汗臭く労働の匂いがする。
偶然とはいえこのふたつの壁の位相は、ともに壁が遮断し区別するものとして存在
せず、壁自体が新たな世界の入口として存在している事だ。
日々花で埋められる事で変容した壁、日々溶かした鉛を流れ込まれる事で痕跡
を形にしていく壁。一方私たちの日常にある意識の壁、現実の様々な区別の壁。
それらは、区別・差別・分断の壁として社会的に存在するものである。
国家・人種・性別・貧富に留まらず、日常の私の意識のなかにも忍び込んでいる。
携帯電話という密室、地下鉄やエレベーターという移動の密室。車という密室。
そこには意識の遮断という<彼我>の密室の壁がある。
表現者は、そこをそれぞれの立ち位置それぞれの表現領域から<私・我>に
閉じる意識の壁を個として開こうとする者と私は思う。
現代の多くの局面に存在する閉じる壁ではなく、開かれるようとする新鮮な壁なの
だ。素材は異なりながらも、ふたりの表現者が試みている事は、その壁の位相の
転換であると私は思う。

*野上裕之展「i」-2月17日(火)-22日(日)am11時ーpm7時
 第二期2月24日(火)-3月1日(日)月曜定休・休廊
*佐々木恒雄展ー3月3日(火)-15日(日)
*小林由佳展「ソノサキニシルコト」ー3月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-18 15:19 | Comments(0)
2009年 02月 17日

花の毒ー如月(きさらぎ)の夢(15)

佐藤義光展最終日、訪れる人が絶えない。バレンタインと重なった事もあり、
チョコレートが山のように積まれていた。お祝いとバレンタインとちらがどっちか。
それだけ女性が多いという事。一日に3回も来ていた近隣の奥さまもいた。
花は美しく、毒もある。女性も個々には可愛らしいが、類を為すと毒を持つ。
私は義理でも本命でもなく、某氏と某君のそれぞれの彼女からチョコレートを頂
いた。誠に微妙なる位置である。う~む。
見事な花壁の完成をもって、佐藤義光初個展は盛況の内に終る。
ガラスキャンドル・灯かりの個展に続き花個展と、ある面で華やかで妖しい空気
が満ちた3週間。そして今日から、野上裕之さんのストイックな木の彫刻の壁展
が始まる。昨夜から彼は会場に徹夜で、制作・設置を今も続けている。
イケ面の野上さんだが、花や灯かりのような素材の華やかさはないので、またこ
こ本来の静かな空間に戻る事だろう。
私は昨日野上さんの展示に顔を出そうと思っていたが、花の毒にやられたのか
一日家でぼんやりTVを見ていた。TVといえば、土曜日夜の「音楽バカ」という番
組を何気なく見ていたら、何と見知った顔が出てきた。某コンビニ協賛の新しい歌
コンビデビューのキャンペーンで、札幌駅前でCD予約の為歌手が客を待つという
設定だった。時間過ぎても誰も来ず、落ち込んでいるふたりの前にひとりの客が
現れる。なんとその客が、Mちゃんだったのだ。TVのカメラは大喜びで彼女をアッ
プする。スタジオでは、司会のふたりが、これはいい娘ですねえと誉める。
素朴で真面目そうな彼女は時折ハミングしながら、たったひとりの客を前に喜んで
唄う歌手たちの前に立っていた。Mちゃん、こんなにアップでTVに映るなんてそう
ないぜ。翌日電話を入れる。”もしもし音楽バカですが・・・”しばし無言。”え~N森
さん、TVなんか見るんですか?、”私、TVっ子です、意外ですか・・。
この3月全国○ーソンで発売されるCDのタイトルは、悲しみのポリバケツとかい
う昭和歌謡調の酒井ヒロシさん好みの曲である。先日のヒロシライブにMちゃん
も来ていたので、ヒロシの昭和節が影響したのかも知れない。
そういえばこの前、酒井さんのブログ読んで笑いが止らなかったと言っていた。
女泣かせのヒロシ、笑わせるヒロシ。歌と文ではモテモテだ。
ご報告です。

*野上裕之展「i」-2月17日(火)-22日(日)am11時ーpm7時
  同上ー2月24日(火)-3月1日(日)am11時ーpm7時(月曜定休・休廊)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2009-02-17 10:46 | Comments(0)