テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ

<   2008年 03月 ( 26 )   > この月の画像一覧


2008年 03月 30日

石狩國札幌-ランドとしての石狩(8)

片付けていると、以前自宅引越しの際の古いファイルが出てきた。明治32年の
祖父の覚書綴りだ。<北海道石狩國札幌南壱條西四丁目>と毛筆で記されて
いる。これが大正時代の葉書では、宛先が<札幌区南二西四>になっている。
昭和五年の広告では、今と変わらず札幌市南二条西四丁目の表記だ。中央区
は無論ない。ただ括弧して(停車場通り)とある。電話番号も一・二六七番とシン
プルだ。停車場通りという呼び方に、昭和の初期の音感が、汽笛の音や<ゆや
~ん、ゆよよ~ん>と中原中也のサーカスの音色が聞えてくるようだ。昭和の後
半父母の時代は駅前通りが主たる呼び方で、私の時代は四番街が普通になる。
祖父の時代には、停車場通りと本府地区があのあたりの界隈の呼び方である。
道庁を中心として、西は19丁目までが本府である。その向こうは円山村であった
。南は中島公園、東は創成川、北は停車場あたりまでが本府であろうか。この中
央直轄の区域の周りは、村である。従って本府の商店街は基本的に御用商店街
であり、それだけ役人とその家族も多かったのだろう。古い街路図を見ると、道庁
の周りは<官>と記された家が囲んでいる。大通りは公園ではなく、防火線となっ
ている。薄野や商店街、民家からの火事を防ぐ為のものである。事実大きな火事
が多かったようだ。祖父が札幌へ来た年も、札幌は大火の後だったと聞いた事が
ある。一緒に来たもう一人の連れは、小樽から峠を越えてその大火を見て、もう止
めたと引返したと聞く。祖父は決心してその焼け跡の札幌に入った。<燃える街角
・器の浪漫>。私の脳裏にはその祖父の姿があって、見えない焔に包まれた焼け
跡のさっぽろが、今もイメージにはあるのだった。石狩國という呼び名を、図らずも
古い資料に発見して身体としての石狩國を今、ランドとして想う。
片付けは、こうしてゆっくりと祖父と私の遠い間(あいだ)を交感しながら進んでいく。

*「大野一雄と吉増剛造ー境・界としての石狩」展ー30日まで。
*及川恒平ソロコンサート「Re Song」-4月5日(土)午後6時~
 入場料3000円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-30 13:13 | Comments(0)
2008年 03月 29日

片付けるということーランドとしての石狩(6)

寒の戻り。
朝、目玉焼き。ホロコースト。効率からくる命のモノ化。
片付ける事ひとつにも、極限がある。
捨てようとしたモノに、もう一度目を通す。
捨ててはいけないものが、あった。
もういい、ゆっくりやる。
効率が、モノ化を生む。
量数にパックする。
チラシ一枚のディテールに
時の雫(しずく)
朝・目玉焼き。食欲減退スル。

もういい。
ゆっくりやる。


*「大野一雄と吉増剛造ー境・界としての石狩」展ー30日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*及川恒平ソロコンサート「ReーSong」-4月5日(土)午後6時~
  入場料3000円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-29 11:13 | Comments(0)
2008年 03月 28日

多想多忙ーランドとしての石狩(5)

棚が出来て整理しだすとすぐ手が止る。曰く因縁あってここにこうして残っている
。だから、その記憶が甦る。忘れていたものが出てくる。そして、ぴたりと手が止
る。これはどこに纏めるか。そのうち疲れてくる。ディテールが重い。雑誌一冊、
チラシ一枚にも、その時捨てなかった理由がある。それが記憶に、甦るのだ。
女々しく時間だけが過ぎて、さっぱり片付かない。女性の方がこういう時は凛々し
いな。さっさと片付けている姿が浮かぶ。男は現(うつつ)を何時までも彷徨う。な
んて講釈しているから、また進まないのだ。多想・多忙。系統立てて整理するの
を一時放棄する。物として先ず片付ける。それから、追々テーマ毎に分類しよう、
そう決めた。♪想い出ボロボロ~。

*「大野一雄と吉増剛造ー境・界としての石狩」展ー30日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*及川恒平ソロコンサート「ReーSong」-4月5日(土)午後6時~入場料3000
 円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-28 11:58 | Comments(0)
2008年 03月 27日

な・ン・のルーム完成ーランドとしての石狩(4)

2階資料室棚が出来る。N君が半日かけて作ってくれた。祝いにふたりで乾杯。
その後自転車で蕎麦屋に行く。山形の板蕎麦でまた乾杯。お店のお姉さんが勘
違いしてお蕎麦がひとつだけ。つゆ入れはふたつ。ふたりでひとつと思ったらしい
。先にN君に食べてもらい追加する。どうしてひとつのお蕎麦をふたりで食べるの
。顔見てよ。まあ量の多い蕎麦屋ではあるが・・。レジデンスの報告発表を終え、
尾道に帰る前こうしてN君が棚を作ってくれた事に感謝する。なンのルームと命
名したのも彼と私の頭文字をとっての事だ。お蕎麦の遅れもあり少し酔ってもい
たので、夜の村岸宏昭作品集の打ち合わせには出られず失礼する。今日の酒井
さんのブログを読むと誰かの原稿にに不満があり、怒り心頭の感じだ。まあ今回
、出れなくて良かったのかも知れない。誰の文かは大体想像つく。1年半も過ぎれ
ば、死の直後に即反応しただけの薄さ、浅さは時間とともにメッキが剥げてくる。
死と生を結ぶ境・界が、時間の経過とともにファックスの感光紙のようにぼやけて
くる。プラスチックの漆塗りのように最初だけが良くて、時間が経つとペラペラにな
る。<あいだ>という熟成の土壌がないからだ。今という現在を、薄っぺらな過去
への排水口のように消費して、現在に過去と未来を蓄えない。現在という今から、
過去と未来に相渉る、淵のような豊かさを保たない。もうただの過去、今の自分ば
かりが表に出て、区別・差別・分断の境だけが露出してくる。生者の傲慢が地とし
て露出してくるのは、もう分りきっているのだ。死者に対してだけではない。色んな
差別・区別の境から、人も世も一見ソフトに見下し分類していくだろう。死者すら権
威のアクセサリーに過ぎない。ほんとうの境・界(さかい)を保たないこうした輩は物
流の回路と同じ、速度と量数を主軸にしているから、本当は芸術・文化ではなく、Y
電気かB電気の住人と思えばいいのだ。大そうな助成金を使って外国などへレジデ
ンスする位なら、真面目にY、B電気に滞在して、遊びながら自らに対峙するものを
見極めた方がいい。秋葉原のような新たな文化が生まれるかも知れない。妙に芸
術などで自己防御するな。妙に外国や田舎にアウトドアー的に、滞在するな。もつ
と際(きわ)に立ち、己を追いつめろ。自と他、同と異の狭間に立て。その狭間を最
初から線引きした痩せた境・界にするな。そう思う。
痩せたサカイ、うん?太ったサカイもいたな?ごめん、ゴメンね、ヒロシ~♪

*「大野一雄・吉増剛造ー境・界としての石狩」展ー30日(日)まで。
*及川恒平ソロコンサート「ReーSong」-4月5日(土)午後6時~入場料3000
 円。予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-27 11:52 | Comments(0)
2008年 03月 26日

むらむらするーランドとしての石狩(3)

摂氏10度以上が今日も続けば、観測史上3月では初という事らしい。まだまだ、
残雪があってそれは体の中にもある。しかし、皮膚的にはざわざわ、むらむら。
昨日自転車に乗ってから、もう体が喜んでいるのが分かる。朝、あの佛頂面の
地下鉄に乗らなくていい喜びを、体が歌っている。背後からカッカ、カッカと靴音
に追い立てられる不愉快もないからだ。階段の上り下りで段抜きで追い越し、見
返す変な復讐もしなくていい。なにか闘争心というか、競争心を煽られ、むきにな
る。そんなことだから、自転車に乗っても犬に追いかけられるのかとも思う。
今日はN君が2階の資料室の棚を作ってくれる。それに備えて本、資料を整理す
る。出てくる、出てくる、挟んであった時々の資料が。暫し、頭の中でその時の状
況が駈け巡る。これにかまけていると、整理が進まないのだ。とにかく大工仕事
がしやすいように、片付ける。電話がくる。別れた男との話し合いの相談。犬も食
わない何とかでしょう。時の氏神にも限界がある。想う気持ちは分かる。大事にし
て欲しい。しかし相手は相手の事情があるだろう。自ずと開かれる時には開かれ
る。押し付けては逆効果。想う気持ちに耐える。keep。お花だって350日は花なし
よ。花の15日はその耐えた根と茎の時間にある。そう諭す。でも一度過激になっ
た心は止らない。入口見つけて噴出しようとする。相手のことも、相談相手ももう、
目に入らなくなる。私が、私が、そうなのよ、とばかり気が急く。愛とは何なのか。
時にエゴである。しかし、真に他者を想うという事は結果を急ぐ事ではない筈だ。
<あいだ>の時間をもっと熟するように。現在とは、過去と未来のあいだ。その
あいだ、境・界(さかい)を保つことが現在だ。未来は刻々と過去へと繰り込まれる
。その<あいだ>の刻々が現在だ。胃腸・大腸・小腸の時間。口とお尻だけで急ぐ
なっていうの。

*「大野一雄・吉増剛造ー境・界としての石狩」展ー30日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*及川恒平ソロコンサート「ReーSong」-4月5日(土)午後6時~入場料3000
 円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-26 13:44 | Comments(0)
2008年 03月 25日

春泥の匂いーランドとしての石狩(2)

冬の間錆びついた自転車を修理する。今年初めて乗る。エルムトンネルの上は
まだ、雪の丘が残っていた。それでも融けた細い道を走る。雪融け、春泥の匂い
がする。乾いた路面と雪の境を走る。身体が、際(きわ)を感じている。inter-だ
とふっと思い、inter‐national、国際的という<際>の字を思い出していた。グロ
ーバルとの違い。際(きわ)がない。globalー球形の、世界的な。際(きわ)がない
。自転車には身体の際がある。地下鉄には際(きわ)がない。今あまりインターナ
シヨナルという言葉を使わない。グローバルという言い方の方が多い。物流・情報
の回路の飛躍的発達がそうさせたのだろう。でも、interー(あいだ)を消却してい
いのだろうか。nation(国)が消え際(きわ)が消えると、基のnative、natureも消
える。かって”国敗れて、山河あり”と言った。今は山河も消え、国も消える。国家
という国ではなく、ランドという国も消える。global-球形の、球状の。まあるいも
のには境・界の解放がない。まあ~るく、すべて閉じる。円い、まぁ~るいパック。
プラスチックの透明なカプセルみたいだ。そんなゲームのおもちゃがあった。閉じ
ているのに中だけは見える。見えるけど触(さわ)れない。欲望だけが増幅する。
視覚の欲望が増幅する。欲望という名の難民。際(きわ)を喪失して漂っている。
春泥の匂いのなか、自転車をこぎながら体は、全身で際(きわ)を感じている。
空気、風、光、温度、音、そして匂い。散歩中の犬とすれ違う。狭い道幅。飼い主
がロープを引っ張り犬を制御する。犬フェロモン危うし。
これは瀬戸際というやつ。お犬様にあまり好かれるのもねえ。身体が動物的にな
ると、際(きわ)から発するものがある。際どいのです。引き際かもしれない。
段々オジンギヤグになってきた。久し振りの自転車40分。疲れがでたか・・。

*「大野一雄と吉増剛造ー境・界としての石狩」展ー30日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*及川恒平ソロコンサート「ReーSong」-4月5日(土)午後6時~入場料3000
 円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-25 12:34 | Comments(0)
2008年 03月 23日

大木裕之の「オカクレ」-ランドとしての石狩(1)

ヴィデオとDVDが見れるようになり、合間に何本か見る。やはり、ヴィデオが多い
。前のスペース閉店時のSTVとHBCのニュース番組録画。古館賢治、有本紀さ
んのラストコンサート。高臣大介さんのラスト展覧会。それぞれが閉店を惜しむ取
材で、多くの人たちが語り集まる会場風景が流れていた。ニュース番組なので、5
分にも満たない映像だが取材は半日だった。夕暮れの青い空気と人の熱気が、あ
の建物の存在感を高めていた。傑作は、その2年前に撮影された大木裕之さんの
映像作品「オカクレ」(30分)である。9月に父上を亡くされ、その追悼が基層低音
にあるこの作品は、旧テンポラリースペースとその建物、西28丁目界隈を主たる
背景に構成されている。よく行った居酒屋や花器店のカウンター。そこに集まる人
たち、そしてライブ。もう4年強前の11月の一週間の日々である。大木さんの手持
ちのカメラワークは、時に彩に満ちて、晩秋の澄んだ空気を故人へのさり気ない想
いとともに、祈りにも似たパーンで彼の周りの日常を映しだしていた。一昨年秋に
亡くなった石田善彦さんも、ギターを抱え映っている。作品は後半、石狩へとその
視線を移し、岸辺と河口付近の映像となる。お父上の戒名がノートに書かれている
シーンがある。大木さんのそれまでの人生で、大きな存在であったろう<父>が、
きっと初めて解放されたシーンと思う。
私も含めたさっぽろのあるゾーン、界隈が母胎となってこの極めて個人的な映像
が生まれた。個の日常の深まりの内に、ひとつの界隈、ひとつの時間が見えてい
る。追悼という祈りを縦軸に、札幌ー石狩間の大木さんの日常が横軸に交叉し、
そこにある時間と空間が投網のように開かれ、抱きしめられている。そのもう過ぎ
去っていった透明な時間が今作品として、時間として留められ、かつ開いてるの
だ。過去というただただ過ぎ去る時を、現在というどんどん過去へと繰り込まれる
時間のなかで、このふたつの軸心を繋ぐ間(あいだ)、その界(さかい)が保たれて
いる事を私たちは作品を通して実感できる。それは、懐旧という過去に属するもの
ではない。現在に属しながら、繋ぐものだ。身体の咀嚼のように、噛み締める現在
である。この咀嚼の現在が、今を支える。胃も腸も、口と同様咀嚼する。その時間
はしかし口中より、ゆっくりと長い。過去という滋味は、その時にやってくる。間(あ
いだ)の時。界(さかい)の時間。その時間の保水力を、分断・区別・差別の境に痩
せさせ、ブラックホールの吸気構造に日常を植民地化する。それとは決定的に対
峙するものだ。過去を草刈場にし、現在を新旧の薄い刹那に貶め、悪無限の”>”
構造に陥って歯止めの効かない今という歯車は、文化・芸術とは対極にある時間
でもあるのだ。私たちは時間という過去を、食物のように咀嚼して生きている。その
時間をインスタント化し、速度を速め枯渇させる構造と対峙しない芸術などない。
<あいだ>、<さかい>の保水力こそ文化・芸術の泉であり、命の源泉なのだ。

*「大野一雄と吉増剛造ー境・界(さかい)としての石狩」展ー3月18日(火)-30
 日(日)まで。am11時ーpm7時(月曜休廊)
*及川恒平ソロコンサート「ReーSong」-4月5日(土)午後6時~入場料3000
 円 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-23 13:03 | Comments(0)
2008年 03月 22日

身体としての石狩ー界(さかい)の再生(33)

さっぽろの見えない川、暗渠の川を辿るようにして、血管のように浮き出た大地に
触れた。そして母なる水・海の境・界(さかい)石狩が見えてくる。源流と海との交感
。そこに身体としての石狩が在った。血脈は肉体を造る。その肉体のように、身体
としてのイシカリがある。石狩市・江別市・札幌市と分断されたイシカリではない。
さっぽろもまた身体としてのイシカリの一部である。メタボリックな増幅・肥満を続け
る都市としての札幌ではない。イシカリという身体性を保ったさっぽろである。イシカ
リという身体の界を、海と山を繋ぐ川によって私は見続けてきた。そこには、美しい
境・界(さかい)があった。都市の日常的帝国主義や植民地主義ではない、新鮮な
<入口>がその界(さかい)にはあり、開かれた風が流れている。出口という来し
方を否定する境ではなかったのである。また、ブラックホールのように吸い込む
吸気の風でもなかった。その界(さかい)は、溢れる呼気に満ちている。もう百歳
を超え、今はベットに臥す大野一雄。詩の断念を宣言した吉増剛造。この優れた
ふたりの表現者が、イシカリの境・界(さかい)で何を感じ、どう表現したかは今に
続く同時代の問いを包含している。例え病に倒れようと、一時期詩を断念しようと
今、より本質的に境・界(さかい)が問われてある事に変わりはない、と私は思う。
私たちが住むイシカリというランド(国)は、変わらず今も入口を開いているからだ。
大野先生が長い近・現代の個人史のなかで、封印された<父>を解き放ち、吉増
さんがその60年の呪縛、<フラットな大基地>を透視した真の界(さかい)は、今
も私たちに開かれ、問い続けている。そこに界(さかい)としての、イシカリの身体性
がある。イシカリランド(石狩国)という見えない身体が存在する。その封印を解き、
ランドとして再生すること。Republic Ishikariを想うのだ。

*「境・界(さかい)としての石狩・大野一雄と吉増剛造」展ー3月18日ー30日
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
*及川恒平ソロコンサート「ReーSong」-4月5日(土)午後6時~入場料3000
 円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-22 12:35 | Comments(0)
2008年 03月 21日

フラットな大基地ー界(さかい)の再生(32)

大野一雄の石狩河口公演に立ち会った翌年、吉増剛造はブラジルへ教鞭をとる
為日本を離れる。約3年間のブラジル滞在後再び石狩を訪れ、約4ヶ月逗留して
、長編詩「石狩シーツ」の制作を仕上げる事になる。この長い異国滞在経験後は
吉増さんをしてある詩作上での困難にあった時期と推定できる。その詳細をここ
で類推する事は控えるが、端的にいって詩人という表現者の根の部分に属する
逡巡といえるかもしれない。その根の国を覆う困難とは最近赤裸々に語っている
次のような時代の存在であると思う。<僕は60年間、大基地のフラットな、あの
フラットな大基地に呪縛されてきた。その下に何かがある、何かを想像することさ
え出来なかった。>(グラヌール№9)。豊かな丘陵地帯の広がる多摩の野山を
覆うフラットな大基地。その封印された大地の呪縛を、詩人はここで語っている。
「石狩シーツ」の中で、その大基地は括弧に括られ次のように記される。

  こゝが(横田基地が、・・・・・)廃墟になったとき、・・・
  崩れた築地の処に佇むように・・・少し撓んだ有刺
  鉄線に、そおっと触れて、・・・蹲ミ込み、・・・(横田基地は、・・・)
  こんなにも狭かったのか、・・・

この後の詩行で、故郷でもある多摩の福生市の発音、ふっさと重なるようにアイヌ
語の”フッサ”が繰り返し表れるのだ。

  フッサ、フッサ、・・・・
  (強く吹きつける女性の息を、
  アイヌ語で「フッサ」といい、
  病を癒やし、死を 
  甦らせる、すぐれて、女性的な。
  息を吹きつける音であった
  という、・・・)

そして

  茫然と
  たゞ
  福生の
  の
  を
  歩いていた

福生には括弧がない。<「織姫」の「山を織る声」と「濡れた山のヴィシヨン」そして
、エミリー・ディキンスンの「シーツ」のイメージとゝもに「詩」をかきつづけ>た詩人
は、<捨てられた>サッカーボールが上流へ駆け上がるように石狩を境・界にして
内なる場所へと辿り着く。そこは、<何処か奥地の子の姿、・・・>をした根の国・夕
張である。

  第一坑道に立って”女坑夫もここに命をおとし、・・・”という記述を読んだとき、
  わたしは、とうとう、こゝに辿り着いたと思いました
  ・・・
  貴女の裸体が非常に美しい「濡れた山」の「奥の地の子」を生んでいる
  女坑夫さん、女坑夫さん、
  女坑夫さん、女坑夫さん、

故郷の奥多摩に通じる織姫ー女工さんの姿と、夕張の山の奥の女坑夫との重な
る像(イメージ)の内に詩人は、フラットな大基地・横田基地の下を通底する根の
国を見詰めている。日本の近代が塞いできた現実の大きな壁。境界。その境・界
を詩人は詩人の想像力の意識の中で、闘ってきたのだ。それは、構造そのものと
の戦いである。根の国を塞がれ続けてきた近・現代のコンテンポラリーな闘いが
石狩河口を境・界として、吉増剛造の世界では奥地へと広がる開かれた境・界(さ
かい)として顕現してくる。

*「境・界(さかい)としての石狩・大野一雄と吉増剛造」ー3月18日(火)-30日
 (日)am11時ーpm7時(月曜休廊)
*及川恒平ソロライブ「Re Song」-4月5日(土)午後6時~入場料3000円
 予約2500円
 
 テンポラリースペース札幌市北区きた6条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-21 13:33 | Comments(0)
2008年 03月 20日

染みるように触れて感じるー界(さかい)の再生(31)

新しいヴィデオデッキで、久し振りに大野一雄「石狩の鼻曲がり」石狩河口公演
を見る。あの時の風、水、流木、光が甦る。大野先生が鮭になって土を掘り返し、
産床を造っている。川の中に置いてある赤いお膳を綱で引っ張る。足が土に食い
込む。昨夜までの台風の残り風が、衣装を揺らす。対岸の岸辺に沈みつつある
夕光が、半身を赤く輝かす。遠浅の川沖を慶人さんが走る。この自然の風と光、
土と水はすべて直接身体に触れてくるものだ。先生の長い舞踏歴でも初めてと
いうこの自然のなかでの試みが、今あらためてその肌に触れる直接性として痛
いほど伝わってくる。あの時は観客のひとりとして岸辺の叢にいたのだが、こう
して今見ると、観客としての臨場感のほかに演じている人間の行為に、その皮膚
の直接性を実感するのだ。水に入り、水を浴び、舞台にひとり夕光を受け、風が
頬を打つ。外界が身体に触れ身体を包む。川の水は海の勢いで上流へと波立つ
。鳥影が上空を疾走する。そのなかで体は、予想だにしない反応のなかにある。
その直接性が舞台と観客という誂えられた構造を取り払い、演者も観客も時に一
体となって河口の風と光の中にいる。舞踏する場は見られるだけの空間ではなく
、同時に自らもその自然と一体になり、夕陽を感じ、見入っている。刻々と変化す
る光と影。風と川。その直接性が先生の内なるものを、さらに外へと導き出す。
この8年後にそれは、カムチャッカの羆の踊りとして封印されていた祖父・父の
海へと流れ出すのだ。陸軍大尉として激戦区ニューギニアでの戦闘経験。
国家が封印した舞踏への想い。憧れのアルヘンチーナ。傍で死んでいった戦友。
憧れの踊り、追悼の踊り、父なる時代に対峙する母への愛。そうした時代が強い
た封印の奥に父・祖父がいる。その封印を石狩の豊かなゼロの境・界が解き放つ
。11年の歳月を経て纏められた石狩河口公演記録集「大野一雄 石狩の鼻曲が
り」(2002年10月かりん舎刊・札幌)で、ご子息でもある大野慶人さんが座談会
で語っている。
ー<バケツに水いっぱい入れて頭に乗せ、歩くのではなくて移動させるのです。
・・・それをずっと繰り返していると、ふっと取ったときも重さが肉体の中に存在して
いるわけですよ。繰り返すことによって重さというものが内在化してくるのです。・・
・染みるように触れて感じる。だから僕はああいうゆっくりとした踊りしか出来なくな
りますね。>-石狩河口の水をバケツに満たし踊った時の慶人さんの談である。
ー<染みるようにして感じながら踊るのだと。だから早くはとても動けないのです。
>ー
水も風も光もそのようにあった。ここで慶人さんと大野先生の踊りの違いが問題
なのではない。石狩河口の豊かな空間・境・界は、染みるように触れて感じる直接
性に満ちていたということなのだと思う。そしてその直接性は身体に内在化し外界
と内界を繋ぎ、ゆっくりと動き出す。その放たれたものは、長い近代の封印を解き、
父の海へと大野一雄を触れさせたのだ。国家・社会が構造化する区別・差別・分断
の境・界と、自然が本来的に保つている境・界の<染みるように触れて感じる>境・
界(さかい)の違いがそこにはある。

*境・界(さかい)としての石狩・大野一雄と吉増剛造ー3月18日(火)-30日(日
)am11時ーpm7時(月曜休廊)
*及川恒平ソロコンサート「Re Song」-4月5日(土)午後6時~入場料3000円
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2008-03-20 14:41 | Comments(0)