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2008年 01月 31日

ムラギシな夜ー視線と拠点(47)

村岸宏昭作品集刊行の集まりが昨夜ある。毎月一度の集まりである。雪のなか
歩いていつもの場所に向かった。先日お母様がお見えになった折、なかなか村
岸が死なないですねえと不用意に発言したら、帰って私のブログを読んで意味
が解かりましたとメールを頂いた。高臣大介展初日のオープニングパーテイー
の事を書いたものがそうだったのだろうと思う。この日だけではなく何かと彼が出
てきて自分でも不思議に思える事があるのだ。昨夜の集まりには未見のノートが
多量に出てきた。ブログに記す以前の手書きのこのノートは肉筆だけに心に迫る
ものがあった。彼の感受性の原点のように思われた。音楽と美術と詩のような文
章と分野は分かれるが、その根っ子にあるものがここには塊としてあるようだった。
習作時代の放浪する作品群を経て死の半年前位に、彼の表現行為は集中してい
る。このノートを読み解けばその感受性の原点がひとつ明らかになるだろう。私の
ところでした最後の個展「木は水を運んでいる」と背中合わせのようにその前の「
あらゆる距離の場に囁きよ来い」展があり、このふたつに集約される美術の行為
に音楽への眼差しも、言葉の行為も包含されている。そしてその根っ子にある感性
の多彩なきらめきが、ノートの言葉には羅列されてあるのだ。死ぬ2年前の春、教
育大学の南聡先生の門を叩き作曲の勉強を始めた頃から、彼の習作時代は終わ
りを迎え、本格的な表現の道が始まっていったかに思える。初めて彼に会った時の
印象を南先生は、次のように書いている。
ー「・・まだ木々の芽吹かない春の早い時期、その若者はぬーッッと我が仕事場に
現れた。・・・パーマをかけた座敷童子のような髪型、痩せていて背が高くて、ズタ
ボロファッシヨンの、それでいて優しく穏やかな雰囲気をした若者、という若者であ
った。」ーこの「座敷童子型ズタボロ系」の若者は、古典和声法の勉強から素直に
従って、2年後には12音技法による対位法の訓練まで始めたと南先生は書いてい
る。そして彼の死後遺された楽譜原稿の整理と遺作の演奏の可能性を探りながら
次のように気付いたと記している。
ー「その結果、私は、決して広くもなく多彩でもないが、思いも寄らないほど実直で
繊細な魅力を備えた彼の音楽空間がぽつかりとあるのをみることができた。」-
この深い愛情に満ちた文章を昨夜拝読させて頂き、私はやはり今だ死なない村岸
さんと出会っていた。<まだ木々の芽吹かない春の早い時期>と記された南先生
と村岸さんの出会いの季節のように、彼自身の記憶されるべき仕事は、まだ蕾のま
ま埋もれてあるのだ。高臣さんの透明なガラスが光の母胎のように光の種子を留
めているように、彼の命の痕跡もまた光を溜めている。いい作品集を造りたいと思う
。それは追悼ではなく、同時代のさっぽろを生きた光の記憶の種子として、我々の
時代の心に根ざすものとして、である。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-2月3日(日)まで。am11時ー
 pm7時。2月1,2,3日作家在廊。
*収蔵品展ー2月5日(火)ー10日(日):一原有徳・村上善男・坂口登ほか展示
*留美・碇昭一郎ジョイントライブー2月8日(金)午後7時~入場料1000円
*小林由佳展「スベテハココカラハジマル。」-2月12日(火)-17日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2008-01-31 12:49 | Comments(0)
2008年 01月 30日

手仕事の夢ー視線と拠点(46)

朝、ギヤラリーの前に運送会社の車が止っていた。運転席から近代美術館のK
さんが顔を出し、お待ちしていましたと言う。先週まで展示していた「born in h
ーokkaido」展の野上裕之さんの出品作を返しに来たのだった。厳重な梱包で
さすがに美術館である。学芸員のKさんはこれから富良野へ行くと言う。預かっ
た作品を作家や提供者の所へひとつひとつ立ち会いながら、戻しにいくのだ。裏
方のご苦労を、普段知らないところで見た気がした。展覧会への批判は批判とし
てひとつひとつの作品に対して、丁寧に向き合い扱う手の仕事を、貴重に思う。
今回の高臣大介展には、花光さんの関係もあってか、将来花屋さんやケーキ屋
さんを夢見る若い人が多い。この人たちはしっかりと自分たちの手で作る小さいけ
れど自分の背丈に合った空間を考えている。そこに透明な高臣さんのガラスを色
んな形で使う事を考えているのだ。またある人は、幼馴染で遠く神奈川で頑張って
いる親友に北の冷涼な空気を想い起させる高臣さんのガラスを送って勇気付ける
為に、化粧品を買う事を止めたお金で贈る事を決意していた。買うという行為ひとつ
にも、個々の凝縮した想いが感じられるのだ。その凝縮は内に閉じ篭るものではな
く他者の為に、自分の未来の為にと、開かれ濃くなっていく凝縮である。ブラックホ
ールの閉じた凝縮ではない。ふ~っという外へと発する呼気・息吹きがあるのだ。
手を通した仕事が、手を通して他者へ、自分の未来へと伝わっていく。作品という
形に凝縮される物と心の伝達がある。つくる、かう、おくるの人間的行為が手を通し
て夢を内包して連鎖している。物の流通が、魂の交流を包含している。売るという
行為が清々しく、渓流のように爽やかであった。購入する動機が個人の凝縮した
想いに支えられてある事が、会場をよりキラキラした内実に満ちた空間にしていた。
心の手仕事の夢が、その本流には溢れているからなのだ。作品をプリズムにして、
物が心を手渡している。贖う、他者に贈る、手元に置く。そんな単純な行為の中にも
、人の濃い人生の想いがあるようだった。昼過ぎに山内慶さんが来る。石田善彦さ
んの最後の翻訳本を持って来てくれる。あとがきにこの本の出版社の山本光伸さん
が石田さんの追悼を記している。札幌で出版社と翻訳家養成校を1995年に立ち
上げた山本さんは当時を回想してー誰もが無謀なことは止めなさいと忠告してくれ
たが、北海道に住みたい一心の私は耳を貸さなかった。しかし私の心の中では絶
対にうまくいくだろうという確信があった。その確信の核にあったのが、石田さんの
存在である-と書いている。当時すでに石田さんは東京を引き払って札幌にいた
のである。そして石田さんの快諾を得て山本さんの夢は実現していく事となる。ここ
にも心の手仕事の夢が息吹きとなってあったのだ。自らの手で、心に凝縮した夢を
放つ。山本光伸さんは、その夢の核に石田善彦さんがいた事を語っている。そして
石田さん自身も山本さんとともにその手仕事の夢を実現させていくのである。彼の
最後の翻訳作品は、こうして山本さんの手によって明日発売となる。デイヴィッド・
リンジー「暗殺者の顔」-石田善彦訳・柏櫓舎刊(2000円+税)。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-2月3日(日)まで。am11時
 ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2008-01-30 14:57 | Comments(0)
2008年 01月 29日

花光な夜ー視線と拠点(45)

久し振りに1日休む。ぼんやりと顔も洗わず、歯も磨かず、食事もレトルトでチン
して夜まで自宅に篭っていた。なんか冬眠みたいだった。一昨日の夜青木美歌
さんが、映像制作の仕事をしているotuka tetsuーlowさんと来た。青木さんは
美術館の作品搬出で東京から札幌に来ていて翌日帰京の合間に寄ってくれた
のだ。ガラスを素材とする現代美術の作家で今回の展示もキラリと光る優れた
感性を見せていた。「born in hokkaido」という道立近代美術館のグループ
展の出品だったが、個展で見たい作家だった。一緒に来た大塚さんは札幌は初
めてだそうだが、映像を生業としている気鋭のいかにも東京でバリバリという感じ
の青年だった。アイポットの新しい機械で今までの仕事の一部を見せてくれたが
カメラワークが流麗で気持ちの良いものだった。花光さんはすっかり魅せられた
ようで大塚さんと話込んでいる。私は青木さんと展覧会の印象やら今構想してい
る「石狩・5月の共和国」のイメージを話していた。話に酔ったのか、お酒に酔った
のか青木さんは急にマントヒヒみたいにヒエ~ッとか言い出して大塚さんに青木
ヒヒ~美歌とかからかわれていた。花光さんは映像に興味があるらしく、映像と
自分のフラワーワークのコラボレーシヨンを考えているようだった。ふっと呟くよう
に自分だけの個展をしたいと言う。実現するかどうかまだ分からないが、できれば
面白いと思う。そんな事を思えることが今回のひとつの成果である。花屋さんが個
として、花を素材にする表現者へと変ろうとしている。何かが彼の中で蠢いているの
だ。大塚さんとの出会いも大きな刺激となっている。映像ビジネスの最前線の感触
が、そのカメラワークの目線の動きと共に彼のフラワーワークの線の動きと共通す
る何かを彼は敏感に感じていたのだ。素材と道具の違いはあっても、手の動きから
触る何かが共鳴している。そのことに突き動かされる自分がいるのだ。コンテンポ
ラリーな時間が動いていた。-花光・佐藤義光展が実現すれば、これはひとつの
革命となるだろう。何故ならひとつの境が、美しくオーバーフェンスをする事だから
。吸気の区別・差別の閉じた境(さかい)が、呼気の界(さかい)に開き発するもの
に革(あらた)まる事だからだ。高臣大介展は、その作品が光を溜めて放つように
、今回<花光な夜>を孕んでひとりの人間の心挿す方向を、志(こころざし)へと
開いてくれたかに思えるのだ。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-2月3日(日)まで。am11時ー
 pm7時。
*収蔵品展ー2月5日(火)-10日(日)
*小林由佳展「スベテハココカラハジマル。」-2月12日(火)-17日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
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by kakiten | 2008-01-29 14:16 | Comments(0)
2008年 01月 27日

ハイローズの夜ー視線と拠点(44)

昨夕、ひょっこりと平野貴弘さんこと、ちQさんが来た。彼は、村岸さんの親友で
、追悼展以来よく私と話すようになったのだ。高臣さんのガラスは初めて見るらし
いがすっかり気に入ったようだった。そこへ森万喜子さんの個展以来のI・Nさん
が砂川のお菓子ワッフルを持ってきた。ほどなく来札中の谷口顕一郎さんも来る。
谷口さんことケンちゃんは川崎の岡本太郎美術館に出品の為ドイツより帰国中だ
が580人余の応募で大賞候補の24人に選ばながらも、一昨日の選考で大賞は
逸して少し落ち込んでいると話した。ちQさん、I・Nさんと話して心が紛れたのか、
お気に入りのハイローズの「月光陽光」を聞こうと言い出した。ドイツへ行く前彼が
よく聞き、よく唄っていた曲である。私も聞くのは久し振りで、前奏から♪胸の奥で
ベルが鳴る・・と唄が始まると気持ちがすっきりした。ケンちゃんはさらに気合が入
って元気になると言う。やはりこの唄には闘いの気迫があるとみんな勝手な事を
言い出し、後はてんでに自分の話を語り出した。メロデイーと歌詞の言葉がシン
プルで、人の心を昂揚させる何かがある。音楽と言葉のサウンドの効用と言える
。透明なガラスの骨太な線の美しさと花の保つ命の線が灯りのなかで揺れて、
ハイローズのひたむきなサウンドと交錯し、若い芸術家たちの野心と悩み多い多
感な夜が更けていった。翌日、日曜日の今日は花光さんが昼から会場に詰める。
1週間経ったお花の手入れと新たなお花を挿している。若い花屋さんが次々訪れ
たり、芸術の森の学芸員のIさん、Hさんが相次いで訪れたり、作家のKさんがお母
さんと来たりと人がクロスする。お花を素材とする花光さんのような作家がこうして
他分野の人と会場で作品を通して話が盛り上がるのはとても刺激となるようで花光
さんは嬉しそうであった。それは他の若い花屋さんにも伝播して私の知る花屋さん
とは違う雰囲気が漂っていた。この空気からきっと何かが生まれる予感がした。花
光さんはその先駆的役割を必ず果たすようになるだろうと思う。何か蠢くものがこの
展覧会の周りには、沸沸としているからだ。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-73-5503
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by kakiten | 2008-01-27 16:58 | Comments(0)
2008年 01月 26日

ドビュッシーな夜(続)-視線と拠点(43)

ドビュッシーな夜、初めは高臣大介さんとさしで飲んでいた。その時ぽっりと大介
さんが語った事がある。-飲んで意識が無くなったのも2年振り、前の店のラス
ト展覧会のオープニング以来だ。太田ヒロさんも2回も演奏してくれて嬉しかった
。それもあの時以来で、ただ2度目の演奏の記憶は跳んでいるんだ。記憶はない
けれど、体と心は覚えているよ-事実初日の夜、ヒロさんの2回目の演奏の時、
大介さんはムーンウオークに始り、スタッフののりちゃんが見た事もない動きと
評した激しいボデイーアクシヨンを繰り広げていたのだ。かって、パンクロッカー
だった高臣大介の姿を彷彿とさせるアクシヨンだつた。知の記憶は無くとも、正し
く体の記憶は残るだろう、そんな動きだった。さらに言葉は続いた。-ここに中森
さんが引っ越してきて、今回本当に前と同じ気持ちで会場に居る事ができたなあ
ーケンちゃんも来てくれて本当に嬉しかった-前の<場>を深く知る友人の言葉
として私も嬉しかった。所有権の戦いに敗北したとはいえ、25年培ってきたもうひ
とつの<場>があった。その事を一番深く知る人間のひとりの言葉として聞いて
いたのである。空間には、所有権に属しきれないもうひとつの場、共有される<場
>というものがある。私有の枠を超える<場>である。ふっと大介さんが洩らした
言葉には、その感慨が篭っていた。ガラスを創り、販売する。その為には売る場が
いる。私と大介さんの関係はその事によって社会的に成立している。それが現実
の関係である。しかし人にはもうひとつの現実がある。それは、<場>を通して繋
がる開かれた関係である。同じ方向へと共有する眼差しに関わるグランドとしての
場である。そのグランドを、今回ここで回復し確認した事を、彼は語ったのだ。
<前と同じ気持ちで会場に居る事ができた。>。記憶を無くすような激しい彼のボ
デイーアクシヨンの爆発の背後に、物を創り、物を売るだけの場ではないもうひと
つの<場>を共に生きる友人の姿を見た気がした。ドビュッシーな夜は、この<場
>の確認が、トニカ(基底音)となってあったのだ。そこへ村岸さんの高校時代から
友人ユウキさんが訪れ、宝くじのお姉さんが来たのだった。従ってその夜もまた、
大介さんの記憶は跳ぶ事となる。以下自分も同様であったのだが・・・。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2008-01-26 12:17 | Comments(0)
2008年 01月 25日

ドビュッシーな夜ー視線と拠点(42)

大雪の宵、高臣さんと飲んでいるとふらりと畠中雄城さんが来た。村岸宏昭追悼
の会で一緒だったがあまり話した事はなかった。高臣さんのオープニング初日に
声をかけられ、話したのが初めてだった。近くのライブハウスでこれから朗読をす
ると言う。高臣さんが小さなフインランドの古楽器カンテレを弾きだした。それにあ
わせてユウキさんが朗読をする。高臣さんも弾きながら声を出す。詩の即興の掛
け合いとなった。最終日の打ち上げにまたやろう、と言ってユウキさんが帰った。
その前後に高臣さんの友人のF・Kさんが来る。宝くじ売り場で働いている女性で
ドビュッシーが好きだと言う。高臣さんがそのCDをちょうど持っていたのでそれを
聞く。普段あまり聞くことのないドビュッシーだが、この日はすっと聞ける。聞きな
がら傍で聞いている人間の熱意がこちらにも伝播したのだ。お酒にも強い女性で
高臣さんと3人でしたたかに飲んだ。昨夜洞爺に帰る予定がすっかり狂ってその
後高臣大介さんは飲み続けて何処かへと消えた。昨夜の大雪の夜は、村岸さん
の友人がひとりでふらりと来たり、宝くじのお姉さんが来たりと不思議な日だった。
ただドビユッシーの音だけが心に残った。晴れた翌日昼過ぎ、高臣さんの明るい
声が電話に響く。今朝早く洞爺に帰ったという。雪に埋もれた昨日の夜が夢のよ
ように思える。ドビュッシーマジックかな。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
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by kakiten | 2008-01-25 13:01 | Comments(0)
2008年 01月 24日

大雪の日ー視線と拠点(41)

朝から大雪になる。雪はね5回。まだ続きそう。高臣大介さんミニダンプで奮闘。
私は例によって柄の長いスコップで、雪を撥ねる。今朝の雪は少し重い。若干、
息が切れる。大介さんは小型ダンプのように押しまくっている。効率がいい。ふ
たりなので隣のテーラーさんの前まで延長する。オープニングの日にテーラさん
からカシミヤの派手めなジャケットを借りている御礼の所為か、大介さん勢い止
まらず、どんどんいく。そんな事を何回か繰り返して、いい汗をかく。作品と同じ
ように濁りなく透明な勢いそのままの性格の大介さんと一緒にいると、疲れて理
屈の多くなる時間が消える。疲れの質が変わる。内側に向かう吸気の思考が、
発散の疲労になる。訪れる人も一段落して眠気が襲ってきた。ブログに向かうが
小理屈が目立ち纏まらない。こういう日は彼と馬鹿話でもしてお酒を飲むに限る
。雪見酒でもするか。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
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by kakiten | 2008-01-24 16:38 | Comments(0)
2008年 01月 23日

人溢れる夜の函ー視線と拠点(40)

「雪と花光とgla_gla」展初日の夜は、人で溢れた。パーカッシヨンライブの太田
ヒロさんとギターのケイさんは急遽2階に演奏位置を変更する。3mほどもある松
葉の苗床のような花光さんの作品は、動かすのが危険なので演奏スペースに限
界があるからだった。50人ほど会場に人が集まり出し立錐の余地も無くなってき
た。2階吹き抜け正面にギターが位置しヒロさんは左に位置した。演奏が始まると
、鉄の自製の打楽器の音が、階下に降りそそぐように落ちてきた。照明を落とし、
シャンデリアのように吊られたアオモジの小枝の緑が真ん中の電球の光に映え
て、白い壁に影を刻んでいる。音と光が交叉して階下に立つ人影と共鳴して揺れ
る。白熱した演奏が続く。小1時間も続いたろうか。遅れて来た花光の佐藤義光さ
んが戸を開けて会場に到着したと同時に演奏が終った。花光さんの真っ赤なコー
トが格好よかった。お酒がみんなに回り一段落してまた、ヒロさんの演奏が始まる
。彼が2度演奏する事は滅多に無い。演奏前は禁欲的で食べ物も飲み物も摂らな
い人である。気持ちが乗ったのだろう再び演奏が始まる。この光景をどこかで想い
出していた。2年前以前のスペースで時期も同じ1月、高臣大介展の事だ。撤退前
の最後の展覧会だった。同じようにヒロさん、ケイさんが演奏していた。この時も2
度演奏したのだ。そして、大介さんもヒロさんも酔いつぶれてそのまま2階に泊ま
っていったのだ。その翌朝知らない女性が俯いて窓の傍に居たという今はもう伝
説のようになった白樺の精の話が残る日の事である。(*ブログ・2006年1月掲
載)。そして、もうひとつ重なるように想い出される事があった。2006年7月の故村
岸宏昭さんの個展最終日の夜、村岸さんはギターの演奏をして根を尽き果て弦を
切り、ぶっ倒れたのも2階の吹き抜けの位置だった事である。太田ヒロさんと村岸
さんの演奏も以前のスペースで野上裕之さんと石田尚志さんのコラボレーシヨン
時にあったのだ。村岸さんは、個展の終わり近く来てくれたヒロさんの事をとても喜
んでいた。それ以来ヒロさんはここにあまり顔を出していなかったから、きっと村岸
さんも喜んで、昨夜は来ていたような気がする。白熱したヒロさん達の演奏につら
れるように、大介さんも乗る。声を上げ、体を動かしリズムを激しくとる。ふと気付く
といつの間にか、谷口顕一郎さんことケンちゃんの姿が在った。岡本太郎美術館
の展示で日本に帰っていて、東京から今日ここまで来てくれたのだった。大喜びの
大介さんはもう止まらなくなって飲み過ぎてこの後ぶっ倒れてしまった。なかなか帰
ろうとしない人たちがやっと帰り電気を消した時、2階に誰か居るとケンちゃんが言
う。太田ヒロさんだった。これはもう2年前の再現である。でも今回は此処で泊まら
ずふらふらしている彼を抱え、送る事にする。重い鉄の楽器の搬出は、翌日にした
。もしまた彼が泊まっていたなら、翌朝どんな精霊が出てきたのだろうか。多分背
の高い村岸さんが来ていたかも知れないと思うのだ。生と死の界(さかい)をトラン
スとして、夜の函があった。そう思える初日の夜だった。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 am11時ーpm7時(月曜休廊)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向き
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by kakiten | 2008-01-23 14:09 | Comments(0)
2008年 01月 22日

光の函(はこ)-視線と拠点(39)

定休日だがギヤラリーに出る。高臣大介展の搬入と展示がある。花光の佐藤さ
んの気合が入っている。このところ休んでいない。出掛けに冷たいリンゴジュー
スを飲んだ時に腰がぎくっとした。歩きながら直そうと思ったがつま先に冷えがき
て地下鉄に乗る。つり革にぶら下っていると、目の前で若い女が化粧に余念がな
い。見るともなく見ていた。頬を塗ったり、口紅を挿したり完全に楽屋状態である。
ある者はイアーホーンの音楽に目を瞑り、本を読み、軽い眠りにいたりと、この地
下鉄の時間というのは出口を待つ待機の償却の時間なのがよく判る。外界が無
いに等しい時間である。地下道と地下電車に吸い込まれて、間断なく指示がアナ
ウンスされ出口を待つ時間である。目的地までの過程が歩行と違う時間が流れて
いる。他者は不在に等しく、私だけがいる。あとは群れてきゃあ~きゃあ~と仲間
話に興じているのだ。話は跳ぶが、「カイラス巡礼」を書いている早川禎治さんの
文の中で<美糞>といえる言葉がある。菜食を続けて巡礼の旅を続けていると排
泄物が悪臭なくサラサラしていたという話である。醜糞とは美食が生むのである。
三つ星とかに象徴される美食のグルメ志向という<美>の吸気は、醜という排泄
を生む。吸気の文化は瘴気を生む。都市化という吸気が、自然の境にゴミの山を
生むようなものだ。呼気は、排泄の瘴気に取って代る。地下に吸い込まれた時間
が、あたかも誰もいない自分の部屋の時間のように、鏡と向き合っている自分だけ
の時間にしていたあの女性は実は正直とも思えるのだ。吸気の内実は利己の世
界だから、他者は存在しないのだ。他者と外界を閉ざした人の群れから地上に出
ると、世界は寒気と光にあふれていた。高臣大介展の会場では透明なガラスが光
の函となって、陽光を溜め、通過し、溢れていた。閉じる光ではない。抱きしめ凝縮
して放たれる光だ。ここには光の呼気が溢れている。松の葉を細かく埋めた花光さ
んの苗床のような造形物に高臣さんのガラスが埋め込まれている。その周りに細
い光の束のようなガラスが差し込まれ朝露と光線のように見えている。その上には
、天井からアオモジの緑がシャンデリアのように吊られ、白い小さな花がフラスコ型
のガラスに挿されている。通過する光を受け止め、抱きしめ、射しだしている。ここ
には閉じる吸気の時間がない。光も空気も開かれて通過し透明になって開いていく
、トランスペアレントなのだ。このトランスは吸気の箱ではない。呼気の函なのだ。緑
も花もガラスも、光の函となっている。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 am11時ーpm7時月曜休廊:22日午後7時~太田ヒロパーカッシヨンライブ

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by kakiten | 2008-01-22 14:26 | Comments(0)
2008年 01月 21日

呼気と吸気ー視線と拠点(38)

maw(まゥ)-呼気・風・ハマナスの果実。呼気という身体から発するものが、風
となりハマナスの果実となる。この変遷はまるで作品の過程のようだ。一方吸気
という言葉は見当たらず、よく考えれば呼気のうちに吸気も内含されているかに
思える。気功を経験した時そう感じたのだ。入口に対し出口という言葉も同じよう
に出口が入口に内含されているかに、思える。自然とともに生きたアイヌという先
人の考え方には触発される多くのものがある。吸気や出口に比重を置いた現代
人の貧困を感じるのである。植民地主義も、経済の一極化も吸気の行為と思える
。中央志向という権力志向もブランド信仰も含めた都市構造も、ある種の吸気に
よって成立している。古いものをすぐ捨て、スクラップアンドビルドを繰り返すニユ
ーとオールドの消費都市はいつも過去を否定して新たな出口ばかりを求めている
。文化の軸心にもその構造があり、吸気の文化構造は徒党を組み自己中心の権
威構造として閉じた境界線をもつ。芸術と大衆とか社会性をもつたアートとかある
種の区別・差別を前提とした類のものである。個から発する呼気を前提とした時最
初から衆は措定されない。現代の産業経済構造と同じ構造で、芸術・文化が成立
するはずがない。吸気のアートが本質的に世界を撃ち、開くはずもないのだ。異常
気象の竜巻のように周囲を巻き込み徒党を増やしそれを作家がキューレートと錯
覚する呼気の無い、吸気の作家は虚無の灰色の服を着たお化けに近い。そんな
作家団体や個人が助成金や資本に取り憑き<ミキ友>のようなお仲間徒党を組ん
で大衆とかいう人を小馬鹿にした仲間外の集団を観念的に作り上げて啓蒙活動よ
ろしく上意下達の吸気の文化をばら撒いている。個として表現活動を大切にしてい
るかに見えた人間があっという間に馬脚を露呈して徒党を組み、芸術を見世物に
する化け物に取って代わる。このブラックホールのような吸気の作家はすぐに団体
を組む事で己の弱さを量数に振り替えるのだ。グレーゾーンを巻き込み、境(さか
い)は只の区別・差別の線引きとなる。内界から発し外界と相渉る真の境はそこに
は無い。間に息づく感受性の湿地帯が消えるのだ。五感の背後にぴったりと存在
している湿地帯のような粘膜を喪失して如何なる感受性が成立するか、身体に即
して考えれば明白な事である。吸気の文化・芸術は所詮感性のメタボリック症候群
として自滅の道があるのみなのだ。

*高臣大介冬のガラス展「雪と花光とgla_gla」-1月22日(火)-2月3日(日)
 :22日午後7時~太田ヒロパーカッシヨンライブ

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
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by kakiten | 2008-01-21 15:08 | Comments(0)