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2007年 05月 31日

内なる越境者の視線ー樫見菜々子展(2)

歌人であり短歌評論家である田中綾さんに寺山修司論「where?-wild side
への帰還の問題」という優れた小論文がある。この文を読んだ時なにか眼から鱗
が落ちた感じを受けた。人間として半分以上を占める女性の目線をストンと理解さ
せてくれた気がしたのだ。象徴的に取り上げられているのはネルソン・オルグレン
というアメリカの作家の小説のタイトルである。『A walk on the wildside』は
「荒野を歩め」と普通は訳されている。しかしそれはそのまま「wildの側」を歩くと
とらえた方がいいと田中さんは書いている。そのwildの側とは<すなわち法秩序
の概念とは反対の立場に身を置くことである。>そして<・・それは、父権的な概
念とは逆の方向に視線を向けること>であり<二元的にとらえるならば女性性と
言い換えることもできるだろう。女性性は社会性と対抗する概念なので、どんな
社会にも帰属しえない、要するにwild sideの性質をもつ。>この文の指摘が当
り前のようで優れて感じられるのは<荒野>といういわば男の浪漫的な訳が<
wild>はワイルドよ、という断言にこそある。そしてそこから社会性や秩序という男
性原理の支配する体制に対して女性原理の混沌、無秩序の世界を虚構と実存の
対比において摘出した事である。父権的世界である秩序に対しwild sideである
「母」的な世界が現出してくる。樫見菜々子さんの窓口を見詰める白と黒の鳥を
見ているとその視線の外の世界に何故か田中綾さんの指摘したwild sideへの
目線を感じていたのだ。自立し、家を出るそんな人間として当り前の視線を時とし
て男性原理の側からの解釈で”青年は荒野を目指す”的な観念性で見てしまう
愚を感じたのだ。樫見さんの鳥に具現化される越境者の目線は明らかに<wild
 side>を見据える眼なのだ。<わが内に越境者一人育てつつ鍋洗いおり冬田
に向きて>(寺山修司)。この内なる越境者の存在が今回の樫見さんの個展の
視線でありその視線の形象化が建物まるごとの表現体となって為されているの
だ。しかしその視線の先を観念のロマンで早飲み込みしてはならない。その先を
簡単に措提してもいけない。重要なのはwild sideを臨む現在への批判、否定
の意識の深化にこそある。こうして見事に形象化された作品空間と向き合ってい
ると私たちの日常は自らの内なる<wild side>にそれぞれが向き合う事を余儀
なくされる。そしてそれは、それぞれの日常で繰り返されている同時代の生きる現
場への視線に連なると思われる。

*樫見菜々子展「微風」-6月3日(日)まで。am11時ーpm7時
*有本ゆかり展「ヤシンカの森ーインドからの風」-6月5日(火)-10日(日)
*gla_gla2人展ー6月19日(火)-29日(日)
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2007-05-31 12:00 | Comments(0)
2007年 05月 30日

樫見菜々子展始まるー5月の共和国(15)

初日。樫見さんは仕事があり会場には来られない。ぽっりぽっりと人が来る。正
確にはその気配がする。私は2階事務所にいて吹き抜け部分は白い布で仕切ら
れている為覗いて確認は出来ないのだ。時々様子を見に下へ降りる。昼過ぎ気
配がして下へ降りるときりっとした女性がカフエスペースに座っている。挨拶する
と”樫見です”と言う。菜々さんのお母さんだった。あまりお母さんという感じのしな
い宝塚系の美人だ。明るくはきはきした口調で最近まで市会議員をしていたと言
う。市民グループの団体の出身で反自民系と言った。それでなんとなく分かった。
ジャンヌダルクこれまた系の凛々しさとも云えるからだ。今は議員を辞めて清々し
たと伸びやかな表情で語った。それから色んな話をした。そこへ写真家のAさんが
預けてあったアクリル板を持って来る。ふたりの優れた女性が年代も近い性か話
が跳んであれこれ話題が続く。そのうち美術批評のブログを立ち上げている某氏
も来て会場のあちこちを見て作品の感想が飛び交う。あっという間に時計を見ると
7時に近く仕事を終えた樫見菜々子さんがこちらへ向かうとメールが届く。今日は
母娘で一緒に帰るという。日が長くまだ明るいが薄闇が段々濃くなる。到着した菜
々子さんも含めて外に出て壁の蔦、入口の明かり、南側の窓を見る。お母さんが
建物が全体が可愛いと声を上げる。そう云われてふっと気付く。そうか、カーテン
のひかれた入口の光、外の鉄枠に飾られた白い布の飾り、2階の窓から覗く白い
鳥の影。片流れの茶色の屋根。建物自体が家の形をしたぬいぐるみのようにある
のだ。発見だった。やはり”らぶりいー”だよこれは!その”らぶりいー”の内側が
会場空間なのだ。樫見さんは建物自体の内も外も作品に仕上げてしまったのだ。
夕刻からほの明るい内側の明かりが建物を柔らかな存在に変え、内と外が一体
となって縫い包みのように浮き上がらせるのだった。朝昼の明視の下では内部の
会場が外光のなかでカーテンの柔らかい光に包まれ夕暮れ時からは内部の明か
りが影を増し外へと洩れていく。白い壁しかし木造の保つ柔らかさが冷たい白には
せずカーテンの布の保つ柔らかさと相まって縫い包みの柔らかさを建物自体に与
えているのだ。家まるごとのインスタレーシヨン。家自体が刻々一日の光とともに
変化する内面世界のワイルドサイドとなっているのだった。らぶりいー!こりゃあ、
もう脱帽である。

*樫見菜々子展「微風」-6月3日(日)まで。am11時ーpm7時
*有本ゆかり展「ヤシンカの森ーインドからの風」-6月5日(火)-10日(日)
*gla_gla2人展ー6月19日(火)-29日(金)
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2007-05-30 11:54 | Comments(0)
2007年 05月 29日

江別の山野草と煉瓦ー5月の共和国(14)

休廊日二度目の後藤和子さん宅訪問。今回は後藤さん推薦の野幌探訪。午前
中、畑内科に検診で薬を貰いに行く。先生とは約1年振り。前回はお休みで別の
先生だった。昨年7月わざわざ探してここを訪ねて頂いたのだがベンツに私服で
サングララスで誰か判らず失礼した事がある。白衣を脱ぎ印象が違ったのである。
その話をすると”白衣を脱ぐとヤクザですから、あっははぁあ・・”と笑った。血圧
高めで薬を多く処方して頂く。変らず応援してくれる気持ちが嬉しかった。その後
江別の後藤邸へ向かう。着いてすぐ野幌に行く。後藤さんお気に入りの錦山天満
宮と屯田資料館界隈を散策。いい神社である。鳥居が凛々しい。屯田館も琴似の
それより大きく立派な物である。そこを離れ少し歩くと煉瓦の美しいモダーンな建
物が目に付く。江別市ガラス工芸館である。内部はガラスの工房になっている。旧
石田邸と資料には書かれていて優れた洋館建築である。煉瓦と石山軟石は近代
を代表する建築素材で和の匠と洋の建築等式が真っ向から四つに組んだいわゆ
る洋館の素材として正統な近代を伝えってくれるものだ。この建物も独創的でいい
。そこから今度は江別駅前に向かう。駅前の石造り倉庫はかって石狩川航路と鉄
道輸送の結接点として栄えた名残の建物でここは旧岡田邸と隣接してフリースペ
ースにもなっている。後藤さんは初めて来てアトリエにいいなあと言う。旧岡田邸
は長い廊下の続く縁側が昭和を感じさせる。たまたま縁側も倉庫も開いていたの
で勝手にお邪魔して見たり座ったりした。外輪船という名の倉庫は広く高くいい空
間だった。庭に望む縁側に腰掛けていると時間が逆戻りする。後藤さんが急に思
い出したようにこういう家にかって住んでいたと話し出した。場所は道議会議長の
公宅になっていた所で中島公園の鴨々川の水門近くだと言う。ひゃ~あそこから
私の昨年の札幌漂流はスタートしたんですよと吃驚する。まさかそこに住んでい
た人がいるなんて。旧さっぽろ川の痕跡、あの謎のデルタゾーンである。<公>
の土地が占めている場所である。戦後間もなく官舎代わりになっていてお父さん
の仕事の関係でそこに住んでいたという。不思議な縁である。私の札幌再発見の
場に住んでいた人と出会っていたのだ。野幌ー江別と近代を支えた場所を巡り、
図らずもさっぽろの原点とまた遇ったのだった。その後後藤邸へ戻る。お庭の山
野草を見る。ハクサンチドリが咲いていた。前回お尋ねした時とは花の種類が変
っている。こんなに順番に様々な山野草が花を開き実まで楽しめる豊かな庭が
あるだろうか。手入れも大変と思うが居ながらにして高山植物も楽しめる素晴ら
しいお庭である。しゃがみ込んでできるだけ草花の目の高さに近づく時間を過ご
す。夕刻ギヤラリーに戻る。仕事を終えて樫見さん最後の点検に来る。ライト、表
看板とうをチェックし会場展示が完成する。西側吹き抜けの窓際に白い鳥、その
右奥に黒い大きな鳥。設置された白い階段を上り首だけ階上に出すと南側の回廊
に長椅子がありその下に寛いだような黒い鳥が一羽。これにはスポットも当らず下
からは見えない。その話を樫見さんにすると”うっふふっふ、この子はいいの”と笑
って言った。今にも飛び立つような大きな黒い鳥、外を覗いているような白子の窓
辺の鳥。隠された椅子の下の寛いだ黒い鳥。すべてが彼女の心象風景の気配の
インスタレーシヨンなのだ。外から見ると建物全体がほの明るい窓となって存在し
ていた。もっと言うと建物自体が気配となっていた。朝、昼、午後、夕昏、夜と表情
が変り深まっていく。きっとそういう日々がこれから訪れて空間は日々磨かれる。
すでにもう以前からそうで在ったように自然に空間があるのだ。
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by kakiten | 2007-05-29 16:06 | Comments(0)
2007年 05月 27日

凹みマップのさっぽろー5月の共和国(13)

雨上がりの朝新緑が美しい。染み入るように緑が深い。澄んだ緑の中に溶け込み
そうだった。自転車の置いてある熊谷透さん宅までの川の道筋。樹林でふんわり
としてきた奥三角と親友の街路樹に例によって”マイラブ、やあ友よ”と挨拶して雨
上がりの路を歩く。昨日は雲行き悪そうで自転車には乗らなかったので今朝はう
ずうずしていた。快適に走る。ベルリンの谷口顕一郎さんからメールが届いていた
。その返事を書く。なにか栄通さんや成田尚吾さんがこのところ谷口論を書き出し
たのも不思議だ。11月個展に向けて受け皿の批評が活発になるのはとりあえず
いい事と思う。さっぽろを離れドイツに1年。体も心も馴染んできたと言う。そして
<できれば、1年に一回、札幌で、歩き回り、凹みを集め、展示をし、人と出会い、
最終的には計3年くらいかけて・・・凹みマップを完成したいです。ぼくにとっての
札幌を組み立てていくように。>。
昨日のブログのタイトルではないが”境を越え、界を知る”が彼の中で自然に熟成
されようとしている。札幌を離れる事で再び離れたさっぽろを自分の手で新たに再
構成する。与件としての札幌を自らの手と感覚で奪取する。自分のさっぽろの為
に自分のさっぽろのマップを創る。彼もまた山に木を植える海の漁師なのだ。メー
ルの最後にはこう記されていた。<札幌の凹みマップが完成したとき、僕は作家と
して何かを得ることができるような気がしています。  楽しみです。>。さっぽろと
いう場がこうして再び再生し個の空間として命革める場としてあり得る事に私は少
なからざる嬉しさと友情を彼に感じるのである。まるで雨上がりの今朝の染み入る
緑のように新鮮なのだ。場の新鮮な革命。国境という境をこえ世界というさっぽろの
新鮮な界(さかい)を知る。この時広義の場としてさっぽろもまた彼のアトリエであり
ギヤラリーであるだろう。析出される場のundermine。与件としてあった場の自ら
の手による奪還。それらの意思的な行為が集積してひとつの固有のさっぽろに我
々は出会うことになる。それはきっとケンちゃん自身のさっぽろへの”マイラブ、わ
が友よ”の挨拶でもあるのだろう。

*樫見菜々子展「微風」ー5月29日(火)-6月3日(日)am11時ーpm7時
*有本ゆかり展「ヤシンカの森ーインドからの風」-6月5日(火)-10日(日)
*gla_gla2人展ー6月19日(火)-29日(金)
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
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by kakiten | 2007-05-27 12:10 | Comments(0)
2007年 05月 26日

境を越え界を知るー5月の共和国(12)

漁師が海の為に山に行き木を植える。海という生活の場を捨てた訳ではない。む
しろその生活の場の為にこそ越境する。新規な場に移転する事ではない。同じ場
所の質を内側から革命していく。その為の越境なのだ。身体が日々新陳代謝をし
、呼吸をしているのと同じ原理である。病気になり故障したからといって身体をモノ
のように新しい物と交換するという事は命という唯一性からは本来は有り得ない。
命には交換が効かない。だから同じあらたまるでも<新(あら)た>ではなく革(あ
ら)たまる>命なのだ。与件としての<場>を新規の場ではなく<革まる場>とし
て内側から変えていく行為は極めて創造的な行為である。与件としての場をそれ
は越境していく。そして界(さかい)を知る。海の漁師さんの行為がそれである。漁
師が山に行く。それは与件としての海を革める行為である。その為にこそ越境して
いく。もし現代美術とは何かと問われればこの越境行為の同時代性こそがひとつ
の答えとなるだろう。近代に於けるある領域の固定の枠をその領域の為にラデイ
カル(基底的)に越えていく事、それが現代の状況において必要とされているから
だ。境(さかい)を越え界(さかい)を知る。作品と場との関係性においてもその事が
如実に出てくる。作品が場を革めるのだ。空間の質が変るのだ。その事にすでに
敏感な作家は会場の展示に全力を注ぐ。既成の与件としてある空間におっとりと
作品を飾って満足したりはしない。おっとりと飾って豪華なオープニングパーテイ
ーなどしてサロンみたいな立派な空間は与件の整備に主眼がある。アトリエ→画
廊→美術館という定番の出世コースがその基底にはある。そこには社会的上昇
気流に乗る現世的欲望は仄見えても革命はない。境を越えるぎりぎりの命の選択
がない。世界は固定して平和である。しかし世界は狭く閉じられている。本当の意
味で世の界(さかい)を知らないからだ。第一次産業の海の人でさえもうそんな狭
い世界にはいない。同時代の世の界(さかい)を知っている。樫見菜々子さんがほ
んの些細な部分にさえ個人的な訳を認め多くの時間をかけ空間を仕上げていくこ
の何日間は場の境をぎりぎりまで突き詰めていく界を知る行為なのだ。その時こ
の場は彼女の命革(あらた)まる美しい作品の身体となるに違いないと私は思う。
爬虫類の末裔のような猛禽類の爪、その足がニャリと笑って飛んでいく。
”何!らぶりい?”

*樫見菜々子展「微風」ー5月29日(火)-6月3日(日)am11時ーpm7時
*有本ゆかり展「ヤシンカの森ーインドからの風」-6月5日(火)ー10日(日)
*gla_gla2人展ー6月19日(火)-29日(金)
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
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by kakiten | 2007-05-26 13:00 | Comments(0)
2007年 05月 25日

真っ白な階上空間ー5月の共和国(11)

樫見菜々子さんが男性ふたりを助っ人に昨夜7時からどんどん会場造りを進
めた。階上の床は以前のままだったが今回真っ白にペンキを塗る。また新たに
持ち込んだ白い梯子が空間を引き締める。さらに入口部分にカーテンを設定した
。空間が変化する。段々と樫見ワールドが現出してくる。2階北側のスペースに
黒い鳥のような動物を置いた。大きめのカラスのようだ。ふっと彼女のDMを思い
出す。表面は黄色一色で情報が印刷されているが裏は真っ白で何も印刷されて
いない。ただ左隅上部に黒い鳥の両足と尾羽が刷られている。これだなあ、とうと
う出たかと思い声に出した獰猛な鳥だなあと言うと樫見さんがニャリと笑った。芸
術の森美術館の北の創造者たち「らぶりぃー」で見せた表現とは違う。この黒い
鳥に送風器で風をあて羽をなびかすという。獰猛な鳥禽類がでてきたのだ。今後
どういう空間になるのだろうか。ニャリと笑った明日以降の展示が楽しみだ。いつ
の間にか11時過ぎになり昨夜の展示準備は終った。カーテンの位置ひとつにも
細かな設置の位置がある。神経が行き届くまで、納得するまで何度も変更する。
展示もまた大事な作品行為である。アトリエや工房での作業とはまた違う仕上げ
のインスタレーシヨンなのだ。某画廊ではその時間が2時間しか無いと言う。それ
ではまるでデパートの催事場の搬入ではないか。モノの移動というハコでしかな
い。ハコモノ行政ではないが小奇麗なハコにモノを置くのが展示ではない。会期
中作家にとって空間はひとつの街角であり、一本の樹木の宇宙なのだ。また創
造の旅のひとつの駅舎でもある。新幹線の点のような通過駅ではなく溜まり、澱
み溢れていく駅舎なのだ。川で言えば函である。深くゆっくりと流れ溢れていく函
である。最初から大河などない。小さな川が幾つもの函を繰り返して大きな川に
なっていくように作家にとつても展示の函は重要である。用水路のように一気に
海へという事があるのはおかしいのである。小さくとも固有の空間を保ち淵のよう
に函のように時空を保つべきなのだ。個展が大切なのはそういう函の時間を保つ
からだ。多人数を集めてあたかも大合流があったかのように大きなハコに集合さ
せるグループ展もほとんどがハコモノ展覧会である。山間部のダムみたいなもの
である。小さな固有の流れそこから生まれる小さな出会いのような自ら溢れる函
の力を軽視している。最初から大河などないのだ。同時代の海に注ぐ川は源流
の一滴の小さな流れ、その美しい渓流からこそ始まる。樫見菜々子さんの会場
造りにかける熱意はこれから函として充実する美しい時間の充実でもあるだろう


*樫見菜々子展「微風」-5月29日(火)-6月3日(日)am11時-pm7時
*有本ゆかり展「ヤシンカの森ーインドからの風」-6月5日(火)ー10日(日)
*gla_gla2人展ー6月19日(火)-29日(金)
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503 Email→temporary@marble・ocn・ne・jp
 
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by kakiten | 2007-05-25 15:12 | Comments(0)
2007年 05月 24日

咲き散る5月ー5月の共和国(10)

路辺に桜の花の吹き溜まりが出来ている。いつか無風の時桜の梢の範囲の下に
円く花びらが散っていたのを見た事がある。天と地が上下に繋がって、その樹の
宇宙のようだった。見えない地中の梢、根の範囲が顕われていた。風に飛ばされ
ず静かに下に落花したままの状態だった。樹の下も桜が満開だった。それは奥ま
った住宅街の一角で一軒家の多い地域だった。風の強いマンシヨンの多い路上
ではゆっくりはらはらと散ることもない。桜の吹き溜まりはアスファルトの片隅に
追いやられて土に還る事もできず、やがてゴミとして清掃されるのだろう。束の間
の桜の湖。咲き散る5月。昨日から風が冷えてきた。1年振りにSさんから電話が
来る。長い裁判沙汰が終わり心身ともに疲労していると言う。愛憎の揉め事。その
澱みを写真、唄、書で発散したいと言う。機会あればここで発表したい。もうでもピ
アノは置いていないしそれ以外の楽器ならどうかと答えた。打楽器がいいと言う。
それならできるねと答える。愛憎、これも心の花、咲き散る。まあ~るく静かに自分
の宇宙の姿で散っていた地上の桜の花は美しかった。強風で飛ばされ吹き寄せら
れ固まっている路辺の桜の花溜まり。それでも花は花。花には美しい意地がある。
散る事にも様々な散り方がある。SさんはSさんの意地で美を志す。大事なのは
志す、心挿すタッチの指先。5月に触れる心の指先。人も花も夏の年の始まりに
激しく触れている。タッチ、ハイタッチ。咲き、散る。死者も生者も活き活きと5月の
世界に舞っている。そしてやがて深い夏の森へと沈殿していく。透明で冷涼な5月
の風のなか世界が澄んで遠くの声が届くような晴れた青い日だ。
夕刻樫見菜々子さん来廊。吹き抜け上の床白ペンキを塗る。白い梯子を新たに
制作持参。下から上って階上を覗き見る構造のようだ。入口にカーテンが取り付け
られ空間が変る。仕上がりが楽しみだ。

*樫見菜々子展「微風」ー5月29日(火)-6月3日(日)am11時ーpm7時
*有本ゆかり展「ヤシンカの森ーインドからの風」-6月5日(火)-10日(日)
 am11時ーpm7時
*予告gla_gla2人展6月中旬~。
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503 Email→temporary@marble・ocn・ne・jp
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by kakiten | 2007-05-24 12:24 | Comments(0)
2007年 05月 23日

指射していた5月ー5月の共和国(9)

<個人的なものを、ぼくじしんのためにつくることだ、と強く思う。>と1990年9月
の個展カタログテキストの最後に佐々木徹さんは記している。『垂直的に深く「入
って」行くために』と題された一文の最終行である。亡くなられて昨日読み返しあら
ためてこの最終行が胸を打つ。<・・と強く思う。>。昨年から佐々木さんは指差し
ていた。5月。<個人的なものを、ぼくじしんのためにつくること>を。5月はその
ように存在していたはずだった。少なくとも私にはそうだった。4月彼に代わってお
嬢さんの藍紗さんから一通のメールが届く。「父の体調が2週間ほど前から悪い
状態で、・・・おそらく手術が必要になると思われます。」ここのところずーっと病気
と闘い何度も検査入院を繰り返しまた新たな病気を患っての入院だった。病気と
の闘い。その闘いの最中にも指差していた5月があったと私は思う。17年の歳月
を経て変らぬ<強く思う>ものがあったと私は思う。もう一度新たなこの場でとも
に指差す萌える5月を迎えたかった。彼は実はこのブログの密かな愛読者であっ
た。そして昨年1月以降のテンポラリーの動静を見詰め続けてくれたひとりでもあ
った。だから何気ない顔をしてふらりと現れ話をしてあの事ねと知っているのだっ
た。最初はどうしてかなと不思議に思ったがブログ読んでますからとさらっと言わ
れ納得した事がある。嬉しくも思う反面どこかで佐々木さんとは一緒に仕事をしな
ければという責務のようなものも同時に感じていた。そして彼への不満としてファイ
ルの薄さを言った事がある。同時期に個展をした作家たちの資料のファイルの量
と比較して佐々木さんのファイルが一番薄いのである。他の作家の資料はどん
どん増えて多い人は10冊近くなるのに佐々木さんのファイルは1冊目のまま半分
も埋まっていない。個人の資料が少なくグループ展の資料が多い為である。これ
は拙いのではないかと云った。佐々木さんは困ったような眼をきょろきょろして優し
い表情でいやぁ、それは・・・と何か口篭もって語ったが記憶には残っていない。そ
んな事が何度か続いて5月の個展が3週間予定されたのだ。指射していた5月。
病との闘いのなか指射していた、その事だけは忘れないよ。佐々木徹さん。

*樫見菜々子展『微風」-5月29日(火)-6月3日(日)am11時ーpm7時
*有本ゆかり展ー6月5日(火)-10日(日)am11時ーpm7時
*予告gla_gla2人展6月中旬予定。
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2007-05-23 11:40 | Comments(2)
2007年 05月 22日

もう少しだった・・佐々木徹さん。-5月の共和国(8)

朝訃報が届く。佐々木徹さんが亡くなった。1949年生まれ。1990年9月にテン
ポラリースペース5番目として個展をして頂いた。今年5月にはそれ以来の個展を
予定していた。残念である。彼の人柄については多くの人がこれから語るだろう。
その事をもう私などが語っても仕方がない。ただ熱く云える事は5月ここで個展を
見たかった。1990年代以降グループ展の出品が多かったように思う。今年5月
の個展を誘った時もあなたの個展を見たいからというのが動機だった。彼の優しい
人柄は多人数の中で中和剤のようにはたらく事が多いと私は見ていた。その事自
体を否定する積りは無い。しかし作家はやはりひとりで闘って欲しい。個人の人柄
とは別にである。もうその時期だよ、徹さん。そんな事を言って個展を誘ったのだ。
今改めて1990年の彼の個展カタログを読み返してみる。<佐々木の作品は、決
して建築物のような根をはったものにはならず、展示空間の中を逃走していく・・・
ように見える。>(越前俊也)。<・・ゴムまりの中には一人の男がいて、ゴムまり
の全体像を知ろうと、皮膜の内側の形を手さぐりでなぞりながら這い回っている>
<少し空気の抜けた捉えどころのないかたちのゴムまりのぼくに、時代や、文化や
歴史や社会や、世間や、近所や、日常というさまざまは、力を加え続けゴムを震わ
せる。ぼくはそれを内側からきちんと確かめたいと思うのだ。個人的なものを、ぼく
じしんのためにつくることだ、と強く思う。>(佐々木徹)。美しい気配のようにすっと
佇み弧を描いて蝶の羽のように存在した。それが佐々木さんの’90年9月のインス
タレーシヨンだった。その後作品はより面として厚く濃くなってはきたがそれは多分
<内側を手さぐりでなぞり><這い回って>いた時間だろうと思う。<個人的なも
のを、ぼくじしんのためにつくること>その途上にあったと思う。晩年近くのカラー
コピーを多用した横尾忠則的世界は<日常というさまざま>を<ゴムまりのぼく
>の内側から確かめる過程の作品でそれに対峙する<個人的なもの>をまさに
これから<ぼくじしんのためにつくること>が始めなければならなかった時なので
ある。今や幻となった5月の個展は私にはそう存在している。何か昨日の自転車の
空気の抜けたタイヤはまるで今朝の佐々木さんの予兆でもあったかのように感じ
て、17年前の彼の文章を読み返している今の自分がいる。寂しい、これも5月だ。

*樫見菜々子展「微風」-5月29日(火)-6月3日(日)am11時ーpm7時
*有本ゆかり展ー6月5日(火)-10日(日)同上開廊時間
*予告6月12日~gla_gla2人展
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by kakiten | 2007-05-22 14:56 | Comments(2)
2007年 05月 21日

どこか夏の匂いー5月の共和国(7)

暖かい日。どこか夏の匂い。初夏にタッチ。昨日と比べて気温が高い性だ。早い
かな。自転車屋さんでタイヤに空気を入れ走るが途中でガタン、ガタン。また空気
が抜けた。完全に空気口を締めていなかったのか、パンクなのか。とりあえずそ
のまま走りギヤラリーに着く。休廊日だが少しやる事が残っている。それを片付け
靴紐を買いに秀岳荘に向かう。途中の自転車屋さんに手押しで自転車運び寄る。
もう一度空気を入れる。念入りに。秀岳荘は定休日だった。しばらくぶりで忘れて
いた。帰って石川亨信さんにお願いしたメールの返事を見る。名前を間違えてい
た。亭真とメール名になっている。亨信ーコオシン、トシノブと読むそうだ。失礼し
た。7月の個展の確認である。先日DM用の撮影に半日かけて陽光を待ちきちっ
とした仕事を見たばかり。午後と夕方の2回に分けて撮影。テンポラリーの外から
会場に設定した作品を撮っていた。DMにこれだけ現場で時間をかけ撮影したの
は初めてだった。今回のここでは初の個展に賭ける意気込みを感じ嬉しかった。
今月は工藤正廣氏の自宅全焼、佐々木徹氏の手術緊急入院と重なりふたりの
展覧会が急に中止となり空きが出て厳しい。そして寂しい。月末も近く経済も厳し
くなる。水面下の努力が続く。空気の抜けたタイヤのようにガタン、ガタン。疲れて
少し横になる。吐き気がしてだるい。休みは休みらしく山でも歩き周ったほうがい
いのだが昨日から風邪気味。夜咳が出て止まらず。何か自転車と一緒だ。空気
抜けてガタ、ガタ、ガッタン、仕事に励みましょう。そんな唄あったっけ。あれは水
車か。酒井さんに聞けば判るかな。
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by kakiten | 2007-05-21 17:52 | Comments(2)