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2007年 01月 31日

雨であるー函となって溢れる(46)

雨である。ぬかるみ、流れる。歩く場所が少ない。車道に寄る。車が来る。水が跳
ねる。時に滑る。まあ~苦労するわ。靴が濡れよたよた。ギヤラリーに着く。氷柱
が落ちている。雪とgla_glaがないね。昨日までの風景が変る。風景と光が場
を創る。作品もまた場とともに呼吸している。これはこれで今日の日。パソコンを
開くと先日の酒井さんのライブの感想が溢れていた。Aさんの心深い感謝のメッ
セージ。向日葵さんの懇切丁寧なライブ写真と記録。どちらもが酒井さんの熱唱
を称えるものだった。私が勝手に自己中に陥っていた為見えなかった笑顔が溢れ
ていた。写真は特に正直だった。大介さんの気持ちよさそうな唄う顔。酒井さんの
笑顔。聞く人それぞれの昂ぶる気持ち。それらすべて含めてのライブ。<あの日
はとてもよいライブでしたよ。みんなの酒井くんへの愛にあふれていました。感じ
方はほんとうにひとそれぞれだと思います。すてきな場をありがとうございます>
<ふたりの世界はとても大きな力になりました。そしてそれはいただけるときとい
うのはどんな状況でも関係ないのです。いいライブの時はいつもそうなのですが、
ひとが何人何をしていようが関係ないのです。そのまままるごとがいただけるもの
なのです。>Aさんからそうメッセージを頂いた。玄米の咀嚼。ここでもそれを感じ
る。そのまままるごと。私は自分の早飯、性急さ、その暴力的な直線性を何か打ち
のめされるように感じていた。うすうすは自覚してはいたがおふたりの文と写真を
見て決定的にそう思ったのだ。ナイト(騎士)を気取ったピエロとはこの事である。
肝心の歌を聴いていなかった。ある方には申し訳ない事をしたと自省する。そして
なによりもおふたりの真っ直ぐな心篭ったメッセージに深く感動した。昨日書いた
白い樹、雪の森への乾きはきっとそんな苦い想いが書かせたのかもしれない。
今日の雨の日と同じぬかるみ、心の靴よたよた。再びデラシネの自分を見る。
夜、久し振りにグレングールドのバッハ「二声と三声の為のインヴェンシオン」を
聞く。

*冬の高臣大介ガラス展「雪とgla_gla」ー2月4日(日)まで。
 於テンポラリースペースam11時ーpm7時
 札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
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by kakiten | 2007-01-31 12:46 | Comments(2)
2007年 01月 30日

湿雪降るー函となって溢れる(45)

風もなく綿のように湿り気のある雪が降る。雪が重い。ふわっと雪はねができない
。少し腰を入れてよいしょっとである。これで冷え込むとツルツルのステンだ。でも
樹が綺麗だ。湿った雪が枝にくっ付いて自然の白い造形になる。森に行きたいな
あ、カンジキか山スキーを履いて。樹はそれぞれに生き方そのものの形をしてい
る。同じものはない。種類が同じでも形は同じではない。その場の生き様、生き方
そのものが形になっている。それでいて周りと調和している。充分に自分でありエ
ゴではない。人間もこんなふうに生きていけるのだろうか。そういう形をとれるのだ
ろうか。森の調和のように。冬の森、雪の森。裸木の幹と枝。そして雪。ここには
神の世界があるようだ。当り前のように神がいる。理念でも、遠い世界天上の国
でもなく。裸のまま、与えられるままの雪の衣装を着て。幹と枝の黒ぐろとした肌
。風の向きに白く吹き付けられた白い陰。天を指している先端、その中心に祈り
がある。立てる、立華。祈りから始った華の形式。中心に向かう線。その様式の
確立に百年近い歳月があったと言う。五・七・五・七・七の様式の完成。言葉の立
華。短歌の定型の完成も同じ頃と言う。かって人は森から樹から文化も学んだの
だ。夏。緑の頭をした人たち。あるSFでは最初に地球を訪れた宇宙人が地球の
各地を見て周り最後のお別れの時地球大統領の”何が一番心に残りましたか”
という質問に答えて言う。”みんな素晴らしかった。でも一番心に残ったのは無口
なあの緑色の頭をした人たちです。”樹は過去でも未来でもやはり心に何かを伝
えてくれる存在なのだ。そう思う。樹や森に比べれば私は少しもそれ相応ではな
い。我を持ちすぎ暴走し自分勝手である。だから今日のような日は森に行きたい
と思う。白い森に。鳥たちと獣の足跡。雪の陰の秋の枯葉、木の実。それらを見て
ひぐらしひとり歩き廻りたいそう思うのだ。窓の外の氷柱がこちらの吊られた透明
なガラスと呼応して光を遊ばせている。その向こうに木が見えて呼んでいる。

*冬の高臣大介ガラス展「雪とgla_gla」-2月4日(日)まで。
 AM11時-PM7時於テンポラリースペース
 札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
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by kakiten | 2007-01-30 12:59 | Comments(0)
2007年 01月 29日

風乱れるー函となって溢れる(44)

闘病生活を続け今は自力で薬に頼らず根本から身体を治癒してきたAさんが来
た。私に玄米の咀嚼を教えてくれた方である。ゆっくりと自身のリズムで高臣さん
の作品を見ていく。最後に小さな器を選び満足そうだった。今日は余り体調が良
くはないと言う。でも気持ちはいいので酒井さんのライブを聞いていこうかしらと
迷っていたが結局聞いていく事になった。一昨日の事である。酒井さんの今年初
のライブは隣のテーラー岩澤さんの店で行われた。いつもより少人数ではあった
が高臣大介さんも加わり来た時からハイテンションだった丸島さんも含めなにか
ざわめくものが漂ってライブは始った。遠藤賢治の「夢よ叫べ」ほか「夢」のつく歌
を三つリクエストした通称向日葵さんの歌が始る頃はもうそれぞれがばらけて私
話が耳障りになる。それぞれのテンションは高いのだが歌に集中していない状況
だった。私は病後のAさんに初めて聞く酒井さんの唄をもっと静かに聞いて貰い
たかった。大介さんは最初からテンション高くかってパンクのヴォウカリストだった
血が騒ぐのかもうリズムをとって踊りだしていた。藤谷康晴さんも珍しくお酒をガン
ガン呑んでいる。丸島さんはAさんとの私語に夢中で次第に唄はそっのけで声高
になる。それぞれのテンションは高いのだが座はばらけてバラバラの宴会状態に
なる。いつものライブとは違って私は集中できなかった。Aさんを送り早目に会場
を後にした。昨日は大介さん在廊の最終日で多くのお客さんが切れ目なく来た。
終わりの頃野上裕之さんが来た。大介さんのいる時にどうしても来たかったと言う
。吹き抜けに置いてある前回の彼の作品椅子と大介さんのガラス「ギュウギュウ
詰め」の巧まざるコラボレーションには本人もいたく感激していた。照明を裸電球
ひとつにして見る。二階の窓の仄かな外光と電球のうっすらとした灯かりに会場
全体がドームのような教会の伽藍のような雰囲気になって美しい。弱い光をガラス
が拾って微かに煌き野上さんの椅子の彫刻が濃い影のように寄り添っていた。祈
りのような背の垂直に伸びた線が美しい。ふたりの<ギュウギュウ詰め>が見事
なハーモニーを創っていた。バックに流していたジョンルイスのバッハ「平均律グ
ラビア集」が音としても調和していた。”この音楽をいつも流して下さい”と大介さ
んが言った。”僕のいない時もいつも・・。”来週からはそうしようと思う。その後は
酒井さんもギターを持って来て、大介さんが歌い野上さんが唄いキラキラと夜が
更ける。”これは前のスペースと一緒だあ”と大介さんが言った。”石田さん、燃え
る街角はやはりここなのですね、”と私は胸に呟いていた。そして、最後に井上陽
水の「探しものは何ですか」の大合唱でこの日の夜は終わった。
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by kakiten | 2007-01-29 12:55 | Comments(4)
2007年 01月 27日

雲流れるー函となって溢れる(43)

葉脈コンビのかひさんとともよもんさんが来る。楚々としたおふたりが来て暗雲晴
れる。電話が鳴り東京からだった。依頼していたT氏の作品の売却の目途がつく
。ちょうどふたりが来た後だった。ふたりは及川恒平さんのホームページに「葉脈
手帳」という写真と詩の連載をしている絶妙のコンビだ。ガラスの大介さんのフアン
らしく毎回見に来てくれる。早速二階の吹き抜けに上がったりしとやかにも賑々しく
写真を撮ったり歩き周る。それから人の流れが続いて切れ目がなかった。夜はそ
れぞれに予定がありその日は呑む事もなく別れた。今朝は大介さんが遅れて私が
お客さんの相手をする。次回の展示者藤谷康晴さんが来て「花は何処に咲くのか
」という吊りの一輪挿しを買ってくれる。藤谷さんが<花は何処に咲くのか>を飾っ
て眺めている様子を想像するとなにか面白かった。三上勝生さんの生徒だった人
が来る。「三上のブログ」を読んで来たと言う。札幌大学時代の教え子という事だっ
た。ユニークな先生だった言う。前回の野上さんの個展の折にも別の教え子の方
と一緒だった。卒業しても続くいい関係の師弟同士もう友人に近い関係だ。優れ
た教師とはそういうものかも知れない。ガラスを買って頂いたお客さんのひとりと
お話ししている内にその人が”私は石田さんの関係で・・”と言い出す。えっと思い
聞くと石田善彦さんと同じ翻訳の関係の人で石田さんの死を心から惜しんでいた
方だった。前のスペースで写した石田さんの写真を見せていろんな話がでる。故
人は本当に音楽を愛しかってローリングストーン誌の創刊に関り村上春樹たちと
共に活躍していたという初めて聞く話も伺った。新譜ジャーナルという雑誌より早
い時代の話であった。最後に音楽を愛する石田善彦となって晩年は幸せだった
のではないだろうかとそのSさんという女性の方が仰った。あなたのブログを大介
さんのブログから知っていつも読んでいてあなたの周りの方々に囲まれて本当に
良かったと思いますと言われふっと目頭が熱くなった。今夜は隣の大家さんテー
ラー岩澤で酒井博史さんのライブがある。大介さんも元々はパンクロックの人で
ある。酒井さんのライブの日、今夜は久し振りにみんなが集まる。今夜は”燃える
街角”になるぞ。そう思った。暗雲去って気合入る。石田さんも一緒に飲もうぜ!
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by kakiten | 2007-01-27 15:03 | Comments(0)
2007年 01月 26日

重たい午後ー函となって溢れる(42)

昨日は午後から重たい事が続いた。場の存亡に関わる事。そして半年ぶりに訪
れた人。明るい響く声を上げて”わたし、覚えてます?”と声をかけてひとりの女
性が入口に立った。一瞬誰かは判らなかった。しばらく見詰めてあ~っと思い出
した。昨年7月村岸宏昭さんの個展の時来た人だった。美容師さんをしていて仕
事に疲れ気持ちの転換に歩いていてふらりと入って来て村岸さんと話しこんでい
た人だった。それから会期中に二度ほど訪れ村岸さんのCDを購入してくれた人
である。それ以来だった。村岸さんの死を彼女は知らなかった。その事実を告げ
ると顔がくしゃくしゃとなり目が潤んだ。なにか独特の雰囲気の人だったと想い起
すようにぽっりと語る。彼の作品を見、彼と話し何かが寛ぎ、仕事の行き詰まりが
あの時少しだけでも解消したのだろうか。奥のカフエに置いてある村岸さんの写真
を見せるとしばし座り込んで黙していた。大介さんの作品をその後見ていたが楽し
みながらも充分に集中できないようだった。あらためてまた来ますと言って帰った
。大介さんが彼女の名刺を見て”僕は天然パーマなので一度直毛にしたいんです
よ”と話し掛けた時は楽しそうな本来の明るい表情に戻っていた。”そのままが
素敵ですよ”と答えていた。そして実はその前に村岸さんのお母さんが見えてい
たのだ。ふらりと一人で見えて大介さんと話していた。私が紹介すると大介さんは
初めてお会いするので吃驚していた。ここの五月の仮オープンの宴の時に二階
の吹き抜けのベンチで大介さんと村岸さん酒井さんの三人が演奏し唄っている
写真が残っている。大介さんと村岸さんもここでの出会いが濃いのである。その
時の高臣大介展の芳名録に村岸さんのサインが残っている。ここの芳名帖は通
しになっているのでそのサインをお母さんに見せるとなんともいえない表情を見せ
た。帰り際大介さんが自分の展覧会の為に記帳を頼んだが今日は書けませんと
言って帰っていった。そんな事があった後に美容師の卵のNさんが来たのだった。
その後ここの存亡に関る通知があって何か午前中の明るい透明な時間が一転し
て暗く重い午後となった。
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by kakiten | 2007-01-26 11:04 | Comments(0)
2007年 01月 25日

赤いチユーリップー函となって溢れる(41)

真っ白な柔らかい雪が降り続く。高臣大介展が始ってから待ちかねたように雪が
降り続く。緑色の服を着た女性が自転車を止めまあ綺麗と飛び込んで来る。ヤク
ルトのおばさんだった。真っ赤なチユーリップが外から見えてたまらず入ったと言
う。真っ白な雪の世界。透明なガラス。そして赤のチユーリップ。入口を飾るその
ゲートにたまらなくなったのだ。しばし嬌声をあげて本人がそれこそ花のように明
るくグリーンの服を翻して会場を羽ばたいて帰っていった。配達の途中だったのだ
ろうか。いい人だった。大介さんと顔を見合わせしばし笑った。その後すぐに今度
は若い女性が来た。来てまもなく吹き抜けの二階に上がりたいと言って上に展示
してある作品を見る。若い娘はわりと恐がりだが二階の吹き抜けに上がりたがる。
今回もそうだ。ヤクルトおばさんが賑やかな花のように去った後小鳥のように若
い娘が飛んできたという感じだ。真っ赤なチユーリップ、白い天地、そして透明な
様々なガラスの変容形。ここには女性が似合うのかもしれない。「泡のある小さな
一輪挿し」と「テクテク」という可愛い足のあるグラスをその娘が買ってくれる。何か
ネーミングとぴったりのお買い物だ。美しい雪の日。こうして2日目を過ぎて3日目
の朝の1日が始った。
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by kakiten | 2007-01-25 11:57 | Comments(2)
2007年 01月 24日

ネーミングの面白さー函となって溢れる(40)

高臣大介さんの作品は作品そのものもそうだが付けられたネーミングが面白い。
「君は誰かに覗かれている」という作品は入口に四段に吊るされた一輪挿しのタイ
トルだがこれは今回の為の新作で全体に幅広で中央に一つ目のような窪みがあ
り外からも内からも両側から覗いている積りで覗かれているというユーモラスな
作品である。そこに真っ赤なチューリップが挿されている。またショットグラスの新
作「砂漠の夜」は底を上に伏せて置くと蜃気楼のように揺れて見える。定番のロッ
クグラス「燃える男はロック!」少し小ぶりの「燃えろいい女!」は厚手のどっしり
したガラスの質感が心地よい。「ゆらりJr」は初めて見るワイングラスで持ち手の
細長い部分が文字通りS字型にゆらりと曲線で構成されている。手に持っている
だけでもう酔いが回りそうな感じだ。彼の作品は用の物でありながら用を楽しみ
笑い飛ばすユーモアとしっかりした実用性が共存して飽きない。その中でもっと
も非実用性に創られた「ガラスギユウギユウ詰め」という30cm程の高さの瓶の
作品は透明な瓶の中にこれでもかという位吹き込まれたガラスの曲線の筒状の
物が詰まっていて何の実用性もないが見ていて見飽きない。少しオーバーに言
えば俺はまだまだこんなに詰まっているものがある。こんな事で負けられるかみ
たいな勇気を与えてくれる作品だ。作者も愛着があるらしくほとんど非売品に近
い値を敢えて付けている。ただもう2度と造りたくはないとも言っていた。鉄とか銅
とかその内部の密度をもし透明にして目に見えるようにしたらこんな詰まり方をし
ているも知れない。そんな作品である。彼の熱く濃い人柄がそのまま作品になっ
ているようだ。ガラスが透明である事に拘りそのtransparentな器量は高臣大介
そのものかも知れない。透明ではあるがそこを通過することはある変容をみる事
である。異質なものが透明に変容する。光が溜まり変容する。それはまた函の保
つ優れた特質なのだ。水を溜め溢れる。光を留め溢れる。光もまた空気中の水
なのかもしれない。彼の作品には封じ込める権威のBOXや隠し持つ箱の性格は
ない。透明に笑い飛ばすように開かれている。そのギユウギユウ詰めの作品を
吹き抜けの上に置いてある野上裕之さんの椅子の作品の上に今日大介さんが
置く。野上さんのギュウギュウ詰めと大介さんのギュウギュウ詰めが青空と光に
映える。絶妙の取り合わせである。ふたつの素材は異なるが心の”ギュウギュウ
詰め”が声を合わせて笑っている。ギュウギュウのコラボレーシヨン。また、ひとつ
開いたね。野上さん、大介さん。
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by kakiten | 2007-01-24 11:49 | Comments(0)
2007年 01月 23日

高臣大介ガラス展始るー函となって溢れる(39)

高臣大介展が始った。花屋さんの佐藤義光さんがまっ赤なチユーリップを入れる
。透明なガラスにうっすらと積もった朝の雪の光が反射して白い壁に揺れる。チュ
ーリップの赤が吊られた一輪挿しに映える。それらが入り口をゲートのように囲ん
で外から見ると透明で赤いキラキラした大きなくぐり戸のように見える。百種類近く
の様々な形が並んでいる。自分の工房以外ではこんなに種類を置いたのは初め
てだなあと大介さんが呟いた。この場所での二度目の個展。作家の気合の入れ
方が伝わり嬉しかった。ここでの一回目の時は百本の吊りの一輪挿しを束ねて
シャンデリヤのように吊り今回は開かれた透明な万華鏡のような展示だ。壁に仮
設の棚を設け展示空間は立体的に奥行きを増し、朝の光、午後の光、夕暮れの
照明の光と作品は千変万化して佇んでいる。場所を知り場所をこなした作家の力
一杯の展示。その気持ちが会場には満ち溢れている。春を呼び込むような明るい
光に満ちた気持ちのいい空気が流れる。今日初日。まだまだ高臣大介の世界は
これから豊かな重なりを増し変化していく。昼過ぎ雪がさんさんと降り出す。雪が
少ないなあと昨日までぼやいていたのが嘘のよう。雪とガラスがテーマの作品に
合わせたように降リ積もる。
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by kakiten | 2007-01-23 12:54 | Comments(0)
2007年 01月 22日

吹雪の時間ー函となって溢れる(38)

堀田真作展の為小論を書く。ドイツのハンブルグで3月開かれる個展の為のもの
だ。アルミの板を研磨し線を入れ濃淡を入れギラリと銀屏風のような作品である。
一昨年前のスペースで展示した時このブログに安土桃山時代のようとちらっと書
いた。ハンブルグのキューレーターSさんがそれを読んでいて是非書いて欲しい
という事から先日の訪問ともなった。室町時代二百有余年江戸時代二百有余年
とふたつの将軍の時代に挟まれた僅か五十年程の安土桃山の時代は日本でも
珍しい革命とテロの時代である。旧来の価値観をひっくり返し南蛮渡来の外の世
界の文化を取り入れ茶の湯、浄瑠璃、能楽、歌舞伎が民の側からも発展した時
代でもある。その代表的な人間が織田信長であり千利休だろう。信長は南蛮渡
来の鎧兜に見を固め既成の権力を叩き潰し、利休は椿の花の美しさを演出する
為庭の他の椿すべてを切り落とし一輪だけにしたという。このふたりに象徴される
苛烈な一種のテロ、革命の精神は日本の歴史上そうあることではない。この一瞬
のような短い期間の激しさが堀田さんの作品の基調にも感じるのだ。そして彼の
生まれた帯広、十勝の国の由来にもそれを感じていた。先住民族のアイヌ語で
トカプチーtukapchiは幽霊。往時十勝アイヌ極めて強暴常に侵略を事とす。と
永田地名解は伝えている。この説には異論もあって定説とはなっていないが堀田
さんの作品には十勝の冬の吹雪のような激しさと北独特の冬の乾いた湿暖では
ない冷気があって時に私には日本刀の刀身のように見えるのである。彼自身は
アイヌ人ではないが彼の生まれた土地の風土と歴史上の一瞬の幽霊のような安
土桃山の華麗さとが彼の内部でクロスするように表現世界を創っているように思え
るのだ。湿度感のない白銀の肌と疾風のような線の動き氷柱のような垂直で強靭
な天地の線。安土桃山の歴史を切り開くキラリとした刀の刃のような刀身の光。
彼の内部のふたつのtukapchiが渦巻いているような気がする。それは旧世界を
切り裂くテロリズムのようにも見え志の高貴な精神の銀屏風にも見えるのだ。
そんな事を書いた。北海道的には無名に近い彼が昨年五月豊田市美術館で個
展をし今度はドイツへと出ていく。多分彼の作品はヨーロッパでこそ認められる
だろうという予感がする。私の拙い小論が少しでもお役に立てればと願う。今回
堀田展を企画したSさんも帯広の出身と聞いた。私の十勝への目線は同時に
Sさんへのインターローカルなエールでもあるのかも知れない。ドイツには真っ
白で真っ青な雪と空がないと言っていたSさんに十勝平野の真っ白な吹雪の強暴
さを石狩の国から思っての事だ。

*冬の高臣大介ガラス展「雪とgla_gla」1月23日(火)-2月4日(日)
 AM11時ーPM7時月曜休廊於テンポラリースペース
 札幌市北区北16条西5丁目1-8tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2007-01-22 13:00 | Comments(0)
2007年 01月 21日

風深まるー函となって溢れる(37)

円山市場近くのカフエで開かれている藤谷康晴展「路上でお茶を」を見に行く。来
月13日からテンポラリースペースでも個展が予定されている。昨年7月にここで
初めての個展以来進境著しい藤谷さんの新たな展開を予感させる展示だった。
一緒に行った酒井博史さんが即反応してきた。来月17日の彼のライブは藤谷
さんの展覧時期と重なり藤谷さんの作品の中でのライブとなる。唄う歌を作品に
合わせテーマを絞ると言う。ここ半年余りふたりの出会いのある節目が唄と絵を
通して表現されるだろう。藤谷さんの描く都市の風景そして街っ子酒井さんの唄
がここでクロスする。ふたりの目線の違いと共通するその目線の向こうのもの。
それが会場で溢れるだろうと思う。私は酒井さんに彼のオリジナル曲を注文した。
もうそろそろ出てもいい頃なのだ。古い商店街東屯田通りに代々ハンコ屋さんを
営み旧曙小学校を若い作家たちを中心に開かれた場として立ち上げ挫折した彼
の街への屈折した想いが都市を凝視する美術家藤谷さんとの出会いを通して今
新たな展開を見せようとしている。そんな時にこそもうひとつの酒井博史、歌い手
としての新たな表現が顕われるに違いないのだ。人は人と出会うことでその出会
いの身じろぎに空気が動く。風が立つ。そして風が深まる。藤谷さんの作品に声
が生まれる。酒井さんの声に風景が生まれる。きっとそんな時間がもう約束され
ている。古い街道の裏にある喫茶店の藤谷康晴展会場で三人の話は途切れる
事がなかった。前回書いたブログの文章を三上勝生さんがご自分の「三上のブロ
グ」に引用し熱く語ってくれている。引用されたこちらは恥ずかしく照れるが励まし
のお気持ちは深く心に届く。感謝です。野上裕之展でも心底の展覧会評を載せて
頂いた。同じように三度も見に来てドキュメントのように自らのブログに掲載してく
れた流星の名の方からテンポラリーコミユニテイを立ち上げてはと提案された。
そうしたいと思う。せっかくの優れた展評、記録として残し公開したい。私のブログ
ともども作家と作品の時間を見た方の記録と共有する場を作りたいと思うのだ。
とりあえずミクシイにその場を設ける積り。来週からは冬の高臣大介ガラス展が
始る。ちょうど一年前のスペースのラストを飾りここでの再開の最初の展覧会も
彼だった。毎年夏と冬に開くのは先人の年の数え方、冬の年、夏の年に倣ったか
らである。冬の年の新たな始まりの今、明後日からの高臣大介展は今度も熱い
スタートとなるだろう。
*冬の高臣大介ガラス展「雪とgla-gla」
 1月23日(火)-2月4日(日)AM11時ーPM7時(月曜休廊)
 於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8
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by kakiten | 2007-01-21 12:49 | Comments(0)