<   2006年 11月 ( 26 )   > この月の画像一覧


2006年 11月 30日

M以前M以後ー冬のいのり(34)

昨年の今頃前の場所を撤退せざるを得ない法的判決が下された。それから二ヶ
月後私という種子は土壌を求めて地盤地質図をベースに大正昭和の地図それと
一万分の一の現況図の三種類の地図を片手にさっぽろを漂流した。種は土壌を
求めていた。何処でもいい分けではないのだ。その漂流の過程で幾つものさっぽ
ろを見た。この今の斜め通りに至るまで自分のなかで納得していったもの、それ
は必ずしも他者が同じように思うとは限らない。やはり以前の25年の土壌に種を
保つ人もいる。そのふたつのゾーンの境目のように今年7月の藤谷康晴展と村岸
宏昭展がある。そして急逝した村岸さんの存在がその境の一点にある。私にとっ
てはM以前とM以後にこの場の土壌が見えてくるのだ。M以前の象徴的な存在
が10月に急死した石田善彦さんのように思える。石田さんの土壌はやはり深く前
の場所に根ざしていたから彼は勿論個人的な生活の状況もあったろうけれどここ
にもうひとつ根付く事がなかったように思う。これは私の勘のようなものだ。Mの急
逝は石田さんにも大きな心の欠損だったと思える。その事と石田さんの死がすぐ
結びつく訳ではないがある孤独に結びついていた事はその後の話から推察される
。ともに引越しの作業、ここでの立ち上げ作業に汗を流してくれた彼がこの場の土
壌を共に耕すことなく去っていった心の負荷は今も重い。ただその進退極まる一線
に私と石田さんの違いもまた見えるのだ。私が漂流したプロセスを石田さんも共有
していた訳ではない事。従って結果としてふたつの場所の違いが以前を引きずった
まま分離して心の種子は土壌に定着しなかったように思える。その進退の際(きわ
)のようにMの存在がある。M以降の耕された土壌にもう新しい種子が息づいてい
る。M以前の土壌は喪われ其処に根ざした種子は去っていくのだ。変らず繋がる
種子もいる。ギヤラリーという函の土壌にそれぞれの生きる心の種子が敏感に反
応していく。進退極まる一線を人間もまた植物と同じに種子と土壌のように精神の
風土に保っている。時が経ち来なくなった人の事を想い、また新たに出会っている
人の事を思い、そして分析する自分が今いる。ーこれって進退窮まる月末の性か
な。
[PR]

by kakiten | 2006-11-30 13:54 | Comments(5)
2006年 11月 28日

異郷からの便りー冬のいのり(33)

ドイツ、ハンブルグに居るキューレーターSさんからメールが届いた。来年3月に
予定されている堀田真作展の為の評論文の依頼だった。きっかけは今ドイツに
いる谷口顕一郎さんの個展カタログに以前書いた私の文章を読んだことだった。
それから興味を持ちこのブログを読んでいて昨年11月の堀田真作展の記述も
気に入ってくれたと言う。そして何よりもSさんご自身が北海道帯広出身で札幌に
も二年ほど住んでいた経験があり遠い異郷から日本と北海道を見る眼差しが大
きく作用しているように思われた。失礼ながらその部分を引用させていただく。
<・・・中森さんの文章の中に札幌の様子が書いてあると遠いドイツにいる私まで
も、もの凄いイメージが湧いてきて、匂いも伝わりこちらに来て10年以上たってい
る私には懐かしい気持ちという感情が湧いてきてコンピユーターの前で一人で何
度も泣いてしまいました。本当に何とも言えない気持ちでした。特に冬の様子が
はっきりと私の頭の中で映像が見えたのです。>
ドイツという異郷でひとり孤軍奮闘している人の何とも言えない秘められた孤独感
がふっと溢れて北の冬の<匂い>まで甦った様子が痛いほど伝わってくる。日常
異郷の闘いの中で多分禁忌されていた故国、北海道そしてその空気が個の内側
から香り立って来る。だから、その固有の空気を異郷でも伝えなければいけない。
その固有の空気を、文化として自立していかなければならない。そんな決意がその
後の依頼の文章に意志として凛々しく伝わってくるのだ。かって美術家川俣正が語
っていた”インターローカル”という言葉を思い出す。きっと場所は違うがひとり冬の
路上を歩き廻り都市という異郷と孤軍奮闘していた私のさっぽろの小さな経験がそ
の基底において共通のトニカ(基調低音)となってSさんの異郷と通底していたのか
も知れない。”やあ!”と見知らぬ人とこうして出会う。個の小さな旗が遠い同じ眼
差しの人に出会う。そんな感じのする嬉しい便りだった。
このメールに返事を出した後あるスペースの展示を終えたMさんが来た。そして
間もなく一時帰札中の野上裕之さんと岡和田直人さんが来た。年末の個展の打ち
合わせをする。さらに宅急便でもう恒例のようになったKさんからの糧食が届いた。
林檎と柿が入っていた、野上さんからもご実家の林檎を頂いた。その後仕事を終
えた藤谷さんも来て定休日のこの日は厳しい月末に人の泉、真っ赤なリンゴの暖
かい日になった。
[PR]

by kakiten | 2006-11-28 13:14 | Comments(0)
2006年 11月 27日

そう、勝手な解釈ー冬のいのり(32)

酒井博史さんが今日のブログに書いている。

勝手な解釈。

輪郭だけの街や山の上空に雲が浮いている。その空をかもめの影か、鳥のような
ものが飛びかっている。それはMの文字に見える。
さらにその上、細胞で満たされた人間の顔なのか、何者かが吹き出す息に乗って
、舞い踊る四分音符。

音。

声。

その音はやがて形を変え、精子のように、魚のように、時間軸を流れていく。
それらは、行く手に流れている大きな川をなおも渡り、
最後に辿り着こうとする、その先の行き着くべき世界には、まぶしい光の世界、
太陽が待ち受けている。
ひょっとしたら、この太陽は母親かもしれない。

傍らには白樺のように、DMの柱がそびえたっている。

この後も優れた視点の文は続くのだが<勝手な思い込みでいろいろ解釈しようと
してみた。>と、最後にコメントしている。やはり音楽家には音楽家の目線がある。
<舞い踊る四分音符>なんて私には表現できない。続く<音><声>という点描
の字。ミユージシアンだなあ!同じものを見詰めていて酒井さんの方が余程凄い
なあ。藤谷さんはいつもの顔でそんなこと考えてませんよ~と言った。そうだね。
きっと彼は考えてはいない。<思い込みで勝手な解釈>。許されよ。
ただ言える事はあの七月のDMの白樺のような柱を巻物の芯のように設置した事
だ。どうしても見る者の心にキーワードとなって存在する。もっとも白樺と思うのも
こちらの思い込みなのだ。25日午前11時から午後7時まで休みなく描き続けた
藤谷ライブはこの場でまた新たな伝説を生んだと思う。見る人によって様々な想
いを示唆する藤谷ワールド、あともう一週間展示します。朝の光、昼下がり、夕暮
れ、それぞれにモノクロームの画面が語りかけてきます。それぞれがそれぞれに
勝手な解釈を楽しんで下さい。 

*藤谷康晴展「笑う殺風景」
 AM11時ーPM7時
 場=北区北16条西5丁目1-8
        con
    temporaryspace
[PR]

by kakiten | 2006-11-27 13:46 | Comments(0)
2006年 11月 26日

Mの音符ー冬のいのり(31)

正面の4m程の作品に気を取られ正面左の白樺のような角柱に向かって描きこ
まれた作品を見落としている。下部に街の輪郭のように薄くビル街が描かれその
上部は右から左へ向かって波のように流線がたなびいている。よく見るとオタマ
杓子のように次第になって川のように見える斜めの線上を渡っている。その右下
にMの文字が斜めになり上向きになり散らばっている。中央右上部には細胞の
塊の頭部のような形が口から息を吹くように川に向かって風が出ている。その下
にMの字が散乱しているのだ。オタマ杓子は音符のようにも見え伸び伸びと川の
上を渡っていく。その先左上隅に太陽のような巣のような円が半分ほど描かれて
いる。そしてその先は画面の外の7月個展最終日に描かれたDMを張り合わせ
た白樺のような柱になる。え~これもバトンタッチハイタッチだなあ。ちようど壁面
の屈折部に作品がかかる為正面死角になり昨日も今日も気付かなかったのだ。
四枚の布に連続して描かれたこの作品もひとつとして見るとこの作品の眼は優し
い瞳なのだ。正面の一枚の4mの作品の眼とは違う。先に書いた文はもっぱらこ
の作品に因っている。このふたつの作品の違いは藤谷さんのこの7月から今日
までの時間の経過、経験でもあるのだろう。1m60cm程の柱を固定する為に下
に新たに同じDMを使って台が設置された。その上に今回描かれた絵にはやは
り水藻のような模様と水泡のようなものが優しく描かれていた。帰り際気付き今日
の内に追いかけて記す。フーガのようだね。
[PR]

by kakiten | 2006-11-26 20:22 | Comments(0)
2006年 11月 26日

充血する路面ー冬のいのり(30)

自宅近くの路上に白い布を広げ鉛筆で擦りだす。すると路面の細かな亀裂や磨り
傷が浮かび上がる。時にマンホールや排水口の格子状の蓋がくっきりと顕われる
。その擦りだした布でギヤラリーの壁面を覆う。その壁面がキヤンパスだ。壁に誂
えられた布の路上が落書きの現場となる。藤谷さんは昨日1日そこで水性マジッ
クペンで描きつづけた。下地の擦りだされた路面の模様にどんどん刺青のように
絵が加えられていった。午後7時ちよっと過ぎ行為は終わった。待ちかねていた7
人の観客がいっせいに手を叩き祝福し乾杯となった。行為の間人の絶える事はな
かった。ある人は勝手にギターを鳴らし唄った。ある人はお喋りに夢中だった。入
れ替わり人が来て去っていった。最後に居た7人は終了を見届ける為に集まった
7人だった。今年7月の個展最終日にやはり一日中余ったDMに描き続けて出来
た1m60cm程の角柱の作品を芯に置き開いた巻き物のように壁の作品がある。
今朝改めて陽光のもとで見ると擦り出された元の路面の表情は描きこまれた様々
な線で隠れ渦文状の眼のようなもので覆われていた。そう、路面が充血する眼の
ようだった。車や人の足で踏みつけられた道路が充血する眼となっている。普段
意識されない都市の路面が”面”となって立ち上がり無数の眼を保って血脈が走り
充血しているのだ。都心のビル街をひたすら細密画でリアルに再現した作品を展
示した三ヶ月前の個展。その作家の都市を凝視する眼の内側が網膜のように露出
して今回はある。物で溢れ人で溢れた都市をスタテイックに見据えた個の内面の怒
りのような狂気のような氾濫しようとする暗渠の充血する眼がある。物で溢れ人で
溢れた街路と建物から看板も人も捨象し都市の構造物だけを描いた前回の個展
の目線が反転して作家の内面そのもの、外界の風景を捨象する眼の意志その
ものとなって顕われている。裸眼、剥き出しの眼。藤谷康晴の作家としての特性。
凝視する眼の人。その初めての内側の表情だ。風景としての都市から触れて触る
血肉のマチとして身体のように奪還しようとする。その時路面は発情し青筋を立て
勃起する。眼は血走り渦を巻きマンホールの格子は無数の眼の檻となる。猥雑で
混乱し曖昧で疾走する。ロックだね、激しいね、暴走だね、無法だね。あの直線で
管理された整然とした街並みはぶっ飛んだね。都市の区画された整然な虚偽を
見抜く眼は同時にその内面に破壊と奪還の狂気を孤独な狼のように住まわせてい
たのだろう。都市のトポス(場)を擦り取る行為と個のパトス(情念)が炸裂する行為
とが一体となって今夢の中にある。夢精する路面となって。

*藤谷康晴展「笑う殺風景」12月2日(日)まで展示。
 AM11時ーPM7時北区北16条西5丁目1-8             
                CON
             TEMPORARY
               SPACE
[PR]

by kakiten | 2006-11-26 13:10 | Comments(0)
2006年 11月 25日

風景を奪取するー冬のいのり(29)

昨日とは一転して快晴。ただ路面の凍結が円山とは違う。やはり同じさっぽろでも
北区は氷結した路面が多い。でも光は燦々。昨日夜設置した藤谷康晴さんのフロ
ッタージュした路面の作品が降り注ぐ午前の光に美しい。路上を鉛筆で擦りだした
模様が壁一面をぐるりと囲んでいる。その表面をさらに今日1日ドローウイングして
仕上げていくのだ。都市の路上の何の変哲も無い亀裂、マンホール、排水口等が
壁に拡がっている。掏り取られた都市の路面に作家の手がその表面の皮膜に新た
な皮膜を創り出していく。日常の再構築。その行為の延長には非等身大な都市の
価値観との闘い、対峙そして再生の基軸がある。現実が土木工事をするように変
る訳ではない。ただ自分の手でもう一度触れて革(あらた)める。だからどうだと言
うものでもない。そうしたいからするのだ。虚構だがそこに等身大の個が凡てを集
中する。篭める。そして何かを奪取する。身の丈から別の軸へ移動していった時間
や空間を。その行為が今日1日ライブで続く。
朝から人が絶えない。Mさんご夫妻に始まり午後には村岸さんのお母さんも来た。
ちようどその後来た先日の深川の西河直道さんがなんと村岸さんのお葬式にも参
列していた事が分かり吃驚する。「木は水を運んでいる」という個展のDMをそのま
ま使った図書カードをお礼に頂きましたと挨拶されお母さんは恐縮していた。ここに
来て初めて顔と名前が一致すると。藤谷さんは食事も摂らずひたすら描き続けて
いる。壁の下地の路面を擦り出した布がタットウー(刺青)のようになっている。
[PR]

by kakiten | 2006-11-25 12:03 | Comments(0)
2006年 11月 24日

白い世界が来たー冬のいのり(28)

濡れた路面を自転車で走ってきた。着いてまもなく雪となった。あっという間に
真っ白な世界。帰りは自転車乗れるかしら。及川恒平の「冬のロボット」聞く。
そういえば村岸さんのご親戚の村岸恵美さんがこのCDを気に入って何人かに
薦めていたっけ。廻り回る心のタッチ。西河直道さんという作家が尋ねて来る。
今Uギヤラリーで個展中の深川在住の作家である。たまたま丸島さんのミクシ
イのブログで紹介されていたのを読んでいたから初対面という感じはしなかった
。話しているうち先日お会いした有本紀、ゆかりさんご夫妻を昔からご存知だっ
た。ここを知ったのは村岸宏昭展前後らしくこのテンポラリー通信も読んでいる
らしい。三十台前半の人で真っ直ぐな眼をしている。知らない所でひそかにしっ
かりと表現の場を磨いている。多分心決めて訪ねて来てくれたのだ。藤谷康晴
さんもそんな感じで出会ったのだ。有本さんを知っている事からもともとは音楽
系の人と思う。音の分野の人が美術的表現へと関心を持つ。村岸さんもそうだ
がその動機に同時代としての越境正当なオーバーフエンスを感じるのだ。現代
の社会的装置は眼と音で設置されている。ひどい時は美しい自然の観光地に
BGMが流されてさえいる。風と小鳥の声だけで充分なのに。作られ指示する音
と映像は街に車に溢れている。音楽さえも雑音の臭い消しのように街にはある。
音の分野の人が既成の領域に安住できず自ら信ずる純粋な音のため現実の
音と眼と対峙し新たな環境を創造しようとする。そこに美術的表現の動機があ
る。もう音が音楽界にあり、絵画が美術界にあるという幸福な近代の区分けは
破綻しつつある。漁師が海のためにも山に木を植えるように分野という領域の
オーバーフエンスをせざるを得ないところにコンテンポラリーな生き方がある。
純粋な音の為に美術という分野に越境していく。身体的に言えば眼も耳もある
種の雑音としての風景に犯されている。その現実から自分の目と耳を奪取する
闘いの在り様として表現の問題がある。西河さんの個展のタイトルが「ノイズ・
リダクシヨン」というのはその間の事情を意味していると思われた。直訳すれば
「雑音縮小」である。多分時代の一番敏感な部分を表現の現場として見据えて
いる。後は実際に見てからにして、何故かこの所音楽系の優れた感性が尋ね
てくるなあ。
[PR]

by kakiten | 2006-11-24 13:43 | Comments(0)
2006年 11月 23日

雪降るー冬のいのり(27)

雪が降って黒い幹が風の方向に半分白くなった。枝葉の空へ向かう曲線が美しい
。荒ぶる神が来た。濡れた屋根から氷雪のずり落ちる音が響く。ここで初めての冬
。同じさっぽろでも違う。疾走する車が雪水を飛ばす音が響く。根雪はまだ。白い柔
らかな固体が道を覆うと音も吸われ柔らかくなる。和む神の時間もやがて来る。
雪が空中を舞い汚れを清浄にする。空気が深と澄んできた。伏見稲荷のアリスの
家その山の空気に似てくる。雪は音も吸うけれど汚れも吸うのだ。築五十年の民家
。寒気と清浄。これからどんな函(トランス)となっていくだろうか。明後日の藤谷康
晴さん。初のドローイングonフロッタージュ1日ライブ。ひたすら描き続ける。7月の
個展最終日がそうだった。そして描き終えた50枚。次の村岸さんとハイタッチ。あ
の時の作品が四角い1m60cm程の柱となってある。あっ!白樺みたいと言って
いたっけ。あのハイタッチがまた繋がっていく。振り返っているのではない。見詰め
ている。雪のように降り積もっていく。振り向いてはいない。雪のように深まっていく
。夏の年の始まり近く。冬の年の始まり近く。藤谷さんが選んだ時、眼差しなのだ。
それを見詰めている。立ち会っている。死にめ、生きめの界(さかい)。そこに立ち
会う。そこの界(さかい)のハイタッチ。函となって溢れた心の手のハイタッチ。閉じ
る箱ではない。開く函の深み。そこから溢れる飛沫のハイタッチ。夏の年から冬の
年へ”バトンタッチ、ハイタッチ”そうだったねあの時もふたり。
[PR]

by kakiten | 2006-11-23 13:53 | Comments(0)
2006年 11月 22日

玄樹ー冬のいのり(26)

荒ぶったり、和んだり、すっと流れたり、波のような風のような時間が訪ねて来る。
神が行きつ戻りつ。風神なんだろうな、きっと。
身を固くして黒い樹のように立っている。玄樹。緑色の頭はもう無い。
死者の手紙が足下に枯れ葉のように散乱している。
根に沁み入る前の時間。音を立てて、時に濡れて鮮やか。
雨も身を固くして白い色。でも包み込む柔らかな雪ではない。
風だけが行きつ戻りつ。空も青と灰色そして黒。空も行きつ戻りつ。
一本の樹のように立っている。玄樹。
独り言のように枝先が震えて呟く。ー神無月はもうとっくに過ぎたのにね。

風邪だろうか、こんな言葉しか浮ばない。意志が俯いている。開かない。そうね、熟
睡したい。玄関にいつのまにか石油のポリタンに石油が入って金井孝次さんが届
けてくれていた。前のスペースに全部置いてきてしまって何も無かった。
金井さん感謝です。こういう日はこういう日のままに。心も行きつ戻りつ。
ちよっと買い物に出たら「面(おもて)」四号が届いていた。堀雅彦さんの書き置き。
ー留守中お邪魔致しましたー
樋泉綾子さん「村岸宏昭という人について」いい文章。<彼は自分の事をよく話し
た。「僕は決めたんですよ」とか「僕はいいことを思いついたんですよ」とか、唐突
に話しはじめて延々と続く。>-そうでしたね。樋泉さん。
佐藤久美子さん「ピアニカと白樺」の絵を掲載。一度会ってみたかったとコメント。
死者も行きつ戻りつ。

          藤谷康晴「笑う殺風景」

      11月25日(土)AM11時-PM7時
      LIVE ドローイングonフロッタージュ
      1日ひたすら描き続ける作家のライブ
      です。何が出来るか本人も分かりません。
      ひたすら内部に溜まってくるものを描き続け
      ます。見る人はそのまま作品の立会い人と
      なります。お時間みて是非ご参加下さい。

      場=札幌市北区北16条西5丁目1-8
                 CON
           TEMPORARYSPACE       
[PR]

by kakiten | 2006-11-22 13:08 | Comments(1)
2006年 11月 21日

不思議なアリスの日ー冬のいのり(25)

もう何年も会っていない東京にいる舞踏家糠信淑美さんから一昨日電話がきた。
体調崩しているらしい。いろいろと話を聞いた。翌日円い筒状の封筒が届いた。
中には奉書に筆で書かれた三年前に上演した「寺山修司に捧ぐ砂人形」の主題
詩「私の荒野」全文がさらに加筆され巻かれて入っていた。表題も「遊舞」と変えて
ひろげると5m以上あった。もう体もぼろぼろで足もままならず痛みに耐えて寂しさ
の中で書いたのだろうか。ひろげて見ていると筆の文字がまるで踊っているように
白い紙の上を流れていく。奉書の白い巻紙の上をするすると黒髪を振って舞うよう
に墨書が踊っていた。きっと踊りたいんだろうなあ。踊りを見て欲しいのだろうなあ。
最近大野一雄さんが百歳になり車椅子視力も衰えでも、なおかつ手のひらだけで
踊っているのをTVで見た。踊り手という表現者の執念にも似た表現への執着心が
感じられた。糠信さんの字にもそれと似た執着心を感じるのだ。同じ日に美術評
論家のKさんから手紙が届く。<自分の画廊でなければ、誰が出来る!位の気構
えで、やって下さい。>と檄文が書かれていた。今年八月の佐佐木方斎展以来K
さんの真っ直ぐな気持ちは時に落ち込みそうな自分をいつも叱咤激励するのだ。
そして午後に有本さん夫妻が来た。これから行くと電話があったのでジョンルイス
のバッハ平均律をかける。程なく夫妻が見え”えっ”と言う。自宅でも今朝同じ曲
を聴いていたと言う。最近このバッハとジョンルイスが沁みこむように分かってきた
んだと有本紀さんが語りだした。優れたピアニストで前のスペースのライブの常連
奏者だった彼に私は以前から同質の音を感じていたのだ。でも彼にとって本当に
それは最近の事だと言う。九月に家を引越しその場所の霊気も有ると言う。奥さん
のゆかりさんが見つけ彼女も体調が回復しつつあると言う。藻岩山の裾野に近く伏
見稲荷の傍と聞き驚いた。私の処で出すコーヒーの水はその近くで採取していた
からだ。界川の支流の湧き水である。その水の道は南に白龍大社北に界川神社
に続き琴似川水系で前のスペース此処にも繋がっているのだ。今度そこを歩きま
しょうと話した。いろいろな話をして外も暗くなりどこかでご飯でもという事になり外
へ出た。じゃあ家に来ますかと聞かれそうと決まった。バスで近くまで行き急な坂
を歩く。奥まった伏見稲荷の横の道。本当に稲荷さんの本殿に近い所に家があ
った。鍋の仕度をいそいそとふたりがしてくれ冷えた体が暖まる。落ち着いて中を
見ると外見よりも大きな広いお宅である。ここに来てから熟睡すると有本さんが言
った。山の霊気と静寂。何かの騒音に耐えていた時間の慣れという見えない疲れ
が癒されたと言った。ゆかりさんが見せてくれた彼女の仕事場には山葡萄の実が
沢山散乱していた。近くで採ったと言う。絵の色の素材に使うのだ。思いもかけず
お宅までお邪魔して辞したのは零時に近かった。なにかこの日1日言葉にならな
い不思議の国のアリスのような1日だった。心が集まって訪ねて来る日だった。
[PR]

by kakiten | 2006-11-21 13:19 | Comments(0)