テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ

<   2006年 09月 ( 26 )   > この月の画像一覧


2006年 09月 30日

あふれる一滴ー阿部守展(11)

花が咲き誇る時間のために花のない何百倍もの時間があるように、この舟形の鉄
の器に湛えられた水も一滴の水滴となって落下するためにその一滴の何百倍もの
量がある。多分私たちの現在の記憶も水滴や花の時間と同じくらい潜在する時間
の量があるのだ。朝阿部さんの作品に水滴の調節、水の補給をしながらそんな事
を思った。今日で最終日。水滴のように人が訪れこの水滴のように時間を刻んだ。
その訪れるという時間の一滴の前にどれほどの深い大きな時間が潜在しているか
、そんな事を会期中何度か気付かされた。今日もマイミキシイで今城恵子さんの
文章を読みそう思った。仕事の合間に寄り慌しく帰ったかにみえた今城さんの的確
で溢れるような長文の日記は止まらない位続いて、さらにコメントの欄までさらに続
くのだ。ちよっと目頭熱くなった。新しい場所に初めて訪れしかも慌しく短い時間。
しかしこれまでの大木裕之さんの上映会、展覧会等濃い時間の蓄積がまさに一滴
の水滴のように溢れていた。初めての場所、初めて見る阿部守展。しかしそこには
この場に至る時間の記憶の蓄積それらが実際に訪れた時間の背後にぎっしりとあ
って、日記にはそれらが<初めて>を覆い尽くし新鮮に溢れているのだ。ある美術
作品に逢うための純粋培養的な真白い結界はここにはなく、多くの思い、人との出
会い、そこに至る場の記憶それらが全部いっぺんに凝縮され開かれて作品に逢っ
ているのだ。だから作品もまたその時間のひとつに繰り込まれ併存している。特殊
なものではなくそこにその時間に存在する親しい日常のように。阿部さん!あえて
一度もあなたの輝かしい履歴についてはここで記した事はありません。それはここ
であなたの図録を垣間見ればいい事です。作品はこの空間で形容詞抜きでここを
訪れる人たちの沢山の濃い記憶と共に存しました。そしてその人たちの多くの想い
によって理解されました。それは時に作家の意図を離れたものであったかも知れま
せんが、作品は間違いなくこの空間と時間の中心に存していました。M君の記憶、
川の記憶、場の記憶、それら訪れたそれぞれの人の固有の記憶の総体のように
存しました。潜在する膨大な時間の内から溢れる個々の記憶の一滴のように熱く
濃く存しました。最終日の朝のささやかなご報告です。

*阿部守展今日までam11時ーpm7時
*酒井博史ライブ「刻歌誓唱」10月4日pm7時~1000円
*及川恒平ライブ「夏のひかり秋のはなし」pm4時~3000円
[PR]

by kakiten | 2006-09-30 12:41 | Comments(0)
2006年 09月 29日

小春日和ー阿部守展(10)

風もなく光溢れる。秋が澄んで深いなあ。資料の整理少しずつ片付けている。作家
の資料がどうにか棚に収まる。昨日中川さんの事で触れた岡部昌生の資料も多い
。来年のイタリアのヴェネツイアビエンナーレ日本館の代表に選ばれたとかこの所
ニユースになっている。’90年代前半は彼と共にテンポラリースペースを創ってき
た。今展示中の阿部守さんもきっかけは岡部氏の紹介だった。その他九州、韓国
の作家たちも彼の紹介だったが今思うとすべて佐佐木方斎さんの主たる現代作家
展で札幌にきた作家たちだった。今こうして原点の佐佐木さんに会っているわけだ
。その岡部氏のことを「美術ノート」№4号(1985年3,4月号)で美術家の岩下碩
通さんが書いている文章がある。<岡部昌生の作品はすでにフロッタージュから
装置へと変化している。彼の関心は、作品の本然性や作品を作品たらしめる錬金
術ではなく、物質による時間・空間の操作・管理にあるのではないかと思わせるほ
どに高度な言説を獲得しつつあるようだ。従って我々は作品を感じたり見たりする
のではなく、読解析するのである><岡部昌生の作品が装置としてシステム化さ
れようとするとき、錬金術からの後退を見せているのではないかと危惧するのであ
る。>すでに20年以上前に今日の岡部昌生をピタリと言い当てているこの文章は
「美術ノート」の優れた記録の成果のひとつに数えられると思う。無名の路上や何
の変哲のもない壁をひたすら擦って記録していた労働の総体のような岡部の作品
はいつのまにか有名な場処著名な人を対象とするようになってきた。そして<読解
折>を強いられるのである。曰くヒロシマ、アウシュビッツ、ユウバリ、ビッキ、イチハ
ラと。さらに展示のデザイン化が進みまさに<装置としてシステム化>が定着して
いくのだ。越後妻有の大地の芸術祭では東北の風の神さぶろうさまを登場させ
北海道の札幌ドームではアートグローブ(芸術の木立ち)にアイヌの風の神レラ
カムイを登場させる。このタイトル自体はアイヌの人たちの反発から撤去されたが
要は場所に応じた装置のひとつに過ぎなかった事実である。<読解析>なのであ
る。昨日中川さんの事で書いた<名もなく貧しく美しく>の反対が<名もあり豊か
に美しく>だとすれば岡部氏がそうだとまでは言わないがまた、世の叶姉妹やエ
メルダ夫人の靴やファッシヨンと同一とは勿論思わないが<高度の言説>と<低
度の言説>の違いはあれ、さらなる有名な高名な装置としてヴェネチアビエンナー
レの舞台が有る事は間違いない。そこでは本当の意味で岡部昌生が試練として試
され作家として試されるだろう。もう後はないのである。私は古い友人の一人として
これからの一年間をじっと見ていくつもりだ。

*阿部守展30日までam11時ーpm7時
*酒井博史ライブ10月4日(水)pm7時~1000円「刻歌誓唱」
*及川恒平ライブ10月8日(日)pm4時~3000円「夏のひかり秋のはなし」
[PR]

by kakiten | 2006-09-29 13:33 | Comments(0)
2006年 09月 28日

深い傷ー阿部守展(9)

昨日資料や本等沢山の荷物を預かってくれた賀村順治さんご夫妻が来た。阿部守
展を見に来てくれたのだ。その折石狩の中川潤さんの大怪我の事を聞いた。先日
阿部さん達と増毛方面へ出掛けた時寄ったのだがなにか元気がなく望来の定食
屋さんでも畳に座らず椅子に腰掛けて痛そうだったのが思い起こされた。その時
は以前の古傷かなと思っていたのだが我々が訪れた1,2日前に鉄版を足に落と
し20cm程の中が見えるくらいの怪我をしていたのだ。消毒液を希釈しないでかけ
て火傷もしたようで歩くのも辛そうだったと言う。その話しを聞いてすぐ電話した。
「もう肉ももりあがってきたから大丈夫だ」と言う。病院にも行かずまあ、と思った。
我々が行った時微塵もその事は言わなかったし、普段よりさらに寡黙ではあった
がお茶も出してくれた。電動鋸で四十針もの傷を手に負ったり今度の事といい注
意力が少し弱っているのかと思う。ここのスペースもそうだが彼とは’80年代後半
からいつも一緒に仕事をしてきた。岡部昌生氏のデザイン力、中川さんの写真の
記録と様々なサポート。多くの作家たちはさっぽろで深い印象を彼に持っているの
だ。北海道の登山家として五本の指に入る人だが近年はアイヌ学の実践者として
自耕自食の道に入りあえて登山家としての名誉の道を歩まない人である。その生
き方が人柄と共にいかに芸術家の心を捉えていたかは大野一雄さん、吉増剛造さ
ん、戸谷成雄さんはじめ多くの人がさっぽろを語る時必ず出てくる程なのだ。名も
なく貧しく美しくという生き方を真に実践していると言ってもオーバーではない。さっ
ぽろを本当に生きている人である。テンポラリースペースの基礎は中川さんの協力
抜きにはない。今回の大怪我の話しを聞いて克己心の強い寡黙な彼の前でふっと
自分の無力のような現在を思う。黙々と人に尽くし自分の事は決して人に語らずま
るで中川さん、宮沢賢治じゃあないですか。ここの大家さんの奥さんが中川さんの
目を”イルカみたいな優しい目”と言っていたが、参ったなあ、せめてここに記して彼
を知る人たちに伝えたいと思う。九州から作品の搬出の事で電話が来た阿部守さ
んにもこの事は伝えておいた。自分の怪我は伏せてジャスミンテイー(!)を振舞
ってくれた彼の克己心に阿部さんも驚いていた。怪我そのものよりもそうした生き
方を選んでいる精神の在り様にある真摯なものを感受するのだ。群れに媚びない
個の在り方としてである。傷だけが深いのではない。早く怪我直して一緒に歩こう
ぜ。また、深いさっぽろをさ。

*阿部守展ー30日までam11時-pm7時
*酒井博史ライブ「Mの記憶」10月4日(水)pm7時~1000円
*及川恒平ライブ「夏のひかり、秋のはなし」10月8日(日)pm4時~3000円
[PR]

by kakiten | 2006-09-28 12:52 | Comments(0)
2006年 09月 27日

さっぽろの水滴ー阿部守展(8)

なにかちよっとむきになってしまった。佐佐木方斎さんの事を取り上げてくれた
記者氏に公器としての新聞の役割と個としての使命感の狭間を突いたようだ。
私の私的な思いはあくまで佐佐木さんの現在にあるからそのズレもあったと思う
。その時現在というものの捉え方は、佐佐木さんを軸にして時間のフィールドが
数字の年数で輪切りにはできずトータルに現在という時間を掴まえて欲しかっ
たのだ。次回以降の記者氏の<80年代から現代へ、という視点での記事は今
後をご期待ください・・>という視点を一読者として待つことにする。
阿部守さんの作品に水滴が間断なく落下している。落下地点は茶褐色の錆が
日々刻々穿たれて、形成されている。一滴という現在の小さな連続が作品とい
う現実を創っている。すでに水分が消え錆だけと成った沖縄と英国の水。今も毎
日滴りながら新たな錆を創っているさっぽろの水。今週一杯の会期中ここで時間
を刻んでいる。一滴々々の現在、会期中創られていく現在。そのスパーンにもう
先程の答えがある。阿部さんの前の時間も含まれてこの場のここの現在がある。
sichihukuさんから久し振りにメールが来た。一度もちゃんと会った事のない村岸
さんの白樺をテーマに絵を描いたという。最近はイラストの仕事が多く久し振りに
描きたい気持ちだけで描けたと言う。モノクロームの画面に白樺が中央に浮んで
いる。周りには沢山の人が囲むように飛んでいる。実際に会った事だけが問題で
はない。心の現在、心寄り添う未知の現在もあるのだ。九州のアートスペースの
遠藤水城さんが来る。ここのカタログ4冊購入していく。九州ゆかりの作家山野真
悟さんと江上計太さんと吉増剛造さんの「午後7時の対話」等である。これは今貴
重ですよと言う。もう10年以上前のカタログだ。ここにも現在がある。振り返り、取
って返し今がある。阿部さんの作品をみていて当り前のことのように、むきになっ
た自分が少しだけ消えた。
[PR]

by kakiten | 2006-09-27 14:14 | Comments(0)
2006年 09月 26日

現場の感覚ー秋のはなし(16)

たとえそれが20年以上前の事だろうとつい1ヶ月前の事だろうと現場の感覚に
おいてはそれらは同時的な存在としてある。つまり今の問題なのだ。定点は現
在にある。新旧という尺度ではない。モダーンとクラシックでもない。年齢の老若
でもない。前回と前々回に書いた事の反応が届いた。<今回の「美術ノート」の
紹介と合わせて「現代」を書き切ることは、早い時期に断念していました><「
あえて定点的に」、’80年代特有の息吹をおさえたつもりです。>そして<「(佐
佐木方斎さん)の’80年代に現在に続く今がある」とは、間単に言い切れないよ
うに思えてきたのです。むしろ「’80年代から現在につながらなかったものは何
か」を考えるべきです。>そしてインタビユーした人たちも<佐佐木さんの仕事
をきちんと評価していたことに感じ入りました。もし今、彼らが佐佐木さんの志
と離れた所で仕事をしているというなら、その時代に並走したことさえ否定するの
ではないでしょうか?実際には、彼らの誰ひとりとして、あの時代を否定しません
でした。>現在を定点としないで断念し、あの時代と設定すれば現在につながら
なかったものは何かと問うまでもない。今を避け昔を語るのであれば誰もあの時
代を否定するはずがない。自明の事だ。また’80年代生れの若い作家たちに対
して<彼らが現代に生きて、現代美術を志しているなら、80年代を安易にたたえ
るなよ。私はそう思います。なぜなら、先代たちの仕事に敬意を払いながらも、そ
れを否定して新しいものを創造していくのがアーテイストだと思うからです。>昔を
<安易にたたえ>たり<先代たちのしごと>になったりしたらそれはもう初めから
ヤングとオールドの若い人でここにも今という現場の感覚がないのだ。新旧の
二元論で同時代という現代の軸を履き違えているのではないだろうか。20年も
前の資料だけを並べた訳ではない。同時に今年6月の新作も展示したのである。
トータルで佐佐木方斎展だったのである。その上で現在を問うたのだ。
[PR]

by kakiten | 2006-09-26 18:07 | Comments(0)
2006年 09月 24日

澄んだ反応鈍い反応ー秋のはなし(15)

一昨日の道新夕刊記事「’80年代の輝き熱く」の反応がK・Kさんから来た。1、テ
ンポラリーの個展から始るべき処が表示のない点。2、はたしてこの方々が佐佐木
さんと志同じかと想われる人に取材している点。3、北海道立近代美術館提供の
写真。4、佐佐木さんの作品写真が掲載されていない事。5、美術状況を語る視点
の欠如。以上の事から焦点ボケが気になります。という意見だった。それでもこうし
て大きく取り上げられた事自体に意味があって何かが生まれてくるのかも知れな
いという結論だった。’80年代の軸心佐佐木方斎展を企画して最も同時代的に反
応し感動してくれたのはK・Kさんだったのでこのお便りは正直嬉しかった。当時の
佐佐木方斎をきちっと現代作家展の展評でも書いていた人で今回も自宅まで御見
舞いを兼ねて訪ねた人である。その上で佐佐木さんの仕事を改めて見直し評価し
たのだ。だから今回の新聞には深い期待と関心があっての批評であったと思う。
私は記者の方の熱意とある使命感には少しの異論も持たないのだが書かれたも
のはそれとして批判があっても当然と思う。もう二十年も前にこんな事があったのよ
という視点だけでなく今、現在の視点が<熱く>なければなんにもならない。方斎さ
んの今も生きてこない。彼が美術家として例え病床にあろうと新作を再び創りさらに
次なる作品に情熱を燃やしている今が見えない事にはなんにもならない。その時過
去は過去ではなく現在只今を照射するように在るのだ。私が方斎さんを軸心と捉え
て展覧会をしたのは彼の’80年代に現在に続く今があると思うからだ。その今を方
斎さん自身にも自覚して頂きたかったしそれが彼の現在に対する個人的なエール
、インスパイヤーにもなっていい仕事を続けて欲しいと思った。<外に向かっていつ
も開いていたい>と記した佐佐木方斎の軌跡は今も閉じられてはいない。会期中
三度も「美術ノート」を読みに来た’80年代生れの人たち、そして同時代を過ごした
K・Kさんのような人の存在がその事を証して余りあるのである。
その’80年代に初めて札幌を訪れ、佐佐木さんたちの現代作家展に出品した九州
の阿部守さんの個展が今開かれているが、やはりその時代の同志だったはずの
人達が誰も関心を示さず遠く九州から来札した作家に比してこんなに距離の近い
はずの札幌が遠いのは何故だろうと思う。もうこの世にいないそれこそ無限の彼方
のM君の存在や年齢も親子ほど違う人たち、初めて今回作品を見そこで踊った人
初めて会った近隣の人たちの方がきっちりと個展を見て発言していく。自分の生活
の視点から参加して見ている。それに比して現役という時間軸がズレている人たち
が”現代”美術を語り世間を跋扈している。このマイルド現代とかスーパーライト現
代とでも名付けて毒気を薄めたようなピース呆けの連中は薬効ばかりが気になっ
て本当のところ毒にも薬にもならないのだ。そして口を開けば言う事はひとつ。宣伝
が足りない、宣伝が下手だである。鈍磨した自らの感性を棚に上げて何を告かであ
る。あっ!ちょつと血圧が上がり気味だ。気をつけようっと。

*阿部守展ー30日(土)まで。am11時-pm7時(月曜休廊)
*酒井博史ライブーMの記憶10月4日(水)pm7時~1000円
*及川恒平ライブー秋のはなし10月8日(日)pm4時~3000円
[PR]

by kakiten | 2006-09-24 12:42 | Comments(0)
2006年 09月 23日

秋は喨喨と空に鳴りー秋のはなし(14)

北海道新聞の記者の人とともに、佐佐木方斎さんの家を訪れたのはもう二週間
近く前の事だった。その時のインタビュー記事とともに昨日の夕刊に見開きで’8
0年代の輝き熱くという見出しで大きく現代作家展と美術ノートの事が佐佐木さん
を中心に掲載された。私が仕掛けた佐佐木方斎展の’80年代の軸心という発想
が一応公的に認められた事でもある。ただ、相も変らず評論家のY氏とか美術家
でパブリックアートの第一人者のK氏とか映像関係のN氏とかあまり佐佐木さん
の志を受け継いでいるとは思えないむしろ知らん顔系の方々がさも当時の事を
知り尽くしているかのように登場するのはマンガだった。今必要な事は佐佐木さん
の作品に対するきちっとした評価と現在の彼の位置付けであり、輝いていたという
過去への目線ではない。佐佐木さんがした「美術ノート」全十巻や野外の展覧会
北海道現代作家展の地域を越えた作家の交流等は今こそ問われてしかるべき
コンテンポラリーな課題なのだ。レジデンスという滞在型の文化庁主導の美術の
国際交流パターンや受け手としての批評のあり方、箱型の展示空間の超克等今
もっとラデイカルに問われるべき現在形の視線が必要である。佐佐木方斎という
時代に孤立して先行したランナーの現代性こそ今問われるのである。運動体と
してわいわい賑わっていた時だけのお仲間の話などどうでもいいのである。むし
ろ’80年代に生を受けた世代の純粋な感想の方がはるかに新鮮でラデイカルで
あるのは私が企画して佐佐木方斎展で感じた事実であった。会期中この昔のお
仲間とおぼしき人たちは誰一人として会場に足を運ばなかったのである。新聞ダ
ネになるとゾロゾロと訳知り顔で出てくるのはなにも今回の事だけではなく故M君
の追悼展とか騒いでいる人たちの多くも彼の個展に顔も出さなかった連中でこう
いう蝿のようなジャーナリズム病患者は世代を問わず存在するのだ。それも悪意
ではなくあたかも善意からそうしているのだからどうしようもない。一種の高等ミー
ハーであり、ミーハーに実は高等も低等もないのだがタバコのライトやマイルドみ
たいな表装の差別には敏感なのだ。それ故世渡りは表層的にはお上手である。
作家という表現者の一番大切な個展や仕事を抜きにどういう事情があったにせよ
それを見逃した事の悔恨や一言のお詫び,反省を抜きにその作家に対し社会的
発言をぬけぬけと善意面してするなと言いたい。個別の思い出の垂れ流しを本質
的な問題と錯覚するなと言いたい。

  いのる言葉を知らず
  ただわれは空を仰いでいのる
  空は水色
  秋は喨喨と空に鳴る 

高村光太郎の「秋の祈」を引用して今日の晴れた青空に気持ちを切り替えようっ
と。今日は阿部守展の事はお休みです・

*阿部守展ー30日(土)まで。
*及川恒平コンサート「秋のはなし」10月8日(日)pm4時~3000円
*酒井博史コンサート10月4日(水)pm7時開演ー1000円
[PR]

by kakiten | 2006-09-23 14:09 | Comments(0)
2006年 09月 22日

水の焔のような時間が過ぎてー阿部守展(7)

水焔のような時間の後静かな1日が来た。資料の整理と滴る水滴の調節に時間が
過ぎていく。電話が鳴り東京の今城恵子さんが今晩仕事の合間にくると言う。彼女
は映像作家の大木裕之さんの私設マネージャーをかってでている人で前のスペー
ースで制作された「オカクレ」という作品にも力を添えてくれた。今はさる大手の企
業チエーンの人事担当をしていて仕事で札幌に来ているようだった。是非新しいス
ペースをお訪ねしたいと言う事だった。今年一月の前のスペースの引越しにも手伝
いに来てくれたのでそれ以来であった。夕刻閉店近く岡田綾子さんが来る。今城さ
んから連絡あったと言う。彼女は今城さんとは一年振りで会うので楽しみにしてい
る。岡田さんはここは一ヶ月振りであの村岸さんの訃報を聞いて旅の途中急遽札
幌へ引き返し朝ここで蹲っていたのを大家さんの岩澤さんが見つけ中へ入れて慰
めてくれた事があった教育大四年の学生だ。今城さんを待つ間阿部さんの作品を
見ながら話は自然と故人の事になった。しかしもうあの時のような取り乱した悲嘆
にくれた様子はなく明るく淡々としていた。ただ昨夜の水の舞姫の話をすると”鳥肌
が立つ”といって腕を撫でていた。そう、表面は淡々としていても何かのきっかけで
心の奥の水面は波立つのだ。静かな淵になっているのだ。やっぱり蒸発する水煙
に両手を合わせていた。村岸さんとふたりでここの二階のペニキ塗りをしてくれた
事などが想い出された。二人とも180センチ以上あって長身のコンビだった。ほど
なく今城さんが来た。賑やかに華やかにふたりの女性が声を上げる。静かだった
空間が一気に変る。知らない人が入って来て見てもいいですかと言う。今城さんは
二階に上がり怖いけど面白いと言う。作品半分場所の案内半分で時間が過ぎた。
慌しく明日また来ると言って帰ったのは9時過ぎていた。元気で聡明な仕事する
女性だ。私は逆に疲れたようで急にお腹が空いた。そうだ、梁の陰のスクリーンを
見せてあげればよかったなあ。映像の設備もしてある所もね。
[PR]

by kakiten | 2006-09-22 16:55 | Comments(0)
2006年 09月 21日

水の舞姫ー阿部守展(6)

ハンマーダルシマーというピアノの原点のような楽器を小松崎健さんが弾く。タブ
ラーという打楽器を中川ヒデアキさんが叩く。演奏場所は2階の吹き抜けでお客
さんも一部2階に座っている。下は阿部守さんの作品がそのままあり北側の壁を
中心に作品の置かれた場が舞踏の若松由紀枝さんの踊る舞台になっている。観
客は南側の窓部分と西の入り口側に座り1階と2階に人が鳥の巣のように居た。
若松さんの踊りが始まると一瞬にして会場の空気が引き締まった。滴り落ちる水
滴を受け止めるように両手をひろげ、祈りの儀式、御祓いをするように踊りが始る。
この行為がもう作品と踊り手の一体化を暗示していた。それから約四十分黒く漆
で塗られた凹み状の円盤の水にオフエーリアのように顔を浸すまで若松さんの
舞踏は作品と会場と溶け込み一体化して終わった。上から演奏の音が降るように
空間を満たし水の滴る音と水煙が時々じゅっと音を立てる。その中を優雅に時に
激しく水の舞姫は天女のように舞った。沖縄の錆びた緑藍色の水痕。オックスフ
ォードの錆びた黄褐色の水痕。さっぽろの間断なく滴り、満ちている水。そのよう
に構成された作品空間に舞姫が空中を天から降る音とともに水のように舞ったの
だ。三つの場所の水が会場で一つに融合し生きた美しい肉体を保って幻のように
存在していた。そんな時間だったと思う。阿部さんに見てもらいたかったなあ。札
幌で作品展のある洞爺の高臣大介さんとスタッフの二人も参加して1階に2階に
慌しく動き、撮影していた。音楽と舞踏と作品がまたさらに空間を深めた夜だった。
若松さん、デンさん、ケンさんありがとう!終わった後の3人の汗の浮んだ笑顔が
眩しかったなあ。
[PR]

by kakiten | 2006-09-21 11:52 | Comments(0)
2006年 09月 20日

阿部さん帰るー阿部守展(5)

作品の調節をして、台風の接近に追われるように阿部守さんが九州へと帰って
いった。作品の調節とは水滴の落ちる時間差の事である。1日休んだので水滴
の落下速度が遅くなり過ぎていたのだ。じゅっと音を立て消失するタイミングが
速過ぎても遅すぎても作品の意図とずれてくる微妙な調整である。この水滴を
ある人は精液のようだと言う。それに呼応してまたある人は乙女の聖水だと言う
。この辺になると私には付いていけない面があって人それぞれと思う。なんでも
M君の追悼に結びつけるのも思い込みだがここは素直に合掌のように水の蒸発
する音と水煙を見る。鉄を素材とする作家の鉄精錬の原行為ー水と熱。そして原
風景であるイギリスオックスフォードの水と沖縄の水。さっぽろの、滴り落ちる水と
作品に満たされた水。これらはもう作家の表現行為の原点を全てと言って良い程
提示しているのだ。今年から二年おきにここで個展を開きたいと言う。その意味で
は今回はスタートの第一回かもしれない。一昨日一緒に歩いた石狩の風景で得
たインスピレーシヨンが次回ひとつの作品へと結晶することが予感のように私には
ある。阿部さんの作家としての場の深まりは同時にここの場の深まりでもあるよう
に函の時間軸も深まっていく。引っ越して初めての空間で彼は作家としての原点
を提示し場への敬意を払ってくれたように私には思える。その事にあらためて感謝
したい。ふたつの大きな麦藁帽子のような凸凹の作品は併せると閉じた一体の物
となる。それを開き水を満たし、水を受け展開する行為そのもが阿部さんの場へ
の信頼、友情の行為であると私には理解される。同時に稀なる作家の原点開示
に我々は立ち会うことでもあるのだと思う。始って三日目これからさらに見る人と
の展示のドラマが始っていく。

*阿部守展ー18日(土)-30日(土)am11時-pm7時(月曜休廊)
*ナーダコラボレーシヨンーケン・・ハンマーダルシマー。デン・・タブラ
 ゲスト・・若松由紀枝(舞)PM7時~9月20日開演。2000円。
[PR]

by kakiten | 2006-09-20 13:07 | Comments(0)