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2006年 01月 31日

そして始まるーさらばと総括(9)

1月29日ー最後の荷物整理そして運搬。ガラスの高臣大介さん来てくれる。
中川潤さんと2台で運ぶ。前日は石田善彦さん丸島さん中山さんと2日続き。
今日で中川さんは3日連続だ。明日朝9時には執行官到着予定。ほんとに
ギリギリだ。野上、岡和田さん手伝いに来てくれる。及川さんも来てくれる。
その晩は大介さん、中川さん遅く来た陶芸の河合利昭さんと4人泊り。
夜大木さんも顔出す。
1月30日ー最後の後片付けそして引渡し。直後に田中綾さん来る。
中川、大介さんと私、隣の喫茶店で朝一番の客、モーニングセット頼む。
このメンバーでモーニングセットは初めて、そうそう有ることではない。
大介さん曰く「朝の田中さん見るの初めて」髭とやまあらし頭の2人に
囲まれ花のようでした。その後仮事務所に向かい電話とパソコンの設定
しかし電話は繋がったがパソコンは移転作業していなくて不通。
ネットカフエでブログだけ更新する事になる。
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by kakiten | 2006-01-31 18:03 | Comments(0)
2006年 01月 28日

人とお酒絶えることなきーさらばと総括(8)

いよいよ荷物が運び出される。丸島均さん中川潤さん2台の車まづ資料と本と
作品で満杯。2回目花器華道具類で満杯。昨夜東京へ悪天候で引き返した藤田
さん到着し手伝ってくれる。陶芸の下沢さんも合流。友人賀村氏の倉庫へとりあえ
ず。しかし引越しは暴力だなあ。いらない物を選別する瞬時の判断にオーバーに
いえば人生の選択も入ってくる。そして捨てる物は<ゴミ>となり2度と戻らない。
その判断を迫るところが、引越しの暴力だ。そんなことを考えているうちに及川恒平
さん来る。来月から札幌ほかでライブ。早目に来たのはここの場に立ち会う為。
田中綾さん、松尾さん、引越しの終え戻ってきた中川さん下沢さん、藤田さんも
加わり自然の成り行き始まる。恒平さんが唄いだす。心に垂直に沁み込む声。
ここで糸田ともよさんの歌を元にできた「地下書店」は傑作である。
映像の大木裕之さん函館から今日は無理と連絡あり。そのうちガラスの高臣大介
到着。モエレ沼で作業終えた若いアーチスト達も来る。大木さんの「オカクレ」と
「メイ」新作を上映。当別の阿部ナナさんも来る。大木さんの映像と縁が深い。
酒井博史さんも顔出す。その間この日夕放映された札幌テレビの反響か稚内
の古いお客さんから電話来る。「まあ懐かしいあなたお父さんそっくりよ」其の外
問い合わせ。大介さん絶好調で喋りまくっている。中川さん上に眠りにいく。
私はセキがでてきた。風邪の気配。大介さんに任せ退参する。
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by kakiten | 2006-01-28 11:34 | Comments(0)
2006年 01月 27日

25年がふふっと笑う(2)ーさらばと総括(7)

1月25日ーラストコンサート40人ほど集まる。古館賢治、有本紀さん燃える。
STV同時取材休憩時間にお客さんにインタビユーする。先々代からの華道の先生
美術の阿部典英さん、詩人の松尾真由美さん、陶芸の下沢トシヤさんを紹介
する。コンサート後しばらくTVスタッフも歓談。しばし雰囲気に酔い仕事は忘れる。
JAZZグループのエレガントピープル4人札幌地ビール(テンポラリー名入)40本
差し入れ、その外飲み物、手作りの食べ物沢山届く。まるで引越し祝いのよう。
このところ引越し作業そして宴の連続。そして毎回コアになる人々が違う。ここへ
の想いが連続して波状的に押し寄せる。コンサートラストソングの後堪らず挨拶
する。白樺の話をする。共に呼吸した時間。土に根を張り生きてきた。土地の所有
は社会上違うし訴訟上敗北したけれど、それとは別の次元で世界を共にしてきた
事を話した。少しうわづってしまった。ここでも改めて当日来て頂いた方々に感謝。
気持ちでチラシ寿司を差し入れてくださったお寿司屋さんその他数々のお料理
御酒、ひとつの時間のその空間への熱い気持ちが、波となって集まった。
敗北してここを去るけれども、敗北感はない。もうワイルドサイドにいる。
1月26日ーいよいよ梱包本格化。夕刻東京より大木裕之さんのマネージヤーの
今城恵子さん来る。もう一人藤田敏正さん飛行機悪天候で東京に引き返すとの
連絡あり。大木氏は松前で明日にこちらへ。明日は及川恒平さん、大木さん高臣
大介さんと3人クロスしそう。美術館の今井さん、江別の中山茂樹さん今城さんと
遅くまで話す。その間モエレ沼公園で作品制作中の野上君たち4人顔を出す。
軒下の太いツララを持っていくという。モエレ沼の雪の造形イベントにテンポラリー
のツララだといって使いたいという。これから徹夜の作業と帰っていく。気持ちで
遠くから寄ってくれた。大木裕之さんにも会いたかったんだろうが。ここをベースに
創った映像「オカクレ」そして10年かけて創ると言う「メ」その映像の中にみんなが
記録されている。大木裕之さんは鋭い作家である。ひとつの人生の変わり目、生き
目が記憶される。彼もまた立会い人なのだろう。私も撮られるな、その生き目を。
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by kakiten | 2006-01-27 15:58 | Comments(4)
2006年 01月 25日

25年がふふっと笑うーさらばと総括(6)

昨夜は25年の間に集った原点のような友たちが来た。ダスキンの平川勝弘さん
本屋の小杉山竜一さんの天井桟敷グループ、登山家でアイヌ文化実践の中川潤
さんオタスケマン流星舎の金井孝次さん、気功の熊谷透さん大野一雄の石狩公演
ドキユメントを出版したかりん舎の坪井圭子さん高橋淑子さん等である。そのなか
ふっと夜勤前の看護士金丸裕子さんも顔を出した。痛み止めの湿布を持って
きてくれた。ケーキ工房ジュンの小川さんと妹さんさんより差し入れニユーヨーク
中岡りえさん実家の高知より司牡丹6本送られてくる。なんでしよう。これではもう
引っ越し祝いの宴のよう。事実そんな感じで始まった。ただみんなここの25年の
時間をそれぞれ泉のように湧き上げている。25年がふふっと笑っている。酔いも
回って民族音楽「南太平洋の島々」を流すと、小杉山さんと熊谷さんが踊りだした。
平川さんと私が台を太鼓に叩き出す。いつか見た風景。昔誰かのオープニングで
同じ曲をかけ同じように踊った。この曲はノリがよく、安斎重男鯉江良二も踊った。
ある時は美術館の佐藤友哉さん岡部昌生も踊り、隣のアパートの管理人がピンク
のネグリジュエ姿で急に現れ、怒鳴られたこともあった。気功の先生熊谷さんが
へばって本屋の社長小杉山さんのほうが続く。ともにへび系のクネクネダンスで
ある。熊谷さんそのうち回復して外に出て白樺の木に登りだす。落ちる。雪が受け
る。夜が深けた。夜勤の金丸さん帰った。白樺の木を2階からもゆっくりと見ていた
。彼女こそ今日は白樺の精かもしれない。この木が好きでここに来るようになった
人だから。
今夜は古館ー有本ラストライブSTVが取材。宴はこれにて終わりだ。
シニカルに言えば額縁にはまってからこそ、安心して人は「伝説」だの「惜しい」
だの言うのかも知れない。しかし立ち退き閉店の暗さはここにはない。みんな
ここでの<ふふっふふ>を思い出し楽しんで淋しがっている。表面は賑やかだ
が根にはそれがある。だから、ただの興味本位の無責任なお祭りではない。
もっともそういう類のものもこれからあるだろうが。それはそれだ。
電話その他の事務所機能は熊谷、金井さんの所へとりあえずお願いする。
荷物は賀村さんの車庫へ。もう2日で流浪のワイルドサイドのなかへと身を置く。 
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by kakiten | 2006-01-25 12:07 | Comments(0)
2006年 01月 24日

時間が粒だってきたーさらばと総括(5)

時間が濃くなってくる。粒だってくる。密度なのだ。引越し、梱包の鬼になって
くる。最後は徹夜だろうなあ。こんな時にあちこち痛む。あばらさん温和しくね。
人が来る。電話が鳴る。個々の気持ちも粒だっている。でも纏めて受けるのは
力が必要だ。一瞬一瞬のように一回一回、1人1人時間が濃い。そうワイルド
サイドに入ってきた。山を歩いている時の五感五体の張りに似てくる。岡部昌生
からfax入る。<少し、休息して、歩を踏み出してほしい、ですね。風が立つよう
に。>友よー共に立ち上げ共に笑い怒ったテンポラリーの時間を思います。
今はそれぞれの信じる道に立っていると思いますが、初心は忘れません。
<風のたった>時を。
昨日取材の道新今朝の朝刊にもう載る。記者が有能な方だから、要領よく
まとめている。ある領域老舗とか美術とかに偏らず、漁師が山に行くことで
まとめてたのはさすが。しかし、新聞に載るとまた身辺が、追われる。
早速一番古い先代からのお客さん来る。いいチャンスよ、ここでやりたい事
やっただからさ。もっと身軽な処で頑張るのよ!逆に励まされる。80才こえ
て、こういえる人若くてもいるか、とその活気溢れる精神を思う。さっききた
40台の作家はギヤラリー今何やってる?と聞くだけだった。滅多に来ない
ひとでしたが。新聞をみてさらに人が続く。レトロスペースの坂一敬さん来る。
初めて入るけれどと言いながら、新聞見て一度お話したかったと言う。
STVから明日のコンサート取材申し込み。新聞の効果である。いやはや。
夕刻石狩から大島龍さん来る。今夜金井孝次さん中川潤さんほか集まると
いう。ここに来てからの古い友人たちだ。ダイヤ書房の小杉山さん、ダスキン
の平川さん旧天井桟敷系の人たち。ここで知り合った友たち。
これが強制執行される3日前の店だろうかとふっと思う。ここに集う人間の
多様さ豊かさ、負けたのはどっちだ。
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by kakiten | 2006-01-24 10:38 | Comments(2)
2006年 01月 23日

寒い日だが心熱い日ーさらばと総括(4)

冷え込んでいる。昨日は伽井さん、梅田さん昼のここを見にもう一度寄る。
ゆっくりと2階の空間とテンポラリースペースを見る。白樺さんも。
山形の銘酒鯉川酒造の「恋の川」を戴く。名前がいいでしようと笑う。そうだ
ね。森さん来る。詩人の松尾さん来る。という内に時間がきて、伽井さん一行
帯広へ帰る。熊谷さんと武田さん来る。武田さん先日奈良へ行き、中宮寺の
弥勒菩薩見てきてお土産に写真と葛餅戴く。中宮寺の弥勒さんは私の憧れ
だった。竹山道雄の「古都遍歴」が名文であった。昔逢いに行ったことがある。
尼さんが案内してくれ、じっと見詰めたがどうもしっくりこない。すると尼さんが
「良く来るんでしよう、やっぱり判りますか?」と聞いた。「これいま虫食いの
修理で、博物館に行っていて本物ではないのです」竹山道雄をはじめ色々
な文章と写真でイメージがあった。そのイメージが本物でない事をどこかで
告げていたのだ。それ以来残念ながらお会いしていない。その話を覚えて
いて武田さんは奈良へ行った時見てきてくれたのだ。久し振りに写真とお話
で弥勒さんに再会したなあ。有り難う御座います。
今のこの時期に記していて不思議な気がする。お守り頂きますように・・・。
今日は午後から田中綾さん、先程電話が来て石田善彦さん、賀村順治さん
手伝いに来てくれるという。感謝です。ン十年も前の仏さまとも再会してこれも
感謝です。ニユーヨークの作家中岡りえさんから手紙が届く。同じニーヨーク
から帰ったばかりの池田緑さんから電話。ともにここで個展をした作家たち。
道新寺町さんから電話、取材の申し込み。愛惜、愛着、いい仕事をした人たち
、いい時間と場を思う。この想いがプラスに転換するようワイルドサイドを目指す。
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by kakiten | 2006-01-23 12:07 | Comments(2)
2006年 01月 22日

ワイルドサイドへと入ってきたーさらばと総括(3)

昨夜帯広から伽井丹彌さん来る。デメーテル学校の梅田正則さんとその友人
花木勤さんも一緒である。昨年5月個展7月道立近代美術館講堂パフオー
マンス以来だが、ここで展示した伽井さんの昨年の個展は白眉だった。その
ことについてはまた改めて記す。今回は、ここの場への挨拶、お別れ、愛惜
の気持ちであろう。1999年6月と2005年5月2度にわたる個展が基本にあ
ってそこに場と人の関わりが生れ、固有の記憶が刻まれる。作品を通して人は
純粋な時間を保つ。それは泉のように枯れることなく、心を創っている。
今週はそんな人たちの訪問が多い。25日古館賢治と有本紀26日大木裕之
27日及川恒平と続く。ほんといつ引越し?と荷造りしながら思う。
5日程前ぶっけた肋骨が痛む。うっかり内履きの夏靴で出て鉄のフエンスに
ぶつけた。大滝さんパンの差し入れ。渡辺さん櫛団子、それら食いつつ思い出
振り払い梱包。はあ~。月曜日から電話の移転ほかやる事多いなあ。
夜楽屋へ顔だす。伽井さんたち一行と。初対面の花木さんと話が盛り上がる。
<工>の人。士農工商の工である。陶芸の下沢トシヤさんと知り合いであった。

今朝みると向かいにマンシヨンののぼりはためいている。また新しいのが出来るの
だろう。ここは来た頃は古いアパートが多かった。アパートからマンシヨンへ同じ事
だな。アパートよりマンシヨン。それが同じ構造なのに新ー旧と勘違いそんな主体
性のない新しさを追いかけるだけの近代は、もういい。
鳴館時代の衣装と変らないね。25階と25年の違いは悲しい位決定的に違うのに
。伽井さんの2回の個展は6年の間隔でしたが、でもたった2回です。
しかもその2回の間が6年も離れて、マンシヨンが何階かしらんけれど根本的に違う
でしょ。自分の足で上がれもしない高さを誇る<経済建設>とやらの姉歯さん的数
字と。
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by kakiten | 2006-01-22 14:48 | Comments(0)
2006年 01月 21日

静かに友たちが集まるーさらばと総括(2)

静かにだが濃く、熱く真っ直ぐ見詰めるように、友たちが集まってくるのを
感じている。気配である。これから、ここでの<さらば!>を受けていく。
こう書いている内に、いけばなの渡辺万紀子さんくる。「いけばな全集」と
「いけばな批評」全巻預かって頂く。しばらく引越し先に寝ているよりお預け
して読んでいただいた方がいい。「桑原専慶の立花」もお貸しする。これは
古い立花の絵図をもとに再現した本で、出版当時梅棹忠夫が<いけばなは
再生芸術である>と書評した名著である。あたかも近松門左衛門の脚本
やシェクスピアのシナリオ、バッハの楽譜のようにそれをもとに現在表現する
再生する芸術だと評したのである。時間とともに失われてしまう瞬間芸術を
彫刻や絵画とちがって、時間の内に再生する質のものとして捉えた画期的な
いけばな論であった。渡辺さんも感激していた。本とは読まれる人がいてこそ
生きる。いい機会。こういう事があつてこそプラスに働く。

穂積利明さんの「季評美術」が美術の公的あるいは民間の低調傾向を論じた
なかでここの閉鎖とプラハの閉鎖が同様に「<現代の美術に希望や自信を
もてない>という同じ心理が横たわっているような気がして仕方がない。」と
結論づけるように書いているが、そんな事はない。限られた美術状況一般に
おいてはあるいはそうかも知れないが、今はオーバーフエンスの時代である。
その過程で、従来のパターンが崩れているのだ。例えの言い方をすれば
海で魚をとる漁師が、最近の海は荒廃して魚が獲れなくなったと嘆くことに似てい
る。しかし現代の漁師さんは何をするかと言えば、海の為に山へ木を植えに行く
のである。それがコンテンポラリーというものである。近代では、海は海、山は山
というのが当り前だが、現代はその領域をオーバーフエンスしていく。必然として。
グローバリゼーシヨンとは違う。自分の領域の為である。美術でも同じことだ。
伏流水のように近代の枠組みからはみ出し動いている。古典的近代の枠を超えて
蠢いている。生き生きと深いビットウイーンに今在る。ここの閉鎖もプラハのそれも
<希望や自信がもてない>と言う範疇には無いのである。<公>や<道>のつく
立場に還元する気は毛頭ないが少なくとも近代美術館の<近代>には木を植え
に山へ行く漁師さんの視線が無い事は確かではないでしょうか、穂積さん!
私は<さらばと総括>しつつ、ここに集う様々なジヤンルの人間を友と想い、そう
実感しているのです。場としてのあるいは建物としてのテンポラリースペースは
<伝説的>となるかもしれませんが、伝説という古典は<再生>するものと思う。
冒頭のいけばなの話もそこに繋がる。ただこれをジャンルの話にしては後退です。
場あるいは建物としての過去が状況として、闘い敗れたことも含めてそのこと
すべてが現在の存在証明なのです。今はまさに過去という領域をオーバーフエン
スしいく時なのです私には。
*北海道新聞夕刊平成18年1月19日
 季評美術2005年10月ー12月より
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by kakiten | 2006-01-21 12:57 | Comments(0)
2006年 01月 20日

荷造り始めるーさらばと総括

朝から2階の収蔵作品下へ降ろしだす。戸谷成雄、國安孝昌、西雅秋、岡部昌生
ほか随分とある。色んな記憶が蘇える。ただあまり物思いに耽ってもいられない。
ブログコメントに大介さんから<マズイすよ>と忠告入っていた。もっともブログ
繋がらなくてやっと先程読んだ。午後3時頃やっと回復した。それまで森さん手伝
ってくれ助かる。こういう時は人がいると本当に助かる。引き出し整理していると
色々出てくる。ひとつづつ残っている訳がある。忘れているが思い出す。これで
遅れる。自分の時間に入ってしまうから。人がいるとそれが止まる。ブログ回復して
sichihukuさんの父上からもコメント入っていた。いやあブログ仲間でかつ同じ
師匠の縁だが、励まされて感激する。jazzもお好きなようで、MJQがを昨日かい
たのが導きになったのかもしれない。ブログの波及効果である。
昨夜東京の映像作家大木裕之さんのマネージャー今城恵子さんから電話。
26日大木さん御一行見えると言う。また、及川恒平さんは27日に来ると連絡
あった。ここの最後にみんな集まってくる。気持ちは嬉しいが、引越し直前で
こりや大変。昨日の道新の美術欄で穂積利明さん、<今月末には、札幌市内
の美術拠点として長年活動してきた伝説的ギヤラリー「テンポラリースペース」
が閉鎖されることがきまっている。>と書いている。この文章についてはまた明日
書きたいと思う。今日は疲れた。酒井博史さんと阿部ナナさんが来た。
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by kakiten | 2006-01-20 19:18 | Comments(0)
2006年 01月 19日

softry as a morning sunrise

MJQ初期の傑作「朝日の如くさわやかに」を流す。だいぶ気力が回復する。
gla_gla高臣大介展は熱かった。その分終わって落差があったね。この場
への愛惜がでてしまった。ちよっと落ち込んだなあ。高臣さんも同じように感
じたらしく新たに立ち上げたブログで、作品に手がつかないと書いている。
でもsichihukuさんの父上も大介さんもブログを始めだして、なにかブログが
波及してブログ現象が起きてきたみたい。ホームページとはまた違う。

詩人の吉増剛造さんから便りくる。<思い掛けないお知らせにおどろき、とともに
永年にわたり、わたくしたちに、こころの磁場をおあたえ下さいました大人(たい
じん)に、永いことご苦労さまでしたのお礼と深い敬意を表します。次へですね。>
とあった。九州の彫刻家阿部守さんからも便りくる。<クローズショックでした。でも
秋伺い制作したいと考えております。temporaryspaceは何処か小生の心の支え
でした。これをステップに、偉大なる北のコンセプトの宝庫の更なる展開を期待して
おります。九州より>と書かれていた。帯広の人形作家伽井丹彌さんからメール
入る。<高臣さんの個展には伺えませんでしたが近々札幌に(というより その
場所に)2階の窓に 白樺に テンポラリーの壁にそして中森さんに会いに行け
そうです。きっと行きます。>とあった。そう呼吸なのだ。吐く息は過去で吸う息は
未来、その間に<生きる>がある。現在がある。お3方とも過去において、札幌で
それぞれ分野は違うけれども優れた仕事をここから発した人たちである。その想い
が呼気吸気となってある限り、息を溜め力を生み身体を形作る。それが志事の場
だ。あまりここでの感傷に耽っている暇はもうない。
お3方のお便りに共通しているのは、共に過去を共有しながら、現在に連なる<呼
吸>を感じる事である。これが追憶追悼とは違う決定的な違いである。
その一点において私は勇気を頂いたと思う。
吉増さん、阿部さん、伽井さん。ありがとう!感謝致します。
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by kakiten | 2006-01-19 13:11 | Comments(5)