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2017年 08月 15日

お盆・ふたたびー緑陰(15)

お盆という時間自体が、大きな<ふたたび>と思う。
そのお盆の前に、<ノオモア・ヒロシマ・ナガサキ>という
再びあやまち繰り返さないと誓う被爆の日がある。
<ふたたび>は慚愧と反省の過去を見詰める軸でもあるが、
時空を経て蘇る、心の拠点として顕れる新たな踵軸の場合
もある。
さっぽと芸術祭吉増剛造展の「石狩シーツ」がそうだ。
また網走の漁師画家佐々木恒雄の描いた海の絵もそうである。
夜空に月、一艘の小舟に独りの漁師、そしてその前には無数
の細波{さざなみ)が月光に煌めいている。

 ガソリンはタンク内部にさざなみをつくり僕らは海を知らない

山田航の歌集「水に沈む羊」を主題とする作家展で、佐々木は
この一首を撰び、日々自らが経験するオホーツクの海を描き、
対峙した。
一度は都会に憧れ離れた故郷の海。
ふたたび意を決して8年前故郷網走へ帰ったのだ。
父と同じ漁師の仕事で日付の変わる暗い朝から海へ出る。
その経験がさざなみひとつひとつの燦めきに籠められている。
オホーツクブルーの煌めく光ひとつひとつに、一度捨てた故郷の
海が新たな輝きを保って、目の前にある。
山田航の<ガソリン・さざなみ>の一首に、この無数の美しい
細波を描いて、彼は彼の<ふたたび>を屹立させたのだ。
ふたたびの故郷。
それは悔恨や懺悔の<ふたたび>ではない。

故郷やお盆という<ふたたび>は、本来再発見や再会の喜びを
保っている。
2011年3月11日を契機に志された吉増剛造の「石狩河口
/坐ル ふたたび」。
今年お盆初日の佐々木恒雄と絵を通したS医師のオホーツク 
ふたたび。
本来<ふたたび>とは、こうした新鮮な出会いに溢れ、あたかも
あの月下の海の細波のように、燦めき放たれるものだ。
しかし現実は、封印や回避を前提とするふたたびの時季でもある。

<ふたたび>を、煌めく細波へと取り戻さなければならない。
<ふたたび>の豊穣な土壌を喪いつつある現実に、私たちは
対峙しなければならない。
今年8月吉増剛造の石狩、佐々木恒雄の網走。
<ふたたび>は煌めいていた。

 あの丘はいつか見た丘
 ああそうだよ
 ほら 白い時計台だよ

好きな<ふたたび>の歌だな。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー8月27日(日)まで
 火・木・土・日am11時ーpm7時:水・金am12時ーpm4時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-08-15 14:09 | Comments(0)
2017年 08月 13日

お盆の火ー緑陰(14)

お盆過ぎたら海には入るな、という戒めがあった。
昨今の温暖化でそのリアリテイは薄れつつあるが、
12,13日と、どこか秋の涼しさが漂う。
まだこの後残暑が続くだろうが・・・。

美術館学芸員のY氏、京都の映像作家M氏と相次
いで訪れる。
北大総合博物館吉増剛造展を見ての事だ。
映像が絶賛されている。
会場構成も同様だ。
京都のM氏は今芸術祭一番と言った。
映像の専門家だけに、音響から映像細部に目が届いた
指摘が多く嬉しかった。
美術館学芸員のY氏も映像を絶賛した。
凄いね、あの映像!と、吉増さん朗読の石狩河口映像
に触れて、最初の一言・・・。
鈴木余位さん、二晩徹夜のご苦労、報われたね。
昨年6月の東京国立近代美術館で上映された飴屋さん
の草稿焼却映像、忍路遺跡と朗読翌日ひとり石狩河口
で撮られたGOZOcine、そして鈴木余位さんの
石狩河口吉増朗読大画面映像、と4本の映像が流れる。
会場ではそれぞれが単独で見られるように、音声の配置
が工夫されている。
音声技術牟田口さんの優れた会場音響構成だ。
余位さん撮影現場にも立ち会い、河口の空気・音を見事
に映像の背後で構成している。
また会場全体を統括し構成した東京・藪前知子さんの力
も大きいのだ。
<ふたたび・・・>の吉増剛造は、こうした多くの友情
にも支えられていた。
そして「石狩シーツ」は再び朗読され、再生したのだ。

お盆初日の今日、網走の佐々木恒雄さんが来る。
前から約束していた円山北歯科のS先生に連絡をし、
購入された彼の海の絵を一緒に見に行く。
休日にも拘わらずS医師は開けてくれ、診察台の前に
飾られた佐々木さんの絵を見せてくれた。
本当はこの後居酒屋にでも夕方から行きたかったが、
お盆でもあり、それぞれの用もあって今回は見送った。
診察台に坐り佐々木さんは大喜び、それを見ているS
先生も満面笑顔で嬉しそうだ。
ふたりの網走人が故郷の海の色を楽しんでいる。
患者さんの感想とかを言葉少なく紹介しながら、本当に
S先生も嬉しそうである。
1年ぶりに見る他の場所に飾られた自分の絵。
自分から離れて独自に独立して生きている絵。
感慨深く、嬉しく、何時までも治療台から動こうとしな
い佐々木恒雄だ。
これから向かう愛妻の実家、室蘭で報告すると言って
今度は写真を撮りだしている。
帰りにS医師から網走・みそパンをお土産に戴き、私と
佐々木さんは幸せな気持ちで医院を出た。

山田航の第二歌集「水に沈む羊」からの一首

 ガソリンはタンク内部にさざなみをつくり僕らは海を知らない

に触発された描いた漁師で画家の佐々木恒雄。
その一度出た故郷の海を今再びその海で働き描いた絵。
その絵を同じ網走出身の歯科医のS先生が治療台の前に飾って
患者と共に絵を共有し、診察後語り合っている。
その現場で作者佐々木恒雄は新たに自分の絵と対話し、発見し
ているようだった。
佐々木さんが愛妻の実家室蘭へ向かった後彼から戴いたお土産
のお菓子を見ると、こちらもS医師に頂いたメーカーと同じ網走
・古川製菓の「かにせんべい」だった。

ここにも人と人の、美しい<ふたたび>があったなあ。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー8月8日(火)
 ー27日(日)水・金am12時ーpm4時:火・木・土・日
 am12時ーpm7時・月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-08-13 15:07 | Comments(0)
2017年 08月 11日

剛造六腑(Ⅱ)ー緑陰(13)

1994年ー2011年。
「石狩河口/坐ル」ー「石狩河口/坐ル ふたたび」。
前者には大野一雄、後者には吉本隆明。
そしてそのふたりの巨人の境に、3・11が横たわって
今の吉増剛造の仕事がある。
その過程を私はふたつの近代と、感じていた。
ノオモア ヒロシマ・ナガサキ。
強烈な破壊力原子爆弾2発で止めを刺された近代日本。
そして安心・安全と謳われた原子力発電事故で閉じつつ
ある戦後近代日本。
ノオモア フクシマへ伏流する現在。
そのふたつの近代の境目にふたりの巨人が立っている。
吉増剛造の必死の杭打ちは、全身詩人の名の通り、身も
心も草稿「怪物君」に溢れている。
脳内臓器を身とし、吉本隆明を咀嚼し吸収し分解する
すべての過程の記録「怪物君」。
時にそれらは残骸として焼かれたりもする。
1994年ブラジルから帰国後、自己閉鎖の穴から
救出の孤独な闘い。
大野一雄の舞踏が舞った海抜ゼロの河口傍に滞在。
そこから源流へ這い上がり、もうひとりの織姫女坑夫
さんと遭遇し心は救われる。
そして2011年3月11日東日本大震災後、戦後日本
を象徴する原発事故の地を訪ね、戦後近代そのものを
昭和25年吉本隆明26-27歳の処女詩集「日時計篇」
を噛み砕き、咀嚼し、吸収するかのように筆写し筆耕し
分解し始めたのだ。
2017年「火ノ刺繍」とは、吸収されたエネルギーの
炎の証、その火の刺繍だ。
日本百余年、ふたつの近代の裾野を、海抜ゼロの豊かな
裾野として、今から立ち上げていく新たな闘いが始まり
を告げている。
<火ノ刺繍ー「石狩シーツ」の先へ>・・・。

栃木ー沖縄ー東京と予定される今年末から始まる新たな
展開は、近代へのコンテンポラリーな裾野から中腹への
全身詩人吉増剛造の、身も心も挺した最後の闘いとなる
のだろう。
しかして1994年時とは相違し、conと呼び得る
<ともに>と信ずる友人たちもその裾野にはいると確信
するのだ。
フクシマの<涙>、イシカリの<ふたたび>がそうである、
と私は信じている。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー8月8日(火)ー27日(日)
 水・金am11時ーpm4時:火・木・土・日am11時ーpm7時
 :月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-08-11 14:46 | Comments(0)
2017年 08月 10日

路傍の泉のようにー緑陰(12)

熱気と湿度の高さで、少し体力が落ちている。
血圧が低めでふらついた。
週末は特に週3日の透析治療の疲れが溜まる。
そんな週末遅れてギャラリーに着くと、ひとりの
青年がシュッターの前にいる。
中嶋幸治さんだ。
随分待ったよ~と第一声。
すまん、スマン・・・と謝った。
シャッターを開け展示の看板を出し、久し振りの
話を聞く。
北大総合博物館で展示の吉増剛造展を見て今日は
なんとしてもテンポラリーへ寄ろうと思って来た
という。
そういえば君のデザインした吉増展のフライヤーも
展示されていたでしょう、と言うと嬉しそうに頷いた。
4本の映像上映、その他に「怪物君」草稿「石狩シーツ」
草稿、ここでの2011年から毎年のフライヤー資料も
展示されているのだ。
津軽出身の彼は柔らかな外見に似ず、根は素朴で頑固な
津軽人である。
今年春、製本という形でひとりの写真家を本という作品
にした展示即売を2日間開いた。
人の目の前で製本を続け、その本を手にした人が購入する
という一種のインスタレーションである。
売価は3千円と昨今では本としては高価なものだったが、
完売し、予約も含めて百冊を超えるものだった。
辛抱強く手仕事の東北人らしい、良い仕事だった。
吉増さんの話、個人的な最近の生活の話などを聞いてると、
そこへ大丸「水に咲く」高臣大介展で挿花の手直しを終え
た村上仁美さんが来た。
そして写真家の竹本英樹さんも来る。
なにかこれまでの吉増展、今回の北大総合博物館の吉増展
のスタッフが揃ってきた。
竹本、村上さんは今回展示の主たる映像、石狩河口での
「石狩シーツ」吉増朗読シーンに鈴木余位さん撮影助手
として自らもカメラを回していたのだ。
当然3人の話は今回の吉増展を巡り弾んだ。
そうこうしていると、電話が鳴り、話題の本人吉増さん
からの声だった。
空港からで、これから東京へ帰るところという。
みんな関係者が来てるから替わりましょうか、と聞くと
先に用件といって、今年11月から始まる足利市立美術
館の吉増展「涯(ハ)テノ詩宴」の最終日にゲストで
来て欲しい、対話が企画されている、と言う。
今年末から来年にかけて、栃木県足利市、沖縄県立美術館、
東京松涛美術館等が予定されているのは聞いていた。
その一連の展示場所の最初は、映像鈴木余位さんの故郷
栃木県である。
これも不思議な縁と思えた。
ただ私は治療療養中の拘束がある。
昨年の東京国立近代美術館へも、悪友曰く・・死にそうな
顔をして・・いたそうだ。
ましてさらに対話となると、自信はない。
しかしこうして吉増さん本人から依頼されれば、出来得る
限りの事はしなればならない。
取り敢えずお受けし、他の人たちに順番に替わった。
なにかみんな嬉しそうで、楽しそうだった。
電話の向こうの吉増さんもそうだっただろう。
1994年「石狩河口/坐ル」の頃の孤独な個の追求
から生まれた長編詩「石狩シーツ」の時。
そして2011年3・11以降に始まった「石狩河口/
坐ル ふたたび」の時。
その節目ともいえる今回の石狩河口再訪・朗読撮影。
このふたつの間には、人という関係性が大きく変化し
個から<con>とも言える、<共に>という邂逅が
湧くように生まれている気がする。

北大総合博物館の在るかっての地形・・・
野傍の泉池(ヌプサムメム)のような時間だった。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー8月8日(火)ー27日(日)
 am11時ーpm4時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 
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# by kakiten | 2017-08-10 18:32 | Comments(0)
2017年 08月 07日

火ノ刺繍ー「石狩シーツ」の先へー緑陰(11)

札幌国際芸術祭吉増剛造展初日。
今回の凄腕助っ人キューレーター藪前知子さんから連絡
があり、午後2時過ぎ会場に行く。
日曜日大学キャンパスオープン日で、大勢の観光客が
構内を埋めている。
北大総合博物館1階に吉増展会場はあった。
早速鈴木余位さん編集の大画面石狩河口浜での吉増さん
「石狩シーツ」朗読画像に見入る。
1994年春から夏この浜から程近い山本旅館に滞在し
制作した名篇詩「石狩シーツ」。
その作品をほぼ四半世紀ぶりに朗読している。
深く長い伏流水のような心の歳月のビットウイーン。
柔らかな剛、とも言うべき詩人の今が画面一杯に溢れて
約1時間の映像が流れていた。
終わって思わず拍手をしたら、”ありがとう!”と背後か
ら声が届く。
余位さん、村上さん、竹本さんの映像力、音声・牟田口
さんの場と音への集中力。
そしてそれらの力は、吉増剛造の時代と詩に架ける強靱
な意思力と寄り添って生まれた。
火ノ刺繍ー「石狩シーツ」の先へ。
詩人の言葉が、さらにさらに裾野を広げて大きく蘇って
くる予感がする。

今芸術祭ゲストディレクター大友良英氏が来て、藪前さん
が紹介してくれる。
初対面だが、藪前さん、吉増さんから聞いていたのだろう、
お訪ね出来ず失礼、という調子ですっと話が通った。
吉増さんと3人で話す内、何故か大友さんの目が潤む。
泣きそうになったよ~と大友氏。
後で彼も福島県出身と聞き、なんとなく納得した気がする。
吉増剛造、その心の磁場恐るべし。
先日の浪江出身の原田洋二さんに続く、フクシマの涙だ。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを中心に」ー8月8日ー27日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-08-07 13:19 | Comments(0)
2017年 08月 06日

「大野一雄の記憶」展ー緑陰(10)

札幌国際芸術祭の吉増剛造展「火ノ刺繍ー{石狩シーツ}の先へ」
に合わせて、「大野一雄の記憶」展を展示した。
舞踏公演ポスターを主に大野関連の本・雑誌、そして吉増剛造の
「石狩シーツ」初出のユリイカ1994年十二月号、収録詩集「花
火の家の入口で」等を並べた。
大野先生のポスターはどれも大判の素晴らしいもので、その文字も
中川幸夫や郡司正勝の傑作である。
また写真・デザインも細江英公、田中一光の優れたものである。
特に大野一雄舞踏の原点ともいえるアルヘンチーナの笑顔が大きく
正面に載ったポスターは迫力がある。
吉増剛造の名作長編詩「石狩シーツ」を根の部分で支えた大野一雄
の舞踏、その生き方・生き様。
その片鱗がポスター一葉、一葉にも端的に顕れている。
今回展示して見て改めて新鮮に感じたのは、文字で関わった中川
幸夫と郡司正勝の書である。
「睡蓮」と揮毫した郡司正勝の洒脱で粋な筆痕。
「花鳥風月」と揮毫した中川幸夫の奔放な筆根。
その文字の見事な活き活きさ。
大野一雄舞踏の自在さ、美しさ、強靱さを充分に伝えている。
勿論「石狩の鼻曲がりー石狩河口公演記録集」{かりん舎刊)も
傍らに添えてある。
そして大野関連冊子とともに、吉増剛造の最新本「根源乃手」も
並べた。
さらに大野一雄ポスターと「石狩シーツ」初出本のコーナー周り
に「石狩河口/坐ル」のDM数葉と「石狩河口/坐ル ふたたび」
のDMを跳ぶように散らした。
日本の正当な近代を受け継ぐふたりの天才に捧げる展示となった
と、私は自負する。

札幌で、石狩で、JRタワーの聳え立つ旧停車場に、緑陰・水に
咲くー泉(メム)の記憶が燦めき、札幌軟石近代建築北大総合博物
館で「火ノ刺繍ー{石狩シーツ」の先へ」の吉増剛造展の初日の花
火が打ち上がり、この場を経由して新たな何かが脈動するような心
の莢めきを、今感じている。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを中心に」ー8月8日(火)ー
 27日(日)am11時ーpm4時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-08-06 13:18 | Comments(0)
2017年 08月 03日

水に咲くー緑陰(9)

高臣大介ガラス展「水に咲く」が大丸7階で
開かれている。
花人 村上仁美さんも花で参加している。
2014年吉増剛造展「水機(ハタ)ヲル日」に
自宅庭から樹の根を掘り起こし展示に参加、翌年
の同じ吉増展「怪物君 歌垣」ではコウゾの木の
皮、そして今年の吉増展「火ノ刺繍」では砂と土
と石の丘を展示し吉増さんから続けて高い評価を
得た人である。
この間の吉増剛造展で映像の鈴木余位さんととも
に秘めた才能に火が点いたといえる。
吉増さんとともに、最初の樹の根の展示に深い
関心と評価を与えたのは、ガラス作家の高臣大介
さんだった。
その後彼は村上さんを自ら指名し、初ともいえる
ふたり展を開いた。
そして今回の大丸個展、今年9月パリでの初展示を
前に村上さんと組んだのだ。
「水に咲く」。
タイトルも彼女に相談したと聞く。
植物園ー伊藤邸ー偕楽園緑地跡ー清華亭ー北大構内
この緑の運河エルムゾーンに近い札幌駅大丸店。
かっては泉(メム)が至る処に湧き出し、川となり
湿地となって、アイヌ語で野傍ノ泉池(ヌプサムメム)
と呼ばれた一帯に続くゾーンである。
そこに明治停車場が建立され駅前通りとなり現在の
JRタワーの聳え立つ一大繁華地となっている。
私は今回久し振りにこのビル内に入った。
地下鉄から連動するショッピングビルの中の大丸。
店舗の横列通路とエスカレーターの上下の連続、位置
関係が混乱して一度何とか外に出てあらためてビル内
へ入り。やっと展示場に辿り着いたのだ。
もうここは私の知ってる駅ではない。
色んなショッピングセンターが複合した巨大な掃除機
のような吸収構造のタワービルだ。
暑さもあり、脱水気味で、軽い熱中症のようだった。
個人的な疲労は別として、7階エスカレーター正面に
ガラスの展示はあった。
大きく被さるような枝・梢。
そこの下にキラキラと照明を浴びて透明なガラスたち
が輝いていた。
私は展示正面より、内側からそのガラスと梢の姿を見た。
その方が光の反射が細波の波頭のようで、美しかった。
ガラスは光が命である。
小さな華と上に被さる梢に、緑陰・水に咲く・・・と
大介さんのガラス自体が、花であり、水であると思えた。
彼の作品制作の原点のひとつでもある、湧く水・泉を
思ったのだ。
中央巨大資本と多くのテナントショップで埋め尽くされ
た旧札幌駅。
もうここでは札幌駅という呼称はなく、ただサッポロ~
サッポロ~と地下鉄駅名が連呼されるだけである。
従って駅前通りも絶えて来つつある。
通りが消えて、タワービル上下に人が吸引され各パック
空間横に人が掃き出され消費と散っていく。
エスカレーター、エレヴェーターが電気動力で間断なく
動き、安全注意警告が自動音声で絶えず流れる指示表出の
音声と画像の流通空間。
そこに枝・梢の陰が拡がり、光の露を溜めた透明なガラス
の水の花が咲いていた。
遠い湿地帯の、足元深く沈み込んだ本当の地上・地下の世界
がほんの一瞬だけど煌めいて、<水に咲<>は遇った気がする。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを中心に」展ー8月8日(火)ー27日(日)
 am11時ーpm3時:月曜定休。

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# by kakiten | 2017-08-03 16:22 | Comments(0)
2017年 08月 01日

ホップ・ステップー緑陰(8)

それぞれの今を垣間見せて5人展「脈」終わる。
個人的には個々のこれまでが脳裏に浮かぶ。
その中でチQ君こと平野貴弘さんと岡田綾子さん
の新たな旅立ちのような今回の作品に惹かれた。
8年前沖縄へと旅立つ直前、友人の佐々木恒雄さん
とチQ君ふたりの旅立ち展があった。
佐々木さんは道北網走へ、チQ君は南の島沖縄へと
南北へそれぞれが札幌に別れを告げた。
その時「白虎」と名付けた覇気に満ちたチQ君の絵画。
そして佐々木さんの「朱雀」と名付けた凝縮した火の
ような赤の絵画。
このふたつの作品を会期中描き上げ、ふたりは札幌を
離れたのだった。
那覇、石垣島等を漂流した後定着を諦め札幌に帰った
チQ君は、なおも新たな旅先へここ数年模索・混迷し
ている感があった。
今回、8年前置いていったままの「白虎」を、敢えて
持って帰るように申し渡したのは私だった。
その事がチQ君をもう一度原点からこの絵画と向きあう
切っ掛けになったようである。
今年の誕生日に描いた同寸の絵画と8年前の作品を
両脇に置いて無地の同寸大の板を晒したのである。
これは覚悟と言っても良い決意を顕していた。
作品は完成し、彼は再生と復活の端緒を得たと私は思う。

岡田綾子さんは、11年前23歳の北大生村岸宏昭さん
が高知・鏡川で不慮の死を遂げた時、真っ先にここに駆
けつけお盆でシャッターの閉じたテンポラリーの前で泣
いていた女の子だった。
この2週間前テンポラリースペースで最初で最後の個展
「木は水を運んでいる」を開いたムラギシの不意の死。
その瑞々しい豊かな才能と共にこの死は長く今も我々の
脳裏に残っている。
その後3年かけて・遺作展・遺稿集を我々は創ったのだ。
遺された記録・作品は今も生前の彼を知らない人たちにも
影響を与え慕われている。
そしてこの10年、岡田さんはムラギシの死にひとり泣き
じゃくっていた優しく弱々しい女の子から、凜とした明る
い女性へと変貌し5人展に参加してきた。
それは私が初めて見る作品が雄弁に語ってくれた。
最近結婚したという人生事もあったのだろうが、ムラギシ
死後ある時期の彼女を遠目ながら知る私には今回のすべて
の作品に、彼女の心の再起・復活を感じずにはいられなか
ったのだ。
そしてその事はとても嬉しい事であった。

展覧会を少し離れ、個人的な記憶の側面から私の小さな総括
をここに書き記しておきたい。

*「大野一雄の記憶・公演ポスターを中心に」展ー8月8日(火)
 ー27日(日)am11時ーpm3時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-08-01 16:57 | Comments(0)
2017年 07月 30日

チQ作品完成ー緑陰(7)

「脈」展最終日前夜チQ君の未完作品が完成した。
沖縄移住を志した8年前ここで描いた作品、そして
今年40歳の誕生日に描いた作品、その左右旧作の
まん中に同サイズの無地板を置き、両側の作品のエ
ッセンスを吸収しながら描き続け、やっと昨夜完成
したのだ。
左右の旧作は描き潰され外されて、まん中の一点が
ひとり立ち顕れてきた。
背後のブルーシートが外された白い壁に縦1・8m、
横90cmの作品が浮き上がる。
さらに先日のライブドローイングで描かれた岡田綾子
さんのマスクが周りを跳ぶように配置された。
最終日前夜やっと会場全体が<×1>を得て凝縮して
きたようだ。
作品ゼロのまま5人展に臨んだチQ君のある意味怠慢
さと同時にそこまで自分を追い込んだ覚悟のような
今回の参加行動。
それが最終日前夜やっと実を結んだともいえる。
その我が儘が他の4人にもあって、我関せずのペース
でそれぞれの独白のように作品が並んでもいた。
今回の5人展提起者鼓代さんからは、チQ君のブルー
シートを早く撤去し左右の旧作もなんとかしろ、と厳し
く指摘する動きもあったようだ。
唯一岡田作品だけが、他の4人の間を跳び繋いで会場の
一体化を演じていた。
会場一階正面に未完の無地の板がブルーシートをバックに
並んでいる我が儘な風景はやっと解消され、会場全体が
5×1=5の五人展へと空間を浮上させたのである。
5人展「脈」は、やっと脈動を打ち出した。

この新たに誕生した作品はチQ君にとっても新たな制作
活動の礎ともなる事だろうと思う。
軸足を得た縦軸の画面構造と巻き上がる色彩。
合掌の、掌(たなごころ)にも通じる心と身の踵(かかと)
ともなって、酒井博史の篆刻「掌」、藤川弘毅の死の凝視、
岡田綾子、鼓代弥生両女性の飛翔する線刻、色彩、造形の
花の芯の位相にも位置したと思える。

互いにそっぽを向いていた作品達が、人をも含めてある一体
感の空間へと再生した。
作品とは不思議なモノである。
僅々一週間の間、会場時空体は大きくその質を変えた。

*5人展「脈」ー7月30日午後6時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-07-30 13:07 | Comments(0)
2017年 07月 29日

「脈」ライブー緑陰(6)

昨夜音楽だけの「脈」ライブが行われた。
有山睦氏がキューレートしたトリオナオサズ。
ドラム・有山睦、トランペット・寺久保怜矢、
ベース・高橋里沙の3人。
寺久保君はまだ高校一年生、高橋さんは大学一年生
と若い演奏者である。
リハーサルで初めて音を聞いたが、新鮮で爽やかな
いい音を出していた。
寺久保君はヤマハ教室で旧友のジャズトランペット
奏者Iの教え子と聞き、その奏法になんとなく似た
ものを感じて親近感をもった。
リハーサルの後は私は通院で留守したが、ライブは
好評だったという。
他に酒井博史さんの弾き語り、やはり若い歌い手の
ヨシダレオさんが歌った。
今回は有山睦さんが若手演奏者を担ぎ出し、酒井さ
んが若手歌い手を担ぎ出す、という「人<脈>」
ライブだったと思う。
チQ君のライブドローイング、岡田綾子・鼓代弥生
さんのライブペインテイング、と参加者それぞれが
展示と同時にライブを試みた訳だ。
藤川弘毅さんは残念ながら入院中で顔を出せない。
今回の5人展は様々な綻びをみせつつも、今から将来
への個々の視座を浮き上がらせた事で深い意味を保つ
と、感じている。
チQ君は生きる方位の原点、8年前の作品を見詰め、
新たに描き出した。
酒井さんは活字職人として「掌(てのひら)」を文字
通り篆刻で「掌」と彫り、6年前の野上裕之との合作
彫刻両手の往・還と共に並べ、今を見詰めた。
藤川さんは自らの病を社会的な目線で廃材と共に見詰
め凝視した。
岡田さん、鼓代さんは成熟した女性の目線で、開かれ
た感性の跳躍表象を1,2階に跳ばしたと思う。

5人にとって「脈」とは何か。
それはまだ不明だけれど、それぞれの動脈・静脈とも
とれるし、若い才能と繋がる人脈もあり、己自信の生
きる脈動の検証もあり、それぞれのライブを通して浮
きがる課題は脈絡無いまま過去と未来に横たわってい
ると感じる。
あと一日。
5人それぞれのパルス(脈拍)だけは、間違いなく
聞こえた一週間だった。

*5人展「脈」ー7月30日(日)まで。
 am11時ーpm6時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

通して
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# by kakiten | 2017-07-29 16:59 | Comments(0)