2007年 11月 25日

リンゴの問いー冬の輪舞曲(26)

敗戦後の日本は「リンゴの唄」をもって戦前戦時の南進の侵略の過去をみそぎと
し、「リンゴ追分」をもって日本の占領時代の終わりを見たと、簗木靖弘という演劇
評論家の方が新聞のコラムに書いていた。-「かってリンゴは、北を示し、ピユア
のものとしてあった。・・欲望むきだしの南から顔をそむけ、無垢な北を向こうとす
る文化的みそぎ、といってもいい。」」「つまり、リンゴは、日の丸のかわりにかかげ
られた文化的白旗である。」-。北の果実リンゴがある時代にピユアなものの象徴
としてあった事をこの文章で知った。そして戦後の経済復興とともに三橋美智也の
「リンゴ村から」を境にリンゴはひっそりと消えていったと書いている。しかし椎名林
檎の出現で北の象徴としてのリンゴはそうした事と全く無縁になり「この福岡産の
リンゴ」は「ほかのジャンルとの境界線」がなく「雑音との境界線も他の時代との境
界線もない」「都会のジャングルに出現した、新種のリンゴである」としている。この
ようにリンゴ考としてリンゴの時代的意味を考えた事がなかったのでこの寸評は新
鮮に感じた。昨日泉尚子さんの知り合いで訪れたMさんという若い女性と話してい
て久し振りにこのリンゴの文章を思い出した。話の中で急に真面目な顔をして”恋
とは何なのか”という質問をぶつけてきた。何故特別な感情となるのか、本当にそ
ういうものが存在するのかという疑問なのである。こういう質問を真面目にする若
い女性にはあまり最近会っていないので少しその大上段の真正面な問いに吃驚し
た。私は古典的なスタンダールの「恋愛論」の結晶作用やらJ・Pサルトルの「存在
と無」のイラクサの痛みに耐える例やらはてはサン・テグジュベリの「星の王子さま
」やら北原武夫の「体験的女性論」やらを引用してこれらの解釈を並べ立てた。そ
の内のどの部分かが彼女の疑問にフイットしたらしくニッコリと安心したような晴れ
やかな笑顔を見せた。その笑顔がなんともリンゴのように輝いていた。リンゴみた
いな人だねと言うとおどけてちょうどテーブルにあったリンゴを頭に載せてにっこり
笑った。本当にリンゴの笑顔だった。道東の出身で札幌で美術を学んでいるという
Mさんのような純情な人にあまり最近出会った事がない。現象的純情が本質的純
粋であるとは必ずしもいえないがリンゴみたいに感じる純情さはそうそう最近見た
事がない。<恋するとはどういう事ですか。>と正面から問う女性も最近稀と思え
た。このリンゴの問いを聞き拙い恋愛論を総動員して大汗をかいた後リンゴのピユ
アさを想い出したのだ。そういえばそういうリンゴの存在があったなあと。

*いずみなおこ展「森の記憶」-25日(日)午後7時まで。
*福井優子キャンドル展「Cold Fire」-12月11日(火)-23日(日)
 :11日(火)午後7時~あらひろこカンテレライブ入場料1500円
 :16日(日)午後3時半~佐藤歌織ピアノ・オカリナライブ入場料1000円
 :23日(日)午後7時~酒井博史ギターと唄入場料1000円
*木村環×藤谷康晴展ー12月25日(火)-30日(日)
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り西向
 tel/fax011-737ー5503
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by kakiten | 2007-11-25 14:10 | Comments(0)


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