高臣大介展の搬出が済み再び真っ白な壁だけの空間に戻る。大介さんの好意
だろうかガラスの瓶「ギュウギュウ詰め」の作品はしばらくここに置いておく事に
なった。野上裕之作品「椅子」とともに今二階の吹き抜けに並んでいる。光を浴び
てふたつが佇んでいる。昨年暮から今年にかけての熱いギュウギュウ詰めが時
間を超えてそこに在る。今週は明後日から藤谷康晴さんの展示設定が三日かけ
て行われ来週から10日間個展がある。昨年7月の最初の個展以来一度のライ
ブドローイングを経て今回二度目の個展である。この間彼の作品の深度は著しく
深まり大きな変貌を遂げつつある。初めて昨年6月に会ったのはシンクガーデン
での個展のDMを持って来た時でその際某ギヤラリーの翌月の予定を中止して
ここですることに突如決めたのが始まりだった。それから同じ七月後半の村岸宏
昭さんとバトンタッチ、ハイタッチでふたりの濃い夏があった。ここの空間で初めて
会いここで彼は純粋に深化している。そこには人と人の出会いもまた大きく作用
しているに違いない。表現者が投げる感性の球を享受者が受け投げ返す。その
感性の往還が表現者を励まし奮起させるのだ。ともに受け手であり同時に投げ手
である。そういう関係性が函としてのギヤラリーのグランドにはある。大介さんの
透明なガラスのように光を溜め、留めそして放っていく。そこを通過してある変容
が創成される。トランスである。函である。媒介である。磁場である。命そのもの
である。身体である。呼吸である。今回は特に意識的に最終日に展示してある作
品そのものに1日ライブドローイングを意図している。「肉体vsCONCRTE FI
CTION」という文字通りの直なタイトルである。都市の風景を凝視し精密に再現
する画を特色とする彼の世界が身体の内側から溢れるもので破壊し叩きつける
ように整然とした外景を歪ませ変容させる。自分の背丈の目線に切り取られたビ
ルの高さ、路面。その頑固なまでの等身大の街への執着が充血して狂気のよう
に疾走りだす。その行為がライブドローイングである。この都市への狂おしいまで
の執着はどこからくるのか。そしてその先には何があるか。今回はじっくりと見定
めたいと思っている。彼はまた紛れもない25歳の”燃える街角”を内に秘めた青
年でもあるのだ。
*藤谷康晴展「CONCRETE FICTION」ー2月13日(火)~23日(金)
am11時ーpm7時月曜休廊於テンポラリースペース
最終日23日(金)am11時ーpm7時「肉体 vs concrete fiction」
藤谷康晴ライブドローイング於同所
札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
tel/fax 011-737-5503