テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2018年 01月 02日

数珠の珠のような・・ー栃木・足利の道(4)

ひとつづつの村落が固有の産物・作物を人と一体になって
数珠の一つの珠のように繋がっている。
繋がる糸は道。
輪は国。那須の国。
私の2泊3日の道程は、そんな那須の国の旅だった。
足利市はその都。
取り巻く自然の山々も珠の縁取り。
あんな優しい山々の連なりを見た事はない。
住む人と山並みもまた数珠の一部だ。
そうした道程を経験しつつ足利市美術館の吉増剛造展
「涯テノ詩聲」があった。
2011年3月11日大震災からスタートした「石狩河口
/坐ル ふたたび」-「怪物君」ー「火の刺繍」に至る
7年間。
吉増剛造の数珠の国。
吉増剛造の究極の産地・心の直販所。
私が先ず一番最初に見たかったものは。今回特別展示
された高村光太郎の手の彫刻だ。
吉本隆明が1950年から1年半かけて毎日印した
詩集「日時計篇」をベースに吉増剛造が戦後近代に
心身かけて向き合う3・11以降の仕事があった。
併せて私の心中には、同じ年から7年かけて吉本隆明
が書き記した「高村光太郎論」があった。
そして今回初見参の高村光太郎彫刻の代表作「手」の
実物に深い興味があったのだ。
思ったより大きな実物作品は、会場1階の展示室正面
に置かれていた。
他の特別展示作品芭蕉や良寛等の書や絵画は2階にあっ
たが、高村作品のみは単独で1階にあった。
そして手の鋭くも美しい姿、しかし同じ姿勢でいる事
の苦しさ、無理さは、見る前に感じていた事と同様だ。
欧州留学中ロダンの彫刻に魅せられたという光太郎。
ロダンの筋肉を際立たせる表現に生身の手は短時間しか
保てない無理がある。
代表作「考える人」のポーズも然りである。
その事を確認したかったのだ。
吉本は光太郎の近代、仏師彫刻家父との対決・葛藤を
この欧州留学経験との対比で解析している。
そして理想と生活の一致を志した光太郎と妻千恵子の
実生活の無理が千恵子を狂わした大きな要因と分析している。
手の彫刻は美の理想と実の身の無理さにおいて彫刻の智恵
子抄なのだと私は思った。

翌日吉増さんとのトークセッションで、私は栃木・足利の
道程と彫刻「手」の話を枕にした。
私なりの「道程」「智恵子抄」を、高村光太郎の近代を解析
した吉本隆明に擬え吉増剛造展の枕にした積りである。
広く日本におけるふたつの近代をテーマに私は私の素で話した。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日ー7日:am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

[PR]

by kakiten | 2018-01-02 15:38 | Comments(0)


<< あいだの部屋ー栃木・足利の旅(5)      人間化した自然ー栃木・足利の旅... >>