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2017年 12月 28日

垣根のような山並みー栃木・足利の旅(2)

遠く或いは近くに立つ山並みが、人懐(なつ)こい。
拡がる大地は人家と田畑で豊穣な感じがする。
中にぽっりと小さな丘のような小山があり、神社が
祀られている。
鎮守の森だ。
余位さんの実家近くのホテルに宿をとり、何度か
足利まで往復した。
そしてその度に風景が趣を変えた。
さらに途中幾軒かの直売所に立ち寄った。
生産者が自主的に開いている生産物の販売所である。
お馴染みの野菜・根菜にそれを食材にした調理品。
そして手作りの人形などの工芸品も置いている。
午前中にほぼ売り切れると聞く。
品物にはそれぞれの生産者の名前が貼ってあり、多い
のは3人ほど違う生産者の名があった。
今の時期だけという大きな頭ほどの梨が一個あって、
抽選でおまけになっていた。
そんな直売所がそれぞれの産物を個性的に寄り合う場所
のようにあって、物と人の幸せなサロンのようにも存在
している。
かき餅の製作所もお店を兼業していて、沢山並ぶかき餅
を試食しながら袋物の商品を選ぶことができる。
余位さんの案内で何軒も廻りながら、小さなワンダーラン
ドにいる気がした。
そして足利へ向かいながら、東京へ通じる東北道沿いに
大地が垣根のような山並みに近づき、長いトンネルを抜け
山並みの底のような凝縮した大地に足利市がある。
ここはこの辺りでは都会と、余位さんが言う。
2階建てを基本とする街並みは、空がここでも広く個々の
建物が心優しい。
洋館風な建物も、可愛く無邪気な感じがする。
こんな近代が良いなあ、と思う。
足利学校など歴史的な建造物も西洋風な建物も同じ時代
同じ時間を共有して豊かなのだ。
果実・野菜・根菜の豊かな実りと西洋近代・歴史的建造
物が違和感なく根付いて、今を形象してある。
その道の向こうに都・江戸・東京がある。
摩天楼を見切ったアメリカ現代は、ショッピングモール
を新たに造り、その特色をヒューマンスケールと定義した。
しかしショッピングモールには人の<住>という根はない。
栃木・足利の道には、産地・街に<住>の根が感じられる。
近代も前近代の伝統も、無邪気に、あどけなく自然に
息づいている。
こうした回路に都・江戸・東京があった事。
それは私には深く心を打つなにかであった。
北関東から東北にかけて、こうした文化圏は続いている
気がしている。
ミヤコはこうした陸のミナトの往還回路に本来在ったの
ではないだろうか。
住んでいる人たちの数珠のような村・町・生産畑・鎮守の
杜・・・。
その数珠の糸の繋がりの結び目のように国があり、都
(ミヤコ)があり、街がある。
広がる空がどこでもあったように、空を狭くする吸い上げ
る空間では無いのだ。
札幌の5月のような風景の中で足利の街に着き、舗道に
面したクレープの店でクレープを買った。
食べながら歩く。
夜は屋台珈琲の店で美味しい珈琲を飲んだ。
2階建ての多いこの街並みは、田園地帯の直販所と同じ
空の下にある。
これが日本のショッピングモール。
こうした近代があって良い。
決して鬼畜米英などに至らぬ幸せな近代ではないか。

*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日ー7日:am11時ーpm7時
*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日ー2月11日

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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by kakiten | 2017-12-28 14:50 | Comments(0)


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