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2017年 12月 17日

高野圭吾詞画展始まるー最前列にして最後尾(40)

シャンソンを愛する峰艶二郎さんの企画で
札幌出身のシャンソン歌手にして訳詞家の
高野圭吾の詞画展が始まった。
来週19日火曜日には午後から峰さんの
ギャラリートークも予定されている。
高野圭吾についてはほとんど知らなかったが、
1934年札幌で生まれ、東京銀巴里で歌手
デビュー、自身のレパートリー、他の歌手の
依頼で、150曲以上のシャンソン訳詞。
美輪明宏、金子由香里、仲マサコ等に提供。
また画家としては武蔵野美術大学入学、卒業後
東郷青児に師事し二科会特選も受賞。
2005年逝去。
今回主題となっているのは、高野圭吾の精神
母胎である札幌という近代都市の風景・風土
である。
彼の産まれた1934年(昭和9年)から
成人の20年間とは戦争ー敗戦ー戦後復興を
跨ぐ大きな変化の時代であり、札幌も戦後の
大きな波動の中で都市風景も大きく変貌した
時代である。
日本の近代を問う中で特に大きな時代なのだ。
札幌という都市もまた黒澤明が戦後間もない
昭和20年代映画「白痴」の舞台を札幌にし
後年「影武者」撮影で訪れた時、”ここはもう
私の知る札幌ではない!”と怒った時間にある。
その中でシャンソンという日本に根付いた近代
が札幌という精神風土とともに、高野圭吾の内
部でどのように変わりかつ根付いているかを、
この展示は問い掛けてもいる。

そいて何時か2006年亡くなった翻訳家石田
喜彦の事を私は思い出していた。
彼は晩年テンポラリーで「ホップソングを訳す」
というカルチャーライブをしていた。
ビョーク、シンデイーローパ、ブルーススプリン
グステイン、ロバートジョンソン、ビリーホリデ
イー等を自らの訳詞で、解説した。
その結果CDに添付された訳詞とは違う、歌い
手の生きた時代・社会が浮き彫りになって立ち
上がり、曲の印象がより鮮明になり、旋律や声
だけで受け止めていた印象がより歌い手の人生、
時代・社会背景に裏打ちされて感受されたのだ。

私は高野圭吾にも、きっと同じシャンソン訳経験
・声表現が潜んでいると感じている。
その喪われつつある札幌近代土壌を、高野圭吾
の唄う歌、訳詞、絵画に見てみたいと思った。

今年5月初めて見た八木伸子さんの晩年80余歳に
描かれた「大通り風景」のリラ、そして大通り公園
の札幌モダニズム。
今考えられない風景なのだ。
どこか異国を思わせる札幌近代の風土。
それは異国のエキゾシズムの単なる模倣ではない
ポプラやリラのように根付いていたモダ―ニズムの
心の根の風景なのだ。
明治以降150年の欧米化ー近代化は、二度の転換
を経て今がある。
その明治維新ー敗戦という亀裂を経てなおも生きる
今という時代の縁を彩る真のモダニズムとは何か。
その心の風土を札幌という近代以前は野生自然しか
ない純粋近代都市で見つめてみたいと思う。

*「高野圭吾詞画展ー歌ことに生きて」-12月19日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休。
 19日午後1時~ギャラリートーク 峰艶二郎
*岡田綾子展「metamorphosis-あいだの部屋」
 1月2日(火)ー7日(日)

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




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by kakiten | 2017-12-17 14:02 | Comments(0)


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