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2017年 10月 01日

晩夏ー最前列にして最後尾(10)

8月6日から始まった札幌国際芸術祭も今日で終わり。
夏の終わりとともに過ぎて行く。
次は札幌オリンピック、新幹線と東京後追い一極集中化
の動きは続くのだろう。
そうした主流の動きとは別に個々の作家の優れた仕事を
見れたのは個人的には嬉しかった。
7月石狩河口撮影、23年を経過した「石狩シーツ」再朗
読映像を主とする北大総合博物館吉増剛造展ー「石狩シー
ツ」の先へ。
そして9月3日夕刻芸術の森アートホール大練習室鈴木
ヒラクとの競演の「石狩シーツ」朗読。
河口と支流源流の山奥、昼の河口と夜の山、ふたつの
「石狩シーツ」朗読が非常に豊かだった。
その歴史を本人が語っている。

’92年からブラジルで過ごし、母国語が枯れるような
経験>を経て’94年帰国後<自分をギリギリの状態に追
い込んで帰ってきて石狩河口に坐り込み、「石狩シーツ」
を書いたんです。
(北海道新聞2017年9月25日朝刊掲載吉増インタ
ビューより)

2011年3・11を経てこの経験は、「石狩河口/坐る
ふたたび」として始まり、今回の北大総合博物館・芸森大
練習室でひとつの大きな節目を迎えた。
明治以降の近代と昭和戦後の二つの近代との闘いを、この
北の大地でひとりの優れた表現者の再生と出発として見守
る事が出来たのだ。
さらに新たなラスト・ランが11月足利美術館ー欧州巡行
で始まる。
さらに見届けていかねばならぬ。
そして前にも書いたが、大友良英と三岸好太郎の幸せな
競演も私には嬉しい事だった。
戦前モダニズムと戦後モダニズムのふたつの尖った先端
感性が、なんと楽しそうに”飛んで”いた事か・・・。
さらにその会場となった三岸好太郎美術館の土地の位相。
「都心にあった三つの泉」のひとつキムクシメム(山側
・を通る・泉池)の場処であったこと、それはもうひと
つのヌプサムメム(野・傍の・泉池)を水源とする北大
構内を流れるサクシコトニ川の流域北大総合博物館の吉
増展に触れて、ともにその先で合流するコトニ川本流へ
と繋がっていた事である。
三大河川扇状地札幌。
その一つコトニ川三つの水源のふたつの泉池は、同じ
流域の源泉であり、そこで吉増剛造展・大友良英×三岸
好太郎が近代モダニズムを起点に展(ひら)かれていた
のだ。
これは単なる偶然ではない。
札幌という都市が保つ優れて自覚すべき宿命なのだと
私は思う。
拓かれて百有余年の日本近代とともに存在する都市。
その宿命である。
吉増剛造がブラジル・サンパウロで体験した<母国語
が枯れていくような体験>とは、札幌と同じ百有余年
のブラジル移民日系社会の人が保っていた純粋日本語
の衝撃だっただろうと私は推測する。
遠い地球の裏側の異国で保たれていた故国・故郷への
純粋な想いが、二度の近代化の名のもとに本国では喪失
しつつあった日本を抱きしめていたのだ。
1945年8月そして2011年3月11日東日本大震
災。明治以降現在までふたつの半世紀にふたつの近代化
がまだ癒されず蹲っているのだ。
札幌が東京ではなく札幌で在り得るのは、この近代と
真正面から向き合う事である。
江戸を東京と言い換え、江戸城を皇居と言い換える近代
化ではなく、縄文自然の天地の上に建つ真っ白な近代と
して構築すべきなのだ。

その天地に相応しい幾つかの表現者の優れた営為を感じ
つつ、北の夏祭りは去ってゆく。

*菅沼緑展ー10月17日ー29日
*ホピ&カチーナドール展ー10月31日ー11月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503





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by kakiten | 2017-10-01 14:20 | Comments(0)


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