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2017年 08月 11日

剛造六腑(Ⅱ)ー緑陰(13)

1994年ー2011年。
「石狩河口/坐ル」ー「石狩河口/坐ル ふたたび」。
前者には大野一雄、後者には吉本隆明。
そしてそのふたりの巨人の境に、3・11が横たわって
今の吉増剛造の仕事がある。
その過程を私はふたつの近代と、感じていた。
ノオモア ヒロシマ・ナガサキ。
強烈な破壊力原子爆弾2発で止めを刺された近代日本。
そして安心・安全と謳われた原子力発電事故で閉じつつ
ある戦後近代日本。
ノオモア フクシマへ伏流する現在。
そのふたつの近代の境目にふたりの巨人が立っている。
吉増剛造の必死の杭打ちは、全身詩人の名の通り、身も
心も草稿「怪物君」に溢れている。
脳内臓器を身とし、吉本隆明を咀嚼し吸収し分解する
すべての過程の記録「怪物君」。
時にそれらは残骸として焼かれたりもする。
1994年ブラジルから帰国後、自己閉鎖の穴から
救出の孤独な闘い。
大野一雄の舞踏が舞った海抜ゼロの河口傍に滞在。
そこから源流へ這い上がり、もうひとりの織姫女坑夫
さんと遭遇し心は救われる。
そして2011年3月11日東日本大震災後、戦後日本
を象徴する原発事故の地を訪ね、戦後近代そのものを
昭和25年吉本隆明26-27歳の処女詩集「日時計篇」
を噛み砕き、咀嚼し、吸収するかのように筆写し筆耕し
分解し始めたのだ。
2017年「火ノ刺繍」とは、吸収されたエネルギーの
炎の証、その火の刺繍だ。
日本百余年、ふたつの近代の裾野を、海抜ゼロの豊かな
裾野として、今から立ち上げていく新たな闘いが始まり
を告げている。
<火ノ刺繍ー「石狩シーツ」の先へ>・・・。

栃木ー沖縄ー東京と予定される今年末から始まる新たな
展開は、近代へのコンテンポラリーな裾野から中腹への
全身詩人吉増剛造の、身も心も挺した最後の闘いとなる
のだろう。
しかして1994年時とは相違し、conと呼び得る
<ともに>と信ずる友人たちもその裾野にはいると確信
するのだ。
フクシマの<涙>、イシカリの<ふたたび>がそうである、
と私は信じている。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー8月8日(火)ー27日(日)
 水・金am11時ーpm4時:火・木・土・日am11時ーpm7時
 :月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-08-11 14:46 | Comments(0)


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