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テンポラリー通信

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2017年 06月 15日

唄・光・花ー泉=メム(10)

急遽田野崎文さんのライブが決まる。
歌・田野崎文、会場構成:ガラス・高臣大介、挿花・村上仁美。
6月20日(火)午後7時~2000円。

田野崎文さんは5,6年前だったか、彼女のCDを藤倉
翼さんよりダビングして貰い、その時からフアンだった。
翼君曰く、東京の商業主義の世界に疲れ果て、自分の原点
を見詰めるために、この歌をこの場所で唄ったんだよ。
と言って最初に唄っている「この道」を聴かせてくれた。
この場所とは札幌の時計台である。
詩はかの北原白秋である。

 この道はいつか来た道
 ああ そうだよ
 あかしやの花が咲いてる

 この丘はいっか見た丘
 ああ そうだよ
 ほら 白い時計台だよ

田野崎さんが自分の唄う原点をこの風景の内に見詰めた事が、
その切ない歌声とともに私は惹かれた。
ギターひとつ片手に外部の騒音も聞こえる中、切々と声を出し
唄っていた。
そしてオリジナル曲の逢いたいという恋の歌も胸に迫る迫真力
に溢れていた。
それから多くの人に機会あれば聴かせた。
その内のひとりがガラス作家の高臣大介さんだった。
彼もすっかり気に入ってスマホに録音して持ち歩いていた。
そして何度目かの彼の個展の時この歌を酒井博史さんに唄って
貰いたいという彼の希望で、私のCDを貸したのだが、そのCD
は貸したまま行方不明となった。
そんな折、偶然あるワインレストランで、村上さんと田野崎文
さんが知り合いとなり、村上さんは、え~あの時計台であの歌を
唄った人!と仰天し、今回急なライブ実現となったのだ。

故郷という存在がどんどん希薄になってきている時代。
日本三大ガッカリ風景のひとつと云われる時計台で、白秋のあの
曲とともに自己の原点を見詰めるという彼女の真摯な歌唱力に、
私は心打たれていたのだ。
時計台が創建された時、北原白秋があの詩を書いた時、に在った
だろう近代のモダニズムロマンが、蘇って息付いている。
そんな風にあの時計台を真摯に風景として見詰めれる人が、今どれ
だけいるだろうか・・・。
田野崎さんの世代、2,30代の人には現在のビルの谷間に埋め立
てられた時計台風景しか見えないはずである。
彼女の歌を思う心はその時を超えて、白秋の詩を透し、見えない故郷
を、自分の唄う原点を、見詰めている。
その想いがこの詩曲を唄う歌唱力に顕れている。
80余歳を過ぎた画家八木伸子さんが晩年描いた絵「札幌大通り」
もまた現実にない大通り風景だった。
何故なら大通り公園は、八木伸子さんの生家に近い原風景だったから
である。
しかし田野崎さんも同じように時計台を見詰めている。
故郷とは夢のまた夢、夢の中でのみ凜として存在するものなのか。
彼女の歌声には、そんな切ない哀しい故郷(ふるさと)が恋歌として
も在り続けている気がする。

*田野崎文ライブ「巡り手ー歌/光/花」ー6月20日(火)午後7時~
 歌 田野崎文 ガラス・高臣大介 花・村上仁美 入場料2000円
*3人展「なんのためにあるのか」ー6月23日(金)ー7月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2017-06-15 17:01 | Comments(0)


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