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2017年 05月 03日

ナイーブハズバンドー暗渠(17)

としおという名前。
八木保次・伸子展でおふたりのアトリエ兼住宅が
誰も居なくなって空き家となっていたので、ご遺族
の了解の下風情ある表札を頂いた。
竹素材の表札に3人の名前が彫ってある。
八木敏 保次 伸子。
敏さんとはこの家を建てた保次さんのお母様である。
華道家で号を一紅女という俳人でもあり、その教授で
生計を立て保次さんも育てた女丈夫の美しい方だった。
ざっくりと粋できりっとした色気が80歳近くでもあ
った方である。
まだ私が20代の頃家業を継ぎなにかの新年会の帰路
一緒に大通り公園を歩いていて、ふっと敏さんの手が
伸び私の手を握った。
手を繋いで歩いたのだ。
祖母程の年齢でもあり、少し照れながらも何かほんわか
した良い気持ちがした。
すれ違う人たちがみんな微笑んで見ているのが分かった。
祖母と孫の微笑ましい姿に思えたのだろう。
今回の八木保次・伸子展で、札幌芸術の森美術館での
八木保次・伸子展のポスターを展示したコーナーに
その表札も併せて添えた。
そして改めて八木敏と彫られた表札の文字に私の敏夫
という名の由来を見たような気がした。
祖父の代からのお得意さんだった八木敏さん。
その密かな感謝と敬愛が敏の夫という名付けになった
のではないかという妄想である。
遠い明治の私の祖父と同じ明治の敏さんを思ったのだ。

敏夫という文字を説明する時、わざと英語でナイーブ
ハズバンドなどと云う事がある。
これが意外と受けて、高臣大介さんなどはわざわざ赤字
で大きく描きからかってきた。
そんな経緯もあって<敏>の文字に敏感な私がいた。
それが今回の展示中八木家の表札を見ていて、遠い札幌
の祖父の時代と共に、孫の名前に籠められた想いも感じ
ていた気がするのだ。
因みに父も私も敏さんは、ちゃん付けで呼んでいた。
保次・伸子さんの作品とはまた別の、札幌110年老舗
の遠い人と人の流れである。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日(火)ー28日(日)
 映像構成 鈴木余位・花構成 村上仁美
*及川恒平×山田航ライブ「傘」ー5月20日{土)午後5時~
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-05-03 12:57 | Comments(0)


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