2017年 03月 31日

作品の移住ー湿地帯(29)

写真家のT氏が台湾のアートフェアーから帰国し来る。
展示した作品図録を含めすべて売れたという。
その話を聞いて昨年13年ぶりにここで個展をした京都
在住のK君が今年ドイツで作品すべて売れたという話を
思い出した。
作品には作品が根付く国がある。
ふたりはそんな国を見つけたのだという気がした。

T氏の作品は8ミリフィルムのワンシーンを定着した
淡く朦朧とした画調の写真作品である。
しかしその切り抜く構成は剛直で明晰な力を秘めている。
この作品の二重の秘めた魅力が台湾人の心を捉えたと思う。
中国大陸から南海の小さな島に移住した中国民族の小国。
その国の人々の心の底にある遠い故国への深い望郷。
その心の底の二重性にT氏の作品の朦朧とした現実風景と
秘められた確固たる心的構造性が共鳴したのではないか、と
感じたのだ。
一方K君の絵画作品は、超リアルな写真とも見間違うような
日常風景描写を特徴としている。
そこに札幌から京都へ移住した影響か曽我簫白の浮世絵の人
物が出現する洒脱な画となっている。
欧米的な日常のワインやキャンドル、トースト等の食卓風景
に着物姿の浮世絵風の人物が跋扈するのだ。
ドイツの人にはワイン、キャンドル等は伝統的日常の風景
であるから、そこに非日常な異国風体の人物が跋扈する
非日常に何を魅力として感じたのだろうか。
そこにはEUの危機を始めとする過去の大戦記憶等が潜んで
いる日常・非日常の二重性現状が透けて見える気がする。
ふたりの作品がふたつの国で受け入れられた背景には、ふたり
の作品が保つ秘めた二重の日常性の本質が居場所を得たから
と思われるのだ。
TとKの作品には全く相似性はない。
Tの写真作品は一件朦朧とした幻想的な画調である。
一方Kの絵画は写真と見紛うような超写実的な絵画である。
ただそこに共通するものがあるとすれば、共に表面にある
特徴とは正反対の非常に意志的な構成力・日常を見据える
冷静さ、諧謔性が秘められている事だ。
台湾の人にはT氏の作品の秘められた剛の精神が、ドイツ
の人たちにはK君の洒脱な諧謔の精神が、ふたりの二重性
を秘めた表現がどこかで共鳴し根付いたに違いない。
ここで昨年末3点しか動かなかったK君の作品がドイツで
完売し、ここで売れた事のないT氏の作品画が台湾で完売
した事に、逆に日本という国の暢気さをある種強かに感じ
ているのだ。
僅々百年余の二度の近代化という日本の欧米日常。
それが当たり前の日常風景となって、そこに開国・敗戦と
いう二度の非日常は見えなくなっている。
そして伝統的な歴史風景も日常から遠い淡い物と成っている。
欧米近代化日常の、本当は脆く淡い実体すら見えてもいない
現実がある。
そうした土壌に二人の作品は根付かず、遠い異国にその
根付く土壌がある。
これこそが本当の作品による国際化ではないだろうか。
オモテナシのホスト国家の脳天気の楽天性などに真の国際化
などは望むべき筈もない。

*彩ー八木保次・伸子展ー4月初旬予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-03-31 15:16 | Comments(0)


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