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2016年 04月 01日

光ラン・ランー鉄橋(8)

<銀の滴降る降る>から
光の滴降る降る、の季節が来た。
ほっと、陽だまりの時間。
喘ぎ喘ぎ上った坂の上、一瞬息を抜く時。
吉増・カミユのいうシジフォス幸福の時間かな。
昼が過ぎ、西向きの玄関・窓から陽射しが伸びて来る。
正面壁の八木保次・伸子、村岸宏明の作品が、陽射し
に煌めいている。
取り巻く時代と自然の彩りが今の自分を映し出す。
命燃え出す春は、死者を想う時季でもあるのだろうか。
今回展示した作品の内5人が故人である。
佐々木徹、菱川善夫(奥様の絵)。
別に意図したわけではない。
自然にそうなったのだ。
そんな時6月東京国立近代美術館吉增剛造展への原稿
正式依頼状とともにW大時代の友人の奥様から丁寧な
お手紙が届く。
毎年正月普通の葉書に近況を文字だけで記した賀状を
くれていたM。
今年は便りがないので、心配していたら、昨年亡くなった
という懇切なお便りだった。
晩年故郷の千葉の村の歴史を探る座談会の司会進行
をした記録冊子とともに送られてくる。
大学新聞部時代同期で野武士のような風貌と頑固真っ
直ぐな性格に、私は少し距離を保っている仲だった。
にも拘わらず卒業後も札幌まで訪ねてくれ、毎年文字だけ
の近況を記した賀状をくれた。
彼の中ではもうひとりの友人Mとともに大事な友だったの
だろうと想う。
先鋭な学生運動から卒業後も労働運動に関わり活動を
続けていた彼が最後の仕事として郷土の歴史を掘り起こす
足下の仕事をしていたのは知らなかった。
死ぬ間際この座談会の冊子を見て嬉しそうだったという。
世界を俯瞰する若い時代の眼差しから、足下の無名の
歴史を見詰める晩年。
彼らしいある意味で一徹な人生だったと思えるのだった。
もう一度会いたかった。
そうすればきっと、お前、ちゃんと生活しているか。
またどうしようもいない事に手を出していないか、と説教
するに違いない。
現状の私などぼろくそに評されるに違いない。
でもそれが彼の頑固で真っ直ぐな生活目線第一の生き方
だったのだ。
それは学生運動の中でも社会へ出ても変わらぬ立ち位置
だったと思う。
生活とは体制順応という事ではない。
反体制運動の中でも生活目線で理念に溺れはしない頑固
で実直な生き方なのだ。

今展示にまたひとり見えない死者が参加した気がする。
哀悼して、想う。

*「記憶と現在」展ー4月10日(日)まで。
 月曜定休:am11時ーpm7時但し水・金は午後3時半まで。
*鼓代弥生木彫平面作品展ー4月27日ー5月1日

 テンポラリースペース札幌市北区来た16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-04-01 14:47 | Comments(0)


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