料理のレシピを見ていると、よく小匙1とか小匙2分の1とか
書いてある。
そしてその前にグラム数が併記されている。
その際ふっと気づいたのは、同じ小匙の分量でもグラム数が
異なる事だ。
それで量と料の、リョウの違いを意識した。
素材によって重さの量数が異なるという事である。
例えば端的な例でいうと、綿1キロと鉄1キロは重さは同じだが
嵩(かさ)は違うのである。
同様の事は醤油と油でも起きる。
素材から割り出される<リョウ>が料であぅて、重量だけを基準
とする<リョウ>が量であるのだ。
従って<ハカル>もまた量ルと料ルとに区別される。
量理と料理の違いを見ればその相違は明快だ。
様々な調味料そして食材と対話しながら、その個々の個性と向き
合い構成していくプロセスが料理である。
塩と胡椒でも重量だけで一律には決められない。
すべての調味料・食材にそれがある。
この量数よりそれぞれの個性を大事にする姿勢は、下手な民主
主義よりうんと本物の料理民主主義だ。
量数にかまけて横暴になる政治経済の現代に煎じてやりたい。
量数が優位の国家主義や富の量数が優位の資本主義や多数の
利便性が優位の自然破壊文明や多数を嵩に着た人間社会の愚は
枚挙に暇が無い。
調味料一滴、食材ひとつにも謙虚に学ぶ事は、多く在る。
人類の中の日本とは例えば野菜の一種の人参で、他にも大根さん
、じゃが芋さんもいる。
根菜という種類だけが食材ではないから、お肉氏も茸さんも、魚くん
たちもいる。
さらに地球生物の多様性の中では、人類という一種でしかないのだ。
料理の素材を通して、生物の多様性とその付き合い方を<料>で
学び<理>としなければならない。
それが文化芸術という調味料、素材の美味を追求する役割だ。
その小さな試み「花とガラス」展が、明日から始まります。
*村上仁美・高臣大介展[Water Fallー花とガラス」ー9月1日(火)-
6日(日)am11時ーpm7時。1日午後7時~酒井博史ソロライブ
投げ銭参加。
*加藤玖仁子講座「対話の試み・私たちと芸術」-9月12日(土)午後3時~
入場料3000円。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503