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2014年 12月 02日

熊去ってー透析・師走(1)

差し入れされた手打ち蕎麦を囲み、山里稔と木彫りの熊展最終日
夜打ち上げとなる。
山里さんの感謝の挨拶、熊サンクラブ会長のハイテンシヨン
と座は大いに盛り上がった。
「北海道 木彫り熊の考察」も高額な本にも拘らず二桁後半
の売れ行きで、展覧会入場者数とともに画期的な事だった。
人間の世界を超えた自然の有機的な力の象徴として熊の存在
があり、その親和力は驚くべきものがあるのだ。
木彫りの木の多くは北海道の自生の樹木と言う。
その樹の保つ生命感もまた人の愛着に関わってある気がする。
鑿跡の切実感と樹皮の柔らかさが人の心の記憶の襞に触れる。
自然を恐れつつ同時に自然を敬愛していた人と自然の深い関係
が日常的に存在していた時間・時代。
熊に象徴されるそんな荒々しい自然と麗しい自然への畏敬。
そんな自然に対する感情を最も直に表していたのが、女性達
の発する第一声のように感じた。
”カワイイ~!コワ~イ!”である。
自然とは向き合う時このふたつの感情に支配されるのではない
だろうか。
ラブリーであり恐ろしい。
山も川も海も風も太陽もそうである。
原始林や海や川のど真ん中で人間は生きてはいけない。
人間を守る囲いのような集落をその中に造らなくてはならない。
それが故郷という環境であり自然そのものと人間社会の中間に
在る囲いのような緩衝ゾーンである。
そこには人間に優しい樹木・山・川・動物が棲んでいる。
その遠い記憶が”カワイイ~!”の声となるのだろう。
熊そのものは現実的には恐い存在である。
それを可愛いと言い得る存在に転換するものは、自然そのもの
への長い遠い記憶の所為がそうさせるのに相違ない。

熊が山に連なる自然の記憶なら、次回吉増剛造展は水そのものと
向き合う水というもうひとつの恐ろしい自然がテーマである。
「水機(ハタ)ヲル日、・・・・:
3年余前「石狩河口/座ル ふたたび」展後綴り始めた終わり
無き大草稿はいつしか川面の波のように文字を超え映像とも見え
絵画ともなって詩行は星の星雲のように膨張している。
その詩葉が可能な限り会場に乱舞する展示となる。
恐ろしい水鬼の登場なのだ。
これからは心身ともに水との対峙となって年末年始を迎える。

*吉増剛造展「水機ヲル日、・・・・」-12月9日(火)-1月
 11日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2014-12-02 13:19 | Comments(0)


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