岡部昌生の初期作品を並べてみると、やはり忘れられない
一作が頭に浮かぶ。
テンポラリースペース開廊時に展示した「人形六つ」という
油彩の百号の作品である。
この作品に初めて出会った時の印象を当時の図録に私は
次のように記した。
空が暗く赤い、人形が父、母、子のように立ち上がり、あるものは
逆吊りになり横たわっている。黒を秘めた赤、赤を内部にぎっしり
と埋めた黒。岡部昌生のフロッタージュに印象的に表れる、赤と黒
の原点のようにこの百号のタブローは存在したのである。
(岡部昌生1989-1964展ー1989年11月図録)
今回の収蔵品展には展示されていないこの「人形六つ」という作品は、
岡部の原点ともいえる1964年制作の油彩である。
この作品について作者自身故郷の根室の記憶として次のように語って
いる。
(絵を描くきっかけを確かめに根室の街を巡り、幼少時の)
赤く燃えている根室の街のその光景が、一つの原風景のようにあっ
たんです。 (「パルス創刊号」対談)
黒のストロークによって多く構成されているフロッタージュ作品の中で
時として赤だけのフロッタージュ作品もある。
ある時期はこの黒と赤が対のように発表される事もあった。
そのような作品は今回会場正面に2点飾られているが、他のフロッタ
ージュ作品はほとんど多くが黒が主である。
ただ時折り四隅を止める赤いテープにこの赤が印象的に使われてある
事がある。
しかし近年この赤は姿を潜め、ほとんど見る事はない。
今回あらためて初期作品を並べ見ていると、この消えてしまった赤が
本当はこの作家の一番原点に在る色という思いがするのだ。
そこで思い出したのが、<玄>という言葉である。
元々は糸という古字が変化して玄という言葉が生まれた。
糸を黒く染めるには赤や紫やいろいろの色を重ねて染め、最後に糸を
黒く染めた底に赤色がまだ残って見える、そんな状態を<玄>といっ
たという。
赤を深く秘めた黒ー玄。
岡部昌生の黒とは本当は赤を秘めた黒ではないのか。
岡部昌生の最近の作品からは、この赤はほとんど見る事が無い。
フロッタージュ以前の非常に時代に敏感な版による作品群「午後7時の
ニュース」「新聞+シルクスクリーン」等の流れは、ヒロシマや近年のフク
シマへ連なる黒のストロークの作品行為に繋がる。
赤の色彩は個人体験の深みに位置して、この黒の奥底に沈んでいる事に
もっともっと自覚的であるべきと私は思うのだ。
岡部昌生にとっての赤という色彩は、より本質的な体験の垂直軸に属する
原点の色彩であり、黒はより水平的な時代に敏感な触覚に近い色彩である
と私は思う。
しかししてこの黒のストロークすらも最近は喪われ、「土の記憶ー事後のイ
メージ(フクシマ)」等に見られる鯉江良ニの「泥ーイング」の焼き直し的な
作品群には、3・11以降の時代に敏感なだけの黒の色彩すら喪った岡部
が漂流して見えるのである。
赤を深く秘めた<クロ=玄>の色彩を、岡部昌生は復権するべきである。
それが私の今回彼の初期作品を展示して得た所感である。
*収蔵品展「岡部昌生初期作品を中心に」-11月11日(日)まで。
am11時ーpm7時:月曜定休。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503