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2009年 01月 27日

燃える炎ーmataーpa(冬の年)(20)

高臣大介展始まる。今回はキャンドルがテーマである。
透明な様々な形のガラスに火が灯る。
翳ができ、灯かりが闇に触れる。
火は燃えて、開く。
人も、燃えて開かねばならない。
灯かりは、その炎の光の届く範囲を創る。
芯は燃えて、世界を広げる。
炎のランドなのだ。
火は空気に触れ、外気と交流し燃える。
この火のように己であり、他者である事を思う。

アーテイストレジデンスという芸術家の地域滞在制作の運動がある。
そのコンセプトに、グローカルという言葉があった。
以前美術家川俣正とアートデイレクター北川フラムが対談でその言葉を使って
いる。川俣正は、北川フラムの使うグローカルという言葉に対し、インターローカ
ルという言葉で返していた。
グローバルとローカルの合成語がグローカルで、インターナシヨナルとローカル
の合成語がインターローカルである。
どっちもあまり好きでもないが、敢えていえばグローカルなる言葉には中央化す
る地方の嫌らしさを感じる。まだ、インターローカルの方がいい。
インターローカルには隠された言葉としてナショナルがある。ナショナルをローカ
ルと言い換えてはいるが、そこには国という個の存在がある。
グローカルにはそれがない。地方の中央化、主流化の匂いがする。
邦(くに)という大きな枠ではなく、地方という国から他と関る個別性、個の姿勢が
まだインターローカルという合成語にはあると思えるからだ。
炎も外気化した時は消えるだろう。
外気と交流するから炎であって、相渉る自と他の個的関係性、いい緊張関係を
忘れてはいけないのだ。
個性的であるように、地方という国の個別性を炎の芯のように燃やさなければ、
灯かりの美しさも生まれない。
自(国)と他(国)は、炎の芯に例えれば芯は個であり外気は他者でもある。
他国からの移住者に迎合しても、火は消えるだけだ。
個という炎の光射す範囲をランド(国)として創出しようとしてこそ、真の生活
(滞在)の交流と思える。
ガラスを通して洩れる灯かりの美しい明暗の影を見ながら思った事だ。

*高臣大介冬のガラス展「gla_gla CANDLE show」-1月27日(火)ー2月
 8日(日)pm1時ーpm7時月曜定休・休廊
 27日午後7時半~あらひろこカンテレライブ・1000円
*佐藤義光花個展「別世界」-2月10日(火)-15日(日)
*野上裕之彫刻展ー2月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-01-27 12:40 | Comments(0)


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