テンポラリー通信

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2009年 01月 04日

沖縄へーmataーpa(冬の年)(2)

チQさんが全開である。いよいよさっぽろを去る日が近付いてきた。
4日、今日は一日制作。明日は最後の身辺整理、千歳実家挨拶と続き、8日出
発である。絵筆快調に2階壁に太陽のような作品が5点並ぶ。
空間が一気に明るくなり、引き締まってくる。
中川潤さんがカンパの気持ちでもあるのか、1階に展示してある黄色い作品を予
約。佐々木さんの1点と併せ計2点購入予定で赤ピンを付ける。
チQさんのバイト先の上司Oさんも小さな作品を予約してくれた。職場の机に置く
という。心の支えにと言った。明日もう一度来ると言って帰る。
作品を通して人の心が繋がる。見ていて気持ちがいい。
描く方も購入する方も作品という媒介を通して、<×1>の関係性である。
双方の×位置がいいのだ.×を真っ二つに断つ>、<の比較する相対性がない
のだ。ともに作品というボールを受けキャッチボールをしているからだ。
その場、グラウンドを、仮にさっぽろとかランドと呼ぼう。その場にチQさん、佐々木
さんの去ろうとするさっぽろが顕現しているのだ。
190万都市とかいう量数の誇示に場がある訳ではない。個の密度に質量としての
場が顕在する。量数の多寡は、>と<の関係性でしかない。個から発する×こそ
が主体である。文化の軸心を履き違えてはならないのだ。
さっぽろを去るふたりは、都落ちの位相にはない。そのように今生きているこの場を
>と<の悪無限的相対概念から奪取しなければならない。そう思う。
昼到着したチQさんと佐々木さんと今日を限りのハイタッチ。
昨夜の話題になり、酒を飲んでここに泊まった中川さんの話になる。
昨夜ここに彼が泊まったのは、登山家中川さんにとってここが山頂だったからだと
ふたりで話してきたと言う。俺らの会場が山頂だぜと笑う。
作品のある会場に泊まってくれた行為も、彼らふたりにはうれしいことだったのだろ
う。作品、会場、人、これらが掛け合わさって時空間を創っている。
それがランド、場である。×1の場なのだ。

*佐々木恒雄×チQふたり展「ランド!ホップする時」ー1月18日(日)まで。
 am11時ーpm7時月曜定休・休廊
*及川恒平ソロライブ「冬の鏡」-1月12日(月)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-01-04 13:11 | Comments(0)


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