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2012年 05月 26日
にわか雨ー玄黄・5月(18)
昼食を買いに近くのスーパーへ行った。
弁当を買いすぐに外へ出たら、急に大粒の雨。
切ったばかりの頭がずぶ濡れ。
濡れて惨めになったら、何故か先日偶然見ていたTVのサクラとイチローの
演歌を思い出していた。

 貧しさに負けた~
 いいえ、世間に負けた~

びしょ濡れになって落ち込んでこの歌詞を思い出していた。
それにしても歌の内容と演歌歌手の衣装のギヤップには著しいものがある。
大体不幸や悲しみを唄う内容と正反対のピカピカの派手な衣装である。
この目に見える虚構性に安心して、人は唄われる不幸を味わうのだろうか。
見た目も貧しければ、あまりにリアルとなるからである。
どこかで現実から逃避したいという願望が、この衣装の派手さに篭められて
いるのかも知れない。
最近送られて来た展覧会の大きな葉書には、120円の切手が貼られていた。
封書で80円、葉書の最大でも80円の切手が普通だから、このサイズは特別
な大きさである。
内容は3・11震災以降の<色>がテーマとある。
そして某画廊の開館5周年記念展がサブタイトルにある。
作家は国際展で日本代表ともなった著名な作家ふたりの名前がある。
開館を記念して大物作家の展示を企画するのは、それはそれでよくある話である。
しかしながら、その作家たちの主題が大震災以降の<色>が主題ともなれば
これは被災地及び原発事故以降の大きな不幸がテーマとなる。
実際この大型DMの写真は、放射能汚染により無人地帯となったフクシマの
飯舘村の農村風景である。
何かこの祝い事の記念展という華やかな衣装と展示主題のギヤップに、先程の
演歌のようなナルシスを感じてしまうのだ。
開館5周年記念にある意味日本を代表するであろう作家という派手な衣装と
主題となる原発事故で無人の村の悲哀。
企画する方も企画された方もまるで演歌歌手の衣装と歌の内容のように少し
ずれて、被災の真のリアルさからナルシステイックにずれているのではないか。
そんな気がこの立派な葉書を見ながら感じるのである。
展示を見る前の感想で申し訳ない事ではあるが、今回の大震災・原発事故
の大変さは、時に言葉を失い心の深部で受け止められるものと思う事が多い。
この悲惨を演歌の衣装と歌のようにナルシスに閉塞してはならない。
そう直感するのである。
被災地・フクシマの保つ都市構造は、ひるがえってすべてのわれわれの日常
にも深く根を張っている。
そこを掘り起こし共有する視座を獲得する為の営為こそが、表現者の責務とも
思える。
もっと地味で無口で、むしろ寡黙ならざるを得ないテーマのはずである。
折角のお祝い展にケチをつける気は毛頭ない。
ただお祝いと主題が、展示者企画者ともに少しズレているのだ。
その事だけははっきりと言わせて貰う。
企画者には展示者の有名性という衣装があり、展示者には不幸・悲惨という
被災の主題が優先して、場の記念展という晴れの衣装を見ていない。
そのいわば演歌的ズレが、この大型葉書に象徴的に顕れていると思われる。

*収蔵品展「5月・明暗の季節」-5月27日(日)まで。
 am11時ーpm7時。月曜定休。
*大木裕之滞在制作展「メイ」-5月29日(火)ー6月3日(日)

 テンポライリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

# by kakiten | 2012-05-26 13:57 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 25日
夏の陽射しー玄黄・5月(17)
気温も上がり、初夏の陽射し。
朝、髪を切る。
お風呂に入り、茫々とした頭髪を修正。
床屋ではなく、自分で鏡を見ながら切った。
また怪しい男に思われて、朝の職務質問に会わないとも限らないから。

大木裕之さんが自身のブログに告知を載せた。
「メイ」9年目の撮影・インスタレーシヨンのここでの個展通知である。

 滞在制作ー撮影しながら、即興インスタレーシヨン・パフォーマンスを
 してゆくつもりです。楽しみです。

大木裕之
1964年東京生まれ、1991年から高知に移り住む。
1988年東大工学部建築学科卒業で在学中より映画を撮り始める。

経歴的にも不思議な人で、最初会ったのは2003年2月の事だった。
この日の印象は後に撮影映像化された「オカクレ」のライナーノートに
次のように記されている。

 2003年2月 寒い日
 大木裕之光モノ西洋ステテコ風半ズボンで初来廊。
 ”サムイ!サムイ!”と不思議な横直線的歩き。UFOのよう。

この年の11月初個展「オカクレMN」展をして同年9月28日に逝去され
た父上へのレクイエムともなる映像作品「オカクレ」を完成させる。
そしてその翌年より5月に撮影行をする映像作品「メイ」の制作に着手し
毎年続けて、今年で9年目の撮影行となる。
この作品は日常のさり気ない場面を集積し、その断片の有機的な再構築
が、生の経過する時を組み立てていく。
時の指の間から擦り落ちる砂のように、揺れてこぼれる日常を映像は記録
し再構築される。
「メイ」とは撮影月の5月でもあり、中国語のメイ・美でもあり、可能性のmay
でもあるのだろうか。
この作品のスタートとともに私の人生上の大きな転換期もあって、この映像
に記録された日常のいくつかの断片は、私自身の人生全体とも深く関わる
ものがあるように思っている。
特に生の明暗を意識した今年の5月。
9年目の映像叙事詩のような作品「メイ」の撮影行が、今年の5月にある事
は不思議な因縁のようにも思われるのだ。

*収蔵品展「5月・明暗の季節」-5月27日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*大木裕之滞在制作展「メイ」-5月29日(火)-6月3日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503


# by kakiten | 2012-05-25 13:36 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 24日
風に棹さしてー玄黄・5月(16)
やや風強く晴天。
自転車快調に疾走する。
ふっと1ヵ月程前朝の検問にあった事を思い出す。
あの時警官に呼び止められ、自転車の登録番号を調べられた。
まだ寒さの残る4月の事だった。
場所は競馬場の傍で、マフラーをして帽子を被りボロ背広の私は
怪しい男に見られたのかも知れない。
自転車の盗難にあった事はあっても、盗る事はないとなにかムキに
なった事を思い出した。
後にMさんにその時の事を話したら、怪しいに決まっているとケラケラ
笑われた。
またその検問をブログに書いたのをフランスで読んでいた人がいて、
翌日は気分が悪くて一日このハミガキブログを休んだら、それも含めて、
大丈夫かなあ、と心配したと便りが来た。
その翌日再びブログが書かれたので安心したという。
まだ路面の片隅に残雪が残り、やっと自転車走行が可能になったばかり
の僅か30日ほど前の事である。
体の中の冬も大分外の温度と調和してきた。
外界はもう初夏の色彩である。

半年ぶりにマイミクのkyoさんが来る。
そしてほぼ同時に3年ぶりに同じマイミクのかひさんが来る。
それぞれがお気に入りの作品をゆっくりと鑑賞した後、奥で珈琲を飲む。
初対面のふたりを紹介して、それぞれの話を聞いた。
年頃も似たようなふたりは、ともに少し塞ぎ気味の昨今のようだ。
そんなふたりはどこか似た者同士かもしれない、とふっと思った。
来合わせたのは偶然だけど、ふたりがここに来たのは「5月・明暗の季節」
という展示に惹かれたからである。
<明暗>の主題に惹かれたふたりには、今の心の明暗が作用していると
思えた。
明るくひた向きな時のふたりを憶えているので、この日のふたりの表情は
その時のものとは違う事を感じていたからだ。
このブログの作品紹介や見た人のブログの印象文やらタイトルやらと、最近
篭り勝ちなふたりがここまで足を伸ばしたのは、この展示の保つ主題に拠る
所が大きかったようだ。
話している内に篭ったものが少しづつ放たれて、少し吹っ切れた表情で
帰って行った。
作品は何も語らないけれど、その内包する力は人を癒し解いてくれる。
日頃発寒川付近を散策しているかひさんが、この川の源流にある手稲山
紀行「傷ついた自然の側から」(早川禎治著・中西出版)に興味を示し購入
してくれたのは嬉しかった。
「何故途中から発寒川が無くなるのかしら?」と問うたのが切っ掛けだった。
この本にはそれらの疑問がすべて語り尽くされている。
この優れた都市論ともなっている登山家の紀行文は、ひょっとしたら今まで
のかひさんの物の見方を、より本質的に深めてくれるような気がする。
kyoさんは今日ブログを久し振りに書いている。
ふたりとも少し開きだしていて、なにか嬉しい気持ちになる。

*収蔵品展「5月・明暗の季節」-5月27日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*大木裕之展「メイ」-5月29日(火)-6月3日(日)
*森本めぐみ展ー6月6日(水)-17日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

# by kakiten | 2012-05-24 13:32 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 23日
作品の天空ー玄黄・5月(15)
大木裕之展「メイ」の一週延期により、収蔵品展「5月・明暗の季節」を
一週間延長する事にした。
糸田ともよさんをはじめ何人かの方が、今回の展示を好感して下さり
その感想から見たいという人も出て、延長して良かったという声もある。
今まで滅多に展示した事の無い作品たちが5月の明暗を主題に並んで、
展示構成した私自身も新鮮な感じをもって見ている。
それぞれの作品が個展時に見た時とは違って、作品自体が別のベクトル
から光を発しているからである。
例えば八木伸子作品の花と菱川和子作品の花が、ふたつ並ぶ事で
その個性の違いがそれぞれの作品をさらに際立たせて、より本質的な
花を感受させているからだ。
さらに後藤和子の青の作品と大島龍の青、そして上野憲男の青の3点は
同じ青でありながら、三点が並ぶ事でより本質的で多様な青を感受させる。
これらの展示効果は、作品個々が保つ力が、組み合わされる事により発す
る作品力と思う。
個展の時は、作家個人の顔に隠れがちな作品の流れというものがある。
主題を設定しより普遍的なテーマに作品が置かれた時、作品はその潜在
的な魅力を発するからであろう。
そしてそこでは制作年の新旧は関係がない。
八木伸子と菱川和子の作品はともに1970年代の作品であるが、そこに
制作年の古さを感じる事は些かもない。
それは多分作家の制作年の時系列に置けば新旧が顕れるのだろうが、
違う作家2点が並ぶ事によって、よりそこに描かれたものの存在感が際立
ち、その相違点が新鮮に見えるからである。
同様の事がこの「5月・明暗の季節」展において、他の作品との関係性
にも波及している。
一番他の作品と違うはずの友川かずき作品すら、2階から下の展示を招き、
1階の展示は2階の友川作品を呼ぶのである。
冒頭に記した糸田ともよさんの展覧会評は、見事にその事実を伝えていた。

 1階にいると、2階で呼ばれている気がします。
 2階にいると、1階に呼ばれている気がします。
 誰が呼んでいるかというと、もうひとりの自分なんだなー。

大木裕之さんの延期はこうして普段奥の倉庫に収納されている作品たちを
さらにもう少し長く陽の目に晒して続く結果ともなったのだ。

金環日蝕に続きスカイツリーのオープンと、世間は天空ばかりを見上げて
いるが、こうした作品世界の深い宇宙にももっともっと目覚め見上げても
良い筈なのだ。

*収蔵品展「5月・明暗の季節」ー5月27日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*大木裕之展「メイ」-5月29日(火)-6月3日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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# by kakiten | 2012-05-23 12:34 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 22日
大木裕之展「メイ」の一週延期ー玄黄・5月(14)
収蔵品展「5月・明暗の季節」最終日。
瀬戸くん、山田さん、有山さんが来る。
弁当を買いみんなで遅い昼食。
すっかりこの近くの弁当屋フアンとなった観がある瀬戸くんである。
それから何という事のない話が、閉廊時間近くまで続いた。
高校時代釧路で村岸宏昭の遺作集を読み、ここへ来るようになった瀬戸くん。
同じ年齢ながら生前村岸と会う事なく、遺作集を読んで今に友情を感じている
山田航さん。
同じように生前会う事無く、遺作集所収のCDの村岸曲を愛し演奏している有山
さん。
思えば最終日に集まった人たちはみな、ムラギシに心惹かれる人たち
ばかりだった。
そして次回展示の四国の大木裕之さんもその村岸最後の地の人である。
2006年8月大木さんに会い、その後高知の鏡川で遭難死しているからだ。

その次回展示予定の高知の大木裕之さんから連絡ある。
来廊一週簡延びて、来週からの滞在制作となる。
「メイ」の撮影行も含めた映像作家大木裕之の久し振りの滞在個展である。
2003年の「オカクレ」以来だろうか。
その後2004年から「メイ」の制作が始り、2007年に水戸芸術館「マイクロポッ
プの時代」展で上映され、その際東京の映像作家石田尚志さんとともに招ばれ
3人の鼎談に参加した。
9年目を迎えた「メイ」の撮影が久し振りに初回の札幌に戻って滞在制作される。
5月の最終週に相応しい一週間となる。

今年の5月は、何か不思議な5月だ。
生と死の明暗が濃く、十年近い大木さんの作品「メイ」の最終章にも近付いて
いる。
私自身の誕生月でもありながら、今年ほど親しい人の死を意識した年もない。
なんらかの総括のような年なのかも知れない。
そんな時に大木裕之の「メイ」の9年目の滞在制作が始るのだ。

*収蔵品展「5月・明暗の季節」-5月27日(日)まで延長。
*大木裕之展「メイ」滞在制作ー5月29日(火)-6月3日(日)
*森本めぐみ展ー6月6日(水)-17日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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# by kakiten | 2012-05-22 12:13 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 20日
重なるものー玄黄・5月(13)
友川かずきのフアンというレトロスペースのNさんが見える。
東京でのライブ、展覧会と欠かさず見聞に行くという熱心なフアンである。
今回2階に展示した友川作品を見に来たのだ。
ご主人はかって尺八の演奏で前のスペースで出演した事がある。
それ以来のご縁だが、今のお勤めのレトロスペースの館長S氏とも
親しいのでそちらの縁もあった。
それでもここに見えるのは久し振りで、しばらく最近の友川の話を
聞かされた。
そこへ居酒屋ゆかりの店主宇田川洋氏が来る。
彼は村岸宏昭の遺作画を見に来てくれた。
程なく同じ居酒屋を手伝っている千鶴さんも見えて、奥でお茶を飲む。
ふたりはともに故村岸宏昭の遺作集の愛読者で、店にはいつも彼の本が
そっと置かれ、時にはBGMに彼の曲が流されるのである。
初対面のNさんを宇田川さんたちに紹介し、宇田川さんのもうひとつの本業
アイヌ学の専門家の方も紹介した。するとNさんが今の職に就く前、遺跡の
発掘の仕事をしていて、宇田川さんの名前を聞いた事があると言い出した。
さらに話している内に色々思い出して共通の知人の名前が飛び交う。
意外と近い所にふたりはいた事になる。
そこへ歌人・詩人の糸田ともよさんが見える。
彼女の第一歌集は故菱川善夫氏の解説で世に出たのである。
その菱川先生の奥様である菱川和子氏とも親しいので、その縁で作品を
見に来てくれたのだ。
現在の菱川和子氏の作品とは違う、以前の作品にしばし感嘆した後糸田さん
も奥でみんなと話す。
Nさんのお勤めのレトロスペースは、以前から見て気になっていたと言う。
今度これを機会にお伺いするという。
宇田川さんたちが帰ってすぐに山田航さんが見え、その後有山さんと今村
さんが見える。
ここでも不思議な縁があった。
今村しずかさんはフォークのシンガーソングライターでもあるが、職業は
介護の仕事でもある。その治療リハビリーの患者さんが今リハビリー中の
菱川和子さんだったのだ。
しかも患者と介護補助の関係を超えた信頼関係を保つ間柄だった。
最初現在展示中の菱川さんの絵を見て、名前を知らずに良い絵だなあと
惹かれていたのだ。その後作家の名前を聞いて、吃驚していたのである。
そんな逸話を糸田さんに話すと糸田さんも吃驚して、ふたりは菱川さんを
介在して話が弾んだのだ。
今村さんたちは7月に完成する初のCD発売記念ライブの打ち合わせで
この日は訪れたのだが、そのライブに早速糸田さんの予約が入った。
縁が縁を生んで、人と人の関係の不思議さを感じた時間だった。

*収蔵品展「明暗の季節」-5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*大木裕之展「メイ」-5月22日~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

# by kakiten | 2012-05-20 13:39 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 19日
晴れよう時ー玄黄・5月(12)
やっとここ2,3日青空が続く。
晴れようとき。
パステルナークの詩集の題名のようだ。
昨日先日フランス・リヨンから便りを頂いた故村岸宏昭さんの縁者
の方が帰国し、お土産を持って訪ねて来る。
展示してある遺作画を見て、感涙のようだった。
「5月・明暗の季節」展もあと一日。
最後に作品が人を引き寄せ、時を凝縮した。

今回の展示作品にはそれぞれ遠い記憶がある。
故菱川善夫氏の奥様菱川和子さんの作品は、1970年代の作品で
現在の抽象的な作風とは一味違う細密で濃密な花の絵である。
カスミソウのようにも見える紫の花が細密に描かれ、白い花瓶が艶かしい。
全体に暖色よりも寒色が主となっていて、八木伸子さんのポピーの花、
背景の黄色に溶け込んだようなふたつの花瓶とは対照的である。
女性の情念のふたつの様体を顕しているようで、今回の「5月・季節の明暗」
の主題ともなった。
凛とした暖かさ、凛とした寒さ。
そんな5月の寒暖を思うのである。

2階に展示した友川かずきの作品5点は、1980年代の作品で当時ライブ
と絵画の個展で来た時に描かれたものである。
会場で即興的に描いた大作は、あの当時の前のギヤラリーに集まっていた
友人たちを描いたものだ。
小さな作品には私がモデルと思われる作品も含まれている。
友川かずきは、フォークの歌手としても有名で、最近フランス人の撮った
彼の映画が上映されている。
絵描きとしても独特の絵画で、一部の人に高い評価がある。
津軽出身でその津軽訛りは、絵画にも陰影として反映しているように思える。

1階の作品群は5月の光の季節の明暗を主に選び展示し、2階の友川作品
は非常に人間臭い明暗を基調として構成した。
そこに村岸宏昭の遺作が突如として参入し、2階の友川作品と1階の自然を
主とする明暗を繋いだ感がある。
村岸作品は当初どこに設置するか迷ったが、結局彼が生前の最後の個展で
立っていた場所、その印象の一番強かった南窓の傍に置く事にした。
昨日訪れた縁者の方も、この位置に納得して喜んでくれたのが嬉しかった。
今度の収蔵品展「5月・季節の明暗」は、作品がそれぞれ波長を発して、時と
場所を超えて磁場のような空間を創った、と感じている。
八木保次・伸子の追悼に端を発した辛い鉄橋のような5月である。

*収蔵品展「5月・季節の明暗」-5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*大木裕之展「メイ」ー5月22日~予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1ー8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503



 

# by kakiten | 2012-05-19 12:36 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 18日
離れて見えるものー玄黄・5月(11)
ベルリンの谷口顕一郎さんから便りある。
ケンとアヤ、ふたりとも元気、とある。
先日訪独したYくんに託して、ふたりにささやかなお土産を頼んだ。
その返礼である。
中でも花田和治さんの個展図録に感銘を受けたようだ。
そこに描かれた抽象化された山や海辺の形象に、遠く離れた谷口さんの
内なる石狩・札幌の風景が触発される。
きっと離れてこそ見えるものがある。
日常の生活の中で見失われているものが、遠く離れて見えてくる。
それは風景に似ているのかも知れない。
街の中で山や海を意識する事は少ないが、少し街を離れるとそこには
山野・海が広がり見えてくる。
日常が生活の裾野の視野であるならば、仕事の志の頂きはこの風景の
ように離れて見えてくるものかも知れない。
時に遠くから声が届く時は、多分に生活の日常に疲れた時である。
フランスのリヨン、マルセーユ、そしてベルリンから届いた声は、そんな
遠くからの声のような気がするのだ。
便りの末尾は、今ロッテルダム歴史博物館に設置の作品の事、そして今年
7月発売完成予定の今村しずかさん初CDのデザインに今集中している事
が書かれていた。
一昨年秋ここで谷口顕一郎個展の時、そのオープニングで今村さんが唄っ
た事が縁である。
あの時はムラギシの遺作「撓む指は羽根」も演奏された。
オープニングなのに何故か、今村さんの歌も含めてケンとアヤ涙、涙の夜
だった。
偶然ムラギシの最後に立ち会った沖縄の友人Sくんも来合わせていて、
不思議な夜だった。
思えばムラギシと私を引き合わせてくれたのも実は谷口さんである。
そんなムラギシの遺作が飛び入りした収蔵品展「明暗の季節」も、あと二日
で終わる。
そうした時にドイツから谷口さんの便りが届いている。
そうか。遠くからの遠くには、冥土の声も含まれる。
そういうことなのかも知れない。

*収蔵品展「明暗の季節」-5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*大木裕之展ー5月22日~予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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# by kakiten | 2012-05-18 14:29 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 17日
心のruー玄黄・5月(10)
五月晴れが戻って来た。気温も上がる。
昨日のストーブが恋しい灰色の日とは違う。

生活と仕事の挾間で、闘いは続く。
仕事とは何か。志の事がシゴト。
生きてゆくインフラに関わるのが、生活。
どちらかに偏り過ぎてもバランスが崩れる。
最もそんなバランスを崩す事の連続の人生だが・・。

四国在住の映像作家の大木裕之さんが、来る。
来るといって予定がはっきりしない。
「メイ」という映像作品を5月に撮り続けて、もう10年近くになる。
今年の5月(メイ)は、ひとつの節目となるはず。
最初の「メイ」も、札幌からスタートしているから。

ニューヨーク在住の美術家中岡りえさんが6月来道すると連絡がある。
この人も映像を手がける作家である。
8mm映写機で風景に心象を記録している。
鈴木余位さんの吉増展の映像、若林奮さんの鉛作品を見たいと言って
楽しみにしている。

詩人の吉増剛造さんは20日までフランス滞在で、たまにこのブログを
読んで笑っているのかしら。
 
 「テンポラリー通信」を毎朝拝読するのが、とてもとても、心通わせる・・・・
 そう「心ーru」だよなあ。

とお便りが来ていたけど。
ruとは、<ru:るー足跡・跡・道>の意味のアイヌ語。
お気持嬉しく、恐縮してこちらこそ拝読。
私自身はそんな大層なことは何もなく、このところ下り坂の
ruーran(ルらン:坂道)。

生活と仕事(志事)。
この永遠のせめぎ合いに、五月晴れの空の影が深い。

*収蔵品展「明暗の季節」-5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*大木裕之展ー5月22日~予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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# by kakiten | 2012-05-17 12:09 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 16日
海抜ゼロの渚ー玄黄・5月(9)
ふたたび曇天が続く。
今年は寒暖の差の激しい暗い5月。
生と死を意識した所為か、この暗い5月は心の傾斜に呼応している。
海抜ゼロの石狩浜を歩いた日。
来札の岸辺:らイ(死)さツ(乾いている)。
望来の岸辺:も(静かな)らイ(死ぬ)。
そんなアイヌ語の直訳地名のある陸と海の境目は、同時にその生と死
の境でもあったかに思える。
腐敗しないプラステイックの容器群、流木や生物の死骸。
それらを洗う川波、海波。
その絶え間ない地球の脈拍のような波に触れて、境の浜があった。
有機的なもの、無機質なものすべて含めてゼロであり、しかししてそこ
は豊かさと空虚さの両方を孕んでいたのだ。
用を喪失した虚というプラステイックゼロと、生を喪失し朽ちながら他へと
転生するゼロの相違が際立つ場所でもある。
化石や貝殻そして瑪瑙の転がる浜、そのすぐ傍に広がる埋め立て処理場。
ふたつの終了したものが、世界を二分して広がっている。
ランドとランドフィルの世界である。
化石も流木も瑪瑙も貝殻も新たな大地(ランド)を創る。
ゴミ処理場の埋立地(ランドフィル)は、遮断した大地を造っている。
その二分されたゼロの際のように岸辺が広がっていた。
赤く沈む夕陽が真っ赤なゼロであるならば、その夕陽に象徴される赤いゼロ
は豊かですらある。
原色のプラステイック類のゼロは、腐敗もない不毛な虚のゼロである。
死の堆積と生の蓄積は虚と実のように対峙して存在していた。
海抜ゼロの渚は深さも高さもゼロではあるが、生命は原点として在り、その位相
は、豊かさと虚しさの相違の渚・境でもあったように思う。

*収蔵品展「5月・明暗の季節」-5月20日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
*大木裕之展ー5月22日(火)~予定。

 テンポラリーペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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# by kakiten | 2012-05-16 13:10 | Trackback | Comments(0)


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