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2016年 08月 23日

とんまな話ー撓む指(10)

不意にネットが繋がらなくなり、このパソコンの
元持ち主佐藤真史さん、(有)フォトンの橋本洋輔
さんにご迷惑をお掛けした。
一番基本的な料金支払いのミスであった。
6月分支払いを7月分で払い、その結果NTTに
回線を止められていたのだ。
電話回線は繋がっていたので、気付かなかった。
この界隈は光回線なので、支払先がNTTコミュニ
ケーションズとNTTファイナンスに分かれて請求
が来る。
その為ネット回線は不通で、電話回線は繋がっていた
という事態になったのだろう。
支払いミスという基本的な事を、さすがプロ橋本市が
第一に見破り交渉してくれた。
それまでパソコンの配線ミスや、パソコン自体の性能
に頭が行っていたが、本当にとんまなアホである。

遠く静岡・浜松の桑名氏からも心配して電話を頂いた。
1週間以上もブログ書かれていないから、・・と。
私のトンマから「撓む指は羽根 ムラギシ10年」の
最終日のライブレポートがすっかり遅れてしまった。
酒井博史(歌)、山田航(朗読)チQパフォーマンス、
狼豊(足踏み伴奏・歌)、portrait(古館賢治
・多賀白・有山睦)の素晴らしい一夜だった。
最後のportraitの3人が、ムラギシ曲の「撓む指
は羽根」の演奏も最後を飾るに相応しい名演奏だったが、
チQ君のパフォーマンスにちょうど来ていた幼子の少女
が、ぴったり寄り添って一緒に遊んでいたのが見事だった。
狼豊さんのパフォーマンスにも同様に寄り添い本人自身が
なによりも楽しんでいる様子が自然だった。
チQ君と狼豊氏は、あれで助けられた、俺たちのアイドルだ、
と感動していた。

酒井君の連日で少し声のかれた歌声も魂が籠もっていて
ジンと胸を打った。
山田君の同年代ながら会わずに終わったムラギシの存在を
自らの人生と重ねムラギシの曲をバックに朗読した詩も
胸に迫るものがあった。
伴奏を自らの足踏みだけで歌を歌う狼豊さんのパフォーマ
ンスも初めて聞いたが見事な技である。
ヴァイオリン、ギター、ドラムの3人は、バッハも含め
重厚で深い余韻を残し、最後を飾った。
今回は音響機械を一切使わず生音だけで演奏された。

こうしてムラギシ10年目のお盆は過ぎていった。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2016-08-23 14:04 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 13日

お盆ー撓む指(9)

若くして、というか若いからこそ、と言うべきか、
社会・時代と自然・風土、両方の視座を真摯に表現
の基底に据えていたムラギシのエレメントは、今も
我々の共有するものである。
ムラギシを含め12人の表現体が、今回の展示で柔ら
かな調和・ハーモニーを奏でているのがその証だ。
これに音の世界が明日夕刻加わって、短い展示の
フイナーレを迎える。
短い展示とも思えるが、今月13日の命日を10年
の起点・基点として、だらだらと延ばしたくは無か
ったのだ。
そして我が家のお墓参りも行かねばならぬ。
通院・展示で時間がまだとれていないから。
5時間の透析治療中には、動脈・静脈への注射針射し
の失敗とか、最後止血の不調とかトラブルもある。
前回止血が上手くいかず血が噴出した。
そして昨日は位置を変えて針射し。冒険するわ、と
今までのゾーンとは違う場所に針を刺した。
これが全然太い血管に至らず、細い血管を突き破り
その下の肉を刺す。
腕全体が少し腫れてボッコのようだ。
自分自身が危険・痛みを受けずに、冒険も無いだろう。
冒険とは危険・痛みを自らが負う事を言う。
自らが危険・痛みを負わないのは、冒険ではなく暴走
というものだ。
そう心で思ったが、毎回お世話になっている看護士
さんだから、口には出さなかった。

パンが無くなりいつものフランスパン屋へ。
最近新人の売り子さんが多い。
そして長いフランスパンに、カットしますか、と必ず
聞かれる。
あまり毎回なので、この店のカードを示しそのトレード
マーク、おじさんが長いフランスパンを抱えて歩いている
のを指さした。
カットしてないでしょ・・。
きょとんとしている。
さらに長い紙袋でパンを包み、保存袋を入れ、大きな紙袋
で手渡せられる。
これも過剰包装だ。
パンもむき出し、乃至は保存袋で包むだけで良い。
長くて持ち歩きに邪魔という配慮だろうが、食する時自分で
その時の気分で適当な大きさに切るのも楽しみのひとつなのだ。
中には一本まるまるその日にみんなで食す場合もあるだろう。
その時は切って下さいと申し込めばいい。
始めからカットしますかは、過剰サービスというものである。

人体も物品もその対象に対して、愛情と理解が不足すると、
マニュアルだけが一人歩きする。
最近はどこでもショップカードの提示を求められる。
そして商品・支払いと続く訳だが、言う方は言葉だけ発して
済むがこちらはカードを探し、財布をかき混ぜ小銭も探しと
行為の時間が伴う。
カードもいろんなカードがポケットに収まっている。
小銭も種々ある。
挙げ句はなんて、もさもさ遅い、次の客が待っている・・と
いう感じで、”アンガトございました・・”と送り出される。
すべてマニュアル上では間違いないだろうが、物、人への
理解・愛情が感じられない。
流通が主で、物を通し関係が生まれるという回路は消え
物流関係と化しつつあるのが現代だ。

この痩せた現在を思想・文化・芸術は対峙し、物流と心の回路の
均衡を図らねばならぬ。

*「撓む指は羽根 ムラギシ10年」ー8月14日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 :8月14日午後5時~ライブ・有山睦(ドラム)×古館賢治(ギター9
  ・多賀白(ヴァイオリン)・酒井博史(歌)・山田航(長歌朗読)外

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2016-08-13 16:57 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 12日

銭函→星置ー撓む指(8)

2006年7月18日から28日まで、村岸宏昭個展
「木は水を運んでいる」で自ら作曲・演奏・制作・販売
していたのが、「銭函→星置」と題された曲だった。
この遺されたCDを今会場に流している。
海の波音に始まり、個展時展示した白樺の木のあった
円山川源流の川音で終わるこの曲は、唯一遺された油彩
の「膝を抱えうずくまる」とともに、会場内でムラギシ
を告げる存在だ。
絵画「膝を抱えうずくまる」が、時代・社会の視座にいる
ムラギシなら、音楽「銭函→星置」は自然・風土の中にいる
ムラギシだろう。
彼の22年の生涯において今も我々を囲繞するふたつの環境を
鋭く提示し作品として遺した事は、我々の現在を今も深く
通底して共感する所以なのだ。
遺作集「自分を代表するような仕事はまだありません」に
収録された2枚のCDの中には、時代・社会を感じさせる
曲も多々ある。
「札幌発千歳行き」などは、電車内アナウンスやエンジン音
乗客の会話などが入っている。
しかし絵画「膝を抱えてうずくまる」が一番本質的な、時代・
社会の中のムラギシの位置を顕していると思う。
そして海から川の源流へのフイールドレコーデングと即興演奏
を含めた「銭函→星置」は、自然・風土を強く印象づけるものだ。
絵画・音楽を通し、今を全身で生きようとしたムラギシの表現の
エレメントを伝えるには、このふたつが最適だろうと思う。

*「撓む指は羽根 ムラギシ10年」展ー8月14日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 :8月14日午後5時~ライブ^有山睦(ドラム)古館賢治(ギター)
  多賀白(ヴァイオリン)・酒井博史(歌)・山田航(長歌朗読)外
  入場料1000円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2016-08-12 14:38 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 11日

ムラギシ10年ー撓む指(7)

通院で留守中酒井さんが留守番をしてくれた。
同時に木板に篆刻の「水」という文字を完成させたようだ。
これを天井に貼り付け、その真下の床に鏡板を配している。
鏡を覗きこむと水の篆刻文字が見える仕掛けである。
天地を結ぶ見えない線にムラギシ追悼の気持ちを感じる。
白樺の幹を吊り、白樺の足元の水の流れを幹に仕込んだ
川の音で表現した最後の個展。
そして1週間後遠く高知の鏡川で遭難死した22年の人生。
その川の記憶が鏡と水で彷彿とさせる。
会場にはこの時個展会場で自ら演奏・制作したCD「銭函
から星置まで」を流している。
そしてもう一つの名曲が、「撓む指は羽根」である。
これは、最終日のライブで有山さんたちが演奏してくれる。
2009年モエレ沼公園ガラスのピラミッドホール内で初演奏
されたジャズに編曲された演奏は名演だった。
それからこの曲は一人歩きし、多くのムラギシを知らない人たち
に演奏されている。
追悼の本に収納された未発表の曲、生前に遺されたムラギシの
演奏等を聞いて彼のことを記憶する人も多いのだ。
これからもどんどんムラギシは記憶の裾野遠くへと退いて
いくだろう。
しかし、心に残る記憶は遺された作品とともに、裾野から立ち
上げなければならない。
そうして今という足元の現在を構築していかなければならない。
セットされ与えられた与件としての現在ではなく、通り過ぎ
消えてゆく掛け替えのない日々の記憶の断片を、同時代として
現在に再編成する事。
その努力こそが、contemporaryという同時代の現在
なのだ。
生きて、体に刻まれ、心の一部となった記憶。
それを身体外の化工・加工エネルギーに吸い取れてはならない。
現代は与件の最新性を優先する社会である。
そして過ぎゆく物は捨て去る。
痩せた裾野、新幹線の鼻先のように、現在は薄く、細く、足元を
追い立てる。

「撓む指は羽根 ムラギシ10年」展は、そうした時代に対して
ささやかな、しかしそれぞれの手が、心が刻み創りだした裾野豊か
な現在である。

*「撓む指は羽根 ムラギシ10年」展ー8月14日まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2016-08-11 14:24 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 10日

一点一点心集まるー撓む指(6)

寄り添うように、心集まっている。
高臣大介さんの「野傍の泉池」、初めての縦列展示。
一本ずつ配列に心使い,作品名は「LIFE GOES
 ON」。
チQさんも今までにない立体的な展示構成だ。
1,2ヵ月前初めて村岸宏昭の追悼本を読み参加した
鼓代弥生さんも蔦の茂る影が美しい南窓の上部に2点。
木板に彫られ描かれた色彩が美しい調和を見せている。
それぞれが生きている今を感じさせる珠のような作品
たちだ。
野上裕之(尾道)彫刻、佐々木恒雄(網走)絵画、
チQ(札幌)絵画インスタレーション、森美千代(札幌)
写真3点、久野志乃(札幌)絵画、高臣大介(洞爺)
ガラスインスタレーション、八木保次・伸子(故人)油彩
2点、酒井博史(札幌)木彫り篆刻「水」
2階回廊・佐佐木方齋(札幌)版画「格子群」6点。

大小に拘わらずそれぞれの作品が輝いている。
他を排除せず、共に呼吸している。
ムラギシを基調低音にして、窓から見える蔦たちも
一緒に参加しているかのようだ。
10年前は痩せた筋だけの蔓が少し在っただけ。
ムラギシよ、見ているか・・。
これが現在のこの場所の生の徴(しるし)・・・。

日曜日夕方に、今度は君の音の蔦の葉が茂る事だろう。

*「撓む指は羽根 ムラギシ10年」展ー8月14日まで。
 am11時ーpm7時:水・金曜日は午後6時閉廊。
 14日午後5時~ライブ:酒井博史(歌)・山田航(長歌絶叫)・
 有山睦(ドラム)・古館賢治(ギター・歌)・多賀白(バイオリン)
 入場料1000円。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2016-08-10 13:15 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 09日

佐々木恒雄作品届くー撓む指(5)

網走から佐々木恒雄作品届く。
35cm程の横長の絵画。
首から下、自転車を押している青年の姿。
あっ、生前の村岸宏昭を想い出す。
たしかこんな自転車で最後となった初個展でも展示の
白樺を運んできたなあ。
生前村岸と親しかった佐々木さんならではの自転車姿
の絵だ。
顔は描かれていないけれど、その立ち姿、自転車だけで
ムラギシが目に浮かぶ。
早速左北壁に置く。

洞爺のガラス作家高臣大介さんから電話来る。
今から展示に馳せ参じると・・・。
そこへ酒井博史さんが来る。
木の板に彫り込んだ水の篆刻文字。
それを天井に固定し、床に鏡を配して見せるという。
平野貴弘君ことチQ君も来て、展示をする。
夕方鼓代さんも仕事終えて展示に来るという。
心籠もったそれぞれのムラギシ展示が揃ってきた。


*「撓む指は羽根 ムラギシ10年」展ー8月14日まで。
 am11時ーpm7時:10日(水)12日(金)午後6時閉廊。
 :8月14日(日)午後5時~ライブ・有山睦、酒井博史、山田航外。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2016-08-09 13:52 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 08日

作品届くー撓む指(4)

昨日網走から電話で漁師画家佐々木恒雄氏が作品発送したと
いう連絡があったので、休廊日で通院の日だったがテンポラ
リーに出る。
通院の3時過ぎまで待機する。
昨夕来週出産の久野志乃さんが自ら作品持参。
氷を思わせる白とブルーの油彩だ。
正面の八木保次・伸子作品、その間にムラギシ作品。
それに並ぶ南壁に久野さんの作品を置いた。
八木さんたちの北の春、黄、緑の色彩に冬の色、久野さんの
白、青が加わり、まん中に囲繞する時代・社会に蹲るムラギシ
の赤・黒が鮮烈に浮き上がる。
そして先程尾道の船大工彫刻家野上裕之さんから小さな木の
彫刻が届いた。
指一本立つ彫刻。
仏像のようだ。
小さいけれど、心打つ作品である。
ムラギシ作品の前の床に白い台を置き、そっと展示した。
上空には彼の以前の作品、日々使っている労働の革手袋を縫い
合わせた飛ぶ鳥のような「撓む指は羽根」作品が舞っている。
「撓む指は羽根」とは、村岸宏昭作曲の遺作作品の題名である。
最終日ライブで有山睦さん達が演奏する予定だ。
野上君の人差し指とも思える逞しい指一本。
そこに尾道で船大工をしている野上裕之の今を感じる。
この指は小手先、指先操作の指ではない。
指よりもっと、腕そのものを感じさせる。
そして祈りの姿勢だ。

それぞれのムラギシの今が集結してきたようだ。
ムラギシを通して、自分自身の今を俯瞰する。
記憶の裾野が過去から今に立ち上がり、自分自身の今という
現在を刻んでゆく。
そしてムラギシはそれぞれの生のネ(根・音)となる。
明日以降も楽しみだ。

*「撓む指は羽根 ムラギシ10年」展ー8月9日(火)ー14日(日)
 am11時ーpm7時:水・金午後3時閉廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2016-08-08 14:08 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 07日

「撓む指は羽根」展示ー撓む指(3)

「撓む指は羽根ームラギシ10年」展基本的な展示ほぼ見える。
まだ未到着の作品もある中、八木保次・伸子さんの作品と村岸
宏昭作品、佐佐木方齋作品、森美千代写真作品の基本的展示は
終わった。
あとは網走の佐々木恒雄作品が今日発送したという事で明日以降
到着待ち。
夕方久野志乃さんが作品持参予定。
まだバラバラ来るだろうから、最終的には会期中も含めて
最終日のライブの日が完成かな・・・・。
ここのところ急に気温が上昇して湿度も高く蒸し暑い。
少しバテ気味。
追悼ではなく、同時代の今のムラギシを見詰めたい、そう
いうコンセプトの没後10年展だ。
今はもう生前の村岸宏昭を知らない人も多く、追悼本所収の
音楽・文章・行為の記録等から共感・感動し参加する人も多い
のだ。
私自身八木保次・伸子さんの作品を村岸の作品と一緒に展示
したのもその証である。
八木さんたちと村岸の接点は生前無いのだ。
晩年故郷札幌の自然・風土を宮の森の山の家から色彩を通して
見続けた八木保次・伸子の画業と18歳で時代・社会を直視した
ムラギシのたった一枚遺された絵画が、この10年である同時
代性を保っている事に気付いたのが私の今のムラギシなのだ。
2階回廊正面壁と左壁に展示した佐佐木方齋「格子群」4点は
10年前村岸死の通知時展示していた作品として、唯一追悼の
意を籠めた作品である。
当時この「格子群」の作品前にみんなが集まり、つい2週間前
まで展示していた彼の最後の個展を思い、偲んだからだ。
そして1階正面に飾られたムラギシ遺作「ウズクマル」と左右の
八木保次・伸子作品の上に、尾道の船大工・彫刻家野上裕之の
革の労働手袋を左右を縫い合わせた「撓む指は羽根」作品を
空に跳ぶように展示した。
その上、吹き抜け空間を通して十字架のような方齋@格子群」の
緑と赤、黄と青が浮かんでいる。

*「撓む指は羽根 ムラギシ10年」展ー8月14日(日)まで。
 am11時ーpm7時:水・金ー午後3時閉廊。
*川俣正 1983・テトラハウスプロジェクト展ー8月22日
 ー9月11日

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# by kakiten | 2016-08-07 17:23 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 03日

今に繋がる草の根ー撓む指(2)

変化の早い時代。
そこで10年とは、一昔どころか二昔も超える時間だ。
しかし本質的な事は、そんなに早く変わる物ではない。
ムラギシ生きていれば、32歳。
そう思えば、変化の可能性を感じる。
しかし、22歳で途切れた人生の根は、今も古びてはいない。
不意の死によって途切れた筈の時間、今も新鮮に輝くように
現在を照らし出す光源がある。
大野一雄86歳の1991年9月石狩河口野外公演も然り。
今週末まで展示の吉増剛造展東京国立近代美術館も然り。
そこを尋ねると即答した川俣正の志向性も然りなのだ。

美術家川俣正の一つの出発点ともなった1983年札幌テトラ
ハウスプロジェクト。
三笠という一炭鉱都市の濃い人間社会のコミュニケーション
網の存在を、閑静な都市住宅街の一角で、廃材を内外に縦横に
使い、人の出会いの燃える場と変幻したインスタレーション。
そこから世界中を旅し、都市の一隅に人間の対話の回路を
風のように創り、一期間設置し去ってゆく行為を続けた。
あれから35年。
風の大工は今故郷三笠のズリ山を含めた俯瞰風景をジオラマの
ように創りだしている。
記憶の裾野(デイテール)が甦る。
それは同時代という現代(いま)の深い裾野なのだ。

ムラギシも、ヨシマスも、カワマタも、ヤギヤスジ・ノブコも
私には私の生きてきた時空の裾野を揺らし、立ち上がる同時代
の根の姿に見える。

「石狩・吉増剛造 1994」展に続き、村岸宏昭没後10年
「撓む指は羽根 ムラギシ10年展」が続くなら、「川俣正テト
ラハウス 1983展」もいずれ展示してみようと思う。
今週吉増ー川俣対話が東京で「声ノマ・・」展で実現すれば、
弾みともなる気がする。
同時代の裾野を広げ、掘り起こし、今という頂きを再構築する事。
時間の速度に略奪されない現在を、自らが構築する事だ。
テンポラリーの裾野から、コンテンポラリーの今という礎石を・・・。

*「撓む指は羽根ームラギシ10年」展ー8月9日ー14日。
 am11時ーpm7時:水・金:午後3時閉廊。
 8月14日午後5時~ライブ。

 :「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」ー8月7日まで。
  am10時ーpm5時・月曜定休。
  東京国立近代美術館 東京都千代田区北の丸公園3-1

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# by kakiten | 2016-08-03 13:55 | Trackback | Comments(0)
2016年 08月 02日

10年ー撓む指(1)

今年8月で村岸宏昭が四国高知の鏡川で死んで10年となる。
22年の短い生涯。
その遺された記憶は一冊の本となり、今も生前未知の読者を
増やしつつある。
そこで没後10年を経て、改めて既知・未知を問わずそれぞれ
のムラギシを問う展示を考えた。
切っ掛けはムラギシが遺した高校3年に描いた一枚の絵である。
死の1年後追悼展で親友のHが持参したこの絵は、そのまま私
の処で保管されていた。
偶然他の所蔵作品と一緒に倉庫から出し並べた時、あっという
驚きが生まれた。
偶々横に置いた80余歳で亡くなられた八木保次・伸子さんの
両作品に負けぬ存在感でその絵が私の目に飛び込んできたからだ。
それまで作家の記憶に属し存在していた絵が、全く絵そのものと
して存在感を保っていた。
八木保次・伸子さんの北の風土・自然を見据える色彩。
そしてムラギシの足元を見詰める不安で純粋な時代・社会への目。
このふたつの視線は、我々を取り巻く自然・風土そして時代・社会を
今も見詰める同時代の眼なのだ。
だからこの絵画は作者の年齢を超えて、並び響き合っている。

やはり10年という見えない歳月の力もあるのだろう。
生前一度も会った事のない人、そして10年を経て感じる今を
それぞれの立場で表現して欲しい、そう思い声を掛けた。
私は八木保次さんのフキノトウの緑を思わせる抽象絵画と伸子
さんの福寿草の黄を思わせる具象画を左右に配し、中央に村岸
作品を置いてみょうと思う。
今週末まで届く、他の人たちの作品も楽しみだ。

*「撓む指は羽根ームラギシ10年」展ー8月9日ー14日。
 am11時ーpm7時:水・金ー午後3時閉廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2016-08-02 17:03 | Trackback | Comments(0)